轟々と風が頬を撫でる。
一体何時になれば底に付くのか、少なくとも数分は落ちている気がするが、それは単に時間の感覚が狂っているだけかもしれない。これでふとした瞬間地面に激突しそうだ。
「何も見えねーな」
そもそもこの暴風と闇の中じゃ音や視界で周囲の地形を把握するなど不可能。精々時折迫る壁を蹴りさらに崖の中央に向かうのが唯一出来ることだ。と──
「ごが!?」
グシャリと全身が潰れた。が、傷一つ無い状態で復活する。死拒魔法ではない。新たなスキルの『即死無効(Lv.1)』だ。
ゴキゴキと体と鳴らしながら立ち上がるルーク。周囲を見渡しても何も見えない。炎の魔法で明かりをつける。
「わっ!」
「…………」
「あれ、少しも驚かない」
灯りが付いた途端名無しが叫ぶがルークが何の反応も示さないのを見てつまらなそうにぶーたれる。ルークから感じる負の感情に恐怖が一切無かった。恐怖を喰らえると思ったのに。
まあこの果ての見えぬ闇の中、ルークとて不安を感じないわけではない。今はその不安を食って満足しよう。
「真っ暗だねぇ」
「ああ、足下には骨だらけだ」
壁は、まあ登れないこともないだろう。地を蹴り壁の凹凸に手をかけ足をかけ登っていく。無ければ土魔法で形を変える。100メートルほど登ると壁に大きな穴をあけその中に入る。
「これが修行?」
明らかに簡単すぎる。てっきり闇の中を蠢く魔物でもいるのかと思ったが、そんな事はない。ルークが首を傾げていると名無しがあっ、と何かを思い出したように手をポンと叩く。
「えっとね、ルセリアから預かってたものがあったんだ。ルークに付けさせろって」
「これは、ミサンガ?」
名無しが平坦な胸と服の隙間をゴソゴソ弄っていると、水色の糸で編まれた輪が出て来る。触った感触はとても艶やかで、火炎級の灯りに照らされ輝いているようにも見える。
とりあえず手首に着ける。と、ミサンガの表面に幾何学的な文様が浮かび、次の瞬間パキンと砕ける。
「…………!?ぐ、ご………!」
「ルーク?」
と、不意に苦しみだしたルークを見て首を傾げる名無し。次の瞬間ルークの身体から血が吹き出す。
「………ん?」
後ろから斬られたような傷。直ぐにルークから魔力を吸い癒やしキョロキョロ周りを見回す。
「……周囲の怨念が、強くなった」
「怨念?」
「うん。来るよ、気をつけてね」
名無しの言葉にルークは全神経を集中させる。最初に反応した五感は、痛覚。視覚でも聴覚で嗅覚も触覚でもなく、痛覚。
肉の中を鋭い何かが通過する感覚。慌てて飛び退き腕を見る。傷はない。無かった……だが出来た。
──……シ…──
──…い──
聴覚……ではない。脳裏に響く何者かの声。
「───!!」
「おお、今のを避けるんだ。ルーク、此奴等知覚してないよね?」
肌の触覚か反応した瞬間跳ぶ。頬に僅かな裂傷が走る。
「あ、でもそっちは───」
足下の感触が消える。浮遊感に襲われしかし直ぐに地面の感触。慌てて体を転がし衝撃を流す。火は背中を切られた際に消してしまった。周りに存在するのは静寂の闇ばかり。静寂、の筈だ。空気は震えていない。だが声は聞こえる───
──憎イ憎イ憎イ── ──恨メシイ──
──魔女魔女魔女!!──
──殺ス!殺スゥ!── ──滅ビロ!──
──忌々シイ死者ノ魔女メ!──
「……名無し」
「なぁにぃ?」
ルークが名を呼ぶとスルリと足が首に巻き付いてくる。そのままルークの頭に腕を置く名無し。この闇の中ではどうやっても見えないが相も変わらず笑みを浮かべていることだろう。
「何が起きてやがる」
「
「
「いるよぉ……概念体の残滓と精神体のみのアンデット。光とか透過するから姿も見えない……まあ魔力が高いと光が歪んで姿が見えることもあるけどねぇ」
「お前は見えるの───ッ!!」
肩から細い何かを押し付けるような痛み。即座にその場から離れる。
剣が空を切る音も空振りした剣が地面を砕く音も聞こえない。だが、背中が僅かに斬られた。
「見えるよ~。そして感じる。ほら、私ってば怨念とか解るし?」
ケラケラ笑う名無し。手伝えと言った所で手を貸すことはないだろう。ルークが死ぬ所で名無しは損しないし……。
それが解っているからこそルークが苛立ち名無しを喜ばせる。
「チッ………」
どの道ルセリアから課せられた修行である以上独りで切り抜ける。胸に痛みが走る瞬間剣を振るう。しかし何かを斬る感触はなく心臓が貫かれる。即座に死拒魔法が発動する。
──殺ス!殺ス!殺ス!殺ス!──
──死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ!──
脳内に直接響く声。その場から離れると炎が襲いかかる。炎が飛んできた方向に仕返しとばかりに雷を放つ。光魔法に次ぐ高速の魔法。光魔法より魔力消費は少ない。
──オオォォォォォッ!!──
「───!?」
頭が割れそうなほど喧しい叫び声。その場から離れると炎や氷柱、雷に岩に鉄、光。そして影から突き出してくる槍。その光景にルークの意識が持って行かれた瞬間顔が口と鼻の間から切り裂かれる。
二度目の死。復活と同時に魔法を放つ。
──キャアアアァァァァッ!!──
再び脳裏を揺さぶる喧しい断末魔。先程は男の声だが、次は女、それも甲高さから恐らく子供。
妹の姿が脳裏に過ぎり、苛立ったように周囲に炎の結界を張る。
「────ふぅ」
「おー、良く解ったね~。そうだよそうだよ、彼奴等は魔力で攻撃できるんだぁ」
名無しがルークの考えを肯定する。剣を振っても何の感触もない。しかし魔法には断末魔が聞こえた。要するに魔法なら干渉できる。
「……彼奴等が言ってた魔女ってルセリアさんの事だよな?」
「そりゃあ、ルセリアに殺された奴らの霊だしね~。みーんな同じ怨念を抱いて、混ざって味が混沌としてそう」
「食うなよ」
「食べないよ。私はルークのだけ食べるの」
むぅ、と拗ねたように言う名無し。
と、炎の壁を突き破り氷柱が迫る。ルークが放ったものより遥かにでかい。
「───!!」
氷柱の上を駆け上る。右腕に痛みが走ると同時に右に向かって炎を放つ。
「エンチャント・フレイム!」
「ぐ、ごぶ!」
別に炎を纏ったところで防御できるわけではないらしい。炎が揺らめくから事前に察することができたが脇腹に衝撃が走る。感覚的に、突起の生えた鈍器。掴むような動作をすると、何かを押す感触が手に着く。柔らかいがそれは彼の周りを包む炎の感触だろう。
「───が、ぐげぇ!」
が、目に見えぬ相手はルークごと振り回す。壁に激突し、ガリガリと壁を削りながら吹っ飛ばされる。瓦礫を押しのけ立ち上がると足に激痛が走る。見れば子供の口程の噛み痕が複数。しかも未だギリギリと圧力が増して行く。
「凍れ!」
己の足を巻き添えに凍り付かせる。
内側から突き破るように割れた。恐らく逃げられた。
「らぁ!」
恐らくこの辺りだろうと当たりをつけ剣を凍り付かせ振るう。
──アアアァァァァァァッ!!──
何かを斬ったような感触と同時に子供の叫び声。次の瞬間腕が切り落とされる。即座に拾い、名無しがノータイムで回復魔法を使う。同時に炎をつけ剣を見つけると直ぐに拾い構える。
「────?」
が、攻撃がやんだ。待てども待てども追撃はない。
「ルークルーク、ミサンガは?」
「あん?………あ」
その言葉に腕を見ればミサンガが消えていた。攻撃が始まった瞬間と止んだ瞬間から考えるに、この谷の
「……………」
ルークはその場に腰を落とす。相も変わらず暗闇に目が慣れることはない。何も見えぬ中でミサンガを探すのは大変そうだ。灯りをつける。見つける。
「…………いや」
拾い付けようとして止まる。壁に穴を空けそこに置くと目印になるように土魔法で大きな像を作る。簡単に作れる埴輪だ。
自然にはまず生まれないので間違えることもない。もう一度腰を落とす。魔力消費を押さえるために火を消す。
「ねぇルーク、どうするの?ルークじゃあれ、みれないんでしょ?ルークは
「その言い方だと
「え、ご飯持ってきてたの?」
「いいや。だが、俺はあらゆる物を喰える」
ルークは石を拾い噛み砕く。草木が生えぬ闇の中。土や石しか食えぬ物はないがスキルの恩恵か不味くは感じない。
ゴクリと飲み込むと名無しはうぇ~と嫌そうな顔をする。
「良くそんなもの食べるね~……ああそっか。食べれるスキルだもんね」
「そう言うことだ。襲われないならちょうど良い。寝る……」
「地面は固いよ?私が膝枕してあげるね~」
周りが見えぬルークの為に名無しが手を引き頭を膝の上に乗せる。そのまま頭を撫でてくる。
「まあ仕方ないよ。見えないんだからね~……」
「だがルセリアさんからの修行である以上、打開策はあるはず。少なくとも攻撃方法は解った……明日は最低でも五体倒す」
「………………そっか……そっかそっか~。うへへへ~」
「…………」
「やる気だね~。これもそれも全部復讐のため………感じるよ。ルークの悲しみ、怒り、絶望。とっても美味しい……力を貸すよ。傷を治すのは私がやってあげる。ルークの魔力でだけどね」
「それで良い」
闇の中での生活。まず一日が過ぎた。残機残り97。
二日目、闇の中でも
その日は14回死んだ。残機83。
推定三日目、四日目、五日目、戦闘はせずに
「やっぱ炎の量を少なく、温度を低めにすれば魔力消費を抑えられる……いっそ魔力そのものを……ん、思ったより難しいな」
推定五日目、魔力にバラつきがあるものの無事修得。六日に11回攻撃を当てる感触。残機78。
推定10日経過。体を覆う魔力の膜の硬質化による防御力、攻撃力の増加に成功。残機54。
「やっぱ硬質化すると魔力の消費が前と変わらなくなる。攻撃の瞬間にのみ行えればいいんだが……」
「じゃあそうすれば良いじゃん」
「出来たらしている」
「見えてるんじゃないの?避ける回数増えてるじゃん」
と、名無しが不思議そうに首を傾げる。確かにルークは避けられる回数が増えているがそれは見ているからではなく魔力膜に触れた瞬間に察知し動いているだけ。
「じゃあその感覚を広げれば?」
「広げる………」
推定15日経過。魔力膜を薄く広げる。範囲内に漂う魔力の流れ、
推定20日経過。魔力を広げるまでもなく魔力を感知することに成功。魔力の流れに干渉して相手の魔法を妨害する術を発見。ただし通じるのは魔法技術が拙い者に限る。残機28。
「この魔力を感じる感覚手にしてから、周囲の状況が良く解る」
「そりゃ魔力なんてあっちこっちに漏れてるからねぇ。それを知覚できるのなら周囲の地形なんて簡単に解るよ~」
何当たり前のこと言ってんの?とでも言うようにケラケラ笑う名無し。しかしこの、360度の視界を持ったような感覚は馴れない。早いところ馴れたいので常に広げているが。
「彼奴等もこんな視界を有してるのか?その割には背後を取られる個体も居たが」
「んー?光を透過する以上目で見てるわけでもないしね~。そもそも戦闘中、もう灯りなんて必要ないからここに光なんて無いし」
「そもそもお前もだ、どうやって普段見ている。夜目というわけでもねーだろ?」
「ん?やだなぁ、私は精神体と概念体の塊だよ?『魔覚』なんて普通に持ってるし『霊視』だってちゃんと持ってるよ」
「………『霊視』?」
「よーするに概念体、魂そのものが見えるんだよね。流石に干渉できないけど………だって肉体や精神体から離れた概念体って本来なら星の領分だし。あ、しかもねしかもね、なんかこれ妙な見え方するんだよね」
「………魂そのものを見る。それって感覚的には?」
ルークの言葉に名無しはんー、と首を傾げる。そもそも彼女からすれば使えて当たり前。普通の人間が盲目の人間に視界に移る景色を感覚的に伝えてくれと言ったところで無理な話だ。それでもうむむ、と唸りながら言葉を探す名無しは闇精霊という種族に似合わずいい子だ。ルークが苦しむ姿を見たがっているが。
「なんか、こう……魂を見る目が有る感じなんだよね。一方向しか見れないし………えとね、私のこの瞳は普通の瞳としての機能もあるの。これを閉じて、閉じたまま開けるというか………うぅー!教えようがないよ!だってルーク肉体有るし」
「………肉体がある、か」
ルークは灯りを消し目を閉ざす。
思い起こすのはこの世界に新たな生を受けた、その瞬間………より、
魂がこの器に宿っていたのは、生まれる前。その前に過ごした記憶がルークにはある。だが、果たしてどうやって?
あの時、また水掻きもある胎児の未成熟な脳で、どうやって考えここほどではないにしろ闇の中で水掻きがある事をどうやって認識していた。
その時の感覚をもう一度───
「ルーク?」
ルークの気配が変わったのを見て名無しがゆさゆさと揺する。反応はない。
「………?」
と、不意に辺りを見回す。視線を感じた。しかし
まず最初に光が見えた。少女の形をした眩い光。目を凝らせばそれは此方をペタペタと触ってくる名無し。そして、頬をつつかれている
もっと見える。視界が広がる。世界を───
「おや珍しい。一端とはいえ、ここにこんなに幼い子供が来るなんて。あれ?しかも貴方普通に目が見えますね?」
「────?」
不意にかけられた声に振り返ると見知らぬ女性がその場にいた。白をベースに緑や金の刺繍が入ったローブ。顔を隠すようにフードを被りその隙間から金色の髪が覗く。
「あら、貴方は……ルセリアさんの所の………想像以上の成長ですね。いえ、魂の状態で、記憶を持っていた期間があるのだから当然かしら?」
「………ルセリアさんの知り合い?」
「ええ。本当はちゃん付けしても良いほど年上なのにさん付けを強要されてる可哀想なお姉さんです」
ルセリアの年上ならかなりの婆な気がするのだが、それは触れない方がいいのだろう。きっと……
「はい。口に出されると思われるより傷つきます………と、それより早く戻りなさい。戻る感覚が解らない内に長時間ここにいてはいけませんよ。見るだけにしなさい」
と、女性はグイグイ背を押してくる。そして蹴られた。ルセリアと言い、年上の女は何だってこう───
「あ、起きた。おーい、大丈夫?って、見えないか」
目の前でパタパタ手を振る名無しが
その視界で概念体と精神が重なる
「………行くか」
推定25日経過。谷の底に眠る
周りを気にする必要が無くなったルークは早速崖を上っていく。残滓といえども概念体を持ち、ルセリアの一部を持つルークに強い恨みをぶつけてきた相手。器はかなり上がったと思う。
ヒョイヒョイと始まりの日より遙かに素早く上っていくルーク。やがて光が見えてきた。速度を上げ飛び出す。
「………まさか『魔覚』や『魔力闘法』のみならず『霊視』まで身につけるとは……一重才能もあるのだろうが、どれだけ自分を追い込んだのやら」
「崖の下だけで90回近く死ぬまで」
「そういう意味で言ったのでは………まあ良い。帰るぞ」
ルセリアがそう言って前を歩き出す。呆れたような彼女の態度に、改めて戻ってきたという実感が沸く。ルークは暫く立ち止まった後直ぐに彼女についていこうとして───
「ぐっ!?」
飛来した氷の剣がルセリアを貫く。傷口から凍っていき、ルセリアが氷の中に閉じこめられた。驚愕と同時に剣を構えられる当たり数ヶ月の経験は無駄ではない証拠。そして、警戒するルークの視界の奥からそれは現れる。
角を生やした
「───魔族」
「お迎えに上がりました、ルーク様」
次の瞬間ルークは地を蹴り魔族の男に切りかかった。
感想お待ちしております