霊装。
本来なら精霊の核と所有者の魔力を使って形作られる力。しかしルークが纏うそれは、ネロという闇精霊を形成していた全て。完全なる人の姿を取れる精霊は『王』クラスと称される。その力は強大。故にネロはルークを潰さないように力を押さえる。あくまで、ルークの力の増幅器に身を堕とす。
ああ、これはこれで良いな。矮小な人間、脆弱な人間。そのくせ身の程知らずに一つの種族を滅ぼすと宣う。
許せないんだね。愛が深いなぁ。
だから教えて?いくらでも力を貸すから。
「………名無──ネロ、俺の中の自己嫌悪を返せ」
《?良いの?》
「ああ」
《そう……死なないでよ?》
ネロはルークの言葉に大人しく従う。
途端、胸の内からドス黒い感情の一つが溢れてくる。
村の中で、生き残るはずだった子供達は自分を捜しに来た魔族に殺された。父は自分を守ろうとして殺された。ニーナは自分のために食物を探し、それを奪うために殺された。
自分が居なければ、子供達だけでも生き残れたはずだ。
死にたい。今すぐにでも、己の喉を掻き斬りたい。
「………ああ、死にたくなってきた」
ありふれた言葉だ。ルセリアが目を見開き、魔族は相も変わらず無表情。ネロは何も答えない。
疲れきった者が良く吐く台詞。しかし其処に込められた深い深い絶望は、その言葉が心からの言葉だと伝える。
死にたいのだ、彼は。その言葉に嘘偽りは一切無い。きっと彼を救えるのは、彼の心に傷を負わせた死者達だけ。彼に、彼等に会いに行く術は存在しない。
「死んではなりません。貴方には幸福になる権利がある。我等が母に、身を委ねてください」
「……………」
さて、死んだとして、それで何が起こる?
何も起こらないに決まっている。魔族の母とやらは自分を幸福にしたいらしいが、それはこの世界に巻き込んでしまったから。それだけ。
自分が死んだ後も、魔族は原作同様人を襲うのだろう。命を、奪い続けるのだろう。
「さあ、参りましょう………」
「………ざけるな」
「………?」
「ふざけるなよ………」
村が焼かれ、親が殺される子が出るのだろう。魔族は関係ないがニーナみたいに人に殺される者も出るだろう。
自分には何の関係もない。見ず知らずの人間が死んだところで、可哀想だとは思っても憤慨するほど傲慢ではない。だが、魔族が、賊徒がのうのうと生きていくのが我慢できない。
「俺をこの世界に連れてきて、手違い?だから幸せにする?俺を家族から引き離し!俺の故郷を焼き!俺の家族を、友を、全て奪っていったお前等が、俺を幸せにするだと?俺の家族の
その上、魔族は自分達の下で幸せになれなどと言う。家族を殺した存在に、故郷を滅ぼした存在に、自分達が人類を殺している間に笑っていろなどと言われる。
「……………くは」
《……ルーク?》
ドス黒い感情が溢れる中、ルークは笑う。
ああ、安心した。
「は、はは……そうだよな。俺が死んだところで、お前等が生きている」
死にたいのは変わりない。だが、死んだところで何も変わらないのは解っている。だからな、死ねない。
優先順位を間違えるな。
魔族の敵が一人減るだけだ。
やるべき事を間違えるな。
だから生きる。生きて、殺す。自分を殺すのはその後だ。
《………大丈夫そうだね。じゃあルーク、やろうか?》
「ああ」
「………そうですか」
リベリオンを構えるルークに魔族は仕方ないとでも言うように、首を振る。一々苛つく。残念だなどと思っていないくせに。
その目が雄弁に語ってくれる。お前に心なんて上等なもの、無いだろう。
「宣言通り、手荒に行きます」
「やってみろ」
ルークが地面を蹴る。大地が爆ぜ、一瞬で魔族に肉薄する。が、反応する。振るったリベリオンは魔族が何処からともなく取り出した剣に弾かれる。
腕がビリビリと痺れる。魔族の男が鉈のような剣を振り下ろす。咄嗟に腕で防ぐが、リフューザルを切り裂くことはなかったが腕がボキンとあっさり折れ地面に叩きつけられる。
「───がは!」
内臓が揺さぶられ、肺の中の空気を吐き出し、胃の中の物をぶちまける。傷は癒えるが、内臓が揺れた気持ち悪さは拭えない。
《駄目だよルーク。戦い方が違う。そんなんじゃ、元々勝てない戦いも勝てないよ?ネロの言うことを良く聞いて──》
と、ネロが話しかけてくる。服越しに──違う。服の中から肩を撫でる冷たく柔らかい手の感触。ネロが肩を撫で、肩の力が抜ける。降りてきた魔族から距離を取るとふぅーと息を吐く。
「どうすれば良い?」
《ネロは増幅器だよ。でも、ルークを壊すほど強い。だから抑えてる……でもねでもね。本質は其処じゃない。ネロは闇精霊だもん。だから、闇魔法を使えばいい》
「どうやって?」
《簡単だよ。ルーク、君の戦う理由は何?》
問われるまでもない。
魔族を滅ぼす。
ユラリと全身から闇が吹き出る。気絶させようと拳を引き絞り迫ってくる魔族を見る。
「────ッ!!」
ルセリアが魔力を錬る。助けようとしてくれているのだろう。本当に、優しい人だ。母親みたいだ。
母親………母親を殺したのは、何だ?魔族だ───
「────滅びろ」
「───!?」
魔族は目を見開く。先程までとは比べものにならない速度。慌てて鉈を構える。ギィィィン!と音が鳴り響き鉈が砕かれ、肩が切り裂かれる。骨までは達していないが右腕は動かない。
一応避けようとはしていた。体を回転させて。その勢いを殺さず膝蹴りを放つ。
「───!!」
ゴッ!と鈍い音が響きルークの体が吹っ飛ぶが、空中でぴたりと制止する。
「───闇魔法」
魔族は己の傷口を見て呟く。
あの独特なオーラは間違いなく闇魔法だろう。効果は、強化?だとしてもさっきまでの状態から自分を傷つけるなんて強化の幅が可笑しい。いや、闇魔法や聖魔法に常識を問う方が可笑しいのだが。
「──────」
「───ッ!?」
目が合う。ゾクリと、背筋を何かが張ったような感覚が走る。
何だこれは?
知らない
何だあれは?
解らない
感情などないから、何一つ解らない。全身の細胞が何を伝えたいのか解らない。
いや、と、自分でも解らないそれを振り払うように首を振る。
「っぐ、あ───かぁ───」
ルークはルークで、叫ぶことも出来ぬ激痛に悶えていた。
──身体強化でしょ。それと魔物、魔族に対して呪いじみた効果を発揮するよ……ただこれ、ルークに取っても毒だね
確か、ルークが自分自身嫌いだから、だったか?なる程解りやすい。
生命力は減っていない。だが全身熱した釘でも指したかのような幻痛が走る。叫びたい。
楽になりたい。
今すぐに解除すれば、きっとこの痛みも失せるだろう。
《どうするルーク、止める?》
アホ抜かせ。
《ふふ。でもね、これでも勝てないよ。世の中そんな、甘くない。だけどネロはルークのモノで、ルークはネロのモノ。だからルークが嫌いなあいつはネロも大嫌い。殺し方を教えてあげる》
勿体ぶらずさっさと教えろ。
《もっと力を得れば良いんだよ…………壊れるほど、注いであげる───》
次の瞬間、ルークから溢れる闇が増える。自分の力、だけではない。ネロが増幅した、器に合わぬ力。全身を蝕む幻痛が強くなる。
「あああアアアアアアAAAAAAAAAAaaaaaaa──!!」
血管が破裂する。
皮膚が裂ける。
筋肉が千切れる。
骨がひび割れる。
内臓が潰れる。
故に放てるのは一発だけ。放てば動けない。
空気の壁を突き破り接近する。最初に切りかかった時同様、全てを剣に込め振り下ろす。
魔族は落ちていく己の腕とルークを見る。自分は、何をしようとしていた?何故、逃げようとしていた?
咄嗟に背を向けようと体を回し、腕が切り落とされた。
ルークが切りかかるのが少しでも早ければ正面から、遅ければ背中から斬られていたことだろう。
だが、落ちていくのはルーク。未だ飛んでいるのは自分。
早くルークを殺さなくては。
殺す?待て、何を考えている。
危険。排除せよ──
違う。あの方は幸せになるべきだ。母が責任を感じている。
危険。敵。あれは外敵
彼は被害者だ。母の失敗の。望んできたわけではない。だから母が救う
否、母の下に届けてはならない。あれは危険。
危険危険
危険危険危険
危険危険危険危険
危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険
「何だ、今更命が惜しくなったか?」
「───!!」
唐突にかけられた声にビクリと震える。先程までの機械的な反応が嘘のように。その様子を見てルセリアはふん、と鼻を鳴らす。
「私は何もしないさ。する必要もない───」
「何を───!?」
ボロリ、と──切り裂かれた腕とルークを蹴った膝が崩れる。同時に、其処から何かが流れ込んでくる。
「あ?ああ──があ、あああ────!!」
「痛みと、恐怖か……それと破壊」
ジワジワと崩壊は進む。最早飛行も出来ず落下する魔族。ルセリアは地上に向かって飛ぶとルークを抱える。魔族だけが落ちた。
魔族の手足が折れていた。内臓も傷ついたのか血を吐く。どうやら弱体化させられているようだ。
まあ、ルークの様子を見る限り通常攻撃ではないのだろう。
ふわりと着地するとのたうつ魔族を見据える。
「………ルークを殺したいだろう?逃げ出したいだろ?それが恐怖だ………まあ、それを感じ死ぬがい……ん?………ルークめ、爪が甘い」
「あはは、仕方ないよ初めてなんだもん。あー、気持ちよかったな~」
ルセリアが抱えるルークの霊装が解けネロが伸びをする。チラリと魔族に視線を向ければ崩壊が止まっていた。血はどくどくと溢れているが……。
「───!!」
慌てて飛び立とうとする魔族に、ルセリアが片手を向ける。虚空から現れた腕が魔族を捕らえた。
「!?な、何だ、これは!?」
「まあ、冥府への誘いだな」
「冥府だと!?何を馬鹿な、そんなもの存在するはずがない!」
「ああ。だから創ったんだよ。何もかも、遅すぎたが──」
自嘲するように笑うルセリア。今し方恐怖という感情を覚えた魔族は、目を見開き恐る恐るルセリアを指さす。
「────ま、まさか貴様………貴方は──既に、か──」
「一度恐怖を覚えれば、何とも小物臭くなるな………余計な口出しはするな。沈め──」
「────!!」
ドプン、と空間に沈む。波紋のように景色が揺らめき。しかし何も残らない。
ルセリアははぁ、とため息を吐く。
「名無し、代われ。ルークを運んで帰るぞ」
「今はネロだよ」
「………帰るぞ、ネロ。ルークを運べ」
「あいあーい」
その間に傷を癒しておく。苦しそうな顔はだいぶ楽になった。
「………お前、ルークを殺す気だったのか?」
「まさか。ルークはここで死ぬ器じゃないよ。だって魔族を滅ぼすんだ。ネロはそれを誰よりも近くで見る。そりゃ、その間に死ぬかもしれないけど少なくとも今日じゃない」
「………死んでも構わんというのは否定しないか」
「死んでもルークはネロのモノだからね」
「……………」
目を細めるルセリアにネロはクスクスと笑う。何を言っても無駄のようだ。と───
──彼をどうする気ですか、魔女よ
「「───!?」」
ネロとルセリアが同時に肌を粟立たせ振り返る。何も居ない。だが、空間を支配する気配を感じる。
「………強くするさ。此奴が望んだことだ」
──戦地に身を投じると解っていながら、諫めぬと?育てるなどと良くもまあ言えたものですね
「それほどの恨みを持たせたお前がほざくな」
──私では彼を幸福に出来ぬ、と?
「出来るはずがないだろう」
──…………いえ………いいえ。してみせます。必ず。だって、可哀想ではないですか。この世に憎しみを持って生き続けるなんて。きっと悲しいことです。復讐を果たしたって、虚しいだけなのに
「………お前、何だ……?妙な………そう、妙な奴だ」
と、ルセリアは吐き捨てる。何か、話していて違和感を覚える。それが何かは解らないが、喉に小骨が引っかかったような違和感が消えない。
人に近い容姿をして、人とは完全に異なる機械的思考を持っていた魔族よりもなお異端に感じる。
──彼を渡しなさい。戦地に送り、彼を幸せに出来るはずがありません
「でもルークは、
と、ネロが口を開く。その声色には軽蔑が、その表情には敵意が浮かんでいた。
「何だろう、お前………ムカつく。すっげー、ムカつく」
──貴方は……そう、そうですか。ええ、貴方がそばにいるなら、その子も幸福にはなれずとも、寂しさも恐怖も感じることはないでしょう。私は、その間その子を幸福にする方法を探しましょう
「話の分からない奴だな。お前がいる限り、無理なんだって」
──私を殺すことだって無理な話です。現実的ではない
「───そうか、お前魔女だな?」
と、ルセリアが呟く。
女で、死なない。一種族を作るほど強大な力の持ち主。ならばそれは魔女しか思い付かない。
──ええ。まあ、だいぶ古くから居ますが……
「魔族を生み出し、人類に仇なし、何が目的だ。何がしたい」
──平穏なる世界を………そのためなら私は、人類を絶望に落とします。魔女よ、他の魔女にも伝えてください。邪魔をするなと
「平穏なる世界と来たか。過去8000年、それをほざいて平和を実現した者はいないがな」
──ええ、だって。恨まれるもの。仕方有りません。でも、私はいくら恨まれても大丈夫。殺しに来たって構いません。だって死なないんだから
「死なないから殺しにくる者も居ないとでも?」
──いいえ。きっと挑んでくるでしょう。この身を滅ばさんとするでしょう。私はその思いを、受け入れるだけです。ただ、今はしてあげられない
「……………」
──では、これで。その子が起きたら伝えてください。いずれ、迎えに行くと。それと、どうか邪魔をしないで………世界のために、貴方を殺すという選択肢を取らざるを得なくなる
それだけ言い残すと、場を支配していた気配が消えた。ルセリアは忌々しそうに舌打ちしてネロはルークを強く抱きしめる。
「…………帰るぞ」
「うん」
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