鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第37話 昔語り・伍

 

 

 

 

 博麗神社からどうやって戻ったのかは覚えていない。なにごともなく次の日が始まったため、財政を何とかしたいと思うあまりにそんな夢を見てしまったのだとさえ思っていた。

 

 しかし奇妙なことに、それから妙な具合に商売がうまくいきはじめるようになったのである。新しい顧客がつき、副業で金貸しもてがけるようになり、蔵には富が溢れるようになった。

 

 火の車だった家の財政を立て直した家人たちの私への評価は一変した。私を無能だと言っていた者は代わりに称賛を浴びせるようになり、以前は何かと用をつけて私に会うのを避けていた者たちはこぞってやってきてへこへことお辞儀するようになった。

 

 分家の絶頂期を築いた人間として、私は得意でたまらなかった。富という要素に限れば本家すら凌駕し、金貸しによって他の有力者たちに「貸し」ができていたため、私はこの「里」ですらある程度操れるようになっていた。

 

 その一方、商売で成功するたび、私の脳裏にはあの契約がちらついた。子供を生贄にささげる—この成功は、自分の子どもの命を材料として生まれているのではないか。

 

 そんな思考がよぎるたび、私は自らを奮い立たせるため、あれは夢だと自分に言い聞かせながら、ふんと鼻で笑っていた。

 

 妻との間に子がなかなか生まれなかったときはその自分への虚勢を張る余力はなく、もしや子が生まれなくなるのが龍神の求めた代償なのかと思って焦ったが、ようやく子供ができたという話を聞くと、私は胸をなでおろした。

 

 だが、その安堵は娘の産声とともに砕け散ることになる。

 

 私が娘を抱き上げたとき、その額に人ならざるものの証―鬼の角が目に入った。ここでようやく、私はあの契約が夢であったわけでも、そしてうやむやになったわけでもないということに気がついた。

 

 しかし、そのときの娘の角については明確な描写はできない。記憶があやふやだからである。私にかぎらず稗田家の血を持つ者は見たものはたいてい思い出せるが、思い出せないということはろくにその角を見ていなかったということだろう。

 

 と言っても、それは私が犯した罪の証から目をそらそうと思っていたからではない。娘が、可愛らしすぎたのだ。

 

 娘が生まれてくるまで、私はその実体を見たことは無かったし、どうといった感情もなかった。辺りで見かける子供たちに対して感じるような一種の微笑ましさとでもいうか、そのような程度のものだろうと思っていた。

 

 だが、私は娘と会った瞬間、あまりにも無防備に眠りこけるその姿と儚さに、守るべき対象であると直感してしまった。初めて持った自分の子の命は、他人の子の命とは全く、それこそ自分の命よりも別格に尊いものなのだと思った。

 

 この子に角があろうと、髪の色が少し人と違っていようと、そして妖怪であったとしても、血を分けた娘だということには変わりない。しかしそう思うと同時に、自分がやったことへの後悔が波のように押し寄せてきていた。

 

 私は娘を産婆に任せると、博麗神社へと向かった。紫があの夜にとった態度から考えると、博麗の巫女は龍神の存在や契約について知らないはずだ。娘を守れる人間は、高い霊力を持ってなおかつ私が契約に背こうとするのを防ごうとも思わない者、つまり、博麗の巫女くらいなのである。

 

 この時点で、私はすでに龍神との契約をすっかり破棄するつもりでいた。神との約束を破れば、多くの神話で証明されたように無残な末路を辿ることになるだろう。それでも私は、それくらいで自分のやってしまったことを取り返せるのなら安いものだと考えていた。

 

 博麗神社にいた巫女に事の次第(取引のことは無論言わなかった)を伝えると、巫女は即座に分家へ行くことを承諾した。そして家に戻ると、巫女が本当に龍神に関しては何も知らないらしいということに安堵しながら、娘を彼女に見せた。

 

 すると巫女は重々しい口調で「呪い付きの妖ですね」とつぶやいた。

 

「妖怪、ということですか。私の娘が」

 

「……はい、とても信じられませんが、そうです。奇形の赤子というわけではないでしょう。妖力を感じますので、本物の妖怪です」

 

 娘の妖怪化。それが私の願いの代償だったのだろうか。そう思ったが、それでは生贄、という契約にはそぐわない。おそらく「この後」、つまり娘の命を奪う段階があるはずだ。

 

「どうすればよいですか」

 

 私が訊くと、博麗の巫女は泣き始めた娘を見ながら、深刻そうな顔でこう答えた。

 

「……こういう鬼子は生まれて即座に殺すのはよくありません。赤ん坊は善悪の区別がつかないので、高確率で人に害をおよぼす悪霊になります。ですから、ある程度育ててから殺すか、追い出すのがよいでしょう」

 

 そうではない、と思った。私が知りたいのは、娘を助ける方法だった。しかし下手に口を滑らせるとあの取引を知られてしまうかもしれない。私は慎重に言葉を選んだ。

 

「そうですか……ところでつい先ほど呪われているとおっしゃいましたが、それについて教えてくれませんか」

 

「わかりました。たぶんこの妖怪化も呪いをかけたのと同じ者によるものだと思いますが、不幸を呼び込む類のものですね。本来はこの子に降りかかるものですが、巻き添えという形で周囲にいる者たちにも災いがもたらされる可能性があります」

 

 おそらく、その「不幸」によって娘の命が奪われた場合、それが龍神の腹の中に収まるという具合なのだろう。まだ不明な点は多いが、そうでなくてはこの呪いの辻褄はあわない。

 

 私が顔を曇らせているのを何か勘違いしたのか、巫女は慌てて付け加えた。

 

「ああ、そうは言っても大丈夫です。私がこの子の鬼としての力ごと呪いを封じてしまえば被害は最小限に抑えられます。だからそれほど気にしなくてもいいですよ」

 

「……その場合、娘に降りかかる災いも振り払えるのですか?」

 

 私がそう訊くと、巫女は頷いた。「おおもとの呪いを封印するわけですから」ということだった。

 

 だから、私はすぐさま巫女に娘の呪いを封じるように頼んだ。巫女は快諾すると、娘に「諱」という名をつけた。これで呪いは封じることができるという。

 

 いみな。忌み名。娘の命を守ってくれる名前とはいえ、なぜかよい名前だとは思えなかった。とはいえ、巫女は依頼に応えるという点では問題なく仕事をしてくれたので、それに関しては何も言わなかった。

 

 用事が済んで巫女が帰ろうとしたとき、私は彼女に礼を述べた。彼女はほんのり笑って、「いつでも困った時があればお呼びください」と答えた。私はつられて笑いかけたが、続く彼女の言葉で、その笑みは形になる前に消えた。

 

「もし、どうしても諱を殺す必要があれば私に伝えてください。私が処理いたしますので」

 

 一瞬、意味が分からなかった。私は唖然として聞き返した。

 

「……え、それは一体……どういう……」

 

「そのままの意味です。……あ、心配なさらずとも確実に処理できますので必要があれば遠慮なくおっしゃってください。ではこれで」

 

 彼女はのんびりとそう言うと、暗い空へ浮かび、そのまま博麗神社の方角へ飛び去ってしまった。

 

 私は呆然としながら、これから自分の娘が、いや諱が人間として扱われないことを、そこでさとったのである。

 

 

 そしてそれから、私は諱の存在を秘匿することに決めた。博麗の巫女と同じように、里の人間は娘を人間扱いはしまい。表向き、家の者には稗田家のためと言っていたが、実のところ諱が迫害を受けないようにするためだけにそうしていた。

 

 家人の一人であった老婆に彼女の世話を任せると、私は噂を消して回った。また、誰かに見とがめられることのないように、諱と老婆のいる離れには極力近づかなかった。

 

 その頃は仕事も忙しかったため、なかなか諱と会わなかったが、やがて私は離れへと足を運んだ。

 

 私は老婆を見つけると、諱の様子を聞いた。仕事の合間に母屋の方へやってきた老婆から諱の様子を聞いてはいたが、顔を合わせるのは、実に四年ぶりである。

 

 私は老婆と話しながら、諱のいる座敷牢への道を歩いていった。私は罪人でもないのに座敷牢に入れる必要はないと言ったのだが、老婆は諱を牢に入れなければ安心して世話ができないと言ったため、やむなくこの処置をとっているのである。できるならば、そろそろ座敷牢への監禁くらいは解いてやりたい。

 

「……ここです」

 

 私は、老婆が立ち止まった部屋の障子を開けた。目に入って来たのは、座敷の中に設けられた鉄格子と、窓から差し込む赤い光。そして、その中に一人の幼子が足を崩して座っていた。

 

 丸い目。袖からのぞいている小さい手は紅葉のようで、親の欲目と言ってしまえばそれまでなのだろうが、随分可愛らしく育ったものだと思った。

 

 諱は私と老婆に気付くと、すぐに居住まいを正した。人に会うことはなかっただろうが、老婆がしつけたのだろうか。私は老婆に言いつけて牢の鍵を開けさせ、諱と向かい合った。

 

 私を覚えているか、と訊くと、諱は首を振った。生まれて間もない頃のことだから覚えているはずもないのだが、それでも私は初めて諱と出会ったときおことを鮮明に覚えているだけに、一抹の寂しさがあった。

 

 しかし私はすぐにそれを引っ込めた。仕事が落ち着いたので、これからは諱に会うことができる。私は彼女を抱きかかえると、こつんと額を合わせた。

 

「私はお前の父。稗田昭義だ。これからずっと来るからよろしくな」

 

 

 

 

 それから、私は諱に勉強を教えるということで夕方には離れへ行くようになった。そのころ、私は屋敷の外には出ないように釘を刺しつつも、離れの近くならば外に出ることを許したが、夕方にはいつも諱は座敷で私を待っていた。

 

 

 妖怪化しても稗田家の特色である記憶能力の高さは引き継がれているらしく、あっという間に文字や計算を覚えていった。

 

 里を追い出されたあとのために知識を与えていたのだが、諱は将来私と同じ仕事をするつもりでいるようだった。

 

 私には、諱に家督は継げないことを教える勇気はなかった。だから嘘をつきながら、ただ親としてできる限り、勉強をさせた。

 

 ある日、私が諱に絵本を読み聞かせているとき、ふと絵本の中に出てくる赤鬼と諱の姿が重なった。そこで私は何の気なしに、「お前がこの鬼ならどうする」と訊いた。彼女は鬼の友達を作りたいと答えた。

 

 そのとき、そうかと私は気が付いた。追放されても、同じ姿を持つ者たちと一緒であれば娘が孤独な道を歩まずに済むのではないか。人間には理解されなくとも、同じ妖怪ならば諱を仲間として受け入れてくれる者もいるかもしれない。

 

 この頃は諱を預かってくれるような妖怪の知り合いはいなかったため、それを即座に実行に移すことはできなかった。しかし、この思い付きは深い根をはり、私の意識の奥にわだかまっていた。

 

 それからしばらくして、紫がやってきた。

 

 私が書斎に入ったとき、さも当然といった体で、彼女は本棚を眺めていた。私があっけにとられていると、紫はこちらに気付き、あら、と声をもらした。

 

「お久しぶりですわね、当主様。この分だと、ご利益はあったのでしょう?」

 

「……ああ、確かに。おかげさまで今、うちは財政的にはこれ以上ないほど潤ってる」

 

「ふふ、それはそれはよかったこと」

 

 紫は微笑み、しかし瞳の奥に妖しい光を宿しながら答えた。どうにもこの女には得体のしれないところがあり、まるで何を考えているかはわからなかったが、このときは直感的に彼女が何のためにやって来たのかに気付いた。

 

「……それで、代償についてのお話なのだけれど」

 

 やはり、と思った。諱はまだ死んではいない。もしも契約の条件というのが諱の命であれば、まだ私の願いの代償は支払われていないことになるのだろう。

 

「代償? 娘が鬼になったことか?」

 

 私がとぼけてみせると、紫はすっと目を細めた。

 

「あなたはそう捉えてるのね」

 

「契約と言っても、私は全てを説明されていない。代償は、娘のなんだ?」

 

「決まっているでしょう。命よ。妖怪化することの何が代償になると思って?」

 

「……わざわざ妖怪にする必要はあるのか?」

 

 私がそう言うと、紫は肩をすくめた。

 

「当たり前じゃない。妖怪の方が命としては高級だし、人間扱いされないから他の里の人間に邪魔されず楽に供物にできるでしょう?」

 

「供物にする方法は?」

 

 紫は眉をひそめ、私を見返した。

 

「どうしてそんなことを訊くの? あなたは知らなくてもいいことよ」

 

「たとえば、今すぐ娘を殺したいと考えていたらそういう質問をするとは思わないのか?」

 

 もちろんはったりだ。これを聞きだしておけば諱の命が助かるかどうかは全く違ったものになるかもしれない。

 

「……あなたの娘よりも、あなたの方が鬼らしいかもしれないわね」

 

 紫はそう言ってから、龍神の供物にする方法を説明した。曰く、諱には呪いがかけられており、周りに起こる不幸を被って死ねば供物になるという。

 

 たとえ細心の注意を払って不幸から身を守ったとしても悪霊に追われるか呪殺され、いつかは確実に死に至るのだそうだ。

 

「普通は、そうやって生まれてから1年もしないうちに供物になるのだけれど……あなたの子どもは運がいいわねえ。外であんなにはしゃいじゃって」

 

「外? どういうことだ? 諱は家に閉じ込めているが」

 

 私がそう言うと、紫は意外そうな顔をして、冗談でしょう、とつぶやいた。

 

「同い年くらいの子どもたちと一緒に表の道を走っていましたよ。うっかり私にぶつかるくらい楽しそうでしたわ」

 

 まさか、諱が私との約束を破って外に出ていたのだろうか。ありえない。言いつけを破るような娘ではなかったはずだ。

 

「まあ、先の短い命なのですから、残り時間くらい自由に使わせてあげてもいいのではなくて? それにあの子が早く死ななければ、あなたにも代償を求められる。外に出て危ない目に遭う機会が増えればその危険も減りますわよ」

 

「私に、代償?」

 

「おっと失礼、最後に一つ、教えて差し上げましょう。あなたの願いは諱という娘の命を代償にして叶えられたもの。しかしあなたが何らかの手段で諱を守って死なずにすんだというときは、つなぎとしてあなたの命が代償にされるの」

 

 つまり私が約束を破った場合は私の命も差し出さなければならないということか。つなぎと言っているからには、私が死んだところでいずれ諱が死ぬのにも変わりはないらしい。

 

 紫はスキマを開くと、こちらを振り返った。

 

「まあ、いいわ。あなたは話が分かるみたいだから。これまで、親が子どもを差し出したときは後からやっぱり取り消してくれだなんていうことが多くてね……気持ちは分かるけれども」

 

「……ああ、そうだな」

 

 私もその一人だ、と心の中で呟きながら、スキマの中に消えた八雲紫を見送った。

 

 

 

 

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