契約。それが何なのかは不明だが闇精霊と人間種……いや、本来は闇精霊など存在しないはずだから精霊と人間種の間で行える行為なのだろう。
しかしルセリアはルークと名無しが行うことを快く思っていなかった。
まあ契約とは双方合意を持って行われる行為。片方だけが得するとは考えにくい。ルセリアはつまりルークが得する代わりに名無しが得する何かを嫌っているのだろう。
「仮契約……契約とは意識せずに行ったか………」
「その契約ってのは結局なんだ?」
「私も知りた~い。こうして仮にとは言え契約してるんだよ?いっそ全部話した方がいいんじゃないかな」
契約がまだ仮であることに安堵するルセリアに対して契約は自分にとって益があると判断しているルークと名無しはむしろ聞きたがっている。それに対してルセリアは苦々しい顔をする。
契約に対する危険は、契約内容次第で軽減できる。だがルークは絶対に契約内容を重くする。力が欲しいから、自分の身などどうでも良いから。
生きたいという感情は普通の生物なら持つ本能だ。しかしルークはそれが薄い。本来なら死にたがるほどせめている者から自責を消したところで生きると前向きになるのではなく自分の命に対する関心が消えるだけなのだろう。マイナスから0になっただけ。だから命の危険も省みず力が手に入ると言われたら手を伸ばす。
それに力は確かに手に入るし、契約したら死ぬかと問われれば違うとしか言えない。
復讐は続けられるし力も手に入る。ならルークが断る理由もない。
「…………教えるのに条件を付ける」
「何?」
「契約は直ぐにするな。契約内容は良く考えろ」
それがせめてもの条件だ、そう言うとルークと名無しは顔を見合わせしばらく見つめ合う。答えが出たのかルセリアに視線を向けてきた。
「解った。直ぐにはしない……で、何時まで?」
8000年も生きている魔女からすれば50年も100年も直ぐの部類にはいるだろう。そう言う言葉遊びをさせぬ為に具体的な期間を聞くルーク。別に破ってもいいのかもしれないがルセリアには恩を感じている。それに、生き残るにはルセリアが必要だ。その辺りに自惚れはない。現状、自分はこの辺りの森ではほぼ最弱だ。彼女の保護なしでは三日ともてば良い方だろう。
「………次にお前の前に魔族が現れる時だ……魔族はお前を狙っているのだろう?それに魔族の母とやらはお前が生まれた場所を知っていた。あの辺りからお前を運んでいた魔族の死んだ場所の周囲を探しているはずだ。数週間か数ヶ月……少なくとも数年はしないはずだ」
「………………」
魔族、そう言った瞬間周囲の空気が重くなったのは気のせいではないだろう。名無しが嬉しそうな顔でルークに抱きついている。怒りや悲しみ、後悔……そんな感情が渦巻いていることだろう。だが、飛び出して殺しには行かない。今のルークは魔族を滅ぼしたいのであって殺したいわけではない。冷静に、己の力の無さを理解して飛び出さない。殺意も名無しが食べているのだろう。
だからこそ魔族を殺すために力を欲するわけだが……。
「……はぁ、滅ぼすために殺したいだけで、殺意がないとは………憎悪だけ残した人間の思考は理解できんな」
「当然だろ。少なくとも感情を抑制するのではなく削るなんて芸当してる時点で、それは人の心の形とは言えない。理解できるものか」
「憎悪だけじゃないよ?私楽しいとか嬉しいとか食べれないもん」
人の心の形とは異なる心になっているらしい復讐者の少年と感情の負の側面のみを切り離されたような闇精霊の少女の、此方の気苦労も理解しないマイペースな対応に長いため息を吐く。
「契約について教える。黒板をもってくるから待ってろ」
一般的に精霊の契約と言えば
そして彼等が行う契約は契約としては初歩の初歩。魔力を対価に精霊に現象を起こしてもらうのだ。
「ここまでで何か質問は?」
「は~い!何でルセリアの絵って微妙に下手くそな人間なんだか動物なんだか解らない絵なの?」
「精霊は何で魔力を求めるんだ?こいつ見る限り魔力が絶対必要ってわけでもないだろう?」
「良い質問だなルーク。それと名無し、黙れ……」
ギロリと名無しを睨むルセリア。黒板には名無しの言うとおり二足歩行の動物が下手くそと言い切るには微妙なラインで描かれていた。兎っぽいのには『
「確かに精霊は人が現象を操る、魔法を使う度に放たれる意志と魔力が世界と混じり生まれる。生まれた後は世界に満ちる魔力を吸って生きる。だが、それでもそいつは人に干渉しているだろ?」
と、ルセリアは何気に上手いルセリアとルークの絵を描いて見せびらかしてくる名無しを見る。その絵は破り捨てられた。
「簡単に言えば嗜好品だ。酒や煙草と同じ、無くても困らぬが味わうだろ?魔力は必ず感情が宿る。それを精霊達は食らうのさ………『焼きたい』なんて単純なものでも良い」
そう言う意味では名無しは精霊の中でも大食いの部類に含まれるのだろう。何せルークの悲しみや怒り、殺意に自責の念を感じさせぬほど食い続けているのだから。
「精霊はいわば増幅器だ。火の精霊は簡単に言うなら特化魔法:火を持っていると考えてくれ」
「ああ、少ない魔力でも特化魔法で効果が上がる………つまり貰った魔力の分を特化魔法持ちにやってくれるわけか……でも精霊との相性が良いと効果上がるって読んだ事あったな……精霊は意志を持つから、付け足してくれるとか?」
「その通りだ。ま、この辺りが世間一般の契約だな………」
「………大戦時代の?」
だとしたら余りにお粗末な研究ではないかと首を傾げる。確かに精霊魔法は普通の魔法より強力だが、それだけだ。ルセリアが恐れる深い契約とやらの研究もされそうなものだが。
「
「……………」
「それでも偶に現れる………そう言う場合は本人に接触し諫めるのだが………まあ、精霊と契約するほどの感情の持ち主だ。基本殺そうとしてくる……中には革命を手伝った魔女も居たな」
私は使う奴が居ようと居まいと構わんがな、と付け足すルセリア。彼女は人の文明をどうこうするつもりはない。興味がない。どうせ死なぬのだから。まあそれは他の魔女も同じだがもう一度大戦が起きないように動く魔女も少なくはないのだ。
「魔女が歴史に干渉してたのぉ?なんか、ずる~い」
「はん。力を持つ者が勝のは世の道理だろうが。魔女だって各個性がある、何をしようと構わんだろう」
「あ~……まあ、別に神様でもないし、そうかも?」
「そんな事より契約についてだ。要するに、魔力以外の対価を差し出すことも出来るんだろ?」
「…………まあ、色々な。例えば右腕や目、肺に心臓などなど己の一部。感情を完全に食わせるなんてのもある」
感情とは記憶から溢れるもの。故に記憶がある限り感情は消えない。本来ならそうだ、しかし精神に対価として差し出せば記憶は単なる記録に変わる。どれだけ愛し合った恋人との蜜月があろうと、そこに喜びを感じなくなる。どれだけ国に忠誠を誓おうと、どうでも良くなる。
「文字通りその感情が消える。これは精神体のより深い、概念体に近い精神の根幹に精霊の一部が寄生し余すことなく永遠に食い続けているからだと言われている」
「精神体までならともかく精神の根幹に寄生?そんな事出来るんだ」
「出来ないのか?」
「私に出来るのは表面に溢れそうになる感情を食べるぐらいだよ。概念体と重なる境界なんて、無理無理」
それを可能にするのが契約なのだろう。なら直ぐに今食わせている感情を与えるべきか?いや、今はあくまで表に、本人が認識できる範囲に出て来ないだけで無意識下には強い怒りと悲しみなどが溢れている。その中で憎悪だけを知覚できる状態にしてはいるが、その感情が根本から消えれば憎悪がどうなるかは解らない。止めておこう。
そう考えているルークを見てほっと一息つくルセリア。
「そうだ、やめておけ。妻を愛すると詠い、それ以外の親愛、友愛などを食わせた男が何も、妻すらも求めなくなったり、名誉を取り戻すなどとほざいて楽しいという感情を食わせた女が発狂したなんて話もある。人の感情は複雑怪奇、何が何にどう影響するかなど誰にも解らん」
それこそがルセリアの恐れていたことだ。沸き続ける感情を食わせるのはまだ良い。だが、精神の根幹まで手を伸ばされたらどうなるか解らない。故に警戒していたのだろう。
「………でも肉体でも大丈夫何だよな?」
「重要な器官程な………それで戦えるのか?」
「……………」
例えば肺は重要な器官だろう。それでも二つある。しかし、だ。元々二つあるものが一つになった場合戦えるのだろうか?それに、重要な器官ほど深い契約なら例えば脳や心臓を与えた方が強い契約になると言うこと。それは果たして感情を食わせるより上なのだろうか?
「てか精霊が肉体なんて貰ってどうするんだ?」
「精霊は常に肉体に憧れる。集めて肉体を得たいのさ……精霊獣なんて、波長の合う器を探さねばならないし合っても意志が体の所有者のままなんてザラ。だから契約を通して貰い受ける……まあ一部を持ってたところで直ぐ腐りやり直し。氷の精霊だとしても細胞同士が拒絶反応を起こして激痛に苛まれる器しかできない、この二通りしかないがな」
それでも精霊が知性らしい知性を得れるのは上級精霊。良くてその手前の中級精霊からだ。大戦時代はそれでも数多くの精霊が契約していたが……。
「まあ肉体に関しては死後受け取れるからそう言う契約も出来るがな。まあ右腕を差し出す契約をして右腕を失えば契約も切れるが」
「………なる程」
とはいえ、名無しが体を欲しがるようには見えない。つまりは精神面。これまで通りの関係が一番のだろう。
「契約の方法は単純だ。精霊に差し出すものを決め、精霊はそれに対して順当な力を貸す。ああ、契約内容によっては精霊が本人の魔法を別の場所で使うなんて言うのもある。炎の精霊が雷放ったりな。奇襲で良く使われていた……それと上級精霊クラスだと霊装が使える」
「「霊装?」」
「精霊装備、略して霊装だ……」
と、ルセリアは黒板に新たな絵を描く。アレは、たぶん剣だろうとルークと名無しは予想する。
「精霊が増幅した力を圧縮し生み出せる装備。その威力は桁違いだ。大戦時代、名の知れた戦士の3分の1はこれを持っていた」
とはいえ誰でも使えるわけではない。何せ霊装の核は精霊核と呼ばれる精霊の命の源を差し出すのだ。武器である以上破壊される可能性もある。余程の絆が無ければ行えない。
「………霊装、か」
「…………それをするには絆はもちろん相応の契約が必要だ。そこを忘れるな」
ルセリアはそう言うと黒板を消す。話はここで終わりという事だろう。
「お前達はお互い意識せず口約束で契約、それも名無しだけが得をする契約をしているからあくまで仮契約なんだ。契約するなら名無し、お前もルークに何か奉仕しろ」
「ルークのいや~な感情食べてあげてるもん」
「だがそれはルークからお前に差し出しているだけで、お前は何も与えていないだろうが」
「……………おお、言われてみれば」
ポン、手を叩き納得する名無し。確かにルークからすれば助けられてるが、名無しに取っては助けているのでなく食事をしているだけ。一方的な契約だ。
庭に出たルークは芽に手を翳す。掌から溢れた光が芽に降り注ぎ、少しずつ成長する。蝸牛の速度だが植物としては異常な成長。もちろん魔法だ。
魔力操作の練習。ルセリアから課された修行の一つだ。土魔法で土に栄養を与えながら生命魔法で植物を育てる。二つの魔法を同時に使うのは中々集中力がいる。それでもルークはこの木を育てたいと思っている。これはスノーホワイトの苗だ。
あの村の唯一の特産品。木は折れていたが、あの村のあった証を残したかったのだ。
「………………」
ルークは徐に成長の妨げにならないように枝を斬る。そこに触れ、魔力を流す。パキパキ音を立て枝が再生していく。斬った位置が変わったかのような枝。それを見ながらルークは腰を落とす。
珠のようにかいた汗を拭う。やはり概念魔法は消費魔力が多い。
「ねえねえルーク。私ってルークに何してあげられるのかな~?」
と、ルークの集中が切れたのを見計らい背中に飛びついてくる名無し。
「本契約したくなったか?」
「そうすればルークをもっと知れるかもしれないんでしょ?ルークは私が会った中で、取り憑いた中で一番優しい。私、ルークをもっと知りたいわ」
「…………お前俺の魔法使うことは出来るのか?」
「ルークの魔力を使ってなら。ほら、私ルークの精神体の一部に干渉してるから」
「…………回復。魔力を考えて、動けなくならない程度の回復だな」
「うん、解った。とはいえルセリアの目があるし、まだ仮契約にしておこうね。でも練習として回復はしてあげるよ」
「ああ、これで貸し借りは無しだ。まあ、俺はお前に借りを作ってばかりだと思ってはいたが」
何せルークからすれば名無しは居てくれるだけでありがたいのだ。ルセリアは名無しのみが得をしていると言っていたが、ルークからすれば冷静でいられるだけで十分なのだ。えへへ、とすり寄ってくる名無しの頭を撫で、スノーホワイトの苗を見る。
これを取ってこようとして外に出て、殺されたニーナの顔が頭に過ぎり、ニーナを殺した男達の顔を思い出す。
「………………」
そんなルークから溢れる感情に、名無しは嬉しそうに目を細めた。
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