鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

33 / 39
第32話 待つとし聞かば

 

 

 

 

 

「……なんれ、今さら」

 

 舌が回らない。強力な麻痺毒でも盛られたか。私は懸命に動こうとしたが、手足は言うことを訊かず、ぴくぴくと震えるだけである。刺客の男は無表情に私を見下ろしながら、口を開いた。

 

「今だから、だ。お前に戻ってこられたら困るんだよ。分かるな?」

 

「………」

 

 おそらく、私が地底に引きこもっている分には問題がなかったのだろう。だが、「鬼」として分家に戻ってくるのはまずいというわけか。

 

「話によると、当主がつけた記録をご所望のようだな。それで何をするつもりだ? その記録のどこかに分家の弱みでもあるのか?」

 

「……なんのこと、れすか?」

 

「知らないふりか。まあ何にせよ、今まで何の音沙汰も無かったお前が里に戻ってくる理由なんて、うちへの復讐だろうからな」

 

 そうか、と私は納得した。分家がわざわざ刺客を送り込んでくる理由。私が、昔に追い出された復讐をするのを恐れているのだ。

 

「違い、ます。そんらことは」

 

「ない、と? 信じられるか」

 

 そう言うと、男は短刀を私の背中に向けて突き下ろした。

 

 しかし、がっ、と鈍い音をたてて、白刃は私の身体に拒まれた。着物の背だけが切り裂かれ、冷たい空気がその部分をなでていく。

 

 男はちっと舌打ちをして、私の身体を仰向けに転がした。

 

「やっぱりバケモノだな。今ので死なないってのは」

 

 刺客が私を見る目は、自我のある者を見る目ではなく、まるで物を見るかのような目だった。男はそのまま短刀を私の胸に突き立てようとした。が、圧力を感じたものの、やはりその刃は私の皮膚を傷つけることはできなかった。

 

 天狗たちはもともと剛力であるため、彼らの攻撃を受ければたとえふさがるといっても一時的にダメージを受ける。しかし、そもそも人間の力程度では、よほどの達人でないかぎり鬼である私の皮膚に傷をつけることは不可能である。

 

 男はいらいらしているらしく、めたらやったらに短刀を振り下ろしてくる。私は身をちぢ込めて、麻痺が癒えるのを待った。

 

 毒の効果が切れれば弾幕を使うにしろ、力で制圧するにしろ、人間が私に太刀打ちできる道理はない。そして、鬼が酒に強いということはすなわち、解毒にかかる時間も短いということである。あと少し耐えれば、私の勝ちだ。

 

(……まあ、あそこを狙われないという条件つきだけど)

 

 そのとき、男は荒い息を突きながら、刀を引っ込めた。どうやら今までの攻撃がほとんど通じていなかったことに気がついたらしい。私は、麻痺がとけつつある舌を回して、挑発した。

 

「……どうでした? もっと頑張って私を殺す努力をしたらどうです?」

 

 これで逆上してさっきと同じように攻撃を受け続ければ楽だと思ったが、今の言葉でむしろ、相手の頭は冷えたらしい。すっと目を鋭く細め、私をにらみつけた。

 

「……そうだな。どうすればいいか分かったよ」

 

 その刹那に感じた嫌な予感は、次の瞬間に現実へと変わった。がっ、と私の頭を左手で押さえつけると、親指で左目をこじ開けたのである。

 

「……確かに、俺の力じゃお前の身体を刺し貫くことは無理だが、目ん玉もそんなに頑丈か?」

 

「………っ!」

 

 暴れる私を押さえ込みながら、男は逆手に握った短刀を、私の眼窩に深々と突きこんだ。

 

「あああっ!」

 

 ぐしゃり、と眼球が潰れる音が頭の中で聞こえ、次いで視界の左側が真っ白になった。冷たい刃の感触と激痛が、頭の芯を震わせる。

 

 痛みのあまり力任せに短刀を目から引き抜くと、生温かい飛沫が散った。男は笑いながら、引き抜かれた短刀を私の右目に向ける。

 

「ははは、どうした。やっぱり弱点は目か。つぎは右目を―」

 

 私はとっさに自分の左目から流れ出る血を手につけ、男の目に向かって投げつけた。不意をうたれた男はまともに血の目つぶしを食ったらしく、ぐあっ、と言ってたたらを踏んだ。

 

(勇儀様が見たら、卑怯だって怒られるかもな)

 

 しかし、時間稼ぎには十分だった。

 

 私は左目を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。痛い目にはあったものの手足の麻痺はほとんど回復している。

 

 男は血で曇った目をこすりながら、短刀を構えた。私が動けるのを見てなお降参しないのは、私の左側の視界が制限されているとみているからだろう。死角になっている左側へと回り込んでくる。

 

 しかし男の得た優位というのは、もはや砂上の楼閣にすぎなかった。私を殺すつもりなら、目のさらに奥へと短刀を突き入れ、頭の中をかき回すべきだった。それを逃した時点で、男の敗北は決まっていたと言えるだろう。

 

 男は私の顔を見ると、目をみはった。

 

「……はは、嘘だろ」

 

 私の左目は割れたガラスをくっつけるように、素早く再生されていた。痛みがひき、全くの闇だった部分にぼんやりと光が差し、視界が戻ってくる。

 

「この……バケモンがあっ!」

 

 刺客は、今しかないとばかりに斬りかかってきた。が、その勝敗は、火を見るよりも明らかだった。

 

 私は左手で男の短刀を掴んだあと、軽く握りこんだ拳でみぞおちに死なない程度の打撃を叩きこんだ。

 

 かっ、と声にならない叫びをもらした後、力を失った刺客の身体は派手な音をたてて地面に落ちた。

 

 私は血で濡れた頬をぐいと拭うと、男を見下ろした。そして男の胸を踏み、心臓がきちんと鼓動しているかを確かめる。

 

 どくん、どくん、と心臓は規則正しく脈打っていた。

 

『やっぱりバケモノだな』

 

 さっきこの男が言ったことを、ふと思い出した。確かに彼からすれば私はバケモノだろう。しかし、私がいったい彼に何をしたというのだ。誤解があったとしても、少しは話を聞いてくれてもよさそうなものだが。

 

「………」

 

 もし、この足に力を込めたら。このまま踏み抜いたら。

 

 もちろんそう思ったのはほんの一瞬だった。彼にはやってもらわなければならない仕事があるからである。そうしなければ手加減して殴った意味がない。

 

(まあ、これで地上のことも楽になるだろうし、良しかな)

 

 私はそう思いながらも、やはりため息をつかざるをえなかった。

 

 先ほどの大立ち回りで、部屋の中が血でめちゃくちゃになっていたからである。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 彼はもともと分家の家人だったが、そろばん勘定よりも腕っぷしが強かった。そこで当主から「鬼退治」を頼まれたのである。

 

 当主の話によると、殺す相手は昔に分家で生まれたが、追い出されて今は地底で生活している鬼だという。それが再び地上に戻ってきて復讐しにくるであろうということだった。

 

 見返りははずんでもらえるうえに、相手は妖怪。倫理的に遠慮する必要はなかった。問題だったのは妖怪が跳梁する地底で、人間だとばれずに行動する方法と、目標をどうやって仕留めるかだった。

 

 前者は、倉庫にあったガラクタを適当に持っていき、屋台は地底で調達してくじ屋のふりをすることで解決した。後者を解決したのは、当主が渡してくれた毒酒だった。

 

『……鬼はたいてい酒好きだからいらないかもしれないが、いちおうつまみも持っていけ』

 

 自前の短刀に酒、数の子を持って地底へ行く間は、伊吹萃香という鬼が男を守っていた。どうせならずっと護衛をすればいいのに、と思いそう言うと、萃香は地底からのはぐれ者であるため一緒にいると目立つかもしれないと答えた。

 

 もちろんこの時期に地上から人間がやって来たと知られれば、標的の警戒心が強くなるかもしれないので、やむなく屋台の主に化け、あざみを探し続けた。

 

 そして目標を見つけ、首尾よく毒酒を飲ませた後―

 

「はっ!」

 

 刺客の男が目を覚ましたとき、自分が縄で縛られ、床に転がされているのに気がついた。外はすでに明るく、朝になっているらしい。

 

(そうか。俺は失敗したのか)

 

 覚えているのは、刀を素手で受け止められた直後に強烈な一撃を腹に叩き込まれたこと。あと一歩だった。あと一歩であの娘を亡き者にできたのに。

 

「……お目覚めのようですね」

 

 頭のそばから冷ややかな声がして、男はおそるおそる顔をあげた。やはり、見下ろしているのはあの女―あざみだった。その顔は無表情で、怒りや蔑みといった感情すらも読み取れなかった。

 

「で、俺をどうする気だい」

 

 わざわざ殺さずに拘束しているということは、男にはなにか利用価値があると考えているのかもしれない。もしくは、拷問の為に生かしているか。

 

 あざみは答えず、ぐいと男の胸ぐらをつかむと、右手でピースサインをつくり、男の両目の前へ持ってくる。そこで、あざみが何をしようとしているのかは分かった。

 

「……五つ数えるまでに私の質問に答えなければ、これから先ずっと光を見ることはないでしょう。まず一つ。あなたに私の暗殺を指示した人は?」

 

「……まて。落ち着け」

 

 男が慌てて制止するが、あざみの返答は「いーち」だった。

 

「整理させてくれ。ちょっと時間を」

 

「にい。………言っておきますが、私はあなたが質問に答えないのを望んでいますから」

 

「わ、わかった。………指示したのは当主だけだ」

 

 答えても、あざみの表情は大して変わらなかった。

 

「ふうん……まあそんなところだろうとは思いましたが。それで、二つ目の質問です。今のあの家には、何か知られたくない秘密でもおありです?」

 

「……し、知らない」

 

「いーち」

 

「知らないんだ。本当に」

 

 あざみは、ふむ、と考え込むそぶりを見せたあと、まあいいかとつぶやき、再び訊いてくる。

 

「三つ目です。あなたは確か私が覚え書きをよこせと言ったとかどうとかとおっしゃっていましたが、とんと心辺りがありません。覚え書きとは何でしょう?」

 

 稗田家の覚え書き。その話なら、一使用人にすぎない男でも、十分に知っている話だった。本家で御阿礼の子が幻想郷の歴史を綴るように、分家も里の様子や自身の記録を残すのである。

 

 稗田家は代々物を書く血筋だったからなのかは分からないが、分家の当主は代々自身の経営、できごと、里の様子を記録し続けてきた。酒屋と言う場所は酒を買いに来る者たちのうわさ話が交差する場所でもあり、記録する情報にも事欠かなかった。

 

 当主は帳面に、自身に都合の悪いことであろうとも、余さず書きつけておく。不都合なことでも、忘れないようにする必要があるからだ。……もちろん、家の人間以外には見せないものだ。

 

 という内容を男が喋り終えると、あざみは。ああ、と納得したようにうなずいた。

 

「……それでか。なるほど。あの時みたいに……」

 

 しばらくぼそぼそとつぶやいていたが、男がじっと見ていることに気づき、ぴたりと口をつぐんだ。

 

「失礼。……最後の質問です。これからどうしますか? 二つ選択肢をあげましょう。一つ目は、地底で暮らし続けること。……任務に失敗しておめおめ帰れないと思うならそれでもよいと思います。が、あなたが人間だとばれたら、いつ喰い殺されるかわかりませんね。おすすめできかねます」

 

 では実質、一つしか選択肢はないというわけだ。

 

「……二つ目は、私があの家に戻るついでに、あなたを連れていくことです。そこで、当主を説得してください」

 

「は? ……何についてだ?」

 

「私が、別にあなた方に復讐するつもりで地上へ行くわけではないということです。あなた方は何を勘違いしているのかは知りませんが、そもそも私があの家にいたときの当事者は死に絶えてるはずですから、仕返しの道理はないですよね」

 

「……じゃあどうして戻ってくる」

 

「私が生きるためです。まだ何らかの症状は出ていませんがね。呪いがかかっているそうでして。それを解く手がかりを探しにいくつもりなのです」

 

「尋問しようとしてた奴の言葉を信じるとでも?」

 

「私は嘘をつきませんよ?」

 

 そう言うと、あざみは縄をほどき始めた。仮に今、男が逃げたり襲って来たりしても対処できると考えているのだろう。男を解放すると、あざみは土間にあった草履を履きながら、振り返った。

 

「……もし、地上へ戻るつもりなら、今から私についてきてください。もっとも、あなたがどうしても生きたまま臓物を食べられたいというなら別ですが」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「準備はできたかい?」

 

 勇儀様は、きらびやかで光沢のある、派手な着物を着崩していた。右肩をはだけさせ、鎖骨が露わになっている。賭場で熱い勝負をやるときの格好なのだが、昨日からずっと遊び続けていたのだろうか。

 

 私と勇儀様はすでに、昇降洞の真下にいた。天にぽっかりとあいた穴から、風が出入りする音が聞こえてくる。私がうなずくと、勇儀様は私の後ろについてきていた刺客の男を見て、首をかしげた。

 

「で、後ろにいる奴は?」

 

「私を狙った刺客だそうです」

 

「それは分かる。萃香が言ってたからな」

 

「ええと……誰です?」

 

「知り合いだよ、知り合い。ま、どうせ私がいなくてもお前なら余裕で勝てただろう?」

 

 毒酒を盛られて少しピンチではあったが、結果を見ればそう言えるだろう。私はうなずいた。

 

「で、私が聞きたいのは、何でそいつをここに連れてきてるのかって話だ。あんたも腹が立ってるなら殺ればいいだろ」

 

「……いえ、彼には分家との交渉をしてもらうつもりです」

 

 すると、勇儀様は意外そうな顔をした。

 

「おや。あんたは分家嫌いだろ? 交渉なんてせずに家をめちゃめちゃにしてやりたいとか思ってないのかい?」

 

 確かにいきなり刺客を放ってくるやり口は気に食わないし、私の命がかかっているので譲れないところはある。だが、私のしがらみは、今の分家の人々にとっては関係のないものだろう。彼らだって、自分の祖父や曾祖父あたりがしたことで復讐すると言われても、納得はできまい。

 

 自分には何の落ち度もないのに、人生がめちゃくちゃになるという理不尽さは、私自身がよく知っている。とはいえ、「分家」という言葉がムカデやゴキブリを指すのと同じような感覚で聞こえるのには変わりないのである。だからー

 

「……私は、もういいんです」

 

 次の地上行きで完全に生家とは決別する。呪いが解ければもう関わる必要はない。関わりたくもない。遺恨を残さないように注意を払って、目的を達したらここに帰って二度とあの家には戻らない。

 

 昨日、刺客の男のそばで一睡もせずに考えた末に決めた。私の感情は完全に封印して、目的を達成するためだけに動こう、と。

 

 勇儀様は「ふうん」と言ってから、ぼそりとつぶやいた。

 

「……言っておくが、私は何もしない。威圧くらいはできるけどな。だから、地上でお前が何をしようとも、私は何の手助けも、邪魔もできない」

 

「大丈夫です。むしろ、勇儀様が一緒にいらっしゃってくれることが心強いので。平気ですよ」

 

「………そうか?」

 

 なぜか勇儀様の目には、珍しく心配の色が浮かんでいた。が、すぐにその微妙な表情は消えうせ、いつもの鷹揚な笑みが浮かんでいた。

 

「よし。じゃあ今から行こうか。その家に」

 

 はい、と答えて、私と勇儀様は、地面を軽くけり、地上へ飛び立った。

 

 

 




・鬼の解毒スピード
アルコールの分解が早い→肝臓強い→解毒も早い。ただし、並の人間が酒と毒(または薬)を同時に飲んだりすると肝臓が処理しきれなくなるため危険。
・目玉が弱点
当然と言えば当然。流石にネウロやイワンコフほどの防御力があるわけではない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。