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気づけば其処にいて、話す相手は誰もいない。だからそれは自分が何者なのか知らなかった。
ただ、質量化するほどの膨大な魔力と概念体だけを持っている自分はどうも
扱う力から考えると、自分は闇精霊という種族らしい。
精霊というのは基本的に気ままに存在するものだ。何処にでも居て、特に人が行る場所を好む。知能が出来てくると精霊を纏めてお山の大将になったり或いは人と関わったりなど色々だ。
彼女は人の嗜みを観察していた。何て事はない、他の精霊達の真似事。
ある日、川に溺れた我が子を助けようと冬の川に飛び込み肺炎になり死んだ女を見つけた。子は己を責めた。
何故だろう?
解らないが、あれは食えると本能で理解した。次の日から少年は立ち直り、母の仕事を引き継いだ。村の者達はそんな少年を褒め称えた。
少年の笑顔を見て、思う。あの顔にはどんな意味があるのだろうか?自分が食べた感情に何の関係が?気になり、食べるのを止めた。翌日少年は首を吊っていた。
仕方ないので別のサンプルを探すことにした。
笑顔で話し合う子供達を見つけた。孤児院だ。暫く観察することにする。
子供が独り立ちすると、残された者は悲しいという感情を流す。良い餌場だ。笑って見送る子供達に出て行く子供達も安心しているので、これは所謂共生という奴なのだろう。
ある日強盗が入ってきた。院長を殺した。強盗が流す感情も、食べれるのは解るのだがあまり食べる気にはなれない。何が違うのか解らないがとりあえずその強盗を殺して、また隠れて様子を伺う。
孤児院の子供達が悲しみや怒りを放つ。きっと院長の為だ。みんなあの人が大好きだったもんね………。だから、悲しみや怒りを食べてあげた。
院長の為に泣いて、怒る彼らの感情を。周囲の者達は健気に孤児院を守り続ける子供達を支援していた。
でも彼女は不満。あの涙は、院長が大好きだからだろう。皆そう言っていた。そしてそれが自分には解らない感情のはずだ。
だから院長が死んだ時に彼等が感じた思いを食べれば、自分も知れるはずだと思ったのに………。
世代が変わり院長を誰も覚えていなくなったので孤児院から去った。途中森で美味しそうな臭いがしたので言ってみると、見覚えのある男の死体が獣に食われていた。
100年、200年と繰り返し解ったことは、自分が好む感情は誰かが誰かを思うからこそ、溢れる負の感情。
綺麗だと思った。
無辜の民を思い、悲しむ聖人の
我が子を思い振るった剣が撒き散らす
友を思い盗みを働く愚者の
たった二人の家族、妻子のために戦場に赴き死んだ
残された者が奪った者に向ける
彼女からすれば綺麗に映った。
大切だったんだね。大好きだったんだね。知ってるよ、君達がそれを感じる前は、とても幸せそうだった。そっちは、もっと綺麗だった。
良いなぁ。欲しいなぁ。
そんな負の感情ばかりが沸いてくる自分が、酷く汚れて、醜く思えてきた。
だから余計欲した。でも、解らない。だからそれに通じるはずの感情を食べた。ある時は直接交渉して。
ありがとうと言われたことがある。
精霊様、精霊様ありがとう。そんな事を言われた。
彼等は自分をそういう存在として見ていた。辛い気持ちを食ってくれる存在だと。
そして立ち直ってみせると言う彼等を見ると、背を押したくなる。
志半ばで死ぬと、濃密な負の感情が溢れる。復讐だったら、家族への申し訳なさ。
それはとても美味しく感じた。
とてもとても美味しくて、だけども復讐の理由である愛も意志を継ぐ要因である愛も知ることは出来ない。
中には返してほしいと言う者も居た。だから返した。死んだ。
俺は、娘が死んだ世界でヘラヘラと笑っていたくなかった!そう自分を呪い喉を掻き斬った男がいた。
私如きがあの方の意志を継ごうだなんて!そう喚いて崖から飛び降りた聖人と呼ばれる男がいた。
今から会いに行くからね?そう笑って首を吊る女がいた。
違うのだ、自分が見たいのはそうじゃない。笑ってくれ。自分には出来ないそれを教えてくれ……。
そんな事を思いながらも、しかし彼女は負の感情の集まり。失望や絶望はあっても希望……期待して望み続けるなんて無理だ。
だからせめて演じた。彼等が振りまく笑顔を真似た。何時か、本物を手にしたくて────
「…………今のは」
妙な夢を見た。少なくとも自分の記憶にはない夢だ。と、腕に何かが引っ付いているのに気付く。さらさらすべすべの何か。視線を向けると素っ裸のネロが抱きついていた。
「………………ネロ」
「……んふふ……ルークは、ネロのモノ~……いっぱい、教えてねぇ」
頬をムニ、と押すとパクリと食われる。引っこ抜くと起きあがる。
「…………」
起き上がることに支障はない。傷は癒えているようだ。あの幻痛のせいで実際どれだけ体が傷ついていたのか解らないが恐らく残りの魔力で治る程度ではなかったはずだ。ルセリアのお陰だろう。
ふと鏡が目に入る。自分の顔が映っていた。
──お前はどうして生きている。死なずにすんだ奴らを、死なせておいて
「……………」
──生きる権利があると思っているのか。彼等を死なせておいて、何も出来なかったお前が
「……権利?死にたいだけだろ。権利を言い訳にするな」
──何のためにお前は生にしがみつく?
「魔族を滅ぼす。奴らの文明も、歴史も、血筋も、全て消し去る。彼奴等の存在を、俺は認めない」
「だからお前は黙っていろ。俺は、死んでる暇なんざねぇんだよ」
一度目を閉じて、開く。鏡には何の変哲もない自分の顔が映っていた。
死にたいという気持ちは確かにある。自分が許せないと、お前がもっとしっかりしてればと、お前さえ居なければと鏡を見て沸き立つ感情は存在する。
しかし自分を殺したところで世界は何も変わらない。だから生きる。生きて殺す。
「それに俺は主人公という立場を奪った。この先起きる不幸が、主人公不在と言うだけでどれだけ大きくなるか…………いや」
そこまで大きくなりはしないか。どうせ起こるのは犯罪だ。国が動く。誰かがやる。主人公が偶々早く遭遇して、結果的に少し多く救うだけ。そう、救うのだ。でも、村を救えなかった自分が?
無理だと思っている。だが、何もしない?
「……出来ることはするさ。しなきゃならない」
「何がぁ?」
スルリと白い腕が後ろから伸びてきて胸の前で絡みつく。ヒヤリとした体温が伝ってくる。
鏡を見ればネロと目があった。
「………服を着ろ」
「はぁい」
ネロがクルリと回ると溢れた闇が纏わりつき服を形成する。今までのノースリーブの黒いドレスとは異なる革で出来た拘束衣のような背徳的で何処か妖艶な格好。剥き出しの背中の肩甲骨の上に回った際広がった髪が掛かる。
「どうどう?ルークとネロの霊装をイメージしたんだけど」
確かにルークとネロの霊装、名前は確かネロが『
「む、起きたか………なんだその姿は」
と、様子を見に来たルセリアがネロの格好を見て呟く。美少女とは言え見た目はルークに合わせているのか6歳程。犯罪臭が半端ない。
「えへへ。ルークとお揃い」
「ルークと?ああ、霊装がそんな感じだったな。村を魔族に襲われ、魔族に自分が狙われて……それで自分が許せない、そんなとこか?」
「………まあ、な」
「誰もお前を責めぬと思うが、そうは言っても納得はしないのだろう?」
「俺には死者の声を聞く力なんてないからな。きっと、一生自分を許せない」
「……………」
「………?」
死者の声と言う単語にルセリアは目を細める。『死者の魔女』である彼女にも、何か思うところがあるのかもしれない。そんなルセリアが何らかの負の感情を抱いたのか、ルセリアはじっと見て首を傾げた。
「せめて
「………概念体が星に返った死者は、蘇らせられんさ。どうしても甦らせたくば、それこそ新たな法則を、概念を、理を創るほか無い」
「……………」
「まあ、それを彼奴が死ぬ前に出来ていれば私も彼奴と共に居たんだろうがな」
恐らくクリスという夫の事を思い出しているのだろう。彼女が永遠に共に居ようとした男を……。
死を否定する力を持つ彼女の事だ。方法があるならきっと彼女は今頃行っている。
「しかし
と、ルセリアはルークを見て目を細める。
「お前は『霊視』を覚えて居たな?何処まで見える。自分自身はどう写っている?」
「靄が覆ってる。概念体のオーラだろ?」
「ふむ……それだけか?」
「………………」
「いや、まあ良い」
ルセリアは首を振ると踵を返す。
「飯にするぞ。三日は寝てたが……飯は食えるか」
「─────」
──大丈夫ルーク、ご飯食べられる?
──熱も引いたわね。お粥作ったの。食べる?
顔だけ向けてくるルセリアに、二人の女性の姿が重なる。
前世の母と、今世の母。どちらも魔族共の母とやらのせいで失った。
「……………」
頭が燃えるように熱く感じる。なのに思考は氷のように冷え切る。溢れ出る怒りや悲しみを察知したネロがニコニコ笑みを浮かべルークに抱きついてくる。
「ルーク、悲しいの?悔しいの?安心して、ネロが食べてあげる。ネロはルークが大好きだからね」
「……大好き?お前にそんな感情など有るのか?」
「む。ルセリアったら酷いんだから。ネロは好きが何なのか知ってるよ?欲することでしょ?気に入ることでしょ?相手のためになりたいと思うことでしょ?ネロはルークのモノだし、ルークはネロのモノ。ネロはルークが美味しい感情くれるから気に入ってる。ネロはルークの為に力を貸す。ほら、好きでしょ?」
「……………」
ネロの言葉に目を細めるルセリア。成る程確かに好きという条件はそろっている。
それに、と付け足すネロ。
「ネロはルークと永遠を過ごす契約をした。夫婦だって、死ねば別れるのに。だからネロとルークは世界で一番愛し合った相思相愛の恋人。恋人は大好きな人となるものでしょ?」
だからネロはルークが大好きなんだよ、と付け足すネロ。
「そうか……まあ良い。で、私を見て悲しみや怒りを感じるとはどういう了見だ?」
「………母さん達を、思い出した」
「…………鈍るか?」
「まさか……ただ、そうだな………ネロの言うところの、優しい気持ちにはなれるんだろう」
母は大好きだ。マザコンというわけではない。父も妹も大好きだ。友達だって、恩師だって好きといえる。もちろん人間だ、嫌いという相手もいる。村には居なかったが前世にはまあ居た。
そんな大好きな母と、家族と二度別れた。村を滅ぼされた。好きだったからこそ、悲しみや怒りも沸く。ネロに言わせれば優しいからこそ。
「だから、ああ………だから」
大好きな皆の顔を思い出すから、二度と会えないことを自覚するから──
「──ずっと憎悪に浸っていられる」
ズキズキと体中に痛みが走る。見ればゆらりと闇が溢れていた。知らず知らず闇魔法を使ってしまっていたらしい。
ネロの強化がなくとも、全身を鑢で削るような痛み。痛みに対する恐怖は食われているとはいえいい気分ではない。脂汗が出て膝を突きそうになり壁に手を突き支える。
「憎悪、か………それでお前は、魔族を滅ぼさんとするのか?出来ると、本気でそう思っているのか?」
「出来なくとも、やる。一匹でも多く殺すために」
「………そうか」
ルセリアはリビングに向かって歩き出す。ルークもそれに続いて歩き出した。
暗黒領域に存在する深い深い森。嘗ては禁忌の森と呼ばれ、大戦時代ですら近づくことを恐れられていた森。森の奥へ進めば進むほど強力な魔物が多くなり、しかし有る場所から再び弱くなる。その有る場所の中央には滅びた村が存在する。
その村から、一人の少年が森に向かって駆け出す。
自分より弱い獲物を殺して、自分より強い獲物を見つけると挑む。腕が折れようと腹に穴が空こうと回復魔法を使うと直ぐに敵を殺すために挑む。相手は魔物だ。負ければ殺される。だから勝つ。勝って喰らう。
それは英雄と讃えるには余りに血生臭い光景。
事実彼は英雄などになる気はない。これは、彼が復讐を果たすための物語なのだから。
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