身体が動かせない。ルークはただ魔族の男を睨みつけている。
「そう睨まないでください。私に敵意はありません」
「俺には、ある……全部、壊しやがって!お前等のせいで、俺の家族が──!」
降り注いだ父だった肉塊の感触に、踏み殺され、焼き殺され、切り裂かれ、食われ殺された村人達の姿が頭を過ぎる。人間に殺されたニーナの姿が頭に過ぎる。
殺されるかもしれない。だが、叫ばずには居られない。
「それは、申し訳ありません。しかし───」
《………喜ばしいことです》
「─────ッ!!」
ルークの叫びにアリストアが返そうとした瞬間、唐突に虚空から女の声が響く。アリストアが竜の上で跪いたことから、彼より地位のある魔族か何かだろう。
《村が滅ぼされ、その原因である私達にこうも敵意を向ける。ああ、貴方は彼等を愛していたのですね。彼等との生活が、心から幸福だったのですね。喜ばしい……貴方がこの世界の命を愛してくれて、私は嬉しい》
「──────」
嫌な汗が流れる。聞こえてきた美しい声に、ルークは全身を這う悪寒を拭えずに居た。
何だこれは?凄く怖い。いや、怖いとかそういう次元じゃない………。トロルに叩かれ、近づく気配に死を覚悟した時ですらこれほどの恐怖は感じなかった。
眼前に惑星でも現れたかのような威圧感に、喉が渇く。呼吸を忘れたかのように息に詰まる。時間よ止まれと願うように、自分自身を固めてしまう。
《1人は力を、1人は愛を求めました。だけど貴方は、既に満たされていたのですね。それを知らず、奪ってしまったことを謝罪します》
本来ならふざけるな!と、知ったような口を利くな!と、そう叫ぶべきだろう。そう言うべきだろう。だが、言えない。口が動いてくれない。
《ああ、ですが安心してください。こうして見つけた以上、貴方は、必ず幸せにします。他の方々と違い、既に幸福を得た貴方に、それを奪った私達が何を、と思うかもしれませんが、必ず。ああ、運命に感謝を……探して直ぐ、見つけられるなんて》
「───は?」
圧迫感も忘れ、その声が漏れた。此奴、今何て言った?
いや、本当はアリストアの台詞で気付いていた、しかし気付きたくなかった言葉。
「───探していた?俺を?」
「はい。言ったでしょう?迎えに来た、と──」
《貴方達は迷い人。異世界を知るための目となる存在、観測点……しかし世界に穴をあける行為には無理がありました。貴方達の魂は、此方に迷い込んでしまった。故に迷い人……貴方達の世界を見ました。彼処まで発展している世界に干渉しようとは思いませんが、平和な国でしたね》
「しかしこの世界は何かと危険が多い。そんな世界に、迷い込ませてしまったことに我等が母は責任を感じておりました」
《とはいえ、結界の中へと浸入は容易くとも大ざっぱな位置しか解らぬ現状。今回の予定に組み込んだのです。結界の一つが破られた時なら、第四領域では堂々と行動できますし他の領域の方達も混乱して周りを気にする余裕が減るでしょうからね》
「貴方だけは第四領域に居りました。故に、迎えに………」
「じゃあ、何か………?」
アリストアと声だけの女の言葉に、ルークは震える唇で、引きつった笑みを浮かべながら彼等に問いかける。とっくに出ている答えを、確認するために。
「俺の村に直接魔族であるお前が来たのも、トロル以外に別の魔物が居たのも、隠れ家を見つけ次第破壊されていたのも、子供を殺したのも、全部俺を見つけるため、か?」
「はい。あの辺りの村には多めの魔物を派遣しましたし、隠れ場を見つけた時に、良く探して破壊するように言い含めていました。まあ、全てを発見できたわけではないでしょうが。子供達に関しては、貴方自身関係は特に………いえ知能の低い魔物には迷い人様と純粋なこの世界の子供を区別できませんから、それを防ぐという意味がありますか」
《友人だったのですね。恋人も居たのでしょうか?ええ、怒りはもっともです……ですが私は───》
「───────」
何かを言っているが、聞こえない。目が飛び出るんではないかと思うほど見開き、虚空を見つめるルークは不意にキヒャ、と声を漏らす。
「は、はは───何だ、それ……何だそれ?やっぱり、俺のせいじゃないか……俺の……皆、俺が居たから───はは、ははは!」
救いたかった。備えてるつもりだった。だが、どうだ?そもそも魔族が自分を捜しに来ていたせいで、本来の歴史以上に死んだ。自分を残して、原因だけが残って村は滅びた。
「とんだ道化だな俺は!何が守りたかっただ!救いたかっただ!俺さえ生まれなければ、奪った人生で、浅ましく生き続けていなければ、本来死なずに済んだはずの命は、ちゃんと助かったのに!」
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。体の自由が利かない今、それしか感情を表現する方法がないから。
「………殺せ」
「……は?」
「俺を幸福にしたいんだろ?なら、殺せ………殺してくれ。俺を終わらせろ……」
《生きていなくては、幸福になれません。今は辛くとも───》
「生きていて幸福になれるわけでもないだろう!いや、なっちゃいけない。他人の身体で、そいつの人生を自分のもののように扱って………愛していただと?愛していたとも!それを、全部、俺のせいで失って、幸せを享受出来る筈が───!」
だが、その叫びもアリストアが眼前に手をやると止まる。瞳から光が失せ、瞼がゆっくりと閉じられる。
《………アリストア》
「出過ぎた真似を。しかし、話にならなかったでしょうから」
《そう、ですね。悲しみも怒りも、今の私には理解できない。貴方には、そもそも感情という機能がない………彼と解り合うのは難しいでしょう》
「ですが貴方は、この者を幸福にしたいのでしょう?結界を失った第四領域では、それも難しいでしょう」
《そうですね。魔族と11種族が争う………我が子が多く死ぬというのに、余所の世界の子供にかまける私を薄情だと思いますか?》
「いいえ。では、私は迷い人様をお送りいたします」
《ええ、任せましたよ》
ルークが感じていた威圧感が消える。アリストアは姿勢を戻しワイバーンを操る。向かうは暗黒領域に存在する魔族の領域。そこで保護を───
「ねえ、それ……私に頂戴?」
「────!?」
ゾワリとアリストアの全身を悪寒が這う。振り返った瞬間、アリストアの上半身とワイバーンの首半分から頭が消し飛んだ。
森の中の廃村、1人の少女が空を見上げる。その顔はとても不機嫌そうだ。
「魔族共が動いたか。相も変わらず行動原理の読めん不気味な連中だ………」
2000年前、突如として現れ人の世に攻め入った魔族。その後1000年も戦い続け撤退したが、その理由が解らない。暗黒領域は人の住めぬ不毛の地と思われているが、そうでもない。まだ人の住める領域は残っているし、開拓の余地は十分ある。故に魔族の目的が生存領域の強奪とは思えない。割に合わない。
それほど11種族が憎いのか、あるいは魔族以外不要という考えなのかと思えば、彼らの目からは憎しみだの、自分達以外の種族を認めないというような傲慢さも持っているようには見えない。
「まあ、私には関係ないか」
魔族達は敵対しなければ襲ってこない。少なくとも少女はそうだ。何せ、少女と戦うなど非生産的な事はない。11種族と戦うのもある意味非生産的だがあちらは11種族から死者という成果が出る。
「……む?」
だから彼女の家には基本的に誰も来ない。が、その日は気配を感じた。明らかに此方に向かってくる。警戒し、杖を握る。少女の幼い身体には不釣り合いな、少女の身長より長い杖を……。
「まってまって………私、敵対する気はないよお」
ガサガサと茂みをかき分け現れたのは黒髪の少女。肩に担がれた茶髪の少年はどうやら気絶しているらしい。
「………何者だ?」
「私は名無し。あのさー、その家にこの子寝かさせてくれない?」
スッと白魚のような指で差したのは少女の背後に建つ一軒家。少女1人しか住んでいないから部屋は余っているが、身元の知らぬ者を寝泊まりさせるほど心優しいわけではない。
「断る。ほかの家にしろ」
「やだよ。ボロボロじゃん」
「私の知ったことか」
この場で唯一まともな家は少女の後ろの家だけ。名無しと名乗った少女は周囲の虫食いや風化だらけの家を見てから、改めて少女の家をみる。
「そこのベッドなら虫もたかってなさそうだし、ねぇ、お願ぁい?」
「殺して奪え。それが世の掟だ」
「野蛮だなぁ……まあ、お姉さんがお金とか薬とか必要だとは思えないし、殺して奪えなんて意地悪言うし………はぁ、仕方ない。ごめんねルーク、私が抱きしめて温めるよ」
「─────待て」
去ろうとした名無しの言葉に少女はピクリと反応した。呼び止められた名無しはん?と振り返る。
「その子供の名は、ルークなのか?」
「そうだよ?」
「……………」
──子供の名前は、ルークにしよう。君と僕の名前から、一文字ずつ──
暫く黙り込んでいた少女は昔の記憶を思い出し頭をガリガリとかく。
「ベッドを貸してやる。奥の小部屋でな」
「………良いの?」
「構わん。その小僧の育て親に感謝しろ。その名でなければ、知ったことではなかったのだがな………」
そういって歩き出す少女の後を追い家に入る名無し。
「そういえば、貴方の名前何?」
「ルセリアだ」
目を覚ますと知らない天井が見えた。ここは、どこだ?どうして俺はここにいる。駄目だ、頭がぼーっとして思い出せない。
寝台から降りてドアに向かう。途中、鏡に映った俺の顔が見えた。前世とは、やはり異なる容姿。
──お前が居なければ──
「………え?」
不意に、鏡から声が聞こえた。幻聴?
──全部お前のせいだ。人の人生を奪って、自分だけ生き残って、何様のつもりだ?─
「───ッ!?ヒッ!」
ああ、そうだ。思い出した。村が滅んで、皆死んで……全部、俺の……!
──ああそうだ。俺が、ちゃんと生まれていたら、アレン達は!──
「う、うあああ!黙れ、黙れぇ!」
その声から逃げるように鏡を割る。窓を割る。俺を映す全ての物を破壊しようと暴れ回る。
だけど、これは俺の本心なのだ。俺は、俺が居なければ良かったと思っている。
「…う、あ………ごめん、なさい………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
許してください。こんな事になるなんて思わなかった。転生した自分が狙われるなんて………でも、狙われた事実は変わらない。ここは魔族の領域か?彼奴等は、俺を幸福にすると言っていた。
幸福に?俺が?俺のせいなのに、皆を殺した魔族の所で?ふざけるな!
砕けた鏡の欠片を拾う。覗き込めば、母さんの面影を残した子供が死ねと呟く。
「─────!」
「まったまった…………ふぅ、危ないなぁ」
ヒタリと白い掌が視界を覆う。鏡の欠片を持つ方の手首に冷たい指が蛇のように絡みつき、少しも動かせなくなる。
「死のうなんて考えちゃ駄目だよお、死んだら、魂が輪廻に帰っちゃう。精神も………まあ君なら意志を残したアンデッドになるかもだけどそういうのははいずれ消えちゃうからねえ」
「何だ、お前……!?離せ!」
「死んだって何にもならないよ?死者が蘇る訳でもないのに……」
「お前に、何が解る!」
「解るよお?君の苦しみ、悲しみ、怒り、自責…………ぜぇんぶ……だからほら、落ち着いて?良い子良い子」
「やめ────あ?」
振り払おうとするも、俺を後ろから抱きしめている奴が頭を撫でてくるとスゥ、と胸の奥を焦がす不快感が消え、頭が冷静になっていく。鏡の欠片を見ても、ただ俺の姿が映っているだけ。スルリと腕が離れ、腕の主は俺の前に移動してニッコリと微笑む。
「落ち着いた?」
この辺りではまず見ない黒髪黒目の目を見張る美少女。俺は、此奴を知っている。直接会ったことはないが、知識として知っている。
「………名無し?」
「あれ、ルークってば私のこと知ってるの?」
キョトンと首を傾げるその女は、原作においてノエルを闇落ちさせた存在であり、魔女と同じくゲーム内でおいて殺したという描写が存在しないキャラクター。
俺が冷静になったのも、此奴が俺の後悔や自責、悲しみや憎悪を食ったのだろう。
「?」
名無しは俺がじっと見ていると首を傾げたまま微笑んだ。
ヒロイン登場!
名無しちゃんは今の所名前無し。
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