鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第15話 地獄変

 

 

 

「……そういえば、こういう時間帯を、黄昏時って言うじゃない?」

 

八雲紫は、私の方に視線を向けながら、何気ない調子でそう言った。

 

「黄昏っていうのは、薄暗くなって近くの相手の顔も見えなくなってしまって、会った人に『誰そ彼』と訊かないといけないことから来てるらしいわ。……まあ、私は訊かなくてもあなたの正体を知っているわけだけどね」

 

 紫は目を細めると、まるで思考を読もうとするかのように、私の目を覗き込んだ。

 

「……数日監視してみたけど人を害する意志があるわけではないようだし。問題ないかしら?」

 

「数日って……つまりあなたは、私をずうっと監視してたんですか?」

 

 肌が粟立った。私がさっと身を引くと、紫は少し慌てて付け足した。

 

「流石に四六時中見てるわけじゃないわよ。私もそんなに暇じゃないしね。ただ、華扇の弟子だって言うからちょっと調べてみたの」

 

 華扇の名を思い出して、私ははっとした。彼女との約束の1つ、つまり私の正体を隠すことに失敗したのである。

 

「……華扇がこっち側だから、あなたももしかしたらと思って調べてみたら、大当たりだったってことね。それで、ここに来てる理由は何かしら?」

 

「修行です。でも、私の正体があなたに知られた以上、もう「仙人の弟子」でいられないかもしれません」

 

「なら私を殺したらいいんじゃない? 死人に口なしよ」

 

「私は人殺しを禁じられてるし、したくもないので。……まあ紫さんは人ではないとは思いますが、勝てる気がしません」

 

「正直なのはいいことね」

 

 私も鬼であるから、嘘をつくことは好まない。ちなみに分家の者たちの時は相手が勝手に勘違いしただけだし、人里の人間にも私が妖怪であると伝えなかっただけで、嘘は1つもついていないのである。

 

「まあ、華扇は鬼を弟子にしたと知られたくないからそう言ったんでしょうけど……そもそもあの子が鬼だし、私はそれを知ってるわ。そんなのを気にするのも今更って感じね」

 

「華扇さんが、鬼……」

 

 ようやく合点がいった。勇儀様が言葉を濁したのも、さとりが似非仙人と呼んでいたのも、そういうわけだったのである。

 

それにしても、易々と華扇や私の正体を見破るあたり、この紫という妖怪はなかなか食えない人物のようだ。私たちの性質上嘘をつくのが苦手というせいもあるが、それを差し引いても尋常でない洞察力を備えていることは分かる。

 

「……驚かせちゃってごめんなさいね。最近結界のほつれがひどいものだから。ちょっと変わったことがあったら、それが原因かなって思ってとりあえず調べてみることにしてるの」

 

「結界?」

 

「……博麗大結界のことよ。私が管理してるんだけどね。特に無縁塚での切れ目が……」

 

 紫はそこまで言うと、「多分あなたには分からないからいいわ」と話を打ち切った。

 

「……引き留めちゃってごめんなさいね。また今度」

 

 そう言って紫がするすると空間の切れ目の中に入り、その空間が閉じると、もうそこには何も存在していなかったかのように、夕陽の中に溶け去ってしまった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……しかし、お前がやって来るなんて久しぶりだな、華扇」

 

 そう言うと、勇儀はベく杯に酒を注ぐ華扇に目をやった。なみなみと杯を満たす酒を飲み干すと、華扇は勇義の方に目をやった。

 

「ええ。怨霊の気配がうざったいけど」

 

いつもならそうそう地底には来ないのだが、今日は用事があったので、仕方なくここ―勇義の屋敷へ来ているのである。華扇はただ訊きたいことがあっただけで長居するつもりはなかったものの、勇儀がせっかくだからと酒と杯を持ってきたので、酒盛りをしながら話している。

 

「それで、話したいことってなんだ?」

 

「あなたがよこした子のことで、ちょっとね」

 

「あざみか。修行の方はうまくいってるのか?」

 

「ええ。そろそろ実戦もできるんじゃないかしら。私の指導はもう必要ないと思うわ」

 

「なら、そろそろ帰ってこられるのか」

 

「ええ。それに人里に行かせてるから多分あなたが手紙のなかで言ってた、臆病なところも改善してるしね。……ちょっとドジが目立つけど」

 

 団子を黒焦げにした罪はまだ覚えている。しかし、それは今回の話の本題では無い。華扇は単刀直入に問うことにした。

 

「あざみに憑いてる悪霊について、あなたは何か知ってるんじゃないの? 普通に過ごしてて、あんな強いのが憑くわけないわ」

 

 自分の作ったお守りが破られかけていたのを見て、華扇はあざみにかけられているた呪いが桁外れの強さを有していることを見抜いたのである。

 

今すぐどうにかなるとは思えないが、華扇のお守りでも対抗できなくなるほど呪いが強くなれば、徐々にあざみの身は蝕まれ、いずれは破滅するだろう。

 

 華扇の問いに、勇儀は杯を傾けながら答える。

 

「ああ。知ってる。……そもそも、私があいつを子分にしたのは、あいつを助けてくれって言われたからだしな」

 

「……誰に?」

 

「さあね。言うのが面倒くさいし、誰だっていいだろ。あいつを見つけたのは偶然だが、見つけた時にこいつを助けるっていう約束を思い出したんだよ」

 

 一度勇儀とどのようにして出会ったかと聞いたとき、あざみはそんなことは一言も言わなかった。おそらくあざみの方はたまたま勇儀が自分を従者にしてくれたのだと思っていたのだろうが、勇儀の方からすれば必然の行動だったのかもしれない。

 

「でも……助けるって言っても、あれを何とかしないといけないのよ? 倒すだけならいくらでもできるけど、根本的な解決にはならないわ」

 

「……大丈夫だ。もう準備はしてあるからな。あざみが戻ってきたら、さっそくやるつもりだ」

 

「何を?」

 

「……今は言えないね」

 

 鬼の性分で、嘘はつけないかわりに言いたくないことは一言も喋らないつもりのようだ。しかし勇儀は意味もなく秘密を持ちたがるような性格ではない。必要があってのことなのだろう。

 

「……まあいいわ。あなたが何とかするあてがあるんなら、もう私が心配をする必要もないわね。もうちょっと呑んでから、上へ戻るわ」

 

「よし分かった。久々に飲み比べといこうじゃないか」

 

 勇儀はなみなみと酒の入った星熊杯を持ち上げ、華扇も自分の杯に酒を注ぐ。その時、華扇は徳利に「稗田」の文字が刻まれていることに気が付いた。

 

「稗田……そういえば、地上で揉め事を起こしたとこが作ってたのね、この酒」

 

「揉め事? 何かあったのか?」

 

「ええ。あざみも連れてって解決したんだけど。ていうか地底相手に商売してるんなら怪しい茸酒なんかに手を出さなかったら良かったのに」

 

「……ああ、それは何ていうかな。この酒、実はタダで貰ってるんだよね」

 

 勇儀は頭をぽりぽりとかいて、少し決まりが悪そうに言った。

 

「ずっと前からの約束でね。代替わりしてもきっちり持ってくるのさ。お礼にね」

 

「何の?」

 

「人……いや、鬼助けのね」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「今日から夜はもう来なくてもいいわ」

 

 冬も深まってきたある日のこと、私が座敷の真ん中で結跏趺坐(けっかふざ)を組んでいる最中、華扇はそんなことを言った。

 

「え、でも月謝は払ってますよね」

 

 人里で鈴奈庵の店員以外にも、護衛や将棋教室までしてお金を稼ぎ、不足なく払っているはずである。修行を打ち切る理由はないはずだ。

 

「……もう私がついてなくても、後は自力でいけるわよ。もうスペルカード自体は全部完成してるんでしょう?」

 

 華扇の言葉に、私は頷いた。私が所持しているスペルは8枚。ほとんどの技が完成しているが、私は変わった能力を持っているわけではないので、いきおい弾幕も妖力を考えうるだけ応用したものとなっている。

 

「あとはあなた次第。ここを修行に使ってもいいけど、それくらいなら実戦……スペルカードの決闘で弾幕ごっこの勘を掴んだ方がいいわよ」

 

「華扇さんは相手してくれないんですか?」

 

「……うーん、私はあなたのスペル、ほとんど見ちゃったから。普通はお互いのスペルは始めて見ることになるから、実戦に近づけるならお互いに手札を知らない人とやった方がいいと思うわ」

 

「はあ……」

 

「それと、確かに妖力を使えるようにはなったけど、あなたはまだ完全に慣れてるわけじゃない。大技を連発したり妖力を使いすぎたら、身体の調子が悪くなるかもしれないわ。それだけは気をつけなさい」

 

 

 

 

 私は鈴奈庵の昨日の売り上げを計上して帳簿にまとめると、机に突っ伏した。華扇への支払いは必要ないが、あと少し地上に留まって弾幕ごっこの勘とやらを掴まなくてはならないので、鈴奈庵で働き続けなくてはならないのである。

 

「私の周りで弾幕ごっこできそうな人……か」

 

 射命丸と椛はおそらくできるだろうが、一度将棋教室に呼び出してしまったので、何度も頼みごとをするのは悪いだろう。かといって紅魔館へ行っても相手が強すぎるし、おそらく手加減もしてもらえまい。ちょうどいい相手がいないものだろうか。

 

 そう思ったとき、ばたんと扉が開く音がした。

 

「いらっしゃいませ」

 

 私がそちらに目を向けると、やや背が低く、下駄をつっかけた女の子が立っていた。これだけならどこにでもいそうな出で立ちだったが、彼女の持っている巨大な一つ目と大きな口のある傘は、少なくとも普通とは言い難かった。

 

 その子は私を見ると、ぱっと顔を輝かせた。

 

「あ、いたいた。そこの人。あざみさんだっけ?」

 

「はい。……あれ、初めて会いましたよね? なんで私の名前を?」

 

「結構里で噂になってるんだよ。大捕り物の話とか将棋教室の話とか。縁談を組んでみようなんて人もいるわよ」

 

「……それは困りますね」

 

 見合い話など冗談ではない。私には帰るべきところがあるし、それは断じて人里ではなどではなく、勇儀様のいる地底だからである。そう思っていると、目の前の少女は周りに人がいないか確認するようにきょろきょろと周りを見回し、口を開いた。

 

「……でも私、見ちゃったんだ。あなたが血まみれでここに来るの」

 

 おそらく紅魔館の帰りがけで小鈴の護衛をした時の話のことだろう。

 

「……ああ、それは別に誰かを殺したとかじゃなくて妖怪の返り血……」

 

「あ、いやいや。別にそれであなたを脅そうとかじゃないの。ただ、その時の血まみれのあなたを物陰から見て、とってもびっくりしたの」

 

「そうでしたか。驚かせちゃってすみません」

 

それを聞いた少女は首を振って、

 

「……私が言いたいのはそういうことじゃないの。私、他の人をあなたみたいにうまく驚かせたいのよ」

 

「別に私は驚かせたいと思ってやってたわけでは……」

 

「でも、私より少し背が高いし、お化けの才能あると思うんだけどな」

 

「やりませんよ」

 

「弾幕ごっこの練習相手になるって言っても? さっき言ってたでしょ?」

 

 うっ、と言葉につまった。……しかし本当にスペルカードを持っているのだろうか。私がまじまじと顔を見ると、彼女は微妙に左右の色が違う目をまたたかせると、何かに気付いたらしく、ぱんと手を打った。

 

「私が弾幕ごっこできるか疑ってる? 大丈夫だよ。これでも私、妖怪だから」

 

「妖怪?」

 

「そう。言うの忘れてたけど、多々良小傘って呼んでね。私のご飯は人の驚きの感情……要するにびっくりなの」

 

 妖怪というのは妙な者が多いと思っていたが、中には食事の内容がこれほど違う者もいるようである。私が少し驚いていると、小傘は「ん、何かちょっとお腹が膨れた気がする」と言った。

 

「……独学で驚かせるのも限界だし、誰かに師事しようとしたんだけど、誰も相手にしてくれなくて……ていうか1回不審者扱いされて捕まりかけたし」

 

 自分で言っていて落ち込んできたらしく、小傘は肩を落としていた。

 

「だからあなたにも断られたらあてがなくて……」

 

「……私でいいならちょっとくらいは驚かす練習につきあってもいいですよ」

 

「本当に?」

 

「はい。私の決闘の練習の相手をしてくださるなら」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 月のない夜、1人の男が人気のない通りを歩いていた。提灯の明かりで足元の闇を追い払いながら、煙草をぷかぷかとくゆらせている。

 

(こんな夜に出歩くもんじゃないな)

 

 里の中で誰かに襲われる心配はないとはいえ、やはり眼が利かないと、不安になるものである。男は図体こそ大きいものの、暗いところが苦手で、どうにも小心者だった。だから物陰に何かが潜んでいないか、後ろから足音を殺して忍び寄ってくる者がいるのではないかと、びくびくしながら歩を進めていた。

 

いざとなったら咥えている煙管(きせる)を握りこんで相手に拳を一発ぶちかましてやるさ―などと勇ましいことを言って家を出てきていたのだが、それを今更ながら後悔していた。

 

(煙草くらい明日買えばいいのに、なんで夕方に遠くの店まで行っちまったんだろうなあ)

 

 男が怖さを紛らわせるためにじょりじょりと髭をさすりながら歩いていると、ぺたり、ぺたりと後ろから足音が聞こえてきた。

 

 夜道を歩いているのが自分だけではないという一種の安心が、暖かい毛布のように心を包んできた。やはり人間がそばにいると、少し心も落ち着くものである。

 

だが、やがて男が細い道に入ってからもその足音は男の後ろをただひたひたとつけてきた。この先には男の住む長屋くらいしかなく、しかもそこの住人は老人ばかりで、こんな夜更けに外を出歩くわけはないのである。

 

 そしてしばらく一緒に歩いていて気付いたことだが、相手は提灯を持っていない。角を曲がった時にちらりとそちらを見たが、明かりらしきものは一切つけず、ただぼんやりと人影が見えただけだった。

 

 これは、おかしいぞ。

 

 思わず男は立ち止まってしまった。すると足音もぴたりとやんだ。10歩ほど後ろに、その「誰か」の気配があった。

 

(……やっぱり、ろくなもんにあいやしない)

 

 男はそれでも怖いもの見たさで振り返った。案の定そこには人が立っていた。だがその着物は豪奢で、煌めくような紅に彩られている。どこかのいい家のお嬢さんだろうか、と男は思い直した。ひょっとしたら一人でどこかへ遊びに行って、自分だけで帰り切れないからとりあえず自分についてきて、話しかけられずについてきていたのかもしれない。

 

「ちょっと、そこのお嬢さん。どこから来たんだい?」

 

 男が訊くと、女は黙って近づいてきた。市女笠を深く被り、顔は分からない。男が怪訝に思って提灯で女を照らした瞬間、女は顔を上げた。

 

 般若の面が、男を見上げていた。

 

 異様な雰囲気を感じて男が思わず後ずさると、般若面の女は袖の下からぎらりと輝く短刀を取り出した。そして、男に向けて無造作に振り上げる。

 

「うわああああっ!」

 

 男は提灯を投げ出すと、そのまま駆けだした。何度か転びながら、それでも後ろだけは見ずに、ひたすら正体不明の者から逃げようと懸命に走っていく。

 

 その姿を見送ると、般若面の女はため息をついて面を取った。

 

「こんな感じでどうですか、小傘さん」

 

「うん、ばっちり」

 

 小傘はそう言うと、面を取った女―あざみに向かって笑いかけた。あざみは市女笠も取り、短刀―実際は百足退治のときに折れてしまった刀の半分だが—の刃の部分を布で巻いて袖の下に仕舞った。

 

「これでも普通の驚かせ方だと思うんですけどね。いままでどうやって驚かせようとしてたんですか?」

 

「……えーと、傘をばって広げて、おどろけーって叫んでた」

 

「なるほど。他人に教えを求めようとしたのは正解かもしれなせん」

 

「ひどくない?」

 

 小傘は憤慨しつつ、男が落として言った提灯を拾い上げた。

 

「まあ小傘さんが同じことをするならこの着物も大きいですし、ちょっと小さめのを調達した方がいいかもしれないですね。……でも、この着物って高くなかったですか? こんな良さそうなの、あんまり着てる人見ませんし」

 

「それは気にしなくていいわ。なんかこっちの方が雰囲気出るでしょ?」

 

「そういうものですかね」

 

 あざみは首をかしげたが、小傘が力強く頷いたので、それ以上は何も言わなかった。

 

「やっぱり人の驚かせ方は人に聞くのが1番ってことね」

 

 久々に十分な「驚き」にありつけたせいか、小傘は上機嫌だった。数日後に自分たちのしていることが事件にされるとは露も知らずに、あざみと小傘は次の獲物を探して夜道を歩いて行った。

 

 

 




・嘘はつかない
嘘はつかないが、重要なことを言わない。現実でもよく使われる手口。
・久々の勇儀登場
じつに11話ぶりに登場。今だけとはいえ、「勇儀の」従者の話でこれほど出てこないのはまずいのではないか。
・華扇は鬼
今まで茨歌仙で明言されていなかったので似非仙人と言ってお茶を濁してきた。
・べく杯
円錐状の杯。テーブルに立てることができないので、酒を飲みおわるまで置くことはできない。酒豪専用アイテム。
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