鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第34話 昔語り・弐

 

 

 

 

 賢三と大六がいなくなった。

 

 それを知った日、はしごをかけたのは菊枝だった。はしごをかけるのは賢三か大六の役目だったにもかかわらず。私は慣れた手つきではしごを登ると、彼女に2人が来ていない理由を問うた。

 

「いなくなったの。なんでか分からないけど」

 

「いなくなった? いつですか?」

 

「わからない。でも昨日、2人とも家に帰ってないみたい」

 

 嫌な汗がじっとりと流れた。賢三と大六が同時に行方不明。1人ならまだしも、2人が同時に、となると何かあったとしか思えない。

 

 とても遊ぶような気にはなれなかった。それは菊枝も同様だったらしく、私たちは何も言わずに別れた。そして私が離れに戻ってぼんやりしていると、がらりと後ろの戸が開いた。

 

「……父上?」

 

 昭義が立っていた。眉は吊り上がり、口は体内に充満する怒りを吐き散らさないために、ぐっと引き縛っているようだった。

 

「決まりを破ったな」

 

 私はとっさに頭をかばった。叩かれる、と思ったが、昭義は何もしなかった。おそるおそる顔を上げると、昭義は微動だにせず、ただこちらをずっと見つめていた。

 

「賢三、大六という少年2人が、お前の名前を口にした。それを聞いた親が屋敷に来た」

 

「………」

 

「お前は知らないかもしれないが、お前の額にある角を人に見せれば、お前がこの稗田家にいるということが他の人間に知られるのはまずいことなんだ。だから私と婆以外の人間と会ってはならない」

 

 後で知った話だが、私は稗田家の外では死んだことになっていた。実際は博麗の巫女のお告げに従って生かされてはいるが、何らかの天災が起きたときに里の人間たちの悪意が稗田分家に向くきっかけになる可能性があるため、存在が秘匿されていたらしい。

 

 だが、私が外を出歩けば、その意味はなくなる。当時の私はそれを知らなかったし、理解もしていなかった。

 

 そして、稗田分家はその秘密を守り抜くために何でもするということも。

 

「賢三と大六は、野山に出て妖怪に襲われ、死んだ」

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 

「2人の家族もいずれ後を追うだろう」

 

 私は愚かだったが、その言葉を額面通りに受け取るほど馬鹿でもなかった。つまりあの2人は、私の存在を知ったため口封じされたのだ。菊枝はたまたま私のことを人に言わなかったためその存在を知られなかったのだろう。

 

 最初に感じたのは悲しみではなかった。2つの命が理不尽に奪われたことに、生まれて初めて怒りを感じた。

 

「……なぜあの2人を殺したのです。決まりを破ったのは私なのに」

 

「もともと無関係の人間が死なないようにお前に決まりを課してたからだ。もしそんな奴らを増やしたいなら、外へ出るといいさ」

 

 昭義はそう言い残すと、何も言わずに離れを出て行った。

 

 

 

 私は次の日、菊枝に会った。誰にも見つからないように注意しながら、こっそりといつものように塀を越えると、すぐに私は菊枝に切り出した。

 

「もう、会うのはやめましょう」

 

「どうして?」

 

「危ないからです。私のことを言ってもいけません」

 

「それは……2人がいなくなったことと何か関係あるの?」

 

 私は、うっと口ごもった。昭義が言った通り、私のせいで彼らが殺されたとも言えるのだから。

 

 菊枝は、そう、と言ってそっぽを向いた。

 

「……どんな事情があるのかは知らないけど、お屋敷の人たちがやったのね」

 

 私はうつむいた。私が外を見たいと思ったから。決まりを破ったから。それを言うことはできなかった。それを言ったら、菊枝はどんな目で私を見るのか。

 

 それが途方もなく怖かった。だから、私は卑怯にも何も言わなかった。菊枝はそんな私の心の中を知ってか知らずか、じっと考え込んでいた。

 

 やがて何か決心したような顔をすると、ぎゅっと私の両手を握って、ささやいた。

 

「……じゃあ、今日でお別れ。ありがとう、遊んでくれて」

 

 ふいと顔をそむけると、彼女ははしごを置いたまま走りだした。私が伸ばした手は彼女の袖を掴みそこね、空をきった。

 

 違う。あの2人は。私のせいで。

 

 走っていく菊枝の背中に声にならない懺悔をほとばしらせながら、私はそのままそこに立ち尽くしていた。

 

 

 

 それから数日が経った頃、にわかに外が騒がしくなった。どうやら里の人間が何人も門の前に来ているらしく、その応対に出た家の人間と何やら揉めているようだった。

 

 どうしたのだろう? そう思ったが、外へ出る勇気はなかった。しかし喧騒はますます大きくなり、彼らが何に対して怒っているかが聞こえてきた。

 

「本当は知ってるんだろ。うちの子どもをどこにやったんだ!」

 

「……だから、僕はただの手伝いなので、そんなことを言われても」

 

「じゃあ家の奴らを出せよ! いや、当主だ。当主を出せ!」

 

 分家の手の者が2人に手を下したことが知られている? いや、そこまではいっていないが、分家と2人の失踪が結び付けられている。一体どこからそんな情報が……

 

 私はそこで、はっと気がついた。菊枝だ。あのとき、菊枝だけが分家の人間と2人の失踪について関係があることを知った。そして彼女は、それを秘密にして身を守るのではなく、逆に言いふらしてしまったのではないか。

 

 子どもが言ったことだと最初は真面目に受け止められないだろうが、子どもがいなくなった親たちはその責任を誰かに求めるべく、行動を起こすだろう。そしてそこに、「死んだ」はずだった私が生きているという情報を加えると、分家を疑う理由ができる。

 

 つまり、「稗田分家は後ろ指を指されないよう忌子を隠して育てており、他の子どもはそれを知ったために殺された」という想像ができるのである。

 

 2人を殺した報いだ。

 

 私は、殺害を指示したであろう昭義が対応に苦慮するところを思い浮かべた。……しかし、私はそれを、喜ぶべきなのか、それとも心配すべきなのか。

 

 この頃からだったと思う。私が昭義に対して親しみと憎しみがないまぜになった感情を抱きだしたのは。

 

 私の「友人」を殺害したのは間違いなく昭義だが、これまで一緒に過ごしてきた日々で昭義が見せた優しさが嘘かと言われれば、否である。

 

 どうすればいいのだろう。そもそも自分のせい。いやでも2人を殺す必要はなかったのでは。あのとき何もしなければ。

 

 考えはまとまらなかった。昭義の顔を見るたびに、2人の顔がちらつく。何か差し入れをもらっても、感謝の言葉を口にする前に思い出す。

 

 その頃の私の心はぐちゃぐちゃだった。

 

 その一方、私を取り巻く環境も激変した。

 

 私の存在が里の人間の知るところとなったのである。分家は、もう私の存在を隠し通すことはできなくなった。だが、それを逆手にとって、こんなうわさが里に流された。

 

「分家の鬼子は殺すと祟りがある。だから追い出すまで分家はその子供を隠して閉じ込めていたが、馬鹿な子どもがそれを連れ出し、鬼子のふりまく「厄」を浴びたために不幸な末路をとげたらしい」

 

 細かい部分は人によって違ったが、内容はほぼ同じである。要点は、分家は私を他の人間から隔離して害をもたらさないように勤めている善玉であり、私が災いの源であるということだ。

 

 こうすれば、2人が死んだことも含め、里の者たちの悪意は私へ向くというわけである。むろんそのうわさを作り上げたのは分家自身、つまり昭義だろう。

 

 その作戦は半分だけうまくいった。

 

 祟りがあるから、といって私が殺されることはなかったが、憂さ晴らしのような嫌がらせや迫害が始まった。私のいる離れに火が放たれたことがあった。庭を歩いていると近所の子供たちが手に手に石を持ち、奇声をあげながら私の頭を目標に石を投げてくることがあった。

 

 おそらく、稗田家の内部にも私をこころよく思わない者もいたのだろう、食事に毒が入っていたこともあった。神経系の毒だったのか、呼吸ができず、一晩中、座敷牢の中でのたうち回った。

 

 老婆は遠くからじっと私が痙攣する様子を眺めていたが、やがて命に関わりそうにないと判断すると、さっさと出て行った。

 

 里の人間の悪意を私に向けるという点では分家の狙い通りになった。しかし分家の利益に差しさわりが無かったかというと、やはり私がいるということで分家と関わるのを避ける者が増え、客足が遠のいたらしい。家人の中では私を殺してしまえという意見が多数出たそうだが、昭義と母が退けたという。

 

 その頃になると、どうして私が外へ出てはならないのか、自分はどういう立場に置かれているのかを理解できるようになった。

 

 そして理解できるようになる分だけ、孤独は深まった。

 

 その間、唯一私の味方だったのは、昭義だった。私が顔や腕にあざを作っているのを見ると、優しくなでさすり、痛かったろう、痛かったろう、とつぶやいた。その声を聞いているうちに、私も心の堰が崩れたように、泣き出すのが常だった。

 

 しかし今にして思えば、私に悪意が向く状況を作り出したのは昭義である。私を慰め、味方であるようにふるまっていたのは自身の罪悪感を紛らわせるためだったのかもしれない。

 

 そして、私を殺さなかったのは、ただ博麗の巫女の言う通りにするため。当主としては当然のことなのかもしれないが、私がどんな目に遭うかよりも、自分の家を潰さないようにする方を重要視していたのである。

 

 度重なる嫌がらせに精神がまいりはじめたころ、昭義が土産をもってやってきた。いつものように夕方ではなく、昼過ぎに。

 

「どら焼きだ。甘いぞ」

 

「……ありがとうございます」

 

 私は小さく礼を言い、昭義が差し出した箱の中のどら焼きを一つ口にした。中の餡が舌の上でとろけ、ささやかな幸せを文字通り味わった。

 

「父上は食べないのですか」

 

 昭義は箱の中身に1つも手をつけていなかった。

 

「ああ。私は要らない。後でお前が食べればいい。……ところで、今日は外に行かないか」

 

「外?」

 

 私は、昭義をまじまじと見つめた。なぜ、今さら私の外出を認めるのだろう? 前は人を殺しまでしたのに。そんな昭義の態度の変化に驚いた。

 

「……もう、お前の存在は里人全員の知っているからな」

 

「しかしそれが私を外に出す理由にはなりません。それに……」

 

 外を歩いていれば、当然他の人間とも出会う。彼らに追い回されるくらいなら、ここにいる方がましだ。

 

 そんな私の心を読み取ったのか、昭義はぽんと肩を叩いた。

 

「……大丈夫だ。私がいっしょに行く。それに、これが最後の機会かもしれないんだ」

 

 最後の機会。私は、心がぐらついた。私はこれから、ずっとこの暗い屋敷の一角に閉じ込められ続けなければならない。そう考えると、たとえ石を投げられるとしても、一度だけ外へ出るというのは、たまらなく魅力的なことに思えた。

 

(でも、もし……)

 

 もし、最初からこんな風に外へ出ることができたのなら。考えてもどうしようもないことだが、つい思考がそちらへ向かってしまう。

 

 誰も不幸にならなかった。誰も死ななかった。……のではないか。

 

「……嫌か?」

 

 昭義は、心配そうに私の顔を覗き込んだ。私は首をゆっくりと横に振った。

 

「いいえ。……でも、私が好きなところに行けるわけではないですよね」

 

「……ああ、その点はすまないが、里のはずれの森に行くことになっている。お前を里で遊ばせるのはまずいから」

 

 

 

 

 外の季節は秋になっていた。あちこちに落ち葉が散らばり、道を黄色に染め上げている。

 

 私は大きな笠をまぶかにかぶり、昭義の後ろをついていった。他の里の者たちは私の方には目もくれず、傍らにいる誰かと喋ったり、空を見たりしながら歩いている。

 

 案外と誰も気が付かないものらしく、たまに気付いた者がいても、昭義がいるため、特に何かをしてくるということはなかった。

 

 誰にもひどい目に遭わされることはない。

 

 そう思うと、心の中でそっと安堵の息を吐いた。この日が終われば私はあの離れに戻らなければいけないが、今だけは誰にも邪魔はされない。

 

 私は少し心をはずませながら、「外」の様子を目に焼きつけるため辺りの様子を窺いながら歩いていた。

 

 やがて整然とした街並みが消え、家もまばらもなり、落ち葉の舞い散る森の中に踏み込んだあたりで、昭義は立ち止まった。

 

「ここから自由なところに行きなさい。日が暮れたら私が呼びに行くから」

 

「……はい」

 

 なぜ外へ出る機会を与えてくれたのかはいま一つ分からないが、とにかく最後の機会である。私は駆けだした。

 

 そういえば、あの3人と、こことは違うが町はずれの山まで行ったことがあった。あのときは、最後に残った賢三を探すのに手間取った。そして辺りに落ちていた栗を集めるのに夢中になっていた。

 

 思い出した時、ちょうど私の足元に栗が落ちているのに気がついた。イガにつつまれた実を取り出し、袂に入れる。イガを除く方法は菊枝から教わっていた。

 

 私が栗を拾い集めていると、こちらをじっと見る鹿の姿が視界に入った。互いにぴくりとも動かなかったが、私が一歩踏み出すと、あちらから逃げてしまった。

 

 私は鹿がどこへ行くのかが気になり、その後を追った。そして鹿を追いながら、少しずつ山の奥へと入っていった。帰り道の分からないほど奥へ。

 

 やがて、私は鹿の姿を見失った。辺りを見回してもどこにも見当たらず、ただ落ち葉を散らす大樹と、その周りを囲むように木があるのみである。

 

 ため息をついて踵を返そうとしたとき、私は突然眠気に襲われた。

 

(いつもこんなに走り回らないからかな)

 

 少し疲れてしまったのだろう。私は傍にあった、ふかふかの落ち葉の上で横になった。

 

 大事な時間をこんなことで使うのはもったいないと思ったが、背中から伝わる落ち葉の感触は、私を心地よい眠りへといざなった。

 

 

 

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