鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第20話 イカサマ火車

 

 

 

 盤の上でころころころ、と転がった賽子が、6を上に向けて止まった。それを見た相手の鬼が手を叩いて、嬉しそうに言った。

 

「よし、あがりだ」

 

「ああ、私負けちゃいましたね」

 

 この日、私はいつも通りに勇儀様の賭場で胴元や他の客の賭け事の相手をしていた。昼になってようやく起きた博徒たちがやってくる時間帯で、客が多い。

 

 とはいえ、先日に馴れない宴会の準備を手配したのに比べれば苦労は少ない。やはり慣れた仕事の方が安心するものである。

 

「うーん、今日は俺、ツイてるな」

 

 今は客の1人の双六の相手をしているのだが、相手は2回ほど立て続けに勝っており、機嫌が良かった。だが、私も仕事なので賭場に損が出ないように配慮しなくてはならない。そこで私は困ったような顔を作って、考え込むふりをした。

 

「……じゃあ次は2倍で賭けませんか? 私、このままじゃ勇儀様に怒られてしまいます」

 

「はは、胴元が熱くなってどうするんだ。俺の運は今絶好調なんだぜ?」

 

「いえ、次は絶対勝ちます!」

 

「……そこまで言うんならのってやる。その代わり、次俺が勝ったら倍額払ってもらうぞ?」

 

 鬼は愉快そうに笑いながら、駒を振り出しへ置いた。彼は、私が頭に血が上って倍額をかけたと思っているらしいが実のところは全く違う。2倍、2倍で賭け続けていると一度で損失分を一挙に取り戻すことができると踏んでの掛け金積み上げである。

 

まあ要するに私は一度勝てば彼が勝った分を取り戻すことができるのだ。賭場の金という大量の金を前提にして、そして相手をうまく乗せなければならないが、絶対に負けることは無い。

 

 というわけで、彼の前に積まれていた金のほとんどは、数十分後には私の手元に戻って来ていた。最初こそ勢いがあったが、一度負けてから負け癖がついたのか、連戦連敗だった。

 

「……ああくそ、勝てねえ! あんたイカサマとかしてねえよな!」

 

 私が無言で頭の角を見せると、鬼はぐっ、と声をもらして黙った。しかしツキがないのが分かっているのか、腕を組んで遊び続けるかどうか考え始めた。

 

「……そうだ、他の奴を誘おう」

 

 胴元とだけ遊んでいても金は増えないと判断し、他の客から巻き上げるつもりらしい。実に妥当な思考である。鬼は「すぐに戻るから」と言って席を後にすると、すぐに戻ってきた。しかし、先ほどはいなかったもう一人が後ろに立っていた。

 

 特徴的な猫の耳、赤毛に赤目、笑った時にわずかに八重歯の見える特徴的な風貌は、間違いなく地霊殿でさとりの珈琲を入れていた-

 

「……お燐さん?」

 

 そう言うと、お燐も私の顔を見て思い出したらしく、ああ、と手を打った。

 

「あの時の鬼さんか。元気してたかい?」

 

「ええ、まあ……お燐さんが賭場に来るなんて珍しいですね」

 

「いっつもさとり様の仕事のお手伝いしてるからね。今日はさとり様がダウンしちゃったから、外に遊びに来てみたのさ」

 

「ダウンって……大丈夫なんですか?」

 

 するとお燐は手をひらひらと振って、こともなげに答えた。

 

「大丈夫大丈夫。ベッドから起き上がらないだけだから。明日になったらまた活動を再開するんじゃないかな」

 

 お燐はさとりを機械かなにかだとでも思っているのだろうか。私は少しさとりの身が心配になった。

 

「……でもせっかくの休みだし、あたいも派手に遊んでみたいんだよねえ」

 

 お燐はそう言うと腰に付けていた袋から砂金をちらりと見せた。

 

「これで参加できるかい?」

 

「ええ。小判と同じ重さの分だけ小分けにしてくだされば」

 

 こうしてお燐を交えて再び双六が始まった。相手が2人なので先ほどの戦法は使いづらいが、うまく均等に利益が分散できると思っていた。しかししばらく続けていると、だんだんと私と鬼の前に積まれている金が少なくなり、お燐の目の前に金の山ができ始めた。

 

(……明らかに怪しいわね)

 

 私は、連勝して上機嫌のお燐をちらりと見た。先ほどの鬼の好調はただの偶然だったが、今回は何かタネがあるのではないかと疑うほどお燐が勝っているのである。当然誘ってきた鬼も面白いはずがなく、ぶすっとした表情で賽子を振っている。

 

「はっはっは、なんだかあたいだけ勝って申し訳ないねえ」

 

「……勝負はこれからだ」

 

 鬼はそう言って、また賽子を振った。明らかにお燐はいかさまをしているのだが、見破れなければ咎めることはできない。私はからくりを見破るべく、仔細にお燐の一挙手一投足をじっと見ていた。

 

 まず、双六だから盤に何かが仕掛けられているということはない。したがって細工をするとすれば賽子の方である。

 

「ほら、あんたの番だよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 お燐は賽子をつかみ取ると、私に手渡した。

 

「ありがとうございます」

 

 私は受け取った賽子を見たが、何の変哲もない普通な賽子だった。まあ自分を有利にするためには、相手に渡すときにすり替えねばなるまい。彼女が振った直後に賽子をおさえていかさまを見破る必要がある。

 

 私の後に鬼が振り、お燐の番が回ってきた。お燐が出した数はやはり6。賽子の出目が分かったその瞬間、私は俊敏に動き、お燐が拾う前に賽子を取った。

 

「どうしたんだい、そんなに慌てて……」

 

 どちらかというとお燐の方が焦っているように見えたが、構わずに私は賽子を観察した。……が、見るまでもなく、取った瞬間にいかさまのネタは分かってしまった。

 

「わかりましたよお燐さん」

 

 私が爪で賽子を両断すると、中から鉄のおもりが出てきた。非常に単純な仕掛けだが、1の目の面の裏に重りをつけ、6が出やすい賽子にしてあるのだ。

 

 お燐は決まりが悪そうにぽりぽりとこめかみを掻いた。

 

「あは、ばれちゃったか。……でも今回だけだから。一回いかさまってやつをやってみたかったんだよ。ちゃんとお金は返すからさ、許してくれない?」

 

 お燐は手を合わせながら、上目遣いでそう頼んできた。

 

「はは、そうですね。まあ私には損がないので……」

 

「ありがと、同じ従者どうし、話がわかるね」

 

 私は頷いて袂から縄を取り出すと、素早くお燐の手首をぐるぐる巻きにした。

 

「な、何を……」

 

 抵抗するお燐を押さえながらさらに後ろでに縛りあげ、私は答えた。

 

「私には損が無いですが、勇儀様の賭場と、そのお客には損が出るんです。悪く思わないでくださいね」

 

 

◆◆◆

 

 

「うう、悪かったって……」

 

 お燐はあざみに引っ張られ、とぼとぼと賭場の通路を歩いていた。

 

 いかさまをしたとはいえ、まさか縛り上げられて勇儀のところまで連行されるとは思わなかった。いかさま賽子を使ってみたかっただけなのに。

 

(……さとり様、ごめんなさい)

 

 寝ている間にペットが外で捕まったと聞いたら、さとりは卒倒するだろう。ただでさえ労働過多なさとりには重すぎるニュースになる。

 

「……ねえ、あざみ。あたいのこと、さとり様には内緒にしてくれない?」

 

「私は勇儀様の判断に従うだけですからねー。捕縛はしましたが」

 

 つまり、お燐の運命も勇儀次第というわけである。はたして勇義がお燐のいたずら半分のいかさまを許すだろうか。

 

 許すわけがない。

 

 お燐は冷汗を流しながら、そう結論付けた。毎月地霊殿にやって来るのでその性格は知っている。ささいな嘘もつかないほど潔癖なのだから、いかさまをしたお燐にはどういう態度で接してくるのか計りかねる。

 

 すぐに勇義の部屋に到着し、あざみは「失礼します」と言って戸をすっと開けた。

 

 お燐の目に飛び込んできたのは流れるような金髪。額に生えた立派な一本角。長煙管を吸いながら、星熊勇儀はこちらに目を向けた。

 

「あざみか。……もう昼飯作ったのか?」

 

「違います。いかさまをしようとしたお客様を連れてきました」

 

「いかさまだって?」

 

 ぎろり、と勇儀の目がお燐に向いた。睨むだけで心臓を止められそうな重圧に、お燐は思わずびくりとした。

 

「……ていうか、さとりのとこのペットじゃないか。さとりから飯は食わせてもらってんだろ。なんでウチに来たんだい?」

 

「ちょっと……遊んでみたくて」

 

「いかさましてかい?」

 

 勇儀は呆れたように言った後、びっ、と3本の指を立てた。

 

「私の賭場では、いかさまをしたやつには3つのうちどれかの罰を与えることになってる。選ぶのはあんた自身だけど」

 

「……さとり様に言わなかったら、どんな罰でも受けるよ」

 

「言ったな。1つ、目をえぐられる。2つ、鼻をそがれる。3つ、片手の骨を粉々にされる。……さあ好きなのをどうぞ」

 

(ひええええっ!)

 

 お燐は震えあがった。どれを選んでも後遺症が残るレベル。まさに鬼の所業である。お燐を連れてきたあざみですら引いていた。すると勇義は苦笑して、言葉を続ける。

 

「……というのはまあ冗談だ。4つ目がある。……地霊殿であんたが統御している怨霊の一部を、私にゆずってほしい」

 

「はい?」

 

 お燐は、耳を疑った。怨霊はお燐やお空などにとっては有益な食料だが、普通の妖怪、例えば勇義のような鬼にとっては害にしかならないはずである。なぜそんなものを欲しがるのか。

 

 しかしお燐はさとりから怨霊の管理を任せられている。容易にほいほい怨霊を外にやっていいものではない。お燐が悩んでいると、勇儀はぽんと肩を叩いて、さらりと言った。

 

「………もしこれも嫌だっていうんなら、さっきの3つのうちどれかをしてもらう。さあ、あんたはどうする?」

 

 鬼は嘘をつかない。お燐はすぐに決断を下した。

 

 

◆◆◆

 

 

 私は勇儀様の指示でお燐と一緒に地霊殿へやって来た。ここへ来るのは地底を出た日以来だが、相変わらず清潔ながらも閉ざされた空間のような狭苦しさを感じさせている。

 

 お燐に先導されて歩いている地下へと続く通路はなめらかな石灰でできており、病的なまでに白い。数間おきに取りつけられている青白い炎のランタンも、怨霊たちの巣食う場所へといざなう案内のようだった。

 

「もう、こんなことになるんだったら賭場なんかいかなきゃよかったよ……」

 

「自業自得じゃないですか。……まあその気持ちは分からなくもないですが」

 

 私は人里での一件を思い出してそう言った。お燐の場合、霊夢の制裁のような身体的苦痛をともなわない罰であるぶん、ましだろう。

 

「それにしても、あんたの親分はなんで怨霊なんか欲しがるのさ?」

 

「さあ………近いうちに何かやるってことだけは知ってるんですけどね」

 

 それについては私の方が知りたい。帰ってきて数日がたつが、まだ勇儀様は私にそのことを語ってはくれていないのである。

 

(ちょっとくらい教えてくれてもいいと思うんだけどな)

 

 勇儀様のために一生懸命仕えているのだから、少しくらい信頼してほしい。そういう不満がないでもなかったが、今のところは我慢して何も言っていない。

 

「着いたよ」

 

 お燐が立ち止まったのは、この通路の最深部だった。彼女の前にはくすんだ色の鉄の扉が立ちふさがっている。お燐は右のポケットから小さなフタつきの壺を取り出すと、私に手渡した。

 

「それを開けて怨霊に近づけると中に吸い込むことができるよ。何個か回収したらフタを閉めるんだ」

 

 そう言いながらお燐は左のポケットから鍵を取り出して扉の鍵穴に差し込み、かちりと音がするまで回した。

 

「なるべく早くに戻って来てね。私はここで、さとり様とか空が来ないかどうか見張ってるから」

 

 私は頷くと、扉を開けて中へ入った。

 

 熱気。入った瞬間、やけつくような高温の風が頬をなでていった。地面は今までのような整ったものではなく、ごつごつとした岩盤が露出しているーそんな空間が目の前に現れた。

 

この地下空間そのものはそれなりに大きいものの、その中央にはがっぽりと奈落が口を開けており、底を覗き込むと、赤々と光る溶岩がごぽごぽとたぎっているのが見えた。

 

 もしこの中に飛び込んだら、鬼の身体でも助からないだろう。私は身震いをして亀裂から離れると、ここにいるという怨霊の姿を求めて、辺りを見回した。

 

 すると目の前でいくつもの火が突然現れた。闇の中で燃えさかる色とりどりの炎はじっと見つめていると、苦痛に顔をゆがめている人の顔が浮かんできた。

 

(……多分、これね)

 

 私は怨霊を小壺に封じ込めるため、フタを開けた。するとその2、3個の人玉たちはすぐにその壺に吸い込まれた。抵抗などはできないようで、おとなしく回収されるがままのようである。

 

(勇儀様はちょっとって言ってたけど……)

 

 だいたい50から60個で大丈夫だ、と私がここへ来る前に勇儀様は言っていた。少し粘り強くここで待って怨霊を掴まえなければならないー

 

「あなた、誰? ここで何してるの?」

 

 私は背後から急に声をかけられ、さっと前に飛びのいた。慌てて振り向くと、そこには丸い帽子を被り、ベージュ色の洋服をまとった少女だった。一見するとその奇抜な服装以外はいたって普通の子だったが、1つだけ違っていたのは、その胸にどう見ても大きな目玉としか思えないものがついていたことである。

 

「………さとりさん?」

 

 このサードアイを持つのは、地霊殿の主であるさとりだけのはずである。そう思って発した私の言葉は、どうやら見当違いなことだったらしい。彼女は少しむっとしたような顔をして、首を横に振った。

 

「違うわ、私はこいし。……質問には答えたわ。次はあなたの番」

 

こいしはそう言うと、いたずらっぽく笑って私を見上げた。

 

 




・賭け事で絶対負けない方法
大量にお金を用意し、倍々で賭けていく。途中で相手が降りさえしなければ必ず勝てる。
・イカサマサイコロ
某漫画で有名なシゴロ賽、磁石を仕込んだものなど。鬼の賭場で使うには勇気がいる。
・怨霊封じの小壺
怨霊の管理を簡単にするためにお燐が自作したもの。
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