鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第30話 夕闇のシスル

 

 

 

 

 異変が終わってから一週間が経った。私は3日ほど寝込んでいたらしく、気絶した後に何が起きていたかを全く把握していなかったが、人づてに聞いたところによると事実上地底の勝利に終わったらしい。

 

 霊夢と魔理沙はまだ戦える状態だったが、彼女らが負けるのを恐れた紫が介入し、勇儀様の要求を聞き入れる代わりに地上からすべての妖怪と怨霊を回収するという約束を結んだのである。

 

 その後勇儀様の配下の鬼たちは怨霊集めに東奔西走し、この事件が完全に収束したのは異変が始まって2日が経ったころだったという。

 

 その次の日に目覚めた私は、後処理に参加しなかったため、その代わりに異変の成功を祝う宴会の全てを取り仕切らなくてはならなかった。旧都の生活は毎日宴会をしているようなものだが、今回は規模が違った。勇儀様の大盤振る舞いで、勇儀様の屋敷で行われる宴会には誰でも参加が可能だったのである。

 

 それから三日三晩宴会は続き、参加した客のほとんどが二日酔いで吐き始めると、ようやくお開きとなった。すべての後片付けを終えたとき、私はくたくたで、宴会のあった座敷で寝ころんでいた。

 

「ああ、やっと終わった……」

 

 嵐のような日々だった。思えば天狗たちと交渉しに行く日から気絶している期間を除けば、常に動き続けている。身体的には問題ないが、精神的な疲労はすさまじい。

 

(今日はもう帰って休もうかな)

 

 映姫から聞いたことが、まだ頭の片隅でうずまいている。勇儀様もひょっとして何かを知っているのではないかと思い、訊こう訊こうと考えてはいるものの今日はとてもではないがそんな気力はなかった。

 

 障子を開けて外を見るとすでに暗くなっていた。しかし人間と違い妖怪は夜が本分の時間なので、ますます人通りは多くなっていく。

 

 私は新調した(せざるをえなかったともいう)草履を履いて賑わう人ごみのなかを歩いた。焼き鳥やりんご飴の夜店も出ており、笛や鼓の音も騒がしく聞こえてくる。ちょっとしたお祭りのようである。

 

 普段ならこの浮かれた雰囲気にあてられて気分が軽くなるが、今回は疲れているため、どちらかというとげっそりした。

 

 私は人にぶつからないようにして歩いた。しかし妙なことに、相手の方からすっと避けていき、口々に声をかけてくる。

 

「よぉ。あざみさん。勇儀の姐さんによろしくな」

 

「ねえねえ。次もあんな感じのパーッとした宴会開いてよ。アタシ、踊ってやるからさあ」

 

「そーいえば異変のとき明かり消して回れって言ったのあんたらしいね。ちょっと後でツラ貸してくれる?」

 

 どうやら、この前の異変騒動と、一人だけで宴会客をさばいたおかげで、私の顔は旧都の者全員に知れ渡ってしまっているようだった。私はお礼を言いながら、できあがる道を通り抜けていく。

 

 そのとき、隣の屋台で何かが倒れる大きな音がして、悲鳴があがった。

 

「あたしを馬鹿にしてんじゃないよ! この屋台のくじはどうなってんのさ!」

 

 見ると、男と土蜘蛛の女が口論をしていた。いや、口論をしているというのは正確ではない。女の方が一方的に叫んでいる。気の弱そうな男は何の妖怪かは分からないが、くじ屋台の主人らしい。地面には、紐のくじの入った箱が倒れていた。

 

 見て見ぬふりをしようと思ったが、この辺りの屋台の店主たちからは勇儀様がみかじめ料を取っている。お金を納めてもらうかわりに、揉め事があれば勇儀様かその部下が店主たちを助けなければならない。

 

「どうかしましたか」

 

 私が声をかけると、土蜘蛛の女は振り返り、私の肩を叩いた。

 

「ああ、勇儀さんのとこの。聞いてくれる? そこの屋台、絶対当たりくじいれてないわ。20回くじ引いたのに一個も大当たりは出ないのよ」

 

 大当たりと言って女が指さしたのは、三脚つきの、射命丸が持っていたようなカメラのようだった。たかがくじでそこまで大騒ぎするだろうか。私はこの件を放り出したくなったが、これも仕事である。

 

「……仕方ないですね。では店主さん。大当たりの景品があるってことはまだくじの中に大当たりはありますよね? 確認のために残りのくじを見せてもらえますか?」

 

 もちろん助けると言っても、屋台がイカサマをしていれば勇儀様の信用問題にかかわる。悪質な客から屋台を守るのは、屋台側に何の非もないという確証がとれてからである。

 

「………?」

 

 屋台の主人は確認させようとする私に向かって、不思議そうな顔をした。

 

「どうしましたか? ほら早く」

 

 私がうながすと、後ろから土蜘蛛の女が主人に罵声を浴びせた。

 

「ほら見なさい。自分とこのケツモチにもそのくじは見せられないんだろ。イカサマしてた証拠だよ。呪い殺してやろうか」

 

「わわっ……そういうことか。見せます見せます」

 

 主人は慌てて箱の中を見せた。中にあったひもには外れ、やや当たり、当たり、大当たりと書かれた紙が先端についている。……やや当たりとはなんだろう? 首をかしげながら、私は土蜘蛛の女の方にそれを見せた。

 

「これでいいでしょう。これ以上何か言うのであれば私が相手になりますし、勇儀様が直々にお相手なさることもあるかもしれませんが」

 

 そう言うと、土蜘蛛の女は首を振った。

 

「鬼がやってないって言ってるんならやってないんだろ。それに、あたしもあんたらを敵に回すほど馬鹿じゃないんでね。じゃ、また」

 

 くじで当たりが出ない程度で大騒ぎするわりに、案外冷静な判断だった。土蜘蛛の女はくるりと踵を返すと、ぼやきながら去っていく。

 

「あーあ、最近できた屋台だってんでいったけど、とんだハズレだよ……」

 

 私が土蜘蛛を見送っていると、主人が私にむかってお辞儀をした。

 

「ありがとうございました! 本当に死ぬかと……!」

 

「は、はあ……みかじめ料ってこういう時の為に取ってるわけですし」

 

 すると主人は、またあの不思議そうな顔で私を見た。そういえば私がくじの中身を見せるよう言った時も同じような顔をしていた。さてはこの男は。

 

「みかじめ料、払ってないってことですか?」

 

「そ、そそそんなことはないです。ちゃんと払ってますよ、ミカジメリョウ」

 

「…………正直に、言ってください」

 

 私は、主人の瞳を覗き込んだ。この辺りで商売をするには勇儀様の庇護は必須だ。勇儀様の庇護が無い場合、何をされても、力がすべての旧都では文句は言えないーつまり、物を盗まれたり客に殺されたりしても誰も気にしない。誰も助けてはくれないのだ。

 

 そして私は賭場で働いているため「そちら」方面には詳しくないが、みかじめ料を払わない商売人を叩きだす部下もいるという。

 

 主人は顔を蒼白にさせながら、うなだれた。

 

「は、はい……払ってません。でもまだ来て3日なんで……」

 

「悪いことは言いません。今からでもいいのでお金を納めてください。ばれれば……どうなるかは私にもわかりかねます」

 

「そうか……」

 

 言っていて、私はこの男を少し気の毒に思った。おそらく旧都の貧民街かどこかから稼ぐために中心までやって来たのだろう。景品のカメラや硯は新品に見えるが、よく見ると油で艶出しがしてあったり、修理の跡があったりする。

 

 おそらく転がっているゴミを景品に仕立て上げているのだろう。しばらく華やかな場所にいたために忘れていた、旧都貧民街にいたころを思い出し、胸に鋭い痛みがはしった。

 

 もっともそこでは隣人は敵であり、情けをかけでもするとたちまちつけこまれ悪くすると殺されるため、あの頃に会っていれば互いに無視しあっていただろうが。

 

「……まあ、これからちゃんと納めるのであれば大丈夫でしょう。私は今日のことは目をつぶるので安心してください」

 

「あ、ありがとうございます」

 

(……勇儀様から見た私ってこんな感じなのかなあ)

 

 ぶんぶんと音がするほど早く礼を繰り返す主人を見て、私は心の中でつぶやいた。が、何はともあれ、問題は解決した。

 

「では、私はこれで」

 

 足早に去るとき、私は家に帰って休むことしか考えていなかった。だから、不思議に思うべきことを意識の外に締め出してしまっていたのである。

 

 考えてみるべきだっただろう。なぜ、外来物で珍しく、地底にはない「カメラ」を、あの店の主人が、みかじめ料も知らないほど旧都慣れしていない主人が持っていたのかということを。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 次の日、私は朝早く家を出て、勇儀様の賭場に向かった。早朝は一晩中遊んでいた客が睡魔に襲われ、朝からの客がやってくる時間であるため、まだ胴元の仕事は少ない。その間に勇儀様に気になることを訊こう、と思っていた。

 

「勇儀様? 見てないなあ」

 

 私が勇儀様の居場所を聞くと、私の代わりに一晩中胴元をやっていた鬼は、首をかしげた。

 

「じゃあ……ご自分のお屋敷にいらっしゃるのでしょうか」

 

「いやあ、夜はずっとここにいて遊んでたからな」

 

 確か勇儀様は宴会で騒ぎ続けていたはずである。それから休まず一晩この騒がしい賭場で遊ぶとは、酒だけでなく体力や精神力も杯から無限に湧いてくるのだろうか。

 

(いや、それだけのパワーがあるから旧都の人たちをまとめられるのか)

 

 ふむ、とあらためて自分の主の妙なところに感心していると、鬼はそうだ、と言ってぽんと手を叩いた。

 

「そういや、さっき旧都の外の方へ行くって言ってたな」

 

「外? ああ、昇降洞の辺りですか」

 

「そうそう。滅多に橋の向こうに出ないのに、珍しいこともあるもんだ」

 

「……ありがとうございます。そちらへ行ってみます」

 

 私はお礼を言って賭場を出ると、大通りに沿って昇降洞の方へ向かった。人通りは少なく、早足で歩いたためあっという間に橋に着いた。そして橋のなかばの欄干に寄りかかっているパルスィを見つけた。

 

「パルスィさん! 勇儀様はまだ昇降洞の近くにいますか?」

 

 くぁ、とあくびをしているところに話しかけたので驚いたのか、パルスィは慌てて口を閉じた。

 

「ななな何⁉ いるなら声かけてよ!」

 

「わかりました。今度からそうします。で、勇儀様は?」

 

「あんた二言目には勇儀勇儀って……まあいいわ。さっきそこを通っていったわよ」

 

 私はパルスィにお礼を言うと、昇降洞へと駆けた。すると、ぽっかりと天井に開いている穴の下で、天を見上げる1人の鬼―勇儀様がいた。差し込む光に照らされ、勇儀様の髪は透き通るように輝いている。

 

「……ここで何をなさっているのですか?」

 

 私が傍へ近寄ると、勇儀様は、ああ、と言ってこちらへ顔を動かした。

 

「地底の薄暗さに馴れきっちまってるから、ちょいとひなたぼっこして光に慣らしとこうと思ってな」

 

「珍しいですね。旧都は酒盛りと遊びと喧嘩以外にすることはないとおっしゃってたのに」

 

「いつもはな。……ところが私は今、地上に用があるんだ」

 

「用? ああ、地上へ行く許可を求めたのもそのためですよね。なぜですか?」

 

 私がそう訊くと、勇儀様はむう、と考え込むそぶりを見せた。これまでそれについては私に何も言ってはくれなかった。だから話したくない内容なのだろうとは思っていたが、その通りだったらしい。

 

 勇儀様は眉間に深いしわを刻んでいたが、やがてふっと息を吐き出した。

 

「………まあ、いつまでも黙っているわけにはいかないしな。私が地上に行く理由は、お前を助けるためだ」

 

「わ、私、ですか?」

 

 私は狼狽した。封じ名を取ったせいで悪霊に襲われるようになったのはともかく、私はすでに勇儀様に助けてもらった身である。今さら何の助けがいるのだろう。

 

「お前、首から下げてるお守りを見たか? 少しほつれてるぞ」

 

 私が首から下げたお守りを見ると、透明な石に白いヒビが一筋入っていた。

 

「いずれ、華扇のお守りでも対処しきれなくなるほど悪霊の呪いは強くなる。どうしようもなくなったときには、もう遅い」

 

「遅いって……どうなるんですか」

 

「人間なら肉体が先にグズグズになって駄目になるだろうが、あんたは肉体が強いからな。人格が少しずつこそぎ落とされ、しまいには息をするだけの肉塊になるだろうさ」

 

 ぞっとした。私は呪いの効果でやってくる悪霊さえ払えばよいと思っていたが、呪いそのものが私を蝕むということは考えていなかった。

 

「で、私はお前を助けなくちゃならないから、分家に乗り込んで、呪いを解く手がかりを見つけようと思ってるわけさ」

 

「そ、そんなことまで……」

 

 信じられない。勇儀様からすれば一従者にすぎない私にこれほど手を尽くしてくれるのだから。異変を起こしたのも、地上へ自分が行くための準備―つまり、私のためだった。

 

(でも、なんで?)

 

 勇儀様は助けなくちゃならないと言った。助けたい、助けようというような自発的な言葉ではなく、まるで他の人への義務を果たすためのように……。

 

「あざみ。一つ、教えておくことがある。私がお前を子分にした本当の理由だ」

 

 勇儀様がゆっくりと言った言葉は、非現実的な響きをともなって、耳に入ってきた。

 

「お前を従者にしたのは、お前の父親に頼まれたからなんだ」

 

 

 

 




・みかじめ料
用心棒代。勇儀は旧都のまとめ役と言っても、実質ヤクザ。賭場の運営もしているので金には困らない。
・あざみのふだんの仕事
賭場の運営、収支の計算、勇儀の身の回りの世話。他の子分と肩代わりしあって回している。
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