まだ軟らかい血肉を掻き分け乾いた血で身体を汚したルークが縦穴から這い出る。こんな時にでも、日は昇るようだ。それは魔族襲撃という非日常から一転して日常的な光景。その光景を見た生き延びた者達は安堵しているかもしれない。まあ、第三結界の方は大騒ぎだろう。まだ魔物に群がられているに違いない。
「……………」
ルークは虚ろな瞳でフラフラと歩く。村に向かって、未だ炎がくすぶる民家を見て駆け出す。
「────!!」
風魔法や水魔法で炎を消し未だ熱を持った瓦礫を押し退ける。見つかった腕を引けば二の腕から先が炭化しておりボロリと欠片が崩れる。
それでも必死に叫び、瓦礫を退かしていく。誰か生き残りは居ないのか必死に探す。
父が死んだ。母が死んだ。狩りの師が死んだ。村の大人達が死んだ。トロルに殺された。自分を捜しに来たせいで。母以外は、自分を助けるために。
自分のせいじゃないと心のどこかで必死に言い訳をする。決まっていたことだ、仕方ないことだと、言い聞かせようとする。だから生き残りを捜すのだろう。自分のやったことが無駄じゃないと言いたくて。
「───あ」
だからそれを見つけて、固まる。子供の死体があった。本来なら生き残る筈の、子供達の死体。バラバラで原形もとどめていない肉片の中に子供の手が複数落ちていた。
「あ、あぁ……」
原形を保っていたアレンの死体の手をそっと取る。冷たく、脈がない確実に死んでいる。
──原因は何だ?
胸を大きく切り裂かれ、心臓まで傷が達している。これが致命傷だろう。
──何が原作と異なった?
問われるまでもなく、自分だ。自分の存在だけだ。
「ああ……──カハ、ヒュ───ハ──ッ!」
裂けんばかりに口を開き慟哭に胸を焼くのかと思いきや、喉の奥から出た音は何とも頼り無いことか。ヒューヒューと喉に詰め物でも詰まったかのように過呼吸を繰り返す。
「──ん!──くん!」
胸を押さえうずくまるルーク。その肩を、誰かが揺する。
「ルーク君!息をして!」
「!?──ハッ───ハァ──ニー……ナ?」
耳元で叫ばれ、その顔を間近で見て漸く正気を取り戻す。泥だらけのニーナが目尻に涙を蓄えルークを見つめていた。
「ルーク君、これ……皆、誰か生き残りは───」
「─────」
「ルーク君……?」
自分の身体にすがりつくように抱きついてきたルークに困惑するニーナ。こんな状況で喜べるほど図太い神経はしていないニーナは普段と違い弱々しいルークの態度に、違和感を覚えしかし震える彼をそっと抱きしめた。
「俺の……俺のせいだ……本当は、まだ生き残るはずだったのに……知ってたのに、備えてたのに、俺は……何も出来なくて……」
「……………」
「何で俺が、生き残って………俺なんかじゃなくて、ヤンク達が生き残れば……ごめん、ごめん……」
「……何で、ルーク君が謝るの?守らないのは悪いことかもしれないけど、守れないことは……し、仕方なくですませられないかもしれないけど、悪いことじゃないはずだよ?」
ルークは村が滅びてしまったことを自分のせいだと責めている。それが何故か、ニーナには解らない。だから、慰め方も解らない。だけど、何も出来ないのは嫌だ。何とか慰めようと言葉を探す。
「ルーク君……取り敢えず、移動しよ?何時、魔物が戻ってくるかも解らないよ……」
弱々しいルークを見て、守らなければと思ったニーナは何とか冷静さを取り戻しルークを起こす。ここに来るまで、死体を幾つも見た。その中にルークの死体がないことに安堵してしまったことに、自分を捜しに来てくれていたのだろう、獣に食われたかのような両親の死体に動揺するより先にルークを探しに行った自分に嫌悪感を覚えながらもルークが生きていたことが嬉しくて、だから死なせたくなくて隠れ家に運ぶ。
「………………?」
ルークは森の光景を見て違和感を覚える。死体の死に方がガルスやフリック達と異なるのは、別の魔物に襲われたのだろうと納得できる。だが、隠れ家の内幾つかが死体が中に誰かが居るわけでもないのに壊されていた。
「ル、ルーク君……待ってて……ご、ごはん取ってくる………」
「ま、待て……今、外に出ると……」
「大丈夫。魔物の気配感じたら、逃げるから……あ、危なくなったら叫ぶから」
服の端を掴むルークの手をそっと離す。さっきはああ言ったが、魔物だって直ぐには戻ってこないはずだ。だから、きっと大丈夫。
「……………」
何も出来なかった。何をしているんだ俺は。
結局村を救えなかった。それどころか、ヤンク達まで死なせてしまった。ニーナは、生きていてくれた。それだけは、救われた。そうだ、ニーナを守らなくては。
そのために、とにかく頭を冷やせ。自分を責めるのは後だ。取り敢えずニーナと一緒に保護されなくては………。
「………問題は、期間か」
保護されたことは知っているがそれが直ぐなのかは解らない。まあ、第四結界が破られて直ぐに保護に迎えるとは思えない。恐らくは数日。
食料は確かに必要だ。他の隠れ家から持ってくるべきだろう。
「ニーナを手伝うか────ッ!!」
外に出て、村人の死体を見つける。胸の内からくすぶる黒い感情を何とか押さえ、ニーナを追うために、その場から逃げるように走り出す。様変わりしてしまったが森が俺の庭であることには変わらない。踏みつけられた草や乾き脆くなり、その上で砕けている木の葉を手掛かりにニーナの向かった方向を見る。
きっとこの時、俺はニーナに依存しようとしていたのだろう、原作と異なり、死なせてしまった子供達の中で生き残ったニーナに、唯一失わずに済んだニーナに。
それはきっと罪なのだろう。彼女の両親が死ぬことを知りながら救うことも出来ず、本来なら生き残る筈だった彼女の友人を死なせ、それでも彼女に縋ろうとした。
それは罪だ
ああ、だけど──
罪には罰が
これは、流石に無いだろ?俺は失ったばかりだぞ。
「お、おい……何も殺さなくたって……」
「うるせぇ!何時助けが来るか解らねーんだぞ、少しでも多く……」
「そ、そうだな……俺も運ぶの手伝う」
他の隠れ家に隠していたであろう保存食を両腕に抱える男達。その足下に転がった、血を流し倒れるニーナ。
「お、おい……彼処……!」
「ほっとけ、ただのガキだ」
「…………死ね」
突如襲ってきた魔族の軍勢。しかし何名か逃げ切れた者達も居た。
所謂自分達のみを優先していち早く逃げた者達だ。そう言った者達は徒党を組む。本能的に理解しているのだ、この先群を作らなければならないと。
助けが来るまで、滅んだ村から食料を探す。持ち主がいても奪う。自然から見つけるよりよほど楽だ。
だから当然、場所を知っている村の一つに向かう途中、食料を抱えている幼い少女を見つけた彼等は迷わず襲った。抵抗されて、殺したが自分達が生き残るためだ。何も間違っていない。そう己に言い聞かせた。
まあ、罪悪感はあるのだろう。少女と同い年の少年が呆然と此方を見ているのを見て、逃げ出そうとしたのは間違いなく負い目からだ。と、最後尾を歩いていた男が不意に倒れる。何してる馬鹿と叫ぼうとすれば、最後尾の男の首に少年が持ったナイフを突き立てられている光景が目に映った。
「………は?」
仲間が殺された。それも、明らかな弱者である子供に。呆然とする中、1人の男が眼孔から脳を貫かれ、別の男が鎖骨の隙間から心臓を貫かれる。
何とか正気を取り戻した1人が殴りかかるが、蹴りを喰らい手の骨が砕ける。
彼等はレベルが低い。狩人でもなければ衛兵でもない。ただ畑を耕すだけが日課。ほぼ毎日狩りをしている少年に、ルークにステータスで劣る以上、勝てる確率はほぼゼロだ。
「ひ、ひぃ!人殺しぃ!」
「────!!」
男の1人が自分達の行動を棚に上げ情けなく叫べばルークの動きが止まる。ルークは男達と違い、敵でも、食料を奪う簒奪者相手でも人を殺す嫌悪感を拭いきれなかった。その隙をつき男の仲間が後ろから太い棒でルークを殴りつける。
「ぐあ、が!」
トロルにやられた場所に偶然あたりステータスの差など関係ないレベルの痛みを味わう。
「カ───!」
脇腹を押さえてうずくまるルークを憎々しげに睨みつける男達。ルークが彼等と違い、人殺しに嫌悪感があるように、彼等はルークと違い人を殺すのに抵抗は少ない。ルークが仲間を殺したのだから、それを理由に殺せる。先にルークの仲間を殺したのは彼等で彼等だってそれを知っているはずだがそんな事は気にしない。要するに自分は悪くないという理由さえあればいいのだ。
「このクソガキが!よくも仲間を!」
「このイカレ野郎が!!」
ルークが動けないと気付けば恐怖もなくなりドカドカ蹴ってくる。ギロリと睨みつけられ後ずさるが妙なプライドでも持っていたのか顔を赤くして棒を振り上げ───
「嗚呼、良かった。見つけられた。これで我等の母に顔向け出来る」
切り刻まれる。
文字通り崩れ落ちる男達の代わりにその場にたつのは1人の男。藍色の髪をかき分け伸びるねじ曲がった角は前方へと向けられ、蝙蝠のような翼を折り畳み出来るだけ身体を小さく見せようと跪く男の肌は、有り得ないほど青白い。
蒼白な顔だとか、不健康そうだとか、そういった類ではない。
文字通り青が混じった異様な肌。瞳は金色で、眼球は墨汁でも塗りたかったかのように黒い。
「………魔族」
「はい。魔族のアリストアと申します。御身がこの近くに住んでいるのを知りながら、迎えが遅れたことをお詫び申し上げます。我等の母がお待ちです。共に行きましょう」
「───ッ!?ふざ、ける───つぐぅ!!」
村を滅ぼしておいて、何をと叫ぼうとするが身体に走る劇痛で押し黙る。アリストアと名乗った魔族は魔法でルークの身体を浮かせる。
バサリと羽音を響かせ竜型の魔物が現れるとその背に乗り、ルークも乗せる。
「迷い人に、巻き込んでしまった者達に幸福を、それが我等の母の願いなのです」
そう言って微笑むアリストア。その目からは優しさなど感じれない。かといって、蔑みも………表情こそ変わるが、その目は一定。感情の映さぬ瞳を向けてくる。ルークはその目に、恐怖を覚えた。
感想お待ちしております
次回いよいよヒロイン登場!までいけたらいいなぁ