鬼少女の幻想奇譚 作:らくしゅみ
遠くから何かの遠吠えが聞こえてきて、少しびくりとした。辺りを見回すが、深い霧に包まれ、視界が悪い。そこらにある木々も霧のせいで幽霊のように見える。もともとじめじめしていた場所だから気温が下がると霧が出やすいのだろう。
「何かここ怖いですよ……じめじめしてちょっと気分も悪いですし」
私がそう言うと、前を歩く華扇は気にもしていないようで、
「そういえばこの辺りは茸の胞子やら何やらが飛んでたわね」
「早く出たいんですが……手伝ってほしい話って?」
私は華扇に連れられてこの魔法の森に来ているのだが、華扇からは何をすればよいのか聞かされていなかった。こんなじめじめした森に入って、一体何をするのだろうか。
「……鉄砲を持った奴が、この魔法の森にいるって話。鉄砲っていう武器は聞いたことある?」
「……あの鉄と木でできた長筒のことですか?」
「そうそれ。火薬の力で鉛の弾を撃ちだして相手を殺す武器よ。妖怪でも当たったらちょっと怪我するわ。で、ここからが本題なんだけど……前に里の人間がどうしても薬を作るのに必要な茸が必要だっていうんで2人で入ったらしいの。それで茸を取っているところに、遠くから銃声が聞こえて、そのうちの1人の肩が撃ち抜かれたそうよ」
「それってつまり……見境なく撃ってるってことですか?」
そう訊くと、華扇は周囲をきょろきょろと見回しながら、
「ええ。前に似たような事件があって、その時は野鉄砲っていう妖怪の仕業だったから今回もそうかと思ったんだけど……妖怪も人もすすんで魔法の森に入るわけが無いわ。現にあなたはあまりここに長居したくないでしょう?」
「まあ、そうですね……」
瘴気が漂っているだけでなく銃を持った何者かが潜んでいると教えられたら、誰でも長居したくないと思うのは当然だろう。
「まあ、これだけ広い場所だから、探すのにあなたの手が必要ってわけ。人間にやらせたら危険でしょう? 霊夢が撃たれたら大変だし、人が立ち入るのは危険。だからあなたに頼んだのよ」
「そうですか。でもこの霧じゃいくら何でも迷いますよ。どこか先導してくれる人はいないんですか?」
「ええ。しばらく歩くことになるけど、そこに案内してくれそうな知り合いがいるのよ」
◆◆◆
相変わらず霧に包まれている木々の間を通り、ようやく私と華扇は一つの家にたどり着いた。紅魔館ほど豪奢ではないが洋風で、『霧雨魔法店』の看板が掛けられている。
「魔理沙。来たわよ」
華扇がこんこんこん、とノックすると、戸はすぐに開き、金髪を一部編みこんだ魔女の格好をした女の子がひょっこりと顔を出した。
「何だ、華扇か。てっきり銃を持った奴がウチに強盗しにきたのかと思ったよ」
「この家にそんな値打ちものがそんなにあるの? 茸か魔導書くらいでしょ」
「まあ、その通りだけど……って、後ろにいるのは誰なんだぜ?」
「私の弟子よ。あざみって言うの」
それを聞いた少女—魔理沙は、「へえ、珍しいな」と言って、顔をあげた。
「私は霧雨魔理沙だ。よろしくな」
「こちらこそ。……それでなんで魔理沙さんの家に来たんですか?」
「魔理沙はこの森の住人だからよ。事件についていろいろ知ってるだろうし」
華扇がそう言うと、魔理沙は目を丸くして、驚いたように言う。
「華扇、お前この森で銃を撃ちやがった奴がいるって話、聞いたのか?」
「ええ。人里でだけどね」
どうやら魔理沙も知っているらしい。彼女は私と華扇を家に招き入れ、扉を閉める。
「……まあいい。私もちょっと迷惑してたところだしな。この前、撃たれかけたんで、茸探しの範囲を狭めたんだぜ。おかげで採れる茸が少ないんだ」
「撃たれかけた? どこで?」
「ここから少し離れたところにある丘を越えた向こう側の辺りだ。幻覚茸がとれる場所なんだが」
私と華扇はそれを聞いて、顔を見合わせた。仮に銃を持った人物が幻覚を見る茸を独占したいのだとしても、何故そんなものを欲しがっているのかが分からない。魔理沙やパチュリーのような魔女ならともかく、一般人にはそうそう必要ないものだからだ。私たちの考えていることを察したらしく、魔理沙も首を捻りながら続ける。
「私も最初は人間かと思ってたんだが、霧の向こうに少し見えた影が人間にしては大きかったんだよな。だから私は銃を持った妖怪かと睨んでる」
「妖怪が銃を、と言うと不自然ですよね」
「ああ。だけど銃が危なくて近づけないし、どうしようかと思ってたんだよ。華扇は銃弾大丈夫か?」
「まあ流石に数発撃たれた程度じゃ死なないけど。そもそも、危なそうな話なら首を突っ込まないわ」
華扇はそう言って窓から外を眺め、ますます濃くなる霧にため息をついた。
「……これからその場所に行きたいんだけど、案内してくれる?」
「いいぜ。でも鉄砲持った奴がいたら私はさっさと退散するから、後はよろしくな」
魔理沙はそう言って机に置いてあった大きなとんがり帽子を被ると、白いマフラーを巻き、手袋をつけていた。
「あなたそんなに寒がりだったっけ?」
「違う。防弾マフラーだよ。硬い素材をより合わせて作ってみたんだ」
「また訳の分からないものを……」
どうやら魔理沙もこんな森の奥まで来る客がいるのかは知らないが、一応「魔法店」を営んでいるだけあって、妙な道具を作ることもできるらしい。私が感心していると、華扇がぱちんと手を叩いた。
「じゃあ早速その場所に行ってみましょう」
◆◆◆
相変わらず外は深い霧に覆われていたが、魔理沙は木々を見てすいすいと先を歩いていく。おそらくこの森は彼女にとって庭のようなものなのだろう、そう思わせるほど、自信たっぷりに進んでいた。
「……もうすぐ着くの?」
「いいや。もうちょい先だ。まあでもお前が来てくれて助かったよ。霊夢は多分動かないだろうし、そもそもあいつは妖怪に対して強くても、相手が人間だったら信仰とか立場的に強く出られないだろうしな」
華扇から霊夢という名を聞いたときはどこかで聞いたことがあるような名前だな、と思った程度だったが、そういえばその名は当代の博麗の巫女の名前だった。以前の地底異変で目の前にいる魔理沙とともに地底に現れた解決者であり、最強の調停者でもあるらしい。私は面識がないので霊夢という人物がどういう人間かは知らない。
「そういえばちょくちょく霊夢さんって話題に上がってきますけど、どういう人なんですか?」
私が訊くと、魔理沙は少し考えて答える。
「まあ、まずは金にがめつい奴だ。信仰しなくても多分賽銭入れれば態度変わるし。それに、面倒臭がり屋だな。あいつが修行してるの見たことないぜ」
以前私が出会った巫女と比べると、霊夢は相当の不真面目であるようだった。しかし魔理沙曰く、異変の時は「とりあえず出会った奴は神だろうが妖怪だろうがぶっ飛ばす」人間であるらしい。それを聞いて、ますます博麗と関わり合いたくないという気持ちが胸の中に広がった。
私が自分の足で博麗神社に行くことは絶対に無いだろうな、と思いながら歩いていると、魔理沙は急に立ち止まった。
「……ここが例の丘?」
「そうだぜ。ここの向こうにいるのをよく目撃されるらしい」
魔理沙はそう言って、丘—といっても森の中の少し小高い部分をそう指しているだけらしい—を登り始める。私と華扇もそれにならって好き勝手に生えている草を踏みしめながらついていった。
私たちが登り切ると、魔理沙はマフラーの隙間から白い息を吐きながら、麓を指さす。
「………ほら、あのあたりに見えるんだ」
丘からそちらを眺めると、白い靄の向こうに、確かに黒い影がいくつかちらついていた。他の木々に紛れて分かりにくいが、人の形をしたそれだけがゆらゆらと揺れている。
「前来た時は1人だけだったんだがな。結構数が多くなってるぜ」
魔理沙は腕組みをしてため息をつく。華扇はじっと影を見つめていたが、何を思ったのか、右手を大きく振った。
すると、向こうの影の一つが、華扇と同じように手を振り返してくる。いや、振り返してくるというよりは華扇の動きに連動しているといったほうが正確だろう。華扇は手を下ろすと、唖然とする魔理沙と私に振り向いて、説明を始めた。
「この影の正体は分かったわ。これはいわゆる「御光」ね。霧に私たちの影が映ってるだけよ。普通は高い山で霧が出た時なんかに起こるんだけど、平地でも条件が整えば起こることがある現象よ」
「じゃあ大きな影を見たっていうのは……」
「十中八九、これね。普通は気づきそうなものだけれど……多分撃たれて動転して、影が自分のものだって分からなかったんでしょ」
華扇はそう言いながら、影の方へ歩き始める。
「だから、妖怪じゃなくて、相手は霧に隠れてこそこそ何かをしている人間よ。意外と分かりやすい事件だっ—」
その瞬間、銃声が轟いた。華扇はよろめき、数歩後ずさる。そして息もつかせず、2発目、3発目の炸裂音が響き、華扇は仰向けに倒れた。
「……何だ⁉」
走り寄ろうとする魔理沙を押さえつけて伏せさせる。華扇がこの程度の攻撃で死ぬわけはないが、魔理沙は人間である。殺し合いを目的としていない弾幕ごっこでは強くても、こんな血なまぐさい争いに巻き込むわけにはいくまい。
「伏せててください。本当に危ないので」
「……分かった。私は邪魔だろうし、さっさとふけさせてもらうぜ」
魔理沙は身を屈めながら、そろそろと狙撃者と反対の方向へ歩いていく。そしてそれを確認すると、私は華扇が倒れている方へ駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫ではないけど。いきなり撃たれてびっくりしただけよ」
華扇は痛みに顔をしかめながら起き上がると、命中した弾丸を捨てる。
「銃は一回撃つと弾込めに時間がかかるはずだから、少なくとも相手は3人はいるわ。全部とっつかまえて、慧音に引き渡すのがいいでしょう」
その妙に慣れた物言いは、まるで華扇が何度もそんなことをしたことがあるように聞こえた。
「……こういうことって、よくあることなんですか?」
それを聞いた華扇は苦々しい顔をして、頷いた。
「たまにあるわ。普通はこんなことは無いけど、それでも罪を犯す人間は出てくる。そういう時は霊夢とか魔理沙には知らせないで私とか他の妖怪が何とかするんだけど……流石に私だけで捕まえるのは難しいから、あなたにも手伝ってもらいたくてね」
「……殺すんですか?」
「それはしない。生きたまま捕まえて」
華扇の言葉に、少し安心した。私が妖怪であるといっても、人間を殺すのは嫌だった。大百足を殺した時点で私の手は汚れているのだが、やはり人を殺すのと話の通じない妖怪を殺すことの間には大きな壁がある。
「私は空から先回りするから、あなたはそのまま追って行って」
華扇はそう言うと、ふわりと飛び上がった。そして私は指示通り、森を駆けて華扇が撃たれた時に見えた光の方へ駆ける。
しかし霧が深く、どちらへ逃げたのか見当がつかない。私が立ち止まってきょろきょろと見回していると、右手から数人が急いで逃げる音が聞こえてきた。
「……そっちか!」
私が音の聞こえる方に追いすがると、逃走者たちもそれに気づいたらしく、こちらに発砲してきた。銃弾が耳元を掠め、傍の木々に命中する。どうやら正確に命中させる余裕はなく、
私は視界にとらえた逃走者たちを見て、一気に追う速度を上げた。人間の、しかも銃を抱えている状態の脚力では鬼の私を撒けるはずもなく、距離はどんどん縮まっていく。そして私は最後尾を走る人間の腕を掴んで引き留めた。
「捕まえた」
私がそう言って座ってもらおうと力を込めると、捕まった人間—無精ひげの生えた40歳ごろの人間だった—は暴れて逃げ出そうとしたので、怪我をさせないよう細心の注意を払いながら、銃を奪って組み伏せた。
「俺は何も知らねえ! あいつらが勝手に俺を誘ったんだ」
男は逃げ切れないことを悟ると、何故か必死に弁解を始めた。私も彼らが何をしていたかも知らないのできょとんとしていたが、男は押さえつけられながら私の顔を見上げ、そして同時に驚愕の色に変わった。
「………本家、か」
そう言うと、男はそれ以上抵抗するそぶりを見せず、おとなしくなった。男の言ったことも状況も何もかも分からなかったが、この男は放っておいて残りを追いかけたほうがいいだろうかと思い、私は顔を上げた。
「……そっちも捕まえたのね」
すると、霧の向こうから、華扇が現れた。後ろにおとなしくお縄についている3人の男を連れ、ゆっくりと歩いてくる。そして後ろの3人は私の顔を見るや、先ほどの男と同じようにそろって驚きの表情を浮かべ、「もう気づかれてたのか」と呟く。
「……何をしたか全て教えてくれますか?」
よくわからないが、彼らはすでに何かを諦めているように見える。話を聞けば、何が起きていたのかがはっきりとするかもしれない。
華扇もそれを察したのか、何も言わず彼らのうち誰かが口を開くのを待っていた。するとそのうちの1人が口を開いて、答えた。
「……わかりやした。多分俺らの企みは全部調べがついてるんでしょう。本家—いや、稗田阿求様」
・霧に包まれる魔法の森
ほぼ冬。普段はジャングルのような場所のため植物に元気がない。
・鉄砲
妖怪にもある程度は通じる。ただし鬼や仙人レベルの相手には効果が無い。
・防弾マフラー
物語には関係ないが、珍しく面白いアイデアが出たように感じる。いつか防弾マフラーを巻いた主人公の話を見かけたら、それは私が書いているかもしれない。
・御光
俗に言うブロッケンの妖怪。虹が見えたりすることもあるらしい。
・人里の治安
法はないが、問題を起こした者は村八分にあったり、妖怪にひそかに始末されたりする。