鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第26話 百花繚乱の決闘

 

 

 

 

 どこかで魔力がはじけ、空気を焼き焦がすような匂いがしてきた。と同時に風に乗って爆発音が断続的に聞こえ、ときおり閃光も見える。

 

「……魔理沙が戦っているようですね」

 

 藍のつぶやきに紫はうなずいた。予想通り、魔理沙は妙な小細工をせず、というかしようという発想がないのだろうが、ともあれ正面突破を狙っているらしい。相手からすればこの手の輩は道を阻みやすいという点で与しやすいが、紫にとっても都合のよいことがひとつだけある。

 

「……あんたが出てくるなんて聞いてないわよ」

 

 その声を聞いた紫はにっこりと笑って、パルスィを見下ろした。服も髪も黒くすすけ、仰向けに倒れている。その向こうにはもう何人かの鬼やつるべ落としなどが倒れていた。

 

「……ええ、私が別にこの『異変』を解決するわけじゃないわ。ただ、ちょっと手助けしてるだけよ」

 

 魔理沙の動きが単純なぶん、彼女を迎え撃とうとしている敵の動きも読みやすくなっているため、先回りは容易だった。そして見つけてしまえば簡単に相手を無力化できるのである。

 

「………どっちみち干渉はしてるじゃない。いつもはだいたい霊夢と魔理沙に任せてるだけなのにね」

 

「そういえばそうね」

 

 紫はパルスィの皮肉っぽい言葉をいなしつつ、紫は別のことを考えていた。つまり、この異変の目的がどこにあるか、ということである。

 

 結界の修復に手一杯で余裕が無かったとはいえ、勇儀は計画を周到に用意していた。天狗たちを抱き込み、さとりを押さえた。これで異変を収拾できる者は、霊夢や魔理沙に限られてくる。

 

 では、その霊夢と魔理沙が敗れれば、誰が事態を解決するのか。勇儀本人でなければ、管理人である紫が出ざるをえない。今まで地底については以前の取り決め以外ノータッチだった(はっきり言って面倒だった)が、今回は関わらざるをえない。

 

「……私がこう考えることも、あっちは重々承知でしょうけど」

 

 そうひとりごちたとき、近くで辺りを見回していた藍がやってきた。

 

「紫様。私の式で現状を探ってみましたが、どうやら霊夢はすでに地底の昇降洞へおりた模様です」

 

「さすが仕事が早いわね。私が来るまでもなかったかしら。だいたい今回の『異変』に参加してる連中は地上に出払ってるだろうから、あとは簡単に星熊勇儀のとこにたどり着くでしょう」

 

 あとは勇儀を成敗して一件落着だろう。少なくとも全力で戦える霊夢に弾幕ごっこで勝てる道理はない。思惑などはあとで聞きだせばいいだけのことだ―

 

 紫がそう思っていると、藍は不思議そうに首をかしげた。

 

「それにしても………霊夢はどうやって妖怪たちに目をつけられずに地底に入り込めたんでしょうか」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「我々がこうしてちょっと移動するだけで妖怪と遭遇するんですよ。霊夢がいくら気を付けていても、何匹か妖怪と戦わなければならないはずですが、これほど簡単に地底へ到達するのが不可解でして」

 

 やはり、式の能力は「与えられたこと」を元に思考を展開する癖があるらしい。膨大な計算を一瞬でこなせる藍がこんな単純な問題が解けないというのもその弊害だろう。

 

 紫は、できの悪い生徒に対してするように、静かに微笑んだ。

 

「……ああ、そんなのは簡単に思いつくことよ。……少なくとも霊夢や私にとってはね」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ここに来るのは二回目かしら。

 

 博麗霊夢が地底の昇降洞を抜け、その底の地を踏みしめたときに感じたものは、その程度のものだった。何ということもない、妖怪を調伏するだけのいつもの仕事。

 

 顔を上げると、人里と同じかそれ以上に華やかな地底の都の光が目に入ってきた。今日は月の光が無く、そのせいもあってより一層きらびやかに飾りたてられているようにも見えた。

 

「さて、さっさと殴り込みをかけましょうか」

 

 力も十分温存している。魔理沙はどうやら真正面から行ったようだが、そんなことをしなくても、要は勇儀さえ倒してしまえばいいのである。

 

 霊夢はまっすぐ妖怪の山へ突入するのではなく、迂回して天狗たちの領域から昇降洞まで近道をしていた。地底の妖怪達が地上へ出てくると言っても、天狗の領域を好き勝手に移動することは考えにくい。天狗たちの無用な警戒を避けるためにも、天狗の領有する場所は最小限に移動するはずである。

 

 そのため、天狗領域を通れば勇儀の手下妖怪とばったり遭うことも無いだろうし、天狗たちも魔理沙や妖怪たちの派手な戦いに目を奪われて侵入は容易になるというわけである。実際、低空飛行で見つからないよう移動すると、誰に見とがめられることも無く昇降洞へ到達することができた。

 

(魔理沙にはちょっと悪いけど……ね)

 

 親友を当て馬にしたようでほんの少し罪悪感があるが、とにかく今回は手早く異変を終わらせてしまいたかった。単に面倒というのもあるが、紫の都合で動かされたような気がして、気に入らなかったというところが大きいだろう。

 

 霊夢がため息をつきながら飛翔し、都への橋にさしかかったその時、その橋の真ん中には、たった1人、待ち構えるようにしてたたずむ影があった。

 

「お待ちください」

 

 裏をかいたと思ったが、まだこちらに残っている仲間がいたらしい。霊夢が静止すると、相手もふわりと浮かび、霊夢に合わせてゆっくりと空中—弾幕戦の舞台へとやって来る。

 

 霊夢の征く手を阻まんとするその相手の顔をみとめると、霊夢はすっと目を細めた。いつかの月夜の晩のように、煌々と旧都の明かりに照らされ、柴染めの着物の肩に、ぱらりと紅い髪がかかっていた。

 

「久しぶり、というほど日は経ってないかしら」

 

「ええ、まあ……このところ忙しかったのであなたに会ったのもついこの前のようです」

 

 霊夢が口を開くと、相手―あざみは、以前とは打って変わって、落ち着いた調子で答えた。地上で退治したときはとても敵ではないように思えたが、今回は不気味なほど静かで、こちらを見据えている。

 

「……ちょっとどいてくれる? 私はあなたなんかと戦ってる暇はないの」

 

「断ります。今夜、あなたをお通しするつもりはありません」

 

「私は勇儀を倒しにきたの。あなたには関係ないでしょう?」

 

 霊夢は、頑ななあざみの態度に、妙な引っかかりを覚えた。前の件で霊夢と戦えばどうなるかはわかっているのに、何故関係のない勇儀と霊夢の対決に首をつっこもうとしているのだろうか。

 

 そう思った瞬間、霊夢ははっとした。もし霊夢が知らないだけで何か関係があるとしたら―

 

「私は、勇儀様の従者ですので」

 

 あざみは、低くつぶやいた。ぽつ、ぽつ、ぽつ、と赤い光点が彼女の背後で数を増していく。ここで、霊夢もあざみが敵対するつもりであるということをはっきりと悟った。

 

「……なるほどね」

 

「勇儀様にお会いになるのでしたら、私を倒してからお会いしてください」

 

 あざみがそう言うと同時に、黒鉄を削ったような金属音とともに、彼女の背後に控えていた光点は匕首の形へと変形した。切っ先の目標は全て目標―霊夢に向けられている。あざみはゆっくりと霊夢へ向き直り、つぶやいた。

 

「鬼符『神領浅緋』」

 

 

 

 

 

 いかにして霊夢を消耗させるか。 

 

 私は妖力でこしらえた刃を霊夢へ放ちつつ、そのことだけを考えていた。勝てる見込みはまずない。これはいい。しかし、ただ負けるだけでは駄目なのである。相手に損耗を強いるのが、私の目的なのだから。

 

 一旦刃の奔流が止まると、霊夢はお返しとばかりに針を数本、私めがけて投擲する。額や頬を掠めた針が風を切る音を聞きながら、私は考えていた。

 

―私が霊夢に勝っている部分はどこだろうか?

 

 霊力の絶対量。経験。反射神経。どれをとっても、霊夢が完全に上回っている。これはどうあがこうと覆すことができない事実。この要素だけで戦えば、いくら引き分けを狙っても肉を切らせて骨も断たれるという結果に終わるだけだろう。

 

 逆に私の勝っているところと言って最初に思いつくのは膂力くらいだが、当然弾幕勝負だから活かすところは皆無だ。しかしもう1つ私に有利な点があるとすれば、それはまだ私の手札が霊夢に知られていないことだろう。

 

 以前の戦いで早々に敗北してしまったのが幸いして、霊夢はこちらのスペルはほとんど知らないはずである。こちらも相手のスペルを完全に把握しているわけではないが、先ほど旧都を出るとき、用事のついでに、霊夢が異変の際に使っていたカードをヤマメに教えてもらっている。情報では、私に利がある―

 

「霊符『夢想封印』」

 

 その声で、私ははっと現実の世界に引き戻された。必殺の弾幕が霊夢の周囲に咲き誇り、不気味な光をその中心にたたえていた。

 

―まずい。

 

 とっさに迎撃用―「人肉柘榴」のスペルを宣言しようと思った瞬間、霊夢の弾幕はうなりをあげて、こちらに襲い掛かってきた。私が先ほどまで放っていた匕首は霊夢の光球に触れるとことごとくが儚く消え去り、楯としての役割すら果たしていない。

 

 あっけなく匕首を平らげると、光球は首筋へ迫る。しかしその時すでに、私の右手にはそれを切り捨てるための武器は握られていた。

 

「鬼符『羅刹の魔槍』」

 

―見える。

 

 体をめぐらせ、まずは目の前にある光球を横薙ぎに斬りはらった。続けて右斜め、脇側、回り込んで背後から襲い掛かってくる弾幕を順に撃墜する。前回は結界で防御するので精いっぱいだったが、射命丸のスピードに比べれば、動きは止まって見える。

 

 最後に一際大きな一弾を貫くと、ぼしゅっ、という音とともにもうもうと煙が漂った。その瞬間、それを吹き飛ばすかのような風圧を感じる。

 

「………っ!」

 

 私が顔を仰け反らせると、先ほどまで私の額があった位置を、一本の針が飛び去って行った。つう、と額から零れた血が、槍を構える右手の甲にぽたりと落ちた。

 

「………へえ、なかなかやるじゃない」

 

 煙が消え去ると、霊夢は片頬に不敵な笑みを浮かべながらそこに浮遊していた。今の衝突で消耗した様子は少しもなく、涼しい顔で私を眺めている。一方こちらは、少しだけ呼吸が乱れていた。

 

 霊夢は癖なのか、とん、とんと肩をお祓い棒で叩きながら言う。

 

「前は瞬殺したのに。あーあ、あの時ちゃんと調伏しとけばよかった」

 

「……ふふ、やれるなら、今やってみてください」

 

 勇気を振り絞っての挑発である。いつもなら足を舐めてでも許しを請うところだが、残念ながら今回はそうはいかないのである。

 

「ちょっとこの前と態度が違うんじゃない?」

 

 霊夢はぴくり、と眉を動かした。流石に妖怪退治の専門家だけあって、安っぽい挑発に乗るつもりはないらしい。しかし彼女の気配が少し尖ったものになったのは、気のせいでは無いだろう。

 

「そうですかね。……まあ、今日ばかりは譲れないので」

 

「……ふーん、そう。それでもいいわ」

 

 霊夢はそうつぶやくと、袖からずらりとお札を取り出した。離れてはいるものの、そのすべてによく練られた霊気が込められているのが分かる。直撃は言うまでもなく、かすってもその威力は馬鹿にならないだろう。

 

「あんたを倒したら勇義のとこまで道案内してもらうから」

 

 直後、霊夢の手元からぶわりと白い旋風が巻き上がった。お札は霊力の輝きも相まって白刃のようにきらめいている。そして霊夢が私を見て、つっ、と指さした瞬間、ぞわりと全身が総毛だつような寒気に襲われ―

 

 視界を紙吹雪の群れが覆いつくした。

 

 

 




・天狗領域うんぬん
一応天狗から地底の妖怪たちの通行許可は取っているが、天狗側は高みの見物を決め込みたいので、地底の妖怪は天狗のエリアに深入りしてほしくない。
・式の性能
藍や橙の式としての性能では与えられた条件を元に正しい結果を出せるが、目的達成のため条件を変えるという発想ができない。
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