鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第14話 人妖の交わり

 

 

 

「将棋を教えてほしい、ですか?」

 

……やはり慧音は私を何でも屋とでも勘違いしているのではなかろうか。慧音が私に頼みたいことというのは寺子屋の子供たちに将棋の指し方を教えてほしいというものだったのである。しかも私が将棋を指せるか分からないのに、なぜそんな依頼をしてきたのか。

 

 そう言うと、慧音はああ、と言って答えた。

 

「今度生徒に教えてみようと思ってね。今日はここに将棋の本があるか探しにくるつもりだったんだけど、経験者がいた方が話は早いから。とりあえず近くにいた君に声をかけてみたんだ。指せる?」

 

「……まあ、駒の動きとかちょっとした戦法くらいは知ってますが」

 

 胴元をしているとき、勇儀様の賭場で賭け将棋というのを練習したことがある。とはいえ、私程度の者ならその辺りにもいるはずである。別を当たってもらう方がいいだろう。

 

「そうか。なら私が覚えて教える方が早いかな」

 

「……あ、待ってください。心当たりがあります」

 

 私が賭け将棋を横から見ていた時、それで遊んでいた鬼のうちの1人が、天狗の中には将棋好きな者が結構いると言っていたのを聞いたことがある。ひょっとしたら私が出会った射命丸や椛も将棋を(たしな)むかもしれない。

 

「心当たり?」

 

「はい。まあ本人たちに訊いてみないと分からないですけど、妖怪は将棋好きが多いですし、たぶんうまい人もいるんじゃないでしょうか」

 

「君の当てっていうのは妖怪か……」

 

 慧音は妖怪と子供たちを会わせるのに少し迷ったようだった。寺子屋に比較的無害な妖精や妖怪はいるらしいが、ただ妖怪と言われると躊躇してしまうらしい。しかし私が射命丸の名を出すと、途端に快諾した。

 

「射命丸あたりなら大丈夫かな。人里でも新聞を読んでる人もいるし、危害を加えてくる心配もないと思う」

 

 人間に危害を加えないという慧音の言葉に、私は若干の心配をしていた。というのもその彼女に(役目だったので仕方ないのかもしれないが)戦う一歩手前まで行ってしまったことがあるからである。

 

「……でも射命丸は取っつきやすいといえば取っつきやすいんだけど、ネタのないところには全く寄り付かないからね。彼女のツテがある人っていうのを始めて見たよ」

 

「はあ。でも射命丸さんが来てくれるかはわかりませんよ」

 

「その時は無害そうな別の妖怪でも」

 

 絶対来いと言えば射命丸はその通りにすると思うが、私は偉そうに他人を呼びつけたり勇儀様の威を傘に着るような真似をしたりするのは極力したくない。

 

「……紹介料はこれくらいでいいかな?」

 

 慧音が見せた金額は、人里で2週間は遊んで暮らせそうな大金だった。華扇への支払いも楽になるだろう。私が頷くと、慧音はふっと笑った。

 

「……まあ、これはある意味あざみさんへの正当な報酬みたいなものだからね」

 

「はい?」

 

「この前里を騒がした稗田分家の事件があっただろう。あれで分家のお偉方も反省したらしくてね。落ちた評判を取り戻すために、あちこちに寄付してるってわけなんだ」

 

「へえ、そうですか」

 

「……なんか急に声が冷たくなってないか。まあそれでウチにも寄付が来てね。でも今までの内容を教える分にはこれ以上金が必要なかったし、何か新しいことを教えたいと思ってね」

 

 それで将棋か。私と華扇が魔法の森で男たちを捕まえたことが回りまわってこのような形で戻ってくるとは、運命もなかなか気まぐれのようである。

 

「天狗の姿を間近で見るのもあの子たちにとっていい経験になると思うし」

 

 慧音は目を細め、教え子たちの顔を思い浮かべているようだった。彼女は子供たちのことを第一に考えて生きているのだろう。

 

私がもう少し幼ければこの先生の授業を聞いてみたかったな、と思ったが、そっと胸のうちにしまっておいた。

 

 

◆◆◆

 

 

 慧音と話した3日後、私は妖怪の山から引き抜いてくることに成功した1人の天狗を連れて、寺子屋への道を歩いていた。ただし彼女の髪の色は黒ではなく雪のように真っ白で、哨戒用の装束を着ている。

 

 目の前にいる白狼天狗—椛は、不満そうに鼻をならした。

 

「射命……いや、文さまから強制的に連れてこられたんですけど……私は何をすればいいんですか?」

 

 椛は射命丸の名を出すときだけ憎々しげに、しかし文さま、と呼ぶことはきっちりと守りながら、私に訊いてきた。私は、最初は射命丸に来てもらおうと思って会いに行ったのだが、射命丸は「今は手が離せない仕事があるから引き受けかねます。もっと適任者がいますしね」と言って、椛を代役として呼んできたのである。

 

「あれ、射命丸さんに言われたかと思ってましたが」

 

「私はただあなたについて行けと命じられただけですよ。休日中にね」

 

 椛は吐き捨てるように答える。緊急事態だと言われたので慌てて寝巻から着替え飛び出したのだという。椛は目を擦りながら、

 

「……ゆっくり昼まで寝るつもりだったのに。あの鳥頭は脳みそが小さすぎて部下をいたわるという心がないんですよ」

 

 眠気のせいか、椛の気性は荒くなっていた。人目もはばからず、射命丸への怨みつらみを並べている。こうなったのは私のせいでもあるので流石に申し訳なくなってきた。

 

「……すみません。きついなら今日は帰ってくださって結構ですよ」

 

 そう言うと、椛はため息をついて、首を振った。

 

「一応お仕事を聞いてからででもいいですか。あれでも一応上司の命令なんで、遂行せずに戻ってくることはできません」

 

 椛も相当の苦労をしているようである。あれほど鬼の権威の前にへりくだった射命丸が目の前にいる椛を顎でつかっているというのはなかなか想像しづらいところではあるが。

 

 そう思いながら、私は仕事の概要を伝えようと口を開いた。

 

「とりあえず、寺子屋の子供たちに将棋を教えてほしいんです」

 

「将棋⁉」

 

 椛の耳がぴくりと動き、こちらを振り向く。私が椛の異常な食いつきに驚いていると、椛はこほんと咳ばらいをして訊いて来た。

 

「一応聞いておきますけど、教えるのは本将棋でいいんですよね。私たちの大将棋は時間がかかりますから」

 

 私が頷くと、椛は少し機嫌が良くなったようだった。

 

「山の仲間と飽きるほど将棋やってますからね。人里で強い棋士が生まれて山に来ればいいのにってよく言ってたんですよ」

 

「さあ……それはどうでしょう」

 

 どうやら椛は相当の将棋好きらしい。しかも聞いたところによると独自の決まりを加えた将棋もしているようである。私が博打の道具くらいにしか考えていなかったのを彼女に知られたら間違いなく怒られるだろう。

 

 椛の方をちらりと見ると、先ほどまでのどんよりとした気配はどこへやら、椛はご機嫌に歩き出していた。

 

 

◆◆◆

 

 

 ぱちり、ぱちり、ぱちり、とお喋りの合間に鳴る駒音を聞きながら、私は子どもたちが指す将棋を見て回っていた。子供らしく素人の私が見ても無駄な手、かえって不利になる手が多かったが、習って間もないのだから当然だろう。

 

「……ね、これ詰みだよね」

 

 突然近くにいた男の子に袖を引っ張られ、私は盤を覗き込む。ごちゃごちゃと適当に駒を並べたような詰め方だったが確かに詰みではあるので頷く。

 

「でも私なんかよりあっちにいる椛さんの方が上手だから、そっちに訊いたらどうですか?」

 

「……えー、やだよ。キビシイもん」

 

 私と椛が寺子屋にも出張するようになったのは数日が経っていたが、力をつけたい子供は椛に師事し、のんびりと指したい子供は私を好んで頼るようになっていた。遠目に見ても椛の指導は苛烈で、確かに厳しかった。しかしその分効果はてきめんで、もはや私派の子供たちは誰も椛派に勝てないようになったらしい。

 

 私はあちこちを見て回って疲れると、慧音が座っているのを見つけ、そちらへ向かって歩いた。

 

「隣座っていいですか」

 

「どうぞどうぞ。お疲れ様」

 

 慧音はそう言ってから少し黙っていたが、やがてほうと息を吐きだした。

 

「……正直こんな遊戯に寄付を使っていいのかなんて思ってたけど、よかったみたいだ。ちゃんと身になる勉強もしてるみたいだし……」

 

慧音はチルノという妖精の悪手を咎めている椛をちらりと見た。

 

「妖怪とも楽しくやれているみたいだからね」

 

 一瞬私が妖怪であることがばれたのかと思ってひやりとしたが、椛だけを指して言ったらしい。私は胸をなでおろしながら、慧音の言葉に耳を傾けていた。

 

「本来、妖怪は人間に恐怖される対象であり、人間はそれを退治するという関係でなくてはならないっていうのがきまりだけど、たまにはこんな風に妖怪と人がこんな風に楽しむのもいいんじゃないかなって思うんだ」

 

「……そう思いますか」

 

「まあね。妖怪にも悪くない奴だっていくらでもいるから。……でも、生徒を喰ったりする奴なら、絶対許さないけど」

 

 慧音は冗談めかして、しかし嘘ではない響きを伴って答える。私はその言葉の裏に隠された並々ならぬ覚悟を見た気がして、わずかに後ろへいざった。

 

「……そういえば、若いのに寺子屋をやってるって、すごいですね」

 

「はは。私は見た目よりちょっと長く生きてるんだよ。後天性だけど、半獣だからね」

 

「後天性?」

 

「うん。両親は普通の人間。とっくに死んじゃってるけどね。だいたい、普通の人間同士の子が妖怪なわけがないでしょ」

 

「……今なんて言いました?」

 

「いや、人間の子が妖怪なわけないって……当たり前のことだけど。まあ、力は弱くなるけど森近さんみたいな人と妖怪のハーフとか、私みたいに後から人間を辞める場合もあるけど、基本的に人から妖怪は絶対に生まれないってこと」

 

 それを聞いて、私が今まで何も不自然に思っていなかったことが、疑問となって胸の奥にわだかまってきた。

 

(なら、私はいったいどうして妖怪に?)

 

 考えられるのは両親のどちらかが人間ではなく鬼で、私がハーフだったという場合である。確か父の方が稗田で、母が嫁入りしたという話は聞いていたから、この場合は母の方が鬼だったということになる。しかし慧音の話からは混血だと本来の種族より力が劣ってしまうというような印象を受ける。今のところ私の力は他の鬼と比べて格別に弱いというわけではないので、それは違うだろう。

 

「といっても実は例外的に1つだけ本来人間として生まれる予定だったものを妖怪にする方法が存在する。呪いだよ」

 

「呪い……」

 

 呪い、と聞いて真っ先にあの悪霊を思い出してしまった。だが、仮に私が妖怪である理由が呪いにあるのならば、私に悪霊をけしかけている者は私の出生と浅からぬ因縁があるはずである。

 

「これは私の知ってる話なんだけど、かなり前に稗田家で鬼の子どもが生まれるという事件が起きたらしい」

 

 私はゆっくりと顔を上げ、慧音の顔を見た。しかし慧音は世間話をするように、妙な緊張を感じさせていない。私の正体を見抜いて喋っていたのかと思ったが、ただ単に偶然だったらしい。

 

「……歴史の編纂のために阿求から資料を借りることがあるんだけどね。その時にたまたま見たんだよ。両親はともに人間なのに妖怪が生まれたって言うんで、博麗の巫女まで駆け付けたらしい。巫女は呪いの類だろうって言って呪いを防ぐための「封じ名」をつけ、ある程度育ってから里の外に追いやったんだって」

 

「その後は?」

 

「いろいろあったんだけど、2人目はちゃんとした子供が生まれて、家を継いだ。最初の子を妖怪化させた呪術者は捕まらなかったらしいけど」

 

 私の弟、もしくは妹が人間だったということは、母が実は鬼だったという可能性は消え去る。そして里で私を呪った相手が見つからないのも、相手が妖の類であったのなら頷ける話だ。

 

「……でも、その子を妖怪化させて何の得があるんですか?」

 

 一族を恨む者が私を殺すために悪霊を差し向けるのなら分かるが、妖怪化させた理由は何故なのだろうか。跡継ぎを絶やすためならわざわざそんなことをしなくても生まれた子を片っ端から殺して行けばいいはずである。

 

「まあ考えられるのは稗田家に負担を与えるためかな。妖怪を子どもとして育てるのは、大変なことなんだ」

 

 慧音は「そして」と言ってから、苦虫をかみつぶしたような顔をして、

 

「子供を何らかの儀式の……生贄って言うべきかな。それに使う時は普通の人間より妖怪の子の方が成功しやすい。だから稗田に呪いをかけるついでにあわよくば触媒にしてしまおうとか、そんな魂胆があったんじゃないかな」

 

「生贄……」

 

 では、あの時あれに食われていたら……ある程度予想はしていたが、あらためて背筋の凍る思いがした。敵は想像以上に剣呑な相手のようだ。それに、仮に敵の正体を突き止めることができたとしても私はそれを倒すことができるのだろうか。浮遊術を習得し、スペルカードもすでにいくつか作ってあるものの、全体的に未熟であるし、相手がそもそも決闘ルールに乗って来るかどうかもわからないのである。

 

「……終わりましたよ」

 

「うわっ、びっくりした」

 

 私が考え込んでいると、いつのまにか椛が目の前に立っていた。どうやら将棋教室を切り上げたようで、子どもたちは駒を片づけ、盤を棚に戻している。慧音は椛の方を見て、

 

「今日もありがとう。あと数回なんだけど、お願いできるかな」

 

「はい。私も自分を負かすことのできる相手が欲しいですしね」

 

 椛は顔こそ無表情だったが、尻尾は左右に揺れていた。尾は口ほどにものを言うということか。

 

「あざみさんも。やっぱり何でもできるじゃないか」

 

「その認識はあらためてほしいですけどね」

 

「はは、分かったよ。……2人とも、今日は帰っていいよ。後は私がやっとくから」

 

 外は既に夕焼けとなっていた。私と椛は慧音の言葉に甘え、寺子屋を後にした。途中で出ていく私たちに気付いた子供の1人が出てきて手を振って来たので、私たちも手を振り返しながら、道を歩いて行った。

 

「……では、この辺で」

 

 私と椛は里の外れで別れることになった。目的地は同じ妖怪の山だが、彼女は違う方向から行った方が早いのだという。

 

「明日もあるらしいから覚えててくださいねー」

 

「もちろん」

 

 椛は短く答え、しばらくしてから付け加えた。

 

「……最近の楽しみですし」

 

 ぼそりと言うと、椛は飛び去ってしまった。射命丸のせいでもあるとはいえ半ば強引に連れてきてしまっていたので申し訳なく思っていたが、楽しんでいるのなら許してもらえるだろう。

 

 私は紅色に染まる空の向こうにある山の頂を見据えた。徒歩であれば全力で走っても華扇の屋敷にはつかないが、今の私にはあの術がある。

 

 私がいったん目をつむって呼吸を整え、印を切ると、ふわりと体が持ち上がった。

 

これは数日前に華扇が教えてくれた浮遊術である。呼吸を整えたり印を切ったりするのは術を使いやすくする儀式のようなもので、慣れてくると省略できるらしい。私はまだまだ修行足らずなので必ずそれをしなくてはならないし、自由自在に空を駆けることもできないが。

 

(でも……飛べるっていうのは……いいな)

 

 空から見る景色は、地上とは全く違う。人も森も大きな湖も、一つの手入れの行き届いた箱庭のように見えるのだ。ようやく勇儀様や華扇が見ているのと同じものを見られたような気がして、嬉しかった。

 

 私は無限の夕陽に包まれ、太陽を追うように飛び続けた。冬の夜は早いから、もう少し早く飛ばなければ華扇に大目玉をくらってしまう—そう思って加速しようとした瞬間、私の足を誰かが掴んだ。

 

「ひゃいっ⁉」

 

 驚いた拍子に術が解除され、身体ががくんと地上へ吸い込まれそうになる。しかし、その手がしっかりと私の足を掴んでいたおかげで墜落を免れることができた。

 

「ど、どうも、ありがとうございます……」

 

 私は逆さになりながらも裾がめくれ上がらないよう押さえ、お礼を言った。数回の浮遊経験で慣れたかと思ったが、目の眩むような高さで宙づりになっているのは流石に怖い。気を落ち着けて素早く印を切り、浮遊術を掛け直した。そして足を掴まれた方向に目を向け、私は絶句した。

 

 空間の裂け目のようなものから、1本の細い腕だけが飛び出ていたのだから。

 

「あらあら。びっくりさせちゃったみたいで申し訳ないわね」

 

 声とともに切れ目が広がり、腕の持ち主の姿があらわになった。白い帽子に豊かな金髪、紫を基調とした洋風の服に身を包んだ女性で、口元にはうっすらとした微笑をたたえている。容姿は美しいが、どこか怪しいというか信用の置けないように直感したのはいささか早計だろうか。

 

「私は八雲紫よ。幻想郷の、いわば……管理人をしている者」

 

「私に何の用ですか?」

 

 上空を飛ぶ私を奇妙な能力で捕まえにきたり、身に纏う雰囲気が人間のそれとは違う時点で相手が人間ではないということはわかる。彼女が私に接触してきた理由が知りたいのである。

 

「用ねえ……ちょっと質問したいだけよ。あなた風に言い換えると……」

 

 紫は空間の切れ目から少し身を乗り出し、私の耳元でささやいた。

 

「鬼が人のふりして来るなんて、人里に何の用ですか、なんてね」

 

 




・将棋
日本史上最も面白いゲーム。(囲碁派の方はごめんなさい)幻想郷では一部を除いて現在と変わらず本将棋を指している。ちなみに角換わりや横歩取り、穴熊系の対振り持久戦などの戦法の整備は最近に行われたので、知るためには外の世界から流れてくる本に頼らざるを得ない。
・あざみの学
一応10歳まで育てられたので和差積商の四則演算、読み書き等はできる。地頭は悪くない。
・印を切る
 本来は邪鬼を払うものなので途中までしかしない。いわゆるルーティンという行為。
・慧音と稗田家の繋がり
 歴史書の編纂のため、稗田家から資料を借りている。
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