鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第28話 鬼の(くびき)とは

 

 

 

 

「……あ、あなたの負けです」

 

 私は、霊夢を下に組み敷き、手刀を当てながら言った。すでに私が(勝手に)出した戒厳令は解かれ、旧都から暗闇は追い払われつつある。

 

 これでようやく、私は霊夢を道連れにして地上へ叩き落すことに成功したのである。無論切り札あってのことであり、私個人の実力であれば到底敵う相手ではなかったはずだ。

 

 それでも、やはり霊夢との実力差は大きかった。妖力を限界まで使用したためか、頭の中は針鼠が暴れまわっていると思うほど痛く、視界はぐにゃりと曲がっている。もはや立っているのが精いっぱいであり、当然霊夢にとどめの一撃を見舞うような力は一滴も残されていない。

 

 これで諦めてくれ―と思ったが、その瞬間、霊夢はかっと目を見開いた。

 

「……今、何て言ったの? まだ。まだ戦えるわ」

 

 霊夢の身体から、ぶわりと霊気が立ち上る。駄目だ。まだあちらはパワー十分である。

 

(……まあ、それでもいいか)

 

 私の目的はすでに達成した。これだけ霊力を削れば御の字である。あとは勇儀様にお任せすることにしよう―

 

「おいっ! 霊夢!」

 

 そんな声が聞こえ、何かが光ったと思うと同時に、私の身体は高々と宙を舞っていた。受け身をとることもできず、地面に身体をしたたかに打ちつける。

 

「……なによ魔理沙。余計な手助けは要らないわ。ちょっと不覚をとったけど、まだ戦えるから」

 

「そんな事言ったって、全然余裕があるようには見えないが」

 

 どうやら、闖入者はあの魔理沙のようである。私を吹き飛ばしたのは、彼女の魔法らしい。横たわる私の視界の端で、金髪が揺れていた。

 

「……そこで私を待ってたやつが予想以上に手強かったのよ」

 

「お前にそこまで言わせるなんて珍しいな」

 

「ええ。……まあ、さっきのあんたの攻撃を回避できなかったってことはもう勝負はついてると思うけどね」

 

 霊夢がそう言ったとき、からん、ころん、と旧都の奥から、下駄を鳴らして歩く音が聞こえてきた。流石に反応は早く、2人はばっと身構えると、その足音の主へ顔を向けた。

 

「おーおー、なかなか頑張ったんじゃないか」

 

「久しぶりだね、お2人さん」

 

 勇儀様とヤマメだった。勇儀様はくるくると左手で杯を弄びながら、ゆっくりとここに揃っている役者を見回す。勇儀様はゆっくりと私の方へやってきてしゃがむと、ぽん、と頭をたたいた。

 

「あざみ。よくやった。休んでていいぞ」

 

「………はい」

 

「私にはー?」

 

 いつの間にかいたこいしが言うと、勇儀様は頷いた。

 

「ああ、こいしも。……ていうかそろそろさとりの所へ戻ったらどうだ」

 

「分かってる分かってる」

 

 こいしはもう飽きたとばかりに地霊殿へと飛び去ってしまった。勇儀様はそれを一瞥(いちべつ)すると、霊夢たちに向き直った。

 

「……さて、これであんたらは私と戦うことになるわけだが……」

 

 霊夢と魔理沙はともに疲労し、霊夢は私と戦った直後であるためか、最初に出会った時よりも霊力の勢いが半減している。この状況で戦えば、勇儀様とヤマメが優勢になるだろう。

 

「……やってやろうじゃないの」

 

 霊夢がぴっ、とアミュレットを扇状に広げ、投擲の構えを見せる。魔理沙も右手に持っている何やら箱のようなものを構える。しかしどちらの動作も緩慢としており、2人の体力に余裕がないことは見てとれた。

 

 対する勇儀様とヤマメはこの異変が始まって一切戦っていないため、気力、体力ともに横溢している。いくら霊夢と魔理沙が手練れといっても、ここで勝ちを収めるのは難しいだろう―

 

 その時、急に力が抜け、私はがくりと頭を落とした。どうやら安心して緊張の糸がゆるんだらしく、急速に意識が遠のいていく。

 

妖力も体力もからっぽだったため、身体を包む無気力感に抗うことはできない。どうもこの頃気絶癖がついてしまってよくないな、と思っていると、瞬く間にまぶたが落ちてきた。

 

私はこの戦いの帰趨に思いを馳せながら、気を失った。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 霊夢は勝つ。例え相手が吸血鬼だろうが、亡霊だろうが、神さまだろうが。だからこそ、紫はほぼ異変の解決に介入せず、博麗の巫女に全てを任せてきた。

 

 博麗の巫女に異変を解決させる理由はいくつかあるが、主な理由は、人間が妖怪を退治できるという事実を確認させるためである。これがなくては幻想郷の妖怪と人間の間の微妙なパワーバランスは崩壊する。

 

 故に、霊夢が負けた、あるいは負けそうな場合は、紫は介入も辞さないつもりでいた。例えば、今回のように。

 

「はいはい、ちょっと待ちなさい」

 

 今にも勝負が始まろうとするその瞬間、紫はその両者がにらみ合う空間にスキマを作り出し、姿を現した。

 

 霊夢、魔理沙、ヤマメが驚いて出現した紫を見つめる中、勇儀だけはにやりと笑って紫に目をやる。

 

(これも、思い通りと言うヤツかしらね)

 

 紫は離れて霊夢とあざみの戦いを見守っていた。途中までは霊夢の圧倒的な優勢の元で経過した。が、あざみの策によって手痛い反撃を受けた霊夢は、次の戦いに耐えられる霊力を残していなかったので、強硬手段に訴える—つまり、勇儀たちとの戦いが始まる前にその両者との間に現れ、紫自らが異変を終わらせることにしたのである。

 

「……何しに来たの?」

 

 霊夢はぎろりと睨むが、紫はそれをいなしながら答えた。

 

「私が直々にこの異変を終わらせようと思ってね」

 

「私と魔理沙が負けると?」

 

「そうは言ってないでしょ。ただ、このまま任せるのは不安ってだけ」

 

「だからそういう意味じゃない」

 

 しかし霊夢は自分に残された霊力については理解しているらしく、それ以上噛みついてくることはなかった。魔理沙も同じく地上で魔力を消耗しているため、何も言わない。紫は2人の了解を得たと解釈すると、勇儀へ向き直った。

 

 勇儀はどこか不満そうにしながら、紫を見た。

 

「……えらく素直に負けを認めるんだな。戦ってもいないのに」

 

「あの子たちが本当に負けたらまずいのよ。負けるという可能性があることも問題になるほど」

 

「気に食わないな。絶対に勝てる勝負しかさせたくないってことだろ?」

 

「この幻想郷を守る子たちだからこそ、ね」

 

 紫がそう答えると、勇儀はため息をついて、「で?」と言う。

 

「代案があるからここに来たんだろう? それは何だ?」

 

 やはり直球に訊いてくる。そのくせ紫にすら目的を読ませないというのが何とも不気味なのだが。

 

「……質問を質問で返すようで悪いけど、あなたが異変を起こした目的はなに? それが私に実行可能なものであるならば、矛を収めることを交換条件に、その目的を果たさせてあげる」

 

 巧妙に言葉を選んだが、この言葉は負けと言っているに等しい。

 

「紫。お前自身が私と戦うんじゃないのか?」

 

「……地上と地底の妖怪で争うことが目的なら、それをお勧めすするわ」

 

「冗談だ。それで、私の目的を聞きたいのか」

 

「それはもちろん」

 

 勇儀はそれを聞くと、こともなげに頷いた。そして、それを聞いた瞬間、紫はあまりの意外さ、というよりもばからしさに唖然とした。

 

「地上と地底の行き来の禁止を無効にしてくれ」

 

「……? 今なんて?」

 

「言った通りだ。ずっと前に地上の奴らと決めた約束を改めさせてほしい」

 

 理解不能だった。今でも、さとりの許可を貰えば地上に行くことは可能である。それなのに、何故今そんなことを言うのか。勇儀であればさとりに問題を起こさないと言えば信用はあるだろうし、地上へ行く許可は難なく下りるだろう。

 

 にも関わらず、わざわざ異変を起こすわけが無い。勇儀はふざけているのか。

 

 紫はちらりと勇儀の眼を見たが、ふざけるような色は見えず、むしろ真剣に紫の返答を待っているようである。

 

「……一応聞くけど、あなた、実質的に地上と地底の行き来が自由になっているのは知ってるかしら?」

 

「もちろん。……だからといって、約束したことは守らなくちゃならないからね。いくら自由に行き来できると言っても、あの協定が無効になってるわけじゃない」

 

 そうか、と紫はようやく合点がいった。これは、鬼の論理である。たとえ、互いに地上、地底を行き来してはならないという協定が有名無実化していたとしても、その協定を勇儀は守る。いや、守らざるをえない。

 

 紫に分からないはずである。勇儀がここまで契約にこだわるという発想を原点に持たねば彼女の心を知ることはできない。約束を破らないため、約束を前もってなくす―勇儀は手練手管を使おうとしたのではない。この単純な論理を貫こうとし、結果として紫を出し抜いたのだ。

 

 紫は、くらくらするようなめまいを覚えた。が、履行すべき条件は至って単純。もはや形を留めているに過ぎない協定を破棄すればいいだけなのだから。紫はそのため必要な新たな1つの確認をしておきたかった。

 

「わかったわ。それについてはあなたの望む通りにしましょう。……だけど、地上の妖怪と敵対したり人間を勝手に殺したりするのはナシ」

 

「もちろんだ」

 

 もっとも、今回のやり口から考えてそうそう大きな目的があるとは思えなかったが、一応言質は取っておくべきだろう。剛力の鬼を封じる最も強力な軛となるのは、鋼の鎖ではなく、言葉なのだから。

 

 紫と勇儀の間で取引が終わると、霊夢と魔理沙、そしてヤマメはぽかんとした顔で2人を見ていた。

 

「……ちょっとヤマメ。あんたこういうことするって知ってて来たの?」

 

「いいや? 何か考えてることはあるんだろーなーとは思ってたけど、まさか決闘すらしないとはね」

 

 肩をすくめて、ヤマメはつまらなそうに首を振った。魔理沙はにやにや笑いながら、霊夢を見やる。

 

「で、結局霊夢には黒星がついただけ、と」

 

「誰が負け犬よ。あんたの邪魔が入ってなかったら、普通に勝ってたわ」

 

「へいへい。……ところで問題の霊夢を追い詰めた……あざみだっけか、そいつは何してるんだ?」

 

 霊夢が黙って指さしたのは、地面に突っ伏して動かないあざみだった。

 

(……元をただせば、その子が善戦したせいで私がここに来る必要ができたわけね)

 

 霊夢を向かわせれば勝てるという大前提を覆したのが、あの夕陽の中で出会った鬼だとは到底信じがたかったが。

 

「紫様。また結界のほつれが」

 

 スキマの奥から、藍の声が聞こえてきて、紫は頷いた。

 

「では、また会える時を楽しみにしていますわ」

 

「おう、次会うときは地上だな」

 

 紫は勇儀と挨拶を交わすと、するりとスキマの中にもぐりこんだ。そしてスキマを閉じる寸前、眼を閉じて横たわるあざみの顔を見て、ちりりと脳裏に火花が散ったようなきがした。

 

「……?」

 

 スキマはすでに閉じ、地底から完全に紫のいる空間が切り離された後、ゆかりは何か忘れているような、既視感をあざみの顔に覚えていた。

 

 前に会った時? 阿求に顔が似ているから?

 

 いや、それよりも昔。まだまだ昔の時の話のような―

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 目が覚めると、いつものように布団に寝かせられているわけではなく、ごつごつとした感触が背中から伝わってきた。地面に触れている手からはなぜかつやつやとした感触が伝わってくる。

 

(これは……河原の石?)

 

 ぱちりと目を覚ますと、私は見たことのない河原にいた。果てしなく続く川と、小石の敷き詰められた川岸。それ以外に地面を彩っているのは、紅く咲き乱れる彼岸花のみである。

 

 じゃりっ、と歩くたびに小石が音を立ててすり合う。他に音を立てるものはなく、水のせせらぐ音すら聞こえない。まるで私以外の時が、全て止まってしまったかのように。

 

 私はなぜここにいるのだろうか。

 

 霊夢と戦って、魔理沙が現れ……そうだ。そして勇儀様とヤマメがやって来たのだ。それからどうなった? 勇儀様は、霊夢たちに勝ったのだろうか?

 

私はそれかけた思考を修正した。どちらが勝っていても、私がここにいる理由とは結びつかない。

 

(見覚えのない景色……そもそもここはどこかしら。というか早く帰らないと勇儀様に迷惑かけるかも……だけどまずどうやって帰れば……)

 

私は一挙にものを考えようとして、混乱していた。まとまらない思考が頭の中でぐちゃぐちゃになっている。

 

 その時だった。私の耳に、ぎぃ、ぎぃ、と船をこぐ音が聞こえたのは。

 

 音がした方へ顔を向けると、深く立ち込める霧の向こうから、一艘の船と、それをこぐ船頭の影がやって来るのが見えた。息を呑んでじっと見つめていると、その影はさらにこちらへ近づき、ついに互いに視認できる距離まで近づいた。

 

「……よ、いたいた。捜したんだよ」

 

「私……ですか?」

 

「ああ。早くこの船に乗ってよ」

 

 船頭は、赤い髪を短く切った女性で、裾をたくしあげ、船をこぎやすい格好をしていた。それだけなら普通の人間と変わらないが、眼を惹くのはその後ろに構える大鎌である。

 

「あたいは死神の小町ってんだ。ま、映姫様―要するに閻魔様のとこへ行くまでの付き合いだが、よろしくな!」

 

「死神⁉」

 

 死神だと聞いて、ようやくここがどこだか分かった。彼岸だ。生と死の狭間である。

 

私が後ずさると、小町は首をかしげた。

 

「死んだって自覚してないの? ……ああ、臨死体験ってやつかな……」

 

「臨死体験?」

 

「うん。今のあんたは霊魂だけの存在。体は現世でこんこんと眠っているよ。つまりあんたはあの世に逝きかけてるってことさ」

 

「はい!?」

 

「だーかーら、何があったか知らないけど、あんた、死にかけてるんだって」

 

「………」

 

妖怪がそんなに簡単に死ぬだろうか、と思ったが、確か私は妖力ー妖怪としての生命力の尽きた状態で倒れた。夢や幻覚のようだが、私は本当に生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのかもしれない。

 

小町は私を納得させるためか、「お迎え」と書かれた手帳を取り出した。

 

「名前は?」

 

「あざみ……です」

 

「あざみ、あざみっと……あれ、無いね。私の覚え書きには」

 

 ぺらぺらと帳面をめくりながら、小町はひとりごちる。やはり、私の名前は死神のお迎え予定には入っていない。ただの偶然だ。

 

しかし、私の期待をよそに、小町は首をひねっている。

 

「んー、でも、やっぱりついてきてもらった方がいいかもね」

 

「……なぜですか?」

 

 小町はまだ帳面をめくっていたが、やがてある(ページ)で手を止め、私に見せた。

 

「いやね、何十年も前にお迎えする予定だった頁に、()()()()名前が載ってるから。あざみ―いや、稗田諱(ひえだのいみな)さん」

 

 

 

 




・異変解決(?)
勇儀の要求が軽かったため何事もなく終了。基本的にほぼ皆が損をした。(こいし→敗北 霊夢、魔理沙→骨折り損 あざみ→敗北+三途の川ウォッチング)
・名前
あざみは勇儀がつけた名前で、巫女のつけた方が諱。このせいで次回は説明がややこしい。
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