鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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投稿間隔が空いてしまいました。すみません。


第38話 追憶の終わり

 

 

 

 紫が来た後の私の行動はあまり記したくない。とはいえ、全てを書き残さなくてはこれを書いている意味がないのである。

 

 まず私は、諱と一緒に遊んでいた子どもというのを突き止めた。賢三と大六。この子どもたちが諱のことを親に教え、それを聞いた親がこちらへ問い合わせにやって来たため、苦労はしなかった。

 

 その後、家人に命じて諱の存在を知る賢三と大六を消した。この二人は冒険心が強く、人気のないところー何者かに襲われても誰も助けてくれる者がいないようなーによく行っていたため、殺害は楽だった。

 

 二人の子どもの家族の方も消そうと考えていたが、その前にどういうわけかこちらの暗殺が噂として流れたため、大きな騒ぎとなった。

 

 私が対応に苦慮していると、家人の一人が、全てを諱のせいにするという策を提案した。否定するのではなく、矛先を分家全体から諱個人に向けてしまおうということだろう。

 

 他の家人も名案だと頷いた。私はなるべくその手は使わないようにしたかったが、それ以外に分家を潰さない方法は思いつかなかった。

 

 それから諱への迫害は苛烈を極めた。稗田分家に対しては今までと変わらず尊敬が払われていたものの、その中にある「離れ」の忌子は、むしろ日ごろの鬱憤を叩きつけるのにちょうどよい対象だったのだろう。

 

 私は背中をさすって諱を慰めながら、彼女の「これから」について考えていた。里を追い出せば、彼女を迫害する者はいないだろう。しかし、獣同然の暮らしをしなければならないし、途中で妖怪に遭遇でもすれば死は免れない。

 

 誰か、諱を保護してくれる者はいないのだろうか。

 

 そう思ったとき、諱の言葉―鬼を仲間にするという言葉が浮かんできた。そのときもまだ仲間になりそうな鬼たちがいる場所すら知らなかったが、調べているうちにやがて「地底」という場所に鬼がいることを知った。

 

 私は地底に乗り込み、そこにいた鬼の一人―名前は星熊勇儀であるーと約束を交わした。諱を守ってもらうということを。

 

 約束では、私が諱を山に置いて行ったあと、勇儀の配下の鬼が彼女を地底に連れて帰るということになっていた。私は具体的な場所の指定をしたほうがいいのではないかと訊いたが、指定された山であればどこでもよい、とのことだった。

 

 これで諱には安心して住めるところができるだろう。星熊勇儀は約束をしっかりと守る者だというから、約束が果たされるという点では何の心配もない。ただ、心残りがあるとすれば、私が全てを彼女に伝えることがないまま去らねばならないことか。

 

 私はすでに取り返しのつかない過ちを犯した。それを直接諱に伝える機会は、おそらくこれからないであろう。だからここに全てを書き記すことを、私の身勝手な贖罪とする。

 

 私のした仕打ちを考えれば、親心という単語を持ち出すのすらおこがましいかもしれないが、私にできることは全てやりつくしたつもりだ。

 

明日、「追放」されて諱は永遠に私のもとから姿を消す。できることならば娘が成長していく姿を傍で見ていたいと思っていたが、これが最も諱にとってよい選択になるのだから、私は涙をのんで見送ることにする。

 

我が娘が旧都で末永く、安堵して暮らし、その身に幸いのあることを願うばかりである。……

 

 

 昭義の手記はそこで途絶えていた。他の頁と違い、ぽつぽつと薄い染みがついていた最後の頁に、新しい染みが一つ、二つと増えていく。

 

「……肝心なことを……書き忘れていますね、父上は」

 

 目が潤み、文字がぼやけた。私は袖で浮かんでいく涙をふき取りながら、嗚咽をもらした。

 

「呪いを解く方法なんて……どこにも書いてないじゃないですか」

 

 書かれていたのは、一人の男が苦悩する姿だけ。私が嫌って「あれ」と呼んでいた昭義が、呪われた一人娘と、家を守るという義務に板挟みになっていく過程が書かれているだけだった。

 

 もう、私には昭義を憎む気持ちはすっかりなくなっていた。だが、それが今さら何になるだろう。すでに昭義は故人なのだから、そんなことを知っても何もすることはできない。責めることも、謝ることも、慰めることも。

 

「遅いんですよ。何もかも………」

 

 涙は滂沱として押しとどめられなかった。捨てられた日の夜と同じように、私は体を丸めて泣き続けた。

 

 

 

 私は気の済むまで泣いた後、勇儀様に覚え書きを見せるため、地下書庫へと降りた。中は真っ暗で、私が人間だったならば一寸先も見えなかっただろう。

 

「おう、終わったか」

 

 勇儀様は、ちょうど私が降りてきたはしごの傍に立っていた。

 

「……すみません、お待たせしました」

 

 覚え書きを見つけたのか、と訊いてこなかったということは、勇儀様はおそらく私が上で何を見て、何をしていたかを知っているということだろう。少し気恥ずかしい思いをしながら、覚え書きを渡した。

 

「私は慰めるのは得意じゃないから待ってただけさ。気にするな」

 

 勇儀様はそう言いながら、ぺらぺらと頁をめくり、片眉を上げた。

 

「なるほどねえ。神サマと来たか。しかも幻想郷を創った龍神……ほうほう」

 

 勇儀様は最後にぱたんと本を閉じると、長いため息をついた。

 

「……どうでしょう。何か契約を解く手がかりを見つけられましたか」

 

 私がそう訊くと、勇儀様はかぶりを振った。

 

「いいや。呪いを解く手がかりはないな。しかも龍神様となれば、力で敵う相手じゃない。どうしようもないな、現時点では」

 

 勇儀様がそう断言すると同時に、とさり、と何かの落ちる音が足元から聞こえてきた。

 

 うす暗い床の上に落ちていたのは、私が首から下げていた、華扇のお守りだった。紐が千切れてしまったのだろう。勇儀様はそれを見て、ぼそりとつぶやいた。

 

「時間も、あまりないかもしれないな」

 

 お守りについていた赤い珠には、無数の白いヒビが這いまわっていた。

 

 

 

 

 私と勇儀様は、分家を後にして、華扇の住まいへと向かった。今は昼だから問題はないが、夜になったら例の化け物がやってくる。ひとまずお守りが必要だ。

 

 私たちはあたりをつけた場所に降り立ち、草を踏みしめながら華扇の住処へ向かい始めた。

 

「勇儀様でも、龍神様という存在を倒すことは不可能なのですか?」

 

「……シャクだがね。私も一応怪力乱神なんて大層な名前をつけられちゃあいるが、本物の神には勝てない。力じゃどうしようもないんだ、アレは。どんな剛腕の持ち主でも、雷と殴り合いはできないからね」

 

「そうですか……」

 

 勇儀様がそう言うなら、その通りなのだろう。勇儀様ならどうにかできるような気がしていたが、やはり無理なものは無理らしい。

 

「落ち込むなって。華扇なら何とかできるだろ」

 

「ええ……それはどうでしょう」

 

 そのとき、一陣の風が吹いたかと思うと、頭上から声が降ってきた。

 

「私がどうかした?」

 

 眩い日の光を背に空からゆっくりと降下してきたのは大鷲だった。声の主―華扇はそこから飛び降りると、ふわりと着地した。

 

「まさか地上に出てくるためだけに異変を起こすとは思わなかったけど」

 

「私が嘘をついたことがあるかい?」

 

「ない、っていう答えが返ってくると初めから分かるような問いはしなくていいと思わない? ……まあいいわ、それで何の用?」

 

 華扇はどうやら勇儀様からおおよその経緯は聞いているらしく、私と勇儀様を見ても驚いた様子は無かった。

 

「あざみのお守りを交換してほしくてね」

 

「お守り……あと数カ月はもつと思っていたけれど。ちょっと、前に渡したお守りを見せて」

 

「わ、分かりました」

 

 袂から壊れかけたお守りを取り出して渡すと、華扇は急に顔を曇らせた。

 

「……なるほど、これはもう駄目ね。予想よりもはるかに強力になっているわ」

 

「では、代わりのものをお願いできますか?」

 

 

「ああ、えと、駄目っていうのはね……」

 

 華扇は珍しく口ごもった。

 

「何が駄目なんですか?」

 

「…もう無理なの」

 

「無理、とは」

 

「もうお守りの効果は、ほぼ効かなくなってる。まだしばらく耐えられる読みだったけど、予想以上にあなたにかけられた呪いは強いの」

 

 それを聞いて、私はげっそりした。

 

「じゃあこれから毎日あの気色の悪い化け物と戦わなければならないわけですか」

 

「それだけならまだいいんだけどね。呪いが進行すれば遅かれ早かれ……。原因を探りなさい」

 

「原因は分かってるんです」

 

 私は書庫で知った、華扇に龍神様に関する出来事について語った。華扇はそれを聞いてから無言で考えていたが、やがて頷いて、

 

「なるほど。それならば私の手には負えませんね」

 

 匙を投げた。

 

「えっ……つまり?」

 

「言葉通りです。あなたは近いうちに死ぬ」

 

「な、何とかなりませんか?」

 

「できたらそう言っているわ。少なくとも私はお手上げ」

 

 華扇の言葉は、まるで現実味を帯びていなかった。

 

(私が死ぬ? 今こうして生きているのに? 冗談でしょう?)

 

 もちろん、華扇の言っていることは頭では分かっている。私が近いうち、龍神によって呪殺されることを。しかし、天狗たちとの戦いのときのように刃を向けられているわけではない。

 

 死の宣告をされてもただ漠然とした不安があるのみで、切迫した恐怖は感じていなかった。少なくとも、背後から招かれざる第三者の声が聞こえてくるまでは。

 

 何者かの吐息が、私のうなじにかかった。

 

「……なるほど、あの男は本当に余計なことをやっていたのね」

 

 勇儀様でも、華扇の声でもない。私は飛びのき、振り向きながら拳を構えた。その瞬間、相手がどうしてこれほど近くにいながら声を発する直前まで私に気配を感じさせなかったのかという理由がはっきりと分かった。

 

「ここに何の用? 紫さん。そして、その式」

 

「あなた達が今話していたこと、それが私たちの用事よ」

 

 紫だった。扇子で顔の下半分が隠れ、表情はほとんど読み取れない。涼やかな目元は笑みを浮かべていたが、おそらくその下の口は笑ってはいないだろうということが声音で分かった。その後ろには九つの尾をもつ狐の妖怪が控えていた。おそらく紫の部下だろう。

 

 紫は華扇から私に目を移すと、無造作に近づいた。

 

「まあ待ちな。あんたが何を考えてるかぐらい教えてくれてからでもいいんじゃないか」

 

 勇儀様は、紫の肩を掴んで引き留めようとした。しかし、その腕はスキマに呑まれ、全く別の場所の空を掴んだ。

 

「星熊勇儀、あなたは私に指一本触れられない。おとなしくしていなさい」

 

 紫はそのまま私の目の前にやってきた。

 

「いみ……いや、今はあざみ、という名かしら。ようやく思い出した。あなたは生贄の子ね?」

 

 紫の声に探りを入れるような雰囲気は感じ取れなかった。ただ、答えを知っているうえで確認しているだけなのだ。

 

「はい。先ほど分家で私の出生に関する過去は全て知りました」

 

「なるほど。じゃあ、知っているわね? あなたがどうして鬼になったか。そしてどうして殺される必要があるのか」

 

「……ええ」

 

「そこまで分かっているのなら、話は早い。私たちは1つだけ、あなたにお願いしにきたの。たった一つだけでいい。それさえやってくれれば、私たちは何をするわけでもない。場合によるけど、ある程度あなたの望みをかなえてあげることもできる」

 

「……それで、お願いと言うのは?」

 

「簡単なことよ。ええ、説明する分にはとても簡単なこと」

 

 紫はぱちんと扇子を閉じた。そして、

 

「あなたにはこれから、幻想郷のために死んでほしいの」

 

 

 

 

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