鬼少女の幻想奇譚 作:らくしゅみ
「ふんぬぬぬ……」
しんしんと冷え込む夜、私は華扇の道場の真ん中に座り込み、自分の掌に全集中力を注ぎ込んでいた。
華扇は先日の分家の男たちを掴まえたご褒美が貰えるということで人里の自警団の所へ行き、今は私一人が留守番をしている。先日の事件で結局阿求は分家に対して負傷した人への賠償を命じただけで、他の厳しい罰は必要ないとしたらしい。最初は身内びいきかと思われたが、事件の内容は里全体に知れ渡り、稗田分家はますます経営が悪化しているのだという。阿求が重罰を必要としないと判断したのは、それを見越していたからに違いない。罰は自分が下さなくても勝手に与えられるというわけである。
あの分家がどうなろうと私の知ったことではないが、1つだけ奇妙に思ったことがある。
それは、稗田分家は人里だけでなく地底にも酒を売っているはずなのに、龍神の加護が必要なほど商売がうまくいかないのか、ということである。
というのも勇儀様の従者になるきっかけとなった宴会で、「稗田之酒」という銘柄のものを見つけたのだ。おそらく地底と何らかの方法で取引を行っているはずである。地底での酒の需要は高いだろうし、金払いもいいはずなのに、どうして商売が傾くのだろうか。
そんなとりとめのない思考が頭に溢れはじめ、集中を乱す。私はぶんぶんと首を振ってそれをひっぺがすと、目を閉じた。
自分の体の中にある力を、体外に押し出すようなイメージ。一度弾幕の作り方を華扇に聞いてみたところ、そんなことを言われた。そのため、いつもさせられる苦行を耐えた後は弾幕を作ることができるか、就寝の時間まで試しているのだ。
しばらくその通りに集中してふと目を開けると、ぽつり、ぽつりといくつもの淡い光点が現れていた。いつもはここで終わりなのだが、今回はその光点は消え失せず、膨れ上がり始めた。
「……え、これひょっとして成功?」
私は戸惑いながらも集中を続け、手毬ほどの大きさになったところで妖力の供給をやめた。しかしそれでも光球の群れは消滅せず、ふわふわと私の周辺を漂っている。
「1、2、3……」
常に動き回っているため正確な数は分からなかったが、およそ10個程度といった所だろう。まだ弾幕を形作るほどの数は出ないし自在に操ることもできないが、ついに自分も弾幕を作ることができたのだ。
光球は私を中心として浮遊しており、私が歩くとそれに合わせて光球も移動する。橙色の光を放つそれらはまるで私を囲んで守っているようだった。
(触れられるのかしら?)
私は単純な興味から、そっと光球の一つに触れると—
閃光。遅れて一際大きな爆発音がして、頬に熱風が当たる。私は吹き飛ばされ、道場の壁に叩きつけられた。
「『決闘用』なの忘れてた……。でも、これなら十分……」
私は壁が傷んでいないか確認してから、起き上がった。少し服が煤けて袖の辺りが敗れたが、傷は負っていない。触れた弾幕が1つだけで、私の妖力がまだまだ貧弱だったせいもあるだろう。
(でも……弾幕は作れた!)
後は数を増やして操作できるようにし、一つの技―スペルカードに昇華させさえすればいいのだ。目標が定まり、早速周りの球を動かす練習を始めようと思ったその時、道場の扉ががらりと開いた。私がそちらに目をやると、右手に大きな包みを抱え、心なしか上機嫌に見える華扇の姿があった。
「帰ったわよ。人里でとっても美味しいお団子頂いちゃった。今からお茶入れて2人で食べ……って、どうしたの? それ」
「弾幕です。ついに作れました! これってどうやって動かすんですか?」
そう言うと、華扇は私と包みをちらりと見て、少し迷うそぶりをみせた後に答えた。
「それは後で教えてあげるから。お団子食べたくない?」
「そうですね。ちょうど私もお腹減って来たところですし、休憩しましょう」
お茶を淹れたり菓子を並べたりするのも私の役目である。私は団子の包みを華扇から受け取るため、走り寄る。すると華扇は途端に顔色を変え、ぎゅっと包みを抱きしめた。
「あなたの周りの弾幕全部消してから来なさい! このまま来たら—」
(……あ)
私は、たった1つの光球で私の身体が吹き飛ばされたことを思いだした。しかしそれに気付いたときはもう遅く、すで私の弾幕と華扇が伸ばしていた左腕が接触していた。
華扇は泣き笑いを浮かべ、私も避けられぬ運命に抗うのを諦めた直後、視界は眩い光に満たされていった。
◆◆◆
「……もう! せっかくもらったお団子なのに!」
「重ね重ねすみません……」
華扇は無事だった団子を口に放り込みながら、不機嫌そうに言った。私は不注意にも弾幕を華扇にぶつけてしまい、土産の団子を焼き、華扇の服をぼろぼろにしてしまったのだ。私の着物は2度目の衝撃に耐えられずずたずたになってしまったため、新しいものを華扇から貰った。
「……いい? 今度はちゃんと動くときは弾幕消してから。というかこれからは屋内で練習するのはやめてちょうだい」
「分かりました……」
私は黒焦げになっている串団子を口に入れ、その苦さに顔をしかめた。無事だった団子は華扇に回し、黒焦げで食べられそうにない方はもったいないので私が食べることにしたのだ。
「ほら。苦いって言ったでしょ。無理しなくて食べなくてもいいのよ」
「いえ。団子一個でも食べずに捨てるとバチが当たりますよ。それに黒団子もなかなか香ばしくて独特の風味が……」
そう言いながら私はあまりの苦さにむせてしまった。慌てて湯飲みを取り、お茶で流し込む。それを見ていた華扇は呆れた顔をすると、少し逡巡するような様子を見せ、団子を載せた皿をつっと私の方へ押しやった。
「……炭の塊なんて食べても美味しくないでしょ。何個か食べていいわよ」
「いえ。お気になさらず……」
「私が気になるのよ! あなたの目の前で1人だけ食べるってのも気分が悪いしね」
「……い、いただきます」
そう言われては華扇の善意を無下にはできない。私は団子の串を1本取って口に運んだ。先ほどの焦げ団子にあった炭の味はせず、もっちりとした口触り、ほんのりとした甘みが口の中に広がった。
「美味しいですね。しかも甘味なんて久々に食べました」
地底にも茶屋はあるが、勇儀様に会う前はとても手が出せなかったし、従者になった後は忙しくてのんびり茶をすする暇もなかったのである。
(そういえば勇儀様、どうしてるかなあ……)
私が勇儀様のもとを離れてそろそろ一カ月が過ぎようとしているが、きちんとご飯を食べているだろうか、お屋敷の床には埃がたまっていないだろうか。そう思うと地底の喧騒も少し懐かしく思えてくる。
(………いけないいけない。しっかりしないと)
しっかり自分の妖気を操れるようになるまで地底には帰らない。私は勇儀様とそう約束したのだ。鬼同士の約束なのだから、絶対に破るわけにはいかない。
私が望郷の念—地底を故郷と言えるならばそう表せるだろう—を押さえつけていると、華扇は団子をゆっくりと味わうように咀嚼しながら言った。
「……でも、弾幕を作れるようになったら操るのなんて簡単よ。妖気をうまく変質させれば形、色、速さなんかもすぐ分かるはず。というかあなたは妙な能力は無いみたいだし、妖力の扱いに特化すればおおよそのことはできると思うわ」
「……例えば何ですか?」
「そうね。さっきみたいな巨大な光球じゃなくて小さい粒をたくさん用意して疑似的に光の煙幕を作ったり、結界を作ることもできると思うわ。まあ皆面倒くさがってそこまで妖力の扱いに長けようとしないけど」
「なるほど……妖力だけでも使いようってことなんですね」
「まあ、そういうところは自分で考えるのが一番だけどね……あっ」
「どうしたんですか?」
華扇はちょっと待って、と言うと私に近づき、喉元に手を伸ばす。そして私の首にかかっている例の悪霊除けのお守りを外し、じっと見はじめた。
「……やっぱり。ちょっとほつれてる」
華扇は布地の一部がささくれ立っているお守りを私に見せた。よく見ると一緒についている赤い珠にも白いヒビが入っている。
「ああ、最近野良妖怪と戦ったりさっき爆発に巻き込まれたりしてたから、そのせいかもしれません」
先ほどの事故では着物が一丁駄目になってしまっているので、むしろこの程度ですんでいるのは奇跡と言えるのではないか。そう思ったが、華扇は首を振った。
「これは私が力を注いで作ったお守りよ。その程度でぼろぼろにはならない。考えられるのはこれが封じてる悪霊が力をつけている、もしくはそれを操る術者が強く命令しているという可能性かしら」
そう言われると、お守りのほつれも珠のヒビも、悪霊が邪魔なお守りを壊そうとした結果のように見えてくる。私はあの悪霊を思い出して、身震いした。
「……大丈夫。もっと強いお守りに変えてあげるわ」
華扇はそう言って部屋を出て、戻ってきた時には同じようなお守りを手にしていた。そして華扇はおもむろに、私の首にそれをかける。
「……知ってるかもしれないけど、悪霊はあなたを狙って襲ってきてる。それも、誰かに操られてね。あなたの出自に関係するのか、それは関係ないのか分からないけど……あなたを呪っている者が必ずどこかにいるはず」
「それが分からないんですよ。私は人に恨まれるようなことを何もしてないし、するような人も心当たりがないんです」
そう言った時、何代か前の巫女が、私を呪われている、と言ったことがあるのを思い出した。それゆえに私は里から追い出されたわけだが、災いとは、この悪霊をさして言ったに違いない。……ということは、悪霊に襲われることは私が生まれた直後にすでに決まっていた、ということになるのだ。
「術者の死後も悪霊が目標を追い続けることってありますか?」
「……無いわ。死んだらそれっきりよ」
では、少なくとも人間が私を呪っているわけではないうのは確かだ。人間であればまず寿命がもたない。妖怪や仙人のような寿命が長い者でないと私を呪い続けるのは不可能だろう。
(しかし……私を呪う人外か……)
人里で私の存在が邪魔だと思う者と言えば、当時の稗田本家、分家辺りだが、彼らが現在まで生きている可能性はない。しかも、その時に私は人間以外と出会ったことはほとんどないはずなのである。それゆえ考えられるのは人間から妖怪などに私を呪うよう依頼し、その契約の履行がまだ続いている、というところだろうか。
流石に情報が少なすぎて推測の域を出ないし突っ込みどころは多いが、やはりこれがしっくりくる仮説である。その相手を見つけることが至難の業なのだが。
「あ、雪」
華扇はそう言うと、窓の外を指さした。行燈の光に照らされ、闇の中で舞っている雪粒がちらほらと見え、やがてそれの勢いは激しさを増していく。吹雪に交じって時折響く甲高い風の音は、まるで悪霊が私を招くような声に聞こえた。
◆◆◆
昨夜の大雪で、辺り一面が銀世界だった。
雪を踏みしめる感触は心地いい。さくさくという小気味いい音と、いつもと違う道の弾力のようなものを感じるからだ。……だが、感触は心地よくても感覚は別で、私の足は鈴奈庵へ行くまでの道のりできんきんに冷えてしまっていた。
「うー、寒い寒い……」
今日のような寒い日のために買っておいた真っ白な足袋も生地が薄かったのか、冷気に貫かれて全く寒さを防げていない。おまけに地上の寒さを甘く見ていたので、手袋や襟巻きのような準備もしていなかった。地底は溶岩の熱や岩のおかげで熱が地底から逃げなかったので、ここよりも暖かかったのだ。
私は鈴奈庵の看板を見つけ、天の恵みを見つけたような気分になった。鈴奈庵は小鈴が
「おはようございます、小鈴さん」
私は戸を開けると、冷気を店内に入れないよう、すぐにぴしゃりと閉める。しかし小鈴はいつもの店番用の机には座っておらず、どうやら奥の方にいるようだった。私は少し大きめの声で小鈴に呼び掛ける。
「小鈴さーん、もう店始めるんじゃないですか?」
「……ん、あと15分だけおこたにいさせて……」
言い終わらないうちに、小鈴の声は消え行ってしまった。私があきれて店の待機室を覗くと、小鈴は
「こーのー!」
私が死ぬほど寒い思いをして鈴奈庵にやって来る間にぬくぬくと過ごしていたくせに、まだ15分などと言うのか。……私も普段はこの程度で怒らない程度には温和だと自負しているが、今ばかりは身も心も外の寒さで冷え切っていた。
私は天誅として極限まで冷えた手のひらで、小鈴の頬にそっと触れた。
「……冷たいっ!」
小鈴は私の手を振り払うと、雷もかくやというほどの敏捷さで炬燵に潜り込んだ。私は炬燵の中に手を突っ込んで小鈴の手首を探り当てると、そのままずるずると引きずり出す。その間、小鈴は寝ぼけまなこで怨みの言葉をつぶやいていた。
「もう、人が気持ちよく寝てるところを引きずりだすなんて……この鬼! 外道! 人でなし!」
図らずも私の正体を6割6分ほど当てながら、小鈴は炬燵へ戻ろうと抵抗する。
「小鈴さん、今日は仕入れに行く日なんですよね。そろそろ出発したらどうです?」
「そうね。ちょっと夢の世界で探してくる」
そう言って炬燵へ入ろうとする小鈴を掴まえ、店に引っ張りだそうと頑張っていると、店の入り口の方から戸を開ける音が聞こえてきた。
「……開店してるのかな?」
「……あ、はいそうです! どうぞ好きな本を見て言ってください!」
客が来ているので流石に行かねばならないと思ったのか、小鈴もしぶしぶ炬燵でのまどろみを諦め、「
「……あなたが、ひょっとして鈴奈庵の新しい店員さん。……あざみさんかな」
目の前にいたのは、流麗な白毛を腰まで伸ばした女性で、教師のような—というか実際そうなのだろう—出で立ちをしていた。
「はい。そうですが」
「……そうか。君は、お金を払えば護衛、殺し、風呂掃除までなんでもやってくれるらしいと聞いたんだが…」
「どこから聞いたんですか、そんな噂」
私は顔をしかめた。尾ひれがつきすぎて、まるで私が金の亡者のように聞こえるし、実際に働いたのは小鈴の護衛と華扇の協力だけである。
「ま、それはともかくちょっと頼みたいことがあるんだけど聞いてくれるかな。……そうそう、言い忘れたけど私の名前は上白沢慧音という」
・分家に冷たいあざみ
追い出された理由を仕方ないと分かってはいるが、いい感情はない。
・弾幕生成
弾幕は触れると光と爆音、衝撃がある。能力を弾幕の1部にしている者もいる。
・お守り
悪霊が強ければ強いほどいいお守りが必要になる。完全に壊れるとぼぎわんみたいなのが来るかもしれないので注意が必要。
・炬燵
火鉢が中央にあるタイプ。掘りごたつと違って寝やすい。