大きな落石に当たっても平然としている者がいる。しかしステータスが高い者に殴られダメージを負う。何故か?
簡単だ、手に持った武器もステータスの恩恵が宿る。元より鋭い剣は膂力により、より強靭な剣へ。盾や鎧は耐久により、より堅牢な防具へ。
『霊視』という概念体、魂で世界を知覚する技術を得たルークには己の身や服、剣を包むそれらが見えていた。魔力とは異なる黒ずんだオーラ。それを剣に出来るだけ多く移すと、攻撃力が増した。魔力を纏わさせずに
これがルセリアがルークのステータスとレベルを気にしていた理由。ある程度昇華した概念体を持つ者、つまりレベルが高い者は『魔力闘法』を覚える必要もなく
とはいえルークは『霊視』で見た概念体、そのエネルギーを確かに操る。知覚することができたのだから、自分の物だからと十全に操る。
体から溢れていたエネルギーは全て剣に込めた。耐久が昇華した肉体分になる。ステータスに表示されるよりずっと低くなる。防御を捨てた、完全なる全力全開の一撃。
魔族の男は片手で止めた。
眩い日の光でも遮るかのように突き出された手は、頭をかち割ろうと振り下ろされたルークの剣を弾く。
「────失礼」
「───!!」
男が拳を握りしめるのを見てルークは目を見開く。
まずい
男は勘違いしている。ルークの力を。
男が今から放つ拳はルークが放った攻撃の強さからルークの今の強さを大体予想して放つ拳。現在、昇華した肉体故に元の世界の人間より頑丈な体をしているとはいえ耐久も俊敏も身体能力全てが下がった状態。死ぬ。
死は怖くない。殺される覚悟だって出来ている。だが、魔族に殺されるのだけはごめんだ。魔族を滅ぼしたいのであって、殺し合いがしたいわけではない。
もちろん滅ぼそうとする以上、殺されるとは思っているがならここで死ねと言われても断る。死ぬならせめて最後の魔族と相打ちが良い。
それ以前に殺す気も無い奴に殺されるなど我慢できない。だが時間は進む。防御は、間に合わない。肋が折れ内臓が破裂する。魔族の男は予想以上に脆すぎる感覚に首を傾げ、ルークの身体は吹っ飛んだ。
「───がば!げぇ!」
木々をへし折りながらも何とか手を使い地面に這うように着地したルーク。即死かと思ったが、生命力の消費はともかく生きている。
「死拒魔法か?残数幾つだったか……」
「12だったよ!」
なら残り11か。さて、どうするか……。チラリと崖の方向を見る。あの闇の中なら『霊視』を持つ自分が有利………もちろんそんなわけがない。まず攻撃が通じない。こんな事なら
「うーん、彼処までの強さだと普通に触れそうだね」
「そうかよ」
「で、どうするの?逃げる?」
「……………逃げ………ねぇ」
「……へぇ?」
名無しはすぅ、と目を細めて笑う。逃げる事は恥ではない。だって、どう考えても勝てないのだから。
ここで逃げれば、きっとこの先逃げ出してしまうとか格好いいこと考えているのだろうか?あり得ない。ルークは自分を誰よりも認めていない。一度の敗走如きで無くす自信など無い。
ならば何故か?決まっている。それ程憎いのだ。怒りは冷え、悲しみは胸の内に。全て名無しに食わせ、憎悪のみ。憎くて憎くて仕方なく、殺すために冷静に考えなければならないのにそれが出来ないほど殺したくて……。
殺気を食らう。これは怒り故の殺気。大切なモノを壊され、その上で自分を幸せにするなどとほざく魔族への怒り。
味わって食らう。そうすれば、ルークのように大切な何かのために怒れるかもしれない。何かを大切に思えるかもしれない。
食っているはずなのに、食われているはずなのになお身体を突き動かすルークを見て名無しの笑みが深まる。慈愛に満ちた母のような、淫欲にふける娼婦のような、御伽噺を聞かされる子供のような、王子様に憧れる乙女のような『女』というモノを詰め込んだ笑み。
「ルーク、死なないでね?……私なんだか、君ともっと一緒にいたいみたい」
「でも、手は貸さねーと?」
「貸すよ。だって、そういう約束じゃないか」
「………?ああ」
その言葉に、思い出す。そう言えばそういう約束だ。次魔族とあったら、していいと………。
契約を。と、ガサガサ茂みをかき分け魔族が現れた。
「?ああ、あの魔女の死拒魔法ですか。良かった……」
「………チッ」
「そう邪険にしないでください。我等が母は、心より貴方の幸せを願っているのです。一度我等の下へいらしてください。まずは話し合いましょう」
「…………幸せだぁ?お前等が奪ったんだろ」
ルークの言葉に魔族は困ったような顔をする。それが、とてつもなく気持ち悪い。目の前にいるのは確かに人の形をしている。なのに、人とは思えない。気味が悪く、怖気が走る。が、名無しが喰ってくれたので取り敢えず落ち着く。地面に手を当て、警戒したまま魔族を睨みつける。
ジワジワと
そんなルークをして、魔族は威嚇してくる小動物程度にしか感じていないだろう。むしろ、目の前より後ろを気にしている。
要するにルセリアなら確実にこの魔族を殺せるのだろう。もしくは、単に死なぬ魔女と殺し合うなんて無駄を取りたくないか。
ジワジワと
確認がすんだのか、急いでいるのか、ルークに向かって歩を進める魔族。
と、この時漸く名無しの存在に気づき首を傾げ、目を見開く。
「あ、貴方は!?」
「………?私のこと知ってるの?」
「いや、違う?いった──
ジワジワと
「落ちろ」
「!?」
魔族の足下の地面が、消えた。
魔族と名無しの会話など興味の欠片もない。名無しが自分に力を貸すならそれで良い。魔族が這い出てくる前に、かける。
「おお!何したの何したの?」
名無しも自分について何か知ってる風だった魔族に最早微塵も興味を持たずルークの後を追いながら大きく抉れた地面を見る。
「
『悪食』の効果の一つ、浸食。魔力や概念体、生命力とも異なる『悪食』のエネルギーを浸透させ、浸透させた物質を食らう。食らった質量はそのまま生命力と魔力に変換して取り込む。本来なら飛び道具などに付与して、どうせ殆ど防がれるがたださすより大きく傷を作る、そういう使い方をする能力だ。
ルーク如きの飛び道具で魔族を傷つけられるわけはなく、仮に出来たとしても魔力や概念体の濃度で浸食は進まないだろう。だから地面を直接食らった。
取り込みすぎて吐き気がする。しかし実際胃の中に何かが入ったわけではない。
と、木々が消える。目の前に躊躇いもなく谷底めがけて跳んだ。小さくなっていく光に一瞬影が見えた。追ってきているのだろう。しかし直ぐに闇に包まれる。
「それじゃあルーク、どんな契約する?」
『霊視』を発動し周囲を見渡すルーク。火の玉を創り出す魔族が見えた。名無しが抱きつきながら魔族から距離を取るように飛んでくれる。そのまま地上に戻る。下を覗けば灯りが小さくなっている。このまま崖を崩したくなってきた。とはいえルークが出来る範囲で崩せる量など高が知れている───と、崖が
後ろから来た魔力の流れが崖の向こう側に触れた瞬間一瞬で広がり地面を操った。振り返ればルセリアの姿がそこにあった。
「クソガキが………やってくれる。まさか時間毎凍らせてくるとは」
苛立ったように言うルセリア。地形を操ったらしい。なんたる魔力。が、魔族も大したもの。地面を突き破って出て来る。
「邪魔をするな魔女よ。その方をどうする気だ」
「育てる。どうなるかは、此奴次第だ。私は別に、真っ当に生きろ何て言うつもりはない」
「………育てる?子も産めぬその体で、笑わせる」
「殺すぞ、ガキ」
「─────!!」
ビリビリと空気が震える。圧倒的な気配。そこにあるだけで、死を連想する。だが──
「───ル……ルセリア、さん」
恐怖は名無しが食う。だから後は体を押さえつけるような魔力の奔流に耐え口を開くだけ。
ルークの言葉にルセリアは魔力を押さえルークを見る。
「戦わせてくれ」
「………正気か?まず勝てんぞ、お前では。例え契約してもな」
「せめて一太刀。腕一本でも斬ってやらねーと、どうにも収まりそうにない」
「…………契約する気か?」
「ああ」
「…………そうか」
魔族は黙ってルークの様子を見ている。その瞳にはやはり何の感情も浮かばない。機械的に、ルークを連れて行くという任務を果たそうとしている。
「名無し……契約する前に質問だ。お前は何が欲しい」
「感情………でも、それは食べて学ぶよ。だから………うん。名前………名前が欲しいかな」
と、玩具を強請る子供のような視線を向けてくる名無し。ルークはその頭を撫でる。
「…………ネロ」
「ネロ?」
「お前、黒いからな。だからネロ……イタリア語だったか?」
「ネロ………ネロ………ネロ!じゃあ、今日から私はネロだ!」
嬉しそうに、飛び回る名無し───改めネロ。それがふりかどうかは解らないが、2000年も生きている老女の言動にはとても見えない。
「でも駄目だよ。名前なんて一時のものじゃ、ネロは力を貸してあげない。だからさ、頂戴?何でも良いから。ルークはネロに何をくれる?」
「全てだ」
「…………全て?」
ネロはコテンと首を傾げる。ルセリアは目を見開く。
「俺の心も、肉体も、魂も、全てくれてやる。
「肉体はいらないな。魂は欲しい……契約なら、たぶん手に出来る。でも良いの?心半ばに散ったら、未来永劫苦しむことになるかもよ?ネロにご飯を捧げるために、ネロは苦しみを放置する」
「好きにしろ」
「お、おい待て!お前、それは───!」
「無理なのか?」
「い、いや……精霊との契約なら、概念体を渡すことも可能だろうが……」
「なら問題ない。受け取るか?ネロ」
「うん。もらう」
ニッコリ笑みを浮かべるネロ。二人を包むように黒いオーラが溢れる。それは鎖となり二人の首に首輪を填め、しかし直ぐに消える。触ってみても感触はない。だけど、確かに繋がったと自覚できる。
「これでルークはネロのものだ。これでネロはルークのものだ。じゃあ、もう死拒魔法いらないよね?ネロのモノになるならあれは邪魔だもん」
「ああ」
体から何かを弾くように黒いオーラが噴き出る。
「その代わり、お前が俺を癒せ。使うのは俺の魔力で良い。時間魔法でも、回復魔法でも、俺の魔力続く限り俺を死なせるな」
「解った」
再びオーラが現れ鎖が2人の首輪に更にはまる。
「ねえルーク、あの魔族、嫌い?」
「大嫌いだ」
「じゃあ、ネロも大嫌い」
ユラリとネロの体が黒い煙に変わる。否、それは闇。その闇に躊躇いもなく手を突っ込む。
闇から手を引き抜くと、まず現れたのは柄。そして鍔。やがて刀身が現れる。
漆黒の劔。どこか禍々しく装飾された鍔は生物的にも機械的にも見える。柄に至っては手を守るためかもう一本生えている。
闇はそれでも消えない。ルークの体に纏わりつき、黒衣を形成する。ベルトや錠前が幾つも付いた、拘束衣のような黒衣。
《ルークったら本当に自分が嫌いなんだねぇ……鍵締められたら動きにくそう》
頭の中でネロの声が響く。楽しそうに笑っている。
「なんだこの姿、つーかどこ行った」
《他の精霊達も馬鹿だよねぇ。精霊核を壊されるかもしれないから、相当な絆が必要って……壊されたくないなら、全力を注げば良いのに。こうやって……そうすれば余った力で服だって造れる》
「………それは、霊装……なのか?」
と、ルセリアが尋ねる。当然だろう。装備と服装が両立した霊装など、少なくとも彼女の生きた8000年を持ってしても聞いたことすらない。
『もちろん霊装だよ。ネロがルークの心を読んで造った、増幅器』
と、ネロの声が剣から響く。ルセリアに聞こえるように配慮したのだろう。
『さしずめ霊装『闇黒剣リベリオン』と『哭衣リフューザル』かな……どうかなルーク?ネロのネーミングセンスは』
「どうでも良い。待たせたな魔族………俺を幸せにしたいんだったか?なら死ね」
空に浮かぶ魔族の男に剣を向け、そう命じる。それに対して魔族は………
「いいえ。それは確かに一時の満足を得るでしょう。ですが、我等が母なら命尽きるまで貴方を幸福にするでしょう。再度手荒になりますが、大人しく付いてきて貰います」
「何度も言わせるな、死ね」
感想お待ちしております