鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第17話 闇夜の巫舞に散る

 

 

 

 私は、決して博麗の巫女の強さを過小評価していたわけではなかった。

 

 しかし人間の中で最も、そしてスペルカードという決闘の形なら幻想郷でも並び立つ者はいない強さであるという漠然とした評価は、私の認識不足によるところが大きかっただろう。

 

「鬼符『更科姫(さらしなひめ)の紅葉狩り』」

 

 赤く輝く季節外れの紅葉が私の頭上に現れた。そして、それらは一気に雪崩をうつように、目標―霊夢に向かって殺到する。しかし霊夢は慌てる風でもなく、迫りくる紅葉の群れを見つめていた。

 

「ちょろいわね」

 

 霊夢はそう言うと、回避する—のではなく、高密度の弾幕の中に突っ込んできた。

 

あまりに予想外の行動だったので、一瞬唖然としたが、このスペルは相手を追尾する型なので、それでも霊夢を追い続ける。私が直接動かしているわけではないのだから、それは不意をついたことにはならない。

 

 そう思ったが、すぐにその考えも甘いということが分かった。霊夢は不意をつこうとしたのでも、気が狂って弾幕の中に突進してきたわけでもない。

 

 あの無数の弾幕を全て、回避しながら進むつもりなのだ。

 

 赤い嵐の中で、霊夢は全ての攻撃を紙一重のところで躱しながら、こちらへ向かってきていた。最小限の動きで、正確に、そして確実にこちらへと近づいてくる。

 

「霊符『夢想封印』」

 

 瞬間、霊夢を包み込む紅葉の嵐が膨らんだ。その直後に爆散し、霊夢を覆い尽くしていた弾幕が消え去る。

 

そして弾幕を打ち破ってもなお形を留めていたいくつもの光球が、すさまじいスピードで私に襲いかかってきた。

 

 私はとっさに結界を張って防御したが、1発目で亀裂が入り、2発目で半壊、3度目で完全に結界を破られ、続く4発目が、私の身体を吹き飛ばした。墜落する寸前、私はかろうじて飛行術を掛け直すと、何とか空中に踏みとどまった。

 

 撃墜を免れたとはいえ、完全にゼロ距離からの爆発だったので、無事というわけにはいかなかった。着物のあちこちが千切れ飛び、鼻緒が切れ、そして般若面がどこかへ行ってしまっていたのである。

 

霊夢は私を見ると、何故か不思議そうな顔をした。

 

「あら? あんた、阿求……?」

 

 顔を見られた。

 

 私は慌てて顔を手で覆い隠そうとしたが、遅かった。すでに霊夢は私の顔を見てしまっている。

 

そしてさらに運の悪いことに、次の瞬間に突風が吹いて私の髪をはためかせた。すると霊夢は戸惑うような表情を引っ込め、代わりに鋭く私を見据えた。

 

「いや、阿求じゃないわね……だって、そんな角は生えてないものね」

 

「………」

 

角も見られた。

 

「……やっぱり、小傘と組んで人を襲っていたってわけ」

 

「襲っていたわけではありません。私はただ小傘さんのお手伝いを……」

 

「お手伝いの見返りは何だったのかしら? 人の肉? 魂?」

 

 霊夢は有無を言わせない口調で、厳しく問い詰めてくる。彼女からすれば私も人を喰う妖怪のうちの1人に過ぎないのだろう。そしてそれを裏付けるように、霊夢は言った。

 

「あんたが人間だっていう可能性も捨てきれなかったからさっきまでは手加減してたけど、今からは本気で行かせてもらうわ」

 

 気配が変わった。

 

 彼女の真っ黒な瞳は月の光を映し、その中心にいる私を捉えている。彼女が私を人間ではなく妖怪だと認識したことで、妖怪退治の専門家、「博麗の巫女」としての本領が発揮されようとしているのだ。

 

 私が身構えたその瞬間、霊夢はすでに私の目の前にいた。

 

―疾い!

 

 私はごくりと唾を呑みこみ、接近戦用の槍を出そうとする。しかし、霊夢が一手早かった。

 

「遅い」

 

 無数の光弾が、私に向かって集中した。結界を張る間もスペルで相殺する間も与えられず、全てがまともに命中する。

 

 耳をつんざくような炸裂音が響き、視界が純白の光に包まれた。荒れ狂う霊力の奔流は私を吹き飛ばし、どこかの家の屋根に叩きつけた。

 

「くっ………!」

 

 起き上がろうとした私の目に、追撃せんと急降下してくる紅白の巫女が映った。今から起き上がったのでは遅い。スペルカードで迎え撃つ。

 

「雷神『伊邪那美(イザナミ)霹靂神(はたたがみ)』」

 

 妖力を雷に換え、手のひらに帯電させると、一気に対象―霊夢に向けて解き放った。青白い稲妻は宙を駆け抜け、霊夢に襲い掛かる。

 

「……ちっ!」

 

霊夢は命中の直前に結界を張って防御した。このスペルは発動してから防御したのでは間に合わないので、こちらの攻撃を事前に読んで展開したのだろう。この読みの力といい、技の威力といい、小傘などとは段違いの強さである。

 

私は両手を霊夢に向けたまま、ありったけの妖力を雷に送り込む。私の周りで青白い火花が散り、バチバチと音をたてる。目を思い切り見開いて霊夢がいるであろう場所を凝視していると、妖力を使いすぎたせいか、くらりと眩暈がした。

 

―確かに妖力を使えるようにはなったけど、あなたはまだ完全に慣れてるわけじゃない。大技を連発したり妖力を使いすぎたら、身体の調子が悪くなるかもしれないわ。

 

 華扇の言葉を思い出したその時、ずきん、と脳を極太の針で貫かれたような痛みが走った。

 

「………っ!」

 

 その一瞬、集中が途切れ、スペルが中断される。

 

 痛む頭を押さえながら術をを再展開しようとしたが、その瞬間、薄れていく稲妻の光の中から、霊夢がこちらに迫ってくるのが見えた。

 

(しまった!)

 

 もはや策を弄する間もなく、霊夢と私の距離は、ゼロとなっていた。霊夢の背後から、恐ろしい数の光弾が浮かび上がり、まとめて叩き込まれる。

 

その瞬間、すさまじい衝撃が走り、朦朧としていた私の意識は、ついに光の彼方に溶け去ってしまった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「本当になんで私が妖怪の世話なんかしなくちゃなんないのよ……」

 

 行燈が灯り、ぼんやりとした明るさを保っている部屋の中で、霊夢はぼやいた。部屋の四方の壁には魔除けのお札が貼ってあり、妖怪が自由に出入りすることはできない。この部屋は紫や他の妖怪たちになどに侵入されたくないがために用意したのだが、今はその逆―部屋でこんこんと眠り続ける「彼女」を閉じ込めるために使用されている。

 

 霊夢は、連れてきた少女―今人里を騒がせている「紅御前」の正体である―を見て、ため息をついた。

 

 もともと彼女を倒したらさっさと自警団に引き渡すつもりだったのだが、自警団の面々は全員がどこかへ集まっているらしく、知っている団員の家へ行っても、引き渡せそうな者はいなかった。

 

ただ1つ得たものがあるとすれば、霊夢の背中で気絶していた少女の名前が、あざみという名前だと知ることができたくらいか。彼女はここしばらく鈴奈庵で働いていたそうである。

 

 あざみがいつ目覚めて逃げるか分からないし、こんな危険な妖怪の監視をただの人間に任せられるはずもないので、仕方なく博麗神社に連れてきたのである。

 

(朝になったらまた人里に行かないといけないわね)

 

 面倒だが、これで神社の名が上がるなら安いものだ。博麗神社は商売敵の守屋と違って売り込みが下手なので、こうして妖怪を退治しなければ参拝客は減る一方だからである。

 

 あざみは埃にまみれ、ぼろぼろになってはいるが、肌には擦り傷一つついていない。どれほど人間に似ていようとも、人間を襲う妖怪には変わりないのだ。

 

(後で小傘も見つけたらとっちめないと)

 

 小傘は霊夢の相手をこの相方に任せてさっさと逃げてしまい、戦いが終わるころにはすでに姿が見えなくなっていた。ひょっとすると霊夢が現れることを想定していたのかもしれない。

 

「………んっ、んん……」

 

 横たわるあざみの睫毛が揺れた。そしてゆっくりと目を開き、ぱちぱちと数度瞬きをする。

 

「ここは……?」

 

 あざみは目を擦りながら身体を起こすと、部屋の中を見回していた。そして霊夢に目を留めると、顔に驚きの色を浮かべ、身体を中途半端に起こしたまま、後ろへじりじりと下がる。

 

「は、博麗の巫女……!」

 

「そうよ。私があなたを運んだの」

 

 彼女が霊夢へ向けるまなざしには、怯えと恐怖が入り混じっていた。異変解決時に蹴散らしていく弱小な妖怪や妖精にその目を向けられることはあるが、彼女のそれは異常と言ってもよいほどだった。

 

「わ、私をこれから、どうする気ですか?」

 

「……明日、人里に引き渡しにいくわ。そこで何をされるかは知らないけど、人里で人間を傷つけてはならないってルールを破ったあなたには、それに文句を言う権利はないのよ」

 

「そ、そんな……」

 

「ちなみに逃げようとしても無駄よ。結界が張ってあるから」

 

 外へ出ようとしても見えない壁に阻まれるだけで、お札そのものを何とかしようとしても、それには近づくことさえできないのである。

 

「あんたが変な気を起こして人里で暴れなかったら私もこんな面倒なことしなくてよかったんだけどね……」

 

 そう言うと意外なことに、あざみは深々と頭を下げた。

 

「それは本当に申し訳ありませんでした。……でも私は人間を傷つけてませんし、傷つけるつもりもなかったんです!」

 

「刃物は持ってたんでしょ?」

 

「……刃物なんてただの飾りです。本当に殺す気なら、わざわざ刃物を見せなくても、首に手をかけて力を込めればいいだけなんですから」

 

 あざみはそんな恐ろしい内容を口にしながら、目を伏せた。顔こそ阿求に似ているが、性格は人間の思考と妖怪の感覚が微妙に混じり合っているようで、どうにも危うい。しかし彼女生来の性質として腰が異常に低く、そして辻斬りをするような度胸があるようにはとても思えない。

 

「……小傘と組んでたけど、あんたに何の得があったの?」

 

「私の決闘練習に付き合ってもらってたんです。代わりに小傘さんのお手伝いを……」

 

「それで調子に乗りすぎて私と実戦練習になっちゃったってわけ」

 

「うう、私、最後はむしろ反対したんですよ……」

 

 この話が本当なら、この事件はただの人騒がせないたずらとして処理することができる。霊夢が妖怪退治に成功したとしても、その前に誰かが怪我をしたり死んだりしていると、「遅すぎる」と非難されることもある。だからそんな「他愛ない悪戯」ですむものであったのなら、それに越したことは無い。

 

(問題は、それが本当かどうか……よね)

 

 彼女の言うことが本当であれば厳重注意の後にさっさと解放してやってもいいが、今の言葉は逃げ出すためについた嘘で、逃がした後に犠牲がでてしまったということになれば目も当てられない。

 

「私は嘘をつきませんよ。この角にかけて」

 

「あんたが鬼って保証はないから。角があるからと言って鬼だとは限らないわ」

 

「……じゃあどうしたら信用してくれるんですか?」

 

「まずあれだけ迷惑かけて信用されようってのが甘いわね。息の根を止められても文句を言えないと思うんだけど」

 

「もうしません。もうしません」

 

 あざみは額に頭を擦りつけ―畳が傷つくのでやめてほしい―ひたすら霊夢に謝ってきた。そんな姿を見ていると、ますます彼女が鬼だということが信じられなくなってくる。鬼だというのならもっと傲慢で不遜な態度をとってもいいと思うのだが。

 

「……ま、いいわ。私なんかよりいろいろ知ってる奴が明日の朝に来るはずだから、あんたを見せて何の妖怪か品定めをしてもらうわ。あんたが言ってることが嘘じゃないってことが分かったら、ちょっとは見逃してもいいと思うけど」

 

「……そうですか」

 

「小傘なんかに協力したのが運の尽きだったわね」

 

 あざみは長々とため息をついて頷いた。本当に小傘に利用されただけであったのなら、少し気の毒だ。

 

「……そういえば、その『いろいろ知ってる人』って誰ですか?」

 

 今更どうあがいても無駄だと思ったのか、あざみはそんなことを訊いてきた。

 

「……華扇っていう仙人よ。明日、宴会を開くつもりだったの」

 

「えっ」

 

 それを聞いた瞬間、あざみの顔がみるみるうちに青ざめていった。さきほど霊夢に見せた怯えとは比較にならないほど血の気が引いている。

 

「どうしたの?」

 

「いえ……なんでもありません」

 

 そうは言ったが、頭を抱えながら「怒られる……」「本当にどうしよう」とぼそぼそ呟き始めたので、なんでもないということは無いだろう。ひょっとしたら華扇と何らかのつながりがあるのかもしれない。

 

「……とにかく、今夜はこの部屋で謹慎しときなさい。明日になったら開けるから」

 

 

 




・妖力の使いすぎ
頭痛や寒気など、妖力の行使に慣れていない間は消耗で体調に異変をきたす。永く生きているものはまずないが、あざみはまだ妖怪としては若輩。
・角があるからといって鬼とは限らない
正邪(鬼人と言っているが嘘はつく)のこと。厳密には鬼と言ってもいいが、ここで論じているのは「嘘をつかない」鬼のこと。
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