鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第10話 妖怪殺し

 

 

 

 かち。かち。かち。

 

 大百足は鋭い牙を鳴らしながら、その長い体で1人残った私の周りを囲っていく。おそらくこのまま包囲を狭めて私を絞め殺すか、あの牙で噛み殺すつもりなのだろう。いずれにせよ、このままでは危ない。刀で斬ってみようか。

 

 目のまえを高速で移動する百足の胴体に目を走らせるが、厚い群青色の鎧のような甲殻に覆われており、このなまくらな刀でそれを突き通せるかは分からなかった。

 

「……ものは試しね」

 

 私は刀を振りかぶると、目の前を移動する百足の胴体に向けて思い切り斬り下ろした。

 

 ぴしっ、という音とともに百足の甲殻―ではなく、刀にひびが入った。私の膂力で硬い百足の甲殻に打ち付けたとはいえ、とんだ骨董品である。

 

 百足は私の抵抗に気付いて激昂したのか、先ほどよりも早く牙を打ちつける音が聞こえてくる。来るか、と身構えた瞬間、私の周囲をぐるりと囲んでいた百足の胴体が、一瞬で締まった。

 

「うっ!」

 

 がっちりと百足の胴体に巻き付かれ、極められていない両の腕以外は自由に動かすことができない。百足はそのままぎりぎりと圧力をかけてきた。自身の甲殻に挟んで私を圧死させるつもりらしい。

 

 しかし私を殺すには少々力不足だったようで、息が苦しくなる程度にしか圧力を感じない。並みの人間ならここで内臓や血液を吐き出して息絶えるのだろうが、その程度の力であれば私は殺せまいーそう思った瞬間、何故かこの百足に、既視感を覚えた。

 

 だが、ゆっくりとその理由を深く考える余裕などない。息苦しいのも嫌なので、拘束を解くことにした。小鈴もそろそろ逃げ切れたころだろうし、大百足と決着をつけるべきだろう。

 

私は百足の甲殻に1つに手をかけると、力任せに一枚、べりべりと引きはがす。そして無防備な肉が露わになったところに刀を数度、突き刺した。

 

 何百もの鼠が叫んだような、甲高い悲鳴があがった。どうやらこの大百足の発したものらしく、ぐらりと体を揺らがせたかと思うとすぐに私の拘束をほどいた。そして向き直った大百足の眼は、明らかに私の姿のみを捉えていた。

 

「……話はやっぱり通じないんですね」

 

 椛や射命丸とは違い、対話のできない相手。ちょうど地底で襲ってきたあの悪霊のように。この手の敵とはどちらかが死ぬまで戦わなければならないのだろう。

 

 直後、鎌首を深くもたげた大百足はその顎をかっと開き、真っすぐ私の首めがけて飛び掛かってきた。

 

 がくん、と視界が揺れる。

 

 見下ろすと、私の首は百足の顎に挟みこまれていた。百足はそのまま力を込めながら振り回す。私の体はそれに合わせて空中でぐらぐらと揺れたが、それでも、私の首は切断されるどころか意識も飛ぶことはなかった。

 

 結局、この大百足は自身の取りうるどの手段をもってしても私を殺すことはできないのである。鬼と野良妖怪の間にある無慈悲なまでの力の差をまざまざと感じながら、私は既視感の正体を確信した。

 

 絶対的な力の差のために上位者に生殺与奪の権利を奪われ、いつ消えるか分からない人生を虚しく生きていた、私と同じではないか。

 

 私は振り回されながら百足の口の隙間に刀を差し込み、落ち着いて上へ向ける。百足は一向に死ぬ気配どころか気絶もしない私を流石に不審に思ったのか、動きを止めた。

 

「妖怪にも、来世があるといいですね」

 

 言葉は通じないと分かっていたが、野良妖怪にも手向けの言葉はいるだろう。直後、私は柔らかい百足の口腔の上へ刀の切っ先をあてがうと、天へ向けて貫いた。

 

 くたり、と私の首を挟み込んでいた百足の顎から力が抜けた。解放された私が何とか地面に着地して見上げると、百足は最後にぎょろりと目を動かして、自らの脳天を見る。

 

 そこには小鈴から借り受けた刀の切っ先が、百足の頭を串刺しにして銀色に輝いていた。

 

 百足はそのままゆっくりと倒れた。その後に少し痙攣していたが、やがて動かなくなった。

 

「…………」

 

 この百足の妖怪は人間を襲って食べていたのだろうが、今回は襲った相手が自分より強かった、とそれだけの話である。

 

それでもただ殺される側だった私がいつのまにか殺す側へと変わってしまったという事実は、(もや)のような後味の悪さを私の胸の中に残していた。

 

(これが力……か)

 

 今も私は勇儀様の従者としてふさわしくなるために強さを求めているが、力を得た後は、それをどう使えばよいのだろうかー

 

 ねっとりとした百足の血糊は、月の光に照らされながら、いつまでも手のひらにその感触を残していた。

 

 

◆◆◆

 

 

 小鈴は鈴奈庵に逃げ戻ると、ぜえぜえと荒い息をしながら、壁にもたれかかっていた。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

 やがて落ち着くと、小鈴は椅子にぼすんと座った。

 

 あれほど大きい百足の妖怪に襲われれば、小鈴はひとたまりもなかっただろう。念のためにあざみを連れて行って本当に良かった—

 

「あの子……無事かしら」

 

 思考があざみに向かって初めて、思い出した。逃げるのに無我夢中でーそれでも本は手放さなかったがー小鈴はあざみを置いてきているのである。彼女がいくら仙人の弟子で天狗たちと渡り合える手練れだといっても、あの強そうな妖怪を相手にして勝てる保証があるだろうか。

 

 もし彼女があの百足に殺されていたら……それを思い、小鈴はぞっとした。そうなってしまえば、自分のせいで人が1人死んだことになるのだから。

 

(大丈夫よね。華扇さんの弟子なんだし)

 

 そうだ。野良妖怪の2、3匹は始末できる……そう思い込もうとしたが、あざみの華奢な体で妖怪を斃すところを想像できない。むしろ非力な人間として噛み殺されているというイメージが脳裏をちらつき、小鈴の罪悪感を煽っていた。

 

「どうしよ……どうしよ……」

 

 そう言って小鈴が頭を抱えた時、とんとん、と戸を叩く音が聞こえた。

 

「小鈴さん。開けてください」

 

 あざみの声。生きていたのだと安堵して、小鈴は戸を開けた。

 

「よかった、生きてて……って。何その血⁉ 大怪我してるじゃない⁉」

 

 あざみの着物にはどす黒い血が染み込み、彼女の頬には飛び散った血を拭った痕があった。そしてもともと赤に近かった髪も完全に血の色に染められている。あざみは心配する小鈴の様子に気付いたらしく、困ったように笑って、

 

「ああ、これ全部返り血です。心配しなくても結構ですよ」

 

「流石にそれだけ血だらけで心配しない方がおかしいわ。……まあ、あなたが無事で何よりだけど」

 

 先ほどまで彼女の命を心配していたが、当の本人はあの妖怪と渡り合った後であるにも関わらず、平然としているように見えた。これほど腕が立つのに、どうして妖怪退治を生業としないのか、本当に不思議である。

 

「それと……すみません。刀が折れてしまって……」

 

 そう言うと、あざみはおずおずと刃の部分が丁度半分になってしまっている刀を差し出した。

 

「……いいのよ。物置にあった奴だし。これが無くなってても誰も気にしないわ」

 

「それならいいんですけど……」

 

 あざみは手ぬぐいを取り出して丁寧に飛び散った血糊をふき取ると、椅子を引き寄せ、その上に座った。何をするつもりか、と小鈴がじっと見ていると、あざみは期待のこもった眼で小鈴の方を見返してきた。

 

「……約束のあれ、教えてください。男の人が女の人を守って蔵の前で刀を抜いたところからです」

 

「……ああー、あれね」

 

 そういえばそんな約束もしていた。小鈴は記憶をまさぐって、話の続きを思い出した。

 

「……えーと、その男の人が蔵の前で一睡もせずにずっと見張っていたの。それでその夜……」

 

「鬼が目の前に現れたんですか?」

 

「いや。結局その晩、鬼は男の目の前には現れなかった。少しうとうとし始めた時、夜が明けて、ついに好きな人を守り切ったと思って、男の人は戸を開けたわ」

 

「じゃあそれで2人とも無事に逃げられたんですね」

 

「いや……その蔵の中にいたはずの女の人の方は、いなくなってた。男の人が押し入れの前に立ってたんだけど、鬼はもともとその蔵の中にいたの。女の人は攫われる瞬間に悲鳴をあげたんだけど、雷の音にかき消されて、戸の外にいた男の人には聞こえなかったそうよ」

 

「……なんだかやりきれないお話ですね」

 

「そうね。でもまあこれは後になって鬼一口っていう話になってからのお話で、その前の宇治拾遺物語では……」

 

 小鈴がさらに言葉を連ねようとした時、がらがらと戸を開ける音がして、誰かが入ってきた。もう夕方も過ぎてとっくに閉店しているはずなのに、一体誰が—そう思ってそちらを見ると、入って来たのは茨木華扇—あざみの師である仙人だった。華扇はあざみを見つけると、心なしか冷気を孕んだ声で、

 

「いつまで待っても来ないと思ったら……ここで何をしてるの?」

 

 顔は微笑を浮かべているが、間違いなく華扇は怒っている。あざみは冷汗を流しながら、

 

「あっ……えーと、思いのほか仕事が長引いて……それに野良妖怪と戦わないといけなかったので……」

 

「でもさっき小鈴ちゃんにお話聞かせてもらってなかった? その余裕があるならもう少し早くこっちに来られるんじゃないの?」

 

 うぐ、とあざみが言葉に詰まるのを見て、華扇はあざみの首根っこを掴まえた。

 

「ほら。さっさと帰って修行するわよ。遅れてきた分、きっついのをね」

 

「そんなあ……」

 

 あざみは情けない声をあげながら、ずるずると引きずられていった。

 

「お邪魔したわね」

 

「あ、はい。あと、遅くなったのは私のせいもあるので……そんなに怒らないであげてください」

 

「……善処するわ」

 

 華扇はあざみの肩についていた血糊をちらりと見て、そう答える。そしてそのまま2人は鈴奈庵を出ると、小鈴の見送る中、墨を流したような闇の中に消えていった。

 

 

◆◆◆

 

 

「もう、今度遅れたら魔封じの札を貼るわよ?」

 

「それはやめてください……」

 

 私は水を張った桶に雑巾を浸しながら答える。小鈴の護衛で修行に遅れた日から1週間ほどが経っていた。私は華扇に怒られ、罰として1週間、屋敷の掃除を課せられていたのだが、ようやくそれから解放されるのである。そう思って桶の水を運んでいこうとしたとき、華扇は「ちょっと待って」と私を呼び止めた。

 

「そうそう、あなた、お休みはいらない?」

 

「お休み? 元からないものだと思っていましたが」

 

私の今の生活は、真夜中から朝まで寝て、昼の間に鈴奈庵に勤め、夕方から夜は華扇の屋敷で修行、就寝する、という単純なものである。地底にいたころの働いて寝るの繰り返しよりはましになったが、お休みという概念がいまいち実感として湧いてこない。

 

「そうか……あなた、ずっと働いてたっけ。道理で嬉しそうな顔をしないわけね。鈴奈庵はお休みあるの?」

 

「はい。1週間に1日。その日は別のお仕事を入れようかと思ってるんですが」

 

「……勤勉ね。霊夢と足して2で割れば丁度いいのに」

 

 華扇はぼやきながら、うーんと唸る。

 

「どうしたんですか?」

 

「ちょっと人手が欲しい案件があるの。そのお休みの日、私と一緒に来てくれないかしら?」

 

「丁度することも無いですし、お引き受けしますが……どこに行くんです?」

 

「魔法の森よ。そこでちょっと不穏な動きがあるらしいわ」

 

 

 

 

 

 




・百足とあざみの能力差
まず負けない。身体能力に限って言えば、勇儀>あざみ>天狗>百足。
・鬼一口
2段目の落ちはここでは紹介されない。しかしこの結末が好きなら2つ目の落ちを見るのはあまりおすすめできない。
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