鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第29話 浄玻璃の鏡は何を見た

 

 

 

 

 ひえだのいみな。その言葉―私が勇儀様に名前を頂く前に持っていた名前は、冷たい感触を持って記憶の底から這い出してきた。

 

「その名前で呼ばないでください」

 

 意識せず、語気が鋭くなる。私はもう稗田でも、泣きながら逃げ回る諱でもない。勇儀様に仕える従者、あざみなのだ。

 

「おや。ひょっとしてあたい、地雷を踏んじまったかい? いや、悪気はないんだ。ただ、あんたは冥界のシステム上では、死ぬ予定となっているってことさ」

 

「……死ぬ予定?」

 

「ああ。こればっかしは閻魔様に聞かないと分かんないけどね。どうせあんたは私と一緒にこの三途の川を越えなくちゃならない。私の帳面に名前が載っている以上、この賽の河原からは永遠に抜け出せない。それとも……」

 

 小町は地面を埋め尽くす石を指さした。

 

「ここの石を積み上げ続けるかい? 1つ積んでは親のため、ってな。まあ鬼が来てそれを崩すんだけど。……いや、今はあんた自身が鬼なのか」

 

 はっはっは、と小町は笑う。死者に触れる時間が長いためか、それとも死神だからか、彼女はあまり人の生き死にに頓着していないようだった。

 

 このまま話していても埒が明かない。私はため息をついて、小町の船に飛び乗った。

 

「……他に選択肢はないというわけですね。それなら仕方ありません」

 

「物分かりが良くて助かるよ。い……あざみさん。三途の川を渡れば絶対戻ってこれないとは言ってるけど、ありゃ嘘だ。予定にないのは現世に突っ返される。あんたの場合はそれが曖昧だから映姫様に訊かないと駄目なんだけどね」

 

「ということは、私は今から閻魔様に会うんですね」

 

「その通り。ほんと怖いよ。あたいがサボってたら怒鳴ってくるし」

 

 それは当然なのではないだろうか。そう思ったときにはすでに、小町の船は霧の向こうへと漕ぎ出していた。

 

 

 

 地獄。

 

 と一口に言っても、その勢力や常識は場所によって全く異なる。大きく二つに分けると、勝手気ままに様々な勢力が群雄割拠しているところと、死人を更生するための、いわゆる現世での想像通りの地獄とに分かれているのだという。

 

 私が今いるのは後者ではあるが、ここは秩序を重んじるだけあって、地底―旧地獄よりひっそりしているような気がする。

 

 三途の川を渡り、私は閻魔の執務室へと通されていた。閻魔大王が座るのであろう椅子はまだその主を迎えておらず、辺りに獄卒らしき人影もない。

 

 辺りを見回すと、巻物や帳面などの書類は分類わけされているのが目に入った。机の上には塵一つないことから、おそらく閻魔はきっちりとした性格なのだろう。

 

「お待たせしました。閻魔の四季映姫といいます」

 

 私が振り向くと、そこには誰もいなかった。……のではなく、私が目線を上にあげていたため、背がそれほど高くない映姫を見逃していたのである。

 

 私は閻魔と聞いて、天をつくような髭面の大男を想像していたが、実物は小柄で、緑の髪を短く切りそろえた女性―というよりも少女、と言ったほうがしっくりくる容貌だった。

 

「初めまして。あざみとお呼びください。映姫さん」

 

「……そうですね。あなたがその名にこだわるのであればそうしましょう」

 

 映姫は自分の椅子に腰かけると、私を見下ろした。閻魔の冠を被っている様子はまるでごっこ遊びのようだったが、発する気配は間違いなく閻魔のそれであった。

 

「彼岸当局の、あなたの扱いについて説明する前に、一つ、長い前置きをしてもいいでしょうか。あなたの、出生についての話です」

 

「……どうぞ」

 

 今気づいたが、映姫の隣にある鏡はおそらく、浄玻璃の鏡である。人の一生の行いを全て見ることができるのだから当然、その辺りのことも分かるのだろう。

 

「あなたは、御阿礼の子が私のもとで転生するために働くことは知っていますか」

 

「ええ。徳を積むんでしたっけ」

 

 小鈴から聞いた話だから、まず間違いはないはずだ。

 

「そう、それで私が転生用の身体を用意してあげるのです。それで、7代目か8代目だったでしょうか。その時、私はいつものように稗田本家に御阿礼の子をもうけさせようと考えました。しかし、その時本家は流行り病で子を産めそうな者が次々倒れていました」

 

 映姫は、たんたんと語る。

 

「そこで、転生する本人と相談して、分家の方に御阿礼の子を誕生させることにしました。それが、あなたです」

 

「……私、ですか?」

 

「そうです。あなたは稗田の人間だから阿求と顔が似ているのではない。あなたが御阿礼の子、つまり阿求になる予定だったから、顔が寸分たがわず同じなのです」

 

「え……? 私はもともと私という人間として生まれるのではなく……」

 

「阿求として生まれる予定でした。……しかし、私はその手はずを整えたのですが、しばらくして様子を見ると、どうもあなたの身体がおかしい。調査してみると、転生先の肉体が、妖怪に変質していたのです」

 

 やはり仮説通り、私の血統に問題があったわけではなく、胎内にいるとき、()()()に妖怪化したのだろう。ここは予想内である。

 

「そのため、私と阿求はその肉体―つまりあなたに阿求の魂を転生させるのをやめ、仕切り直して本家の方で転生させました。ですから、あなたの魂は本来阿求に上書きされて消滅する予定でした」

 

「……つまり、私は妖怪化したために魂を上書きされずに誕生できたと?」

 

 妖怪となっているため私は私でいられた。ということは、端から人間として平穏に生きる道は私には存在しなかったということになる。これは、なんという皮肉だろう。私が大嫌いだった角が、私という存在の大前提だったのだ。

 

 もし「上書き」されていれば、この体は阿求のものだった。

 

「これは話に関係なく、ただあなたに訊いてみたかったのですが……これを非道だと思いますか? 生まれていない者を踏みにじる行為だと思いますか?」

 

 映姫は、じっと私を見つめ、問うてくる。私が現にこうして自我を持つ以上、今の阿求、いや阿礼の魂が操る肉体は、別の少女に成長する機会があったかもしれない。その、いわば生前殺人とでもいうべき行為の善悪を訊いているのだ。

 

「……すみません。私にはよくわかりません……」

 

 阿求の仕事は転生でもしなければ続けられず、また記録という面でも確かに幻想郷には必要だろう。しかしその裏では慈しまれ育まれるはずの胎児の魂が葬り去られている……

 

 閻魔ともあろう者が完全に答えを出せないこの問いに、私が答えられるだろうか。

 

「……そうですね。私は「黒白を分ける」ことが出来ますが、「正しく」分けているかはいまだにわかりません。だからあなたにこそ答えてほしかったのですが。まあいいでしょう。話を戻します」

 

 続いた映姫の話によると鬼と化した私は、生まれたときにはすでに死神の帳面に載っていたのだという。いずれ何かの贄となる予定だったのだ。

 

「私もそのときは大して気にも留めませんでしたが、あれが巫女のつけた封じ名とは思いませんでした」

 

「封じ名?」

 

 そういえば勇儀様が言っていた。私の力を制限するためにつけられた呪詛の類だったはずである。

 

「ええ。あなたの「諱」という封じ名は、悪霊を寄せ付けない為のものです。そう、ちょうどあなたが首からさげているお守りのように」

 

「……封じ名は足かせだと聞きましたが」

 

「その面もあるでしょう。しかし、博麗の巫女ほどの霊力の持ち主がつけた名前であれば、ある程度悪霊の襲撃は免れることができたはずです」

 

 そういえば、私は勇儀様と出会うまで、悪霊に一度も出会ったことはなかった。襲われるようになったのは―

 

「私が、あざみにという名を貰ってから……」

 

「はい。確認しましたが、あなたは3度、悪霊に遭遇していますね。おそらくあざみという名を貰い、封じ名の効果が消えてしまったために悪霊が出現したものと思われます」

 

「……ほ、本当、ですか?」

 

 映姫は頷くが、にわかには信じがたかった。それでは巫女は私の力をそいでいたのではなく、保護していたことになるのだ。そして勇儀様のせいでその加護が消えた、ということになる。

 

 自分の信じていたものが全て、偽物に変わってしまう―そんな不安がじわじわとやって来る。

 

「ちなみに、私は嘘などつきませんよ。知っていることをそのまま話しているだけです」

 

 映姫は静かに続ける。

 

「……つまりですね、あなたは『諱』として死ぬ予定でしたが、それが封じ名であったために悪霊があなたを見つけられず、その結果、『あざみ』として生きているのです。これほどややこしいケースは滅多にありません」

 

「……それで、私はこの世に帰ることができるんですか」

 

「はい。あなたは現在、あざみであって諱ではないということですので。……もちろん偽名を使えば死神のお迎えが無いというわけではないですよ。今回は特例です」

 

「特例?」

 

「はい。巫女と鬼がつけた名前だからこそ、小町の帳面に影響を与えるのです。ただの一般人がつけたものでは、そもそも死ぬ予定が変わるということはありえません」

 

 やはり、帰ってから勇儀様に聞かなければならないことがあるかもしれない。思えば、封じ名について知っていたことも妙だ。それに私が鬼であることを、まるで事前に知っているかのような口ぶりだった。

 

 何を聞かされても忠誠は揺らがない、と思う。だが、ここまで知ってしまったなら、全てを―私が辿った軌跡よりも前の因果の糸を手繰り寄せ、全てを知りたい。

 

「……そういえば、父……いや、昭義はここに来ていますか?」

 

「昭義? ……ああ、あなたの……その方は地獄にいますね。罪状は、係累を贄にした罪、契約を破った罪、です」

 

(係累を、贄……)

 

 つまり、私のことだろう。実の父が私を贄にした張本人だと知っても、私の心はその程度では動かなかった。あれならやるだろう、と心のどこかで思っていたのかもしれない。

 

「面会できますか?」

 

「無理ですね。もっとも、あなたが自ら地獄に堕ちるのであれば別ですが」

 

 昭義もおそらく何かを知っているだろう。特に、私が何に狙われているかくらいは。だが、地獄に自ら飛び降りる気にはなれない。そこで何を知ろうが、「これから」は望めないからだ。

 

「……分かりました。ではここに長居する理由もありませんし、今から帰していただけませんか」

 

 そう言うと、映姫は頷いた。手にした閻魔の(しゃく)でさきほど彼女が入って来た扉を指し示した。

 

「そこの扉から出れば、あなたの意識はこの世に戻っていきます」

 

「あ、そうなんですか。じゃあこれで。ありがとうございました」

 

 私は頭を下げると、すぐにそのドアノブに手をかける。そのとき、映姫は思い出したように言った。

 

「……そうだ。今現在、あなたの魂は「あざみ」ですが、身体は「諱」として生きている。そのことだけはお忘れなきよう」

 

 がちゃり、と扉が開いた。私は最後の映姫の言葉の意味をはかりかねたが、それに質問するだけの時間はなく、意識は闇の中に溶け去っていった。

 

 

 

 




・阿求の魂上書き
 阿求が転生する前に、転生先の体の魂は消える。なぜ「徳」を阿求が生前、死後に積む必要があるのかという理由。
・封じ名
 諱には本名という意味がある。巫女が皮肉をきかせてつけた名前かもしれない。ちなみに漢字表記にしてあるのはあくまで諱が真名(漢字)であり、あざみが仮名(ひらがな)だから。
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