鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第12話 鏡合わせの2人

 

 

 

(阿求……確か小鈴さんもこの名前を言ってたっけ)

 

 しかし稗田。稗田か。予期しないところで、因縁の家名を見ることになるとは、どういう運命のいたずらだろうか。

 

 目の前にいる男の口から稗田の名が出た瞬間、私は思わず身を固くしていた。稗田というのは、私の生まれた家の名なのだから。

 

「俺たち分家の者たちが酒屋を営んでいることはもちろん知っていますよね。その商売に陰りが見えてきたことも。分家が何代続いているかは知りませんが、少なくとも阿求様のいる稗田本家から分かれてしばらくは暮らし向きはよくありませんでした」

 

それを聞いて、私が阿求と似ている理由が何となく分かってきた。私は酒屋を営む分家、阿求は御阿礼(みあれ)の子を中心としているらしい本家と別の生まれではあるが、同じ稗田一族なのだ。同じ血族であれば顔が似ているというのも頷ける話だ。

 

 私は黙って、男が語るのを聞いていた。おそらく私が阿求でないと知ったら、この男は話すのをやめてしまうだろう。

 

「……でも、何十年か前に龍神の加護っていうのを授かって、そのおかげでよく儲かってたんです。最近どういうわけか加護が消えちまったみたいで、稗田は落ちぶれ始めてるんですが」

 

「龍神の加護って何ですか?」

 

「先代だか先々代だかの旦那様が言ってた話で、商売がうまくいくように頼んだんだそうです。本当に龍神様の加護があったのかは知りませんが……確かに繁栄はしていたんです」

 

「……龍神、ねえ」

 

 華扇が、眉をよせて考え込み始めた。龍神とは、たしかこの幻想郷を作った神と言われる存在だったか。……だが、龍神を祀る神社は幻想郷に存在していない。加護をもらうもなにも、その旦那様がどこでそんな加護を得ることができたというのだろうか。

 

 男はおずおずと顔を上げて、私を見る。話を続けていいかということだろう。私は頷き、続きを促した。

 

「……急に儲からなくなって、にっちもさっちもいかなくなりやしてね。幻覚茸の汁を混ぜた酒が大人気だってんで、茸を取りに魔法の森に来てたというわけです」

 

「じゃあ、あなたたちの持ってる鉄砲はなに?」

 

 華扇が訊くと、男は慌てて答えた。

 

「こ、これは妖怪に襲われたら応戦できるようにって旦那様が俺たちに持たせてくれたんです。実際、この辺りには妙な奴が多くて、この前なんか白黒の妙な帽子を被った奴が来たんですよ。適当に撃ったら退散しましたがね」

 

 それを聞いて、華扇はため息をついた。おそらくその白黒とは魔理沙のことだろう。お互いが妖怪の類だと勘違いし合っていたのである。通常であればそんな勘違いは起こらないだろうが、この濃霧で相手の姿がよく見えなかったのだ。

 

「華扇さん、この人たちどうします?」

 

「まあ悪意はないにせよ人を怪我させたわけだし……それに毒性のある茸を酒に混入するのも良くないわね。ていうかそれを知られないためにこの霧の中で茸狩りしてたんじゃないの?」

 

「…………」

 

 男は何も答えなかった。図星だったらしい。

 

「とりあえず死んだ人はいないから、村八分とか妖怪に引き渡すほど重い罪ではない……かといってお咎めなしっていうのは軽いわよね……」

 

 華扇がそう考え込んでいるのを見た男は私の方を見て、心配そうに訊いてくる。

 

「……阿求様の意向として、これから分家をどうするおつもりで?」

 

「あー、えっと……」

 

 もともと私は阿求ではないので意向も何も無いのだが、彼らからすれば、稗田の名に泥を塗った分家に対する本家の制裁は心配事の1つなのだろう。しかし今ここで私が「何もしない」と言って彼らを安心させることはできても、本物の阿求がそれと同じように答えるかどうか。偽阿求の私には荷が勝ちすぎる。

 

「……後で考えさせてもらいます」

 

 私が曖昧な返事をしてお茶を濁すと、男たちはいきなり罰を突き付けられなかったためか、少し安堵する気配を見せた。

 

「……それは判決が延びたってだけだけどね」

 

 そう言って男たちを嗜めると、華扇は私の方に近づいてきて、耳打ちした。

 

「……私はこれから慧音のところにこの人たちを引き渡しにいくから、あなたは本物の阿求のところにいって、分家をどうするか聞いてきなさい」

 

「ええ⁉ 私1人で、稗田本家に行くんですか?」

 

「当たり前でしょ。それにあなたならちょっといい着物着とけば勝手に家の人間も阿求と間違えて通してくれると思うわ」

 

「……普通に行ったら駄目なんですか?」

 

「駄目ってことはないだろうけど、そっちの方がやりやすいでしょう?」

 

 確かに、稗田本家ともなれば用向きも言わずに一般人が立ち入れるかどうかは怪しい。阿求のふりをして本家に潜り込むのが1番手っ取り早いだろう。

 

(でも、稗田か……)

 

 人里へ何度も来るうちに慣れはしたが、私を追い出した稗田家—今回向かわねばならないのは本家だが—となると、話は別だった。私の臆病は地上に出てからの数回の戦闘で幾分か克服できたような気がするが、稗田は私の最も恐れるもの—孤独の源なのだ。

 

「……ま、そういうわけだから。さっさと行ってきなさいよ」

 

「あの、これって役目を入れ替えることは……?」

 

「で・き・な・い。これも修行の一環よ。ほら。行きなさい」

 

……華扇は修行だと言って私をあちこちに連れまわすが、ひょっとすると私はいいように使われているだけではないのだろうか。そう思いながらも私はこっくりと頷き、薄れ始めた霧の向こうに向かって歩き出した。

 

 

◆◆◆

 

 

 ここのところ晴れ続きだが、今日も雲1つない空が頭上に広がっている。幻想郷は結界で囲まれているのでこの空もまやかしなのかもしれないが、それでも息苦しさは感じさせず、むしろ今の阿求の心を映しているかのように青々としていた。

 

(調子に乗っていっぱい借りすぎちゃったかしら?)

 

 何冊もの本を両手で抱えて、阿求はすれ違う人に気を付けながら歩いていた。昨日仕事が一段落したので、今日は鈴奈庵に行って小鈴とお喋りをしながら借りる本を選んでいたのである。

 

(やっぱり仕事をこなした後の本選びは最高ね)

 

 仕事が終わったという解放感、そしてどんな物語を読もうかという興奮のせいで、ついついいつもよりも多く本を借りてしまう。しかも今回は品ぞろえが妙に良くなっていたので、さらに数冊借りてしまった。

 

 何でも最近あの紅魔館の地下図書館から本を引っ張って来たそうで、小鈴は自慢げに魔導書を見せびらかせていた。紅魔館と言えば道中も紅魔館自体も危険度の高い場所である。だから阿求がよく行けたわね、と感心していると、小鈴は腕の立つ人を雇ったから、と答えた。

 

 腕の立つ者と言われて真っ先に思いついたのは霊夢と魔理沙だったが、2人とも小鈴に雇われるような柄ではないだろう。霊夢の賽銭箱は最近小康を保っているようだし、魔理沙もとりたければ勝手に紅魔館に侵入して盗っていくからだ。

 

 では誰が、と聞いてみると小鈴は「あざみっていううちの店員よ。まだ阿求は会ったことなかったっけ」と言っていた。

 

(新しい店員ねえ……)

 

 小鈴の話によると、阿求と顔がそっくりだそうで、暗い場所であれば見分けるのが難しいかもしれないということだった。本当に自分と姿が似ているのかどうかを確かめるために少し会ってみたい気もしたが、それは次の機会にしよう—そう考えた時に、ちょうど自分の家の前まで来ていた。

 

「帰りました」

 

 言ってから、その必要がないことに気がついた。今日は、家の者はあちこちへ出払っていて誰もいないのだ。聞いている者はいないと分かっていても、少し恥ずかしかった。ため息をつき、草履を揃えようとして—

 

「………?」

 

 阿求は、土間の隅に、自分のものの他にもう一足の赤い鼻緒の草履が揃えて置いてあるのに気がついた。誰かが自分よりも早く帰って来たのだろうか。そう思ったが、阿求はすぐに思い直した。確か稗田に出入りする者に、赤い鼻緒の草履を履いた者はいないのである。

 

ということは、客人がやって来て、何らかの理由でこの家に留まっているということだろう。

 

(でもわざわざ稗田に来て待つってことは、私に用があるのかしら)

 

 阿求は何十年、何百年もの間に幻想郷の記録を取り続けてきた御阿礼の子の9代目で、そんな立場の彼女は、時折妖怪から自分を恐ろしく書いてくれと頼まれることがあるのである。

 

 せっかく借りてきた本だが、客をあまり待たせるのもよくない。阿求は仕方なく本を自分の部屋に置き、客間へ向かうことにした。

 

 しかし自分の部屋の前まで来て障子に手をかけた時、向こうから少し光が漏れてきた。

 

(私、窓を開けっぱなしにしたかしら?)

 

 昼に何か書いたり読んだりするときは木窓を開いておくのだが、それ以外の時は盗難を防ぐためにも窓はきっちりと閉めている。阿求は少し首をかしげながら、障子を開いた。

 

「……あ、初めまして阿求さん」

 

 くすんだ緋色の着物を身に纏った1人の少女が、自分の座布団の上に正座していた。書き物をするための机、本棚などは阿求が出て行った時と何も変わっていなかったが、唯一、この少女だけがこの部屋と相容れない異分子としてそこに存在していた。

 

「……え?」

 

 そして、さらに阿求を驚かせたのは、まるで磨きこまれた鏡に映りこむ自分の姿のように、その少女があまりにも自分に似すぎていたことだった。阿求が固まっていると、少女は不思議そうに阿求を見つめながら、口を開いた。

 

「どうしたんですか?」

 

「……どうしたもこうしたもないでしょう! どうして私の部屋に上がり込んでるんですか!」

 

 それを聞いた少女は、はたとそれに気づいたような顔をして、頭を下げた。

 

「申し訳ありません。でも、ここの方がやりやすかったので」

 

 何が、と聞こうとして、阿求は彼女の右手に鉄砲が握られているのに気づき、ぎくりとした。やりやすかったというのはまさか、阿求自身を殺すことなのだろうか。

 

そう考えると、目の前の少女が阿求に似ているのも頷ける。家の者に怪しまれぬよう、阿求に化けて忍び込んできたのだ。

 

 顔が青ざめ、血の気が引いていく。目の前で剥き出しになっている銃身は鈍色に光り、そののっぺりとした輝きに似合わない獰猛さを醸し出していた。

 

そして少女が銃を持ち上げた瞬間、阿求は固く目を瞑った。転生の準備が完成していない今殺されれば、御阿礼の子は二度と生まれない。それはすなわち自分の意識がこの世から永劫に消滅してしまうことを意味していた。

 

「—っ!」

 

 身構え、弾丸が身を貫く痛みに耐えるための覚悟を決めたが、なかなかその痛みはやってこない。やがて阿求が目を開けると、銃を阿求に向けて差し出した少女が首をかしげてこちらを見つめていた。

 

「頭痛ですか? それならちゃんとした薬屋を呼んだ方がいいと思いますが」

 

「……いや、頭痛じゃなくて……ごめんなさい。ただの私の勘違いね」

 

よく考えると、阿求を消して得のある者はいない。暗殺者を差し向けられる心配はないのだ。

 

 阿求は鉄砲を受け取ると、その意外な重さに驚いた。目の前の少女は片手で無造作に渡してきたが、両手で受け取ってもずしりとくるほどの重みである。阿求はそれを自分の右手側に置いてから、目の前の少女に向き直った。

 

「……それで、私に鉄砲を渡して、何が言いたいわけですか?」

 

 

 

 

 

 

 私は魔法の森での顛末をかいつまんで話した。稗田分家の営む酒屋が振るわなくなっていること、魔法の森でとれた幻覚茸を酒に混ぜていたことも。

 

「………分家ですか」

 

 阿求はやはり稗田家の当主というべきか、じっと宙を睨んで考え事をしていた。しかし私の方は、どちらかというと阿求本人に興味があった。

 

(確かに、似てるなあ……)

 

 髪型や目の色など細かい部分を除けばほぼ私と同じ容姿で、遠い親戚であるというよりも、双子だったのではないかと思うほどだった。阿求はやがて私に目を戻し、答えた。

 

「……分かりました。後で分家の処罰に対しては追って返答するとあなたの上司にお伝えください。他の者とも話し合う必要があるので」

 

 結局本家の人間全員で話し合うのなら、私が来た意味は無かったかもしれない。そう思ったが、とりあえず仕事が終わったので、さっさとこの稗田本家から抜け出すことにした。

 

「では私はこの辺で帰らせていただき……」

 

「そういえばあなたの名前、ひょっとしてあざみじゃないですか?」

 

 阿求の問いに私が目を丸くすると、阿求はふふ、と笑って、「確かに」と呟く。

 

「確かに小鈴の言う通り……こんなに似た人間がいるなんて思いもしなかった」

 

「……同意見です」

 

 正確に言うと私は人間ではないが。そんな私の心のうちを知ってか知らずか、阿求は私の顔をまじまじと見つめ、首を捻っていた。

 

「親戚でも無いのにこんなに似るなんて……何か前世で因果があったんでしょうか?」

 

「……少なくとも私は阿求さんと会った記憶はないですがね」

 

 そもそも彼女が生まれたときには、おそらく私はすでに地底にいた。私の知る範囲では、血のつながり以外で彼女との接点は1つもない。

 

「髪型まで一緒にしたら、なかなか見分けられないかもしれないですね。ほら、私みたいに前髪をぱっつんてしたら……」

 

 そう言いながら、阿求は私の前髪を掻き分けようと右手を伸ばしてくる。

 

(まずい!)

 

 私は思わず、阿求の手を打ち払ってしまった。前髪を触られると角の感触で鬼だとすぐにばれてしまうので、普段は額に触れられないよう気を付けているのだが、少し油断していた。阿求の機嫌を損ねたのではないかとおそるおそる顔を上げると、阿求は決まりの悪そうな顔をして、

 

「あ……ごめんなさい。触られるの嫌いな人?」

 

「……いえ、そういうわけでは……こちらこそすみません。しかしそろそろ時間が時間なので、失礼させていただきます」

 

 そろそろ華扇も大方の仕事は片付いただろうし、早く阿求の言葉を伝えて帰らなければならない。すると阿求は何故か少し残念そうな顔をして、呟いた。

 

「夕方と夜の道は気をつけてくださいね。妖怪たちの時間です」

 

 私は阿求の言葉に頷くと、窓の外を見る。西の方からわずかに黄昏色の光が差し込み、()()()の時間が訪れようとしていた。

 

 




・稗田分家
酒屋を生業とする。最近まで龍神の加護があった。あざみはこちらの稗田家出身。
・稗田本家
御阿礼の子を中心としている人里の有力な家。分家と仲は悪くない。
・龍神
幻想郷を作った神様。現在はどこで何をしているのか全くの謎。
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