鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第24話 異変前夜

 

 

 

 人里で読まれる烏天狗の新聞と言えば、文々。新聞と案山子念報である。

 

 しかし天狗内での「公式な」新聞は、天魔の側近の書記官が記したものであり、それに烏天狗たちの作るような気の利いた名前はなく、天狗領域で「新聞」といえば、これを指す。

 

「いやー、本当に大変でしたよ」

 

 目の前の烏天狗—射命丸文は、畳に寝転がって新聞を読む椛に言いながら下駄を脱ぐと、部屋に上がり込んできた。

 

「……今日、私非番なんですけど」

 

「知ってますよ。でも昨日は大変だったんですよ。聞いてくださいよー」

 

 昨日というのはもちろん鬼の使者と天狗たちが戦闘を繰り広げた事件のことである。椛は嫌な予感がしたためあざみを案内した後、天魔御殿から遠くへ逃げていた。

 

 あざみは逃走しつつ追跡してくる天狗たちと戦い、じつに62もの天狗を戦闘不能にしたが、追い詰められ、殺されるところだったところを地底から来た新しい使者が誤解を訂正して事態を収拾した、と新聞には書いてある。

 

「はいはい分かりましたよ。……で、何がどう大変だったんですか?」

 

「あざみさんと戦いました」

 

 椛は久しぶりにこのいけ好かない上司の顔をまじまじと見た。そして鬼と戦ったにしてはわりとピンピンしているな、と少し残念に思った。

 

「……まあ、だいぶあちらは消耗してて動きも緩慢でしたから、勝てそうだったんですけどね」

 

「負けたんですか?」

 

「うーん、負けたって言うより横やりが入って結果的にそうなったていうか……悪い霊が出たんですよ」

 

「悪い霊?」

 

 この新聞には、そんな言葉は一文字も載っていない。どういうことだ、と椛が目で訊くと、射命丸はそれに気づき、説明した。

 

「今回はいろいろ利害が絡んでましたから、書記官があちこちを削ったんでしょう」

 

 まず削られたのは、悪霊の件。鬼と戦ったというだけでも一大事なのに、悪霊まで出てきたとなるとますます混乱が深まる。というわけでこの事実は伏せられた。

 そして地底の使者の詳細が伏せられているが、その正体は茨木華扇である。しかも驚いたことに、あざみの師だったという。

 

「鬼が、仙人の弟子に……⁉」

 

「そうか。あなたは知りませんでしたか」

 

 華扇は人間の味方と称していたはずだが、それがどうして鬼を弟子に持つことになったのか。椛は首を捻った。おそらくそこも含めて複雑な利害がからんでいたのだろう。

 

「……まああの時はこっちもだいぶ被害がありましたから、こちらにとってありがたかったですし、地底の侵攻も絶対に起きないことが保証されたので、上の方々も一安心というところでしょう」

 

 星熊勇儀は妖怪の山への一切の野心を持ち合わせていない、という返答が華扇を通じてもたらされたのは、今日の明朝だった。ほかならぬ星熊の言葉なので天魔も信用し、使者に襲い掛かったことへの非礼の詫びを入れ、両者―といっても地底側で戦ったのはあざみだけであるが―の争いは静まった。

 

 椛は射命丸からことのあらましを聞くと、ほうとため息をついた。

 

「これでしばらくは騒々しいことは起きませんね」

 

「……? 何言ってるんです? 地底から使者が来た理由は知ってますよね?」

 

「………あ」

 

 そうだった。彼らの本当の目的は、異変を引き起こすことだった。天狗との交渉の思わぬいざこざは終わったが、彼らにとってはこれからが本番なのだ。

 

「でも私たちは局外中立ですから、高見の見物を決め込むことになりますが……面白いことになるかもしれませんね」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 はっと目を覚ましたとき、私は布団の中にいた。ちちち、と雀の鳴き声が聞こえ、格子戸の向こうから日が差し込んでいる。私はゆっくりと身を起こすと、見覚えのある座敷を見回した。

 

(ええっと……私は、確か……)

 

 こんなところで寝ていなかったはずだ。確か天狗たちと戦って、殺される寸前だった。そして、どういうわけかやって来た華扇がその途中で攻撃を制止し―

 

 そのとき、ようやくここがどこなのかということに気づいた。勇儀様の屋敷だ。見覚えがあるのも、一度大掃除をしたから当然である。

 

(……華扇さんが運んできてくれたのかな)

 

 私がそう思ったとき、がらりと障子が開いて、誰かが入ってきた。

 

「お、起きてたのか」

 

 やって来たのは、勇儀様だった。珍しく何かを心配するような顔をして、私を見た。その瞬間、私は自分が使命を果たせず逃げかえってきたという事実を思い出した。勇儀様はそれを心配しているのではないか。

 

「も、申し訳ありません……天狗との交渉は……決裂しました」

 

「ああ。華扇から聞いた」

 

 低く、しかしよく通る声で勇儀様は答える。その目は冷ややかに私をとらえているように見えた。勇儀様はこの失敗で、私に従者としての価値がないと思ったのではないか―そんな恐れがちらりと胸を掠めた。

 

「……殺されかけたらしいな」

 

「はい……その通りです」

 

 勇儀様は険しい顔のまま、私に目をやっていた。私は勇儀様の顔を直視できず、ただただ頭を下げることしかできない。

 

「……今回は失敗しましたが、次は死んでも命を遂行します。ですから、私を捨てるのだけは……」

 

 必死に言いつのると、勇儀様は変な顔をした。

 

「なんでそういう話になるんだ? 別にあんたを責めに来たわけじゃないんだが……」

 

「えっ」

 

「ていうかだいたい、私の手紙がまずかったんだろ? むしろ私は、あんたに謝りにきたのさ」

 

 勇儀様はどすんと私の隣に座り、ぼろぼろの着物のそでをめくる。するとそこには昨日の戦いの中で負った傷が、赤い線としてうっすらと残っていた。

 

「……まだいくつか傷が残ってるな。どれだけ斬られた?」

 

「さあ……」

 

 あれだけの乱戦だったから、数える暇など当然ない。だが、鬼の再生力で追いつかない程度の猛攻が加えられていたのだと今更ながら気づいた。

 

「今回、約束を守れなかったのはお前だけじゃないかもな……」

 

 はあ、といつも快活な勇儀様らしからぬため息を吐くと、勇儀様は

「すまなかった」と言って、深々と頭を下げた。

 

 勇儀様が頭を下げた。……私に? それに気づいた瞬間、私は慌ててしまった。

 

「……いえ、そんな、頭を下げなくても……私はっ……平気ですから……だからその……普通に座っててください!」

 

「………そうか」

 

 そう言ってようやく、勇儀様は顔を上げた。私は自分が頭を下げるのならいくらでもするが、どうもそれを自分にされるとなると居心地が悪い。まして、相手が勇儀様であるならなおさらだった。

 

 そう思っていると、廊下の方からまた足音が聞こえてきた。誰か客人がいるのだろうか。するとその足音はこちらへまっすぐ向かってきた。

 

「勇儀。天狗とちゃんと話はつけといたから……ってあなた、目を覚ましてたのね」

 

 入って来た人物―華扇は私に気付き、目を向けた。

 

「はい、おかげさまで……」

 

 心なしか、私に向けられた華扇の目に、ちらりと怒りの色が見えた気がした。そしてその数秒後、華扇は大きく息を吸い込むと、

 

「………本っ当にあなたは何を考えてるの⁉」

 

 私の肩を掴んでゆさぶった。

 

「地底から出るなって言ったことも忘れて……! それに、何の用心もせずにのこのこと天狗の本拠地まで行くなんて!」

 

 華扇の剣幕に、私はひたすら小さくなることしかできなかった。それもそうだろう、私を助けるために、秘密にしたがっていた私の師事の件を天狗に話さなければならなかっただろうし、苦労をかけてしまったのである。

 

「……はい。でも次は迷惑かけませんから」

 

「私が言いたいのは、そうじゃない!」

 

「………まあまあ華扇。あざみも好きで天狗と戦をやってたわけじゃないんだし……」

 

 すると華扇は、きっと勇儀様を睨んだ。

 

「……何言ってるの。そもそもあなたの書状がまずかったんでしょう! 前に私に宛てた書状も最初は喧嘩の申し込みかと思ったし」

 

 私の弟子入りを推薦するだけの書状をどう書けばそんな解釈の可能な文に仕立てることができるのだろうか、と気になったが、私は黙っていた。すると華扇は私の方に顔を戻して、呆れたように言った。

 

「だいたいあれだけの天狗、あなた一人で何とかできるわけないじゃない。天魔に聞いたけど、降伏の道もあったんでしょう?」

 

「勇儀様の顔に泥を塗ることになるかもしれないので」

 

「……ま・ず・は自分の身を心配しなさいって言ってるの。あなた、確かに強くなったけど、それでも私や勇儀に届くほどじゃないでしょ。だからあなたの勇気は無謀、忠誠は狂信なの。もうちょっと自分の命を重く見なさい」

 

「は、はあ……」

 

 華扇は私を見やると、「まあ、あとは養生しなさい」と言ってずり落ちた布団をかけなおした。 

 

「もう帰るのか?」

 

「ええ。あざみの様子を見に来ただけだしね。……でも、ちょっとあなたも来てくれない?」

 

 華扇が何か含みのある言い方をすると、勇儀様もそれに気づいたらしく、「分かった」と応じ、立ち上がった。そして瞳の像がはっきりするほど私の方に顔を近づけると、

 

「……今のうちに体力を回復しておいてくれ。異変は、今日の夜に起こす」

 

 私がこくん、と頷くと、勇儀様は満足そうな顔をして、外へ出て行った。

 

 

 

 

 

 あざみの寝ている部屋から出て、勇儀の自室に移動すると、華扇は勇儀に聞きたかったいくつものことを詰問することにした。

 

「さて、説明してもらいましょうか。異変を起こすってどういう事?」

 

 勇儀には問い詰めたいことが山ほどあった。異変を起こすというのもそうだし、地上へ出るというのも、そしてその目的も。

 

「……説明も何も、そのままだ」

 

 勇儀は言いながら徳利を引き寄せ、そのまま口元に持っていき、ぐいと飲み干した。

 

「まず、さとりのペットから貰った怨霊を地上に放す」

 

「その時点でいろいろと許せないんだけど……まあいいわ、続けて」

 

「……そして私がそれを追うってことで子分たちを地上にやる。こうなったら流石に紫もその動きを察知して、必ず博麗の巫女を動かしてくる。あくまで異変だから、紫は途中には出てこられない。それでやって来る霊夢に」

 

 勇儀は、空になった徳利を軽くはじく。

 

「—何とか勝つ」

 

 ぱき、と徳利が真っ二つに割れて、転がった。

 

「……肝心なところは出たとこ勝負なのね。あなた、霊夢の強さをなめてない? それと、もう一つ言ってないことがあるでしょう」

 

「言ってないこと?」

 

「とぼけたって無駄よ。なんで異変を起こすの。暴れるだけなら異変の体裁を整える必要は無い。何か地上の妖怪に要求したいことがあるはずよ」

 

 勇儀が見ているのは、霊夢や子分たちではない。この異変は、地上の妖怪―とくに紫を引っ張り出すための大仕掛けなのだ。

 

「……気づいたか」

 

「当たり前よ。それで、目的は?」

 

「まあ、別にお前に聞かれて問題があるわけじゃないか。私の目的は―」

 

 

◆◆◆

 

 

 遠い山に日は落ちて、宝石のような星を散りばめた空がうっすらと浮かび上がり始めた。人里では今日の仕事を終えた人々がおのおの家路に着いている頃だろう―

 

 八雲紫は、自分の屋敷の縁側で涼しい風に金髪をたなびかせながらのんびりとお茶をすすっていた。

 

(ああ、やっと一息つける)

 

 近頃は結界のほつれがひどく、あっちを直せばこっちが、こっちを直せばあっちが、という具合に果てしないいたちごっこを演じていた。今日も、9カ所もほころびを見つけて直しておいたのだが、普通であればこれほど結界が崩れるわけはない。

 

(……何か、私の知らないところで起こっているのかしら)

 

 しかし、結界のほつれは人為的なものと考えるにはいささか場所が散らばりすぎている。何か自然に起こった原因で結界が破られていると見るのが妥当だろう―結界を破る趣味のある者が犯人でなければ、の話だが。

 

 とはいえそのいずれにせよ、根本的な原因を突き止めなくては事件の解決にはならない。明日は藍に結界の補修を任せ、原因究明に乗り出す必要がある。

 

「ちょっと藍、来て―」

 

 そう言うと、すぐに藍が駆けつけてきた。7つの金の尾を揺らし、額に少し汗を浮かべ、こちらに向けて走ってくる。

 

「そんなに急がなくても良かっ―」

 

 紫が笑いながら言おうとした言葉を、藍は遮った。

 

「紫様。異変が起きました」

 

 ぶっ、と口に含んだお茶を吹き出しそうになった。

 

「地底から逃げてきた怨霊を追い、地底の住人が妖怪の山へ出てきて他の妖怪や人間と小競り合いを起こしています。怨霊による被害も馬鹿になりません」

 

「本当なの? この忙しい時に……」

 

「はい。しかも今回の異変の首謀者は星熊勇儀……地底の鬼です」

 

 地底。紫はその単語を聞いた瞬間、珍しく真面目な顔つきになった。地底は地上の吹きだまりであり、この安定した幻想郷で何かあるとすればここだとにらんでいた場所だった。

 

 しかし実質的に藍と2人で結界を管理しているため常に監視することはできず、2重の抑止力—天狗勢力と、地霊殿がそれの代わりをしてくれている。天魔は鬼の天下を好まないし、さとりは異変のような乱痴気騒ぎが嫌いなようで、地底でその動きがあればすぐさま伝えてくれる手はずだった。

 

「天魔はなぜか黙認し、不動です。地底側も天狗領域に入らないので、何らかの取り決めがされていたとみるべきでしょう。古明地さとりは……」

 

 藍は1枚の写真を紫に渡した。そこに映っているのは椅子に縛り付けられたさとりと、その隣でカメラに向かってピースサインを送るこいしだった。

 

「……身動きが取れない状態のようです」

 

「文字通りね」

 

 こうなるとこいしもこの異変に乗っており、さとりはそうと知らなかったためにまんまと捕まり、そしておそらく地上へ行く口実とするための怨霊を盗まれたと考えられる。

 

「まさかあの星熊勇儀がこれほど用意周到だとは思いませんでしたね」

 

「真っすぐだからといって馬鹿だとは限らないわよ」

 

 実際、紫は後手に回ってしまっていた。結界の補修に忙殺されていたとはいえ、紫の裏をかいて異変を起こせたのは勇儀の裁量によるところが大きい。見た目によらず、存外頭が切れたらしい。

 

「……だけど、まあこれは『異変』。異変を起こした妖怪は人間に倒されなければならないわ」

 

 紫がそう言うと、藍はその意味を汲み取り、頷いた。

 

「すでに霊夢と魔理沙には伝えています。明け方にはこの異変は終わっているでしょう」

 

 

 

 




・天狗の書記官
 哨戒部隊の名簿や建物の修繕費、広報活動を行っている。実は当初この人物を主人公にしようと考えていたが、この小説で登場する機会はない。
・あざみの師事を知らない椛
 椛はあざみが人里へ行く前に正体を知ってしまっているため、華扇の弟子であると知らせると都合が悪い(人間の味方の仙人が鬼を育てていることになる)。そのためあざみは椛にそのことを話していないし、将棋教室では椛は子供たちとしか話していないため知らなかった。
・勇儀の文
 意識せずにケンカを安売りする。悪意はない。
・あざみの思考回路
 簡単に死ななくなったので、自分の体よりも勇儀に仕え続けることに重きを置いている。
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