鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第3話 古明地さとりの書斎にて

 

 

 

吹き付けてくる風がうなじをひとなでして、私はくしゅん、と大きなくしゃみをした。

 

私は朝の間に布団を新しい住居に運んでいた。そのほかに家財の類は一切なかったので、引っ越しが楽だったのは嬉しかった。早朝に布団を運んできた私に対して、勇儀様は何度も「持ち物はそれだけか」と聞いてきた。

 はいそうですよと答えると、ある程度家財は無いと不便だろ。今度買いな、と言われて2両ほど渡された。本当に太っ腹である。

 

 私は自分の家に家財を積み込むと、早速勇儀様のもとへ走り、何をすればよいのか、と訊いた。

 

「ん、じゃあ朝飯作ってくれ」

 

 勇儀様はそう言ったあと、「顔洗ってくる」と、どこかへ去ってしまった。おそらく井戸場だろう。私は勇儀様の家の台所で、何か食材は無いかとごそごそと探した。

 

「……あれ? 無い」

 

 食材は見あたらなかった。料理のために水は用意してあった。が、肝心の材料が無いのだ。

 

「もう、いつも料理しないのかな……」

 

 私は節約の為に料理を自分で覚えた(味は前に働いていた店で盗んだ)のだが、どうやら勇儀様はそうではないらしい。しかしあちこちあさってみると味噌だの酒だの山女魚(やまめ)だの、酒やつまみは見つかった。

 

「不健康ね」

 

 米を見つけることができたので、一応といでから、後で炊くことにし、ありあわせのもので料理を作った。

 

「おーい、帰ったぞー」

 

 勇儀様はしばらくして戻ってきた。顔を洗いに行ったはずなのに、顔が煤けている。何故、と訊くと近くにいたごろつきの鬼を一人、ぶちのめしてきたらしい。道理で米が炊けるほど遅く帰ってくるはずだ。

 

「もうご飯できてますよ」

 

 私はご飯をよそって、焼き魚、たくあん、卵焼き、味噌汁を出す。勇儀様は目をまんまるにして、ほかほかと湯気のたつそれらを見て、

 

「おお。こんなちゃんとした朝飯、初めて見たな。あざみは料理できたのか」

 

「できないと私の稼ぎを考えると死活問題でしたし……勇儀様はこれまで朝ご飯はどうやって?」

 

「パルスィの家に押しかけて食ってた」

 

「ああ、あの人」

 

「知ってるのか?」

 

「はい、この前ちょっと会ったことが会っただけですが」

 

 あの人がどんな朝餉(あさげ)をつくるのかは知らないが、それでも勇儀様が〝ちゃんとした朝飯〟と言っていることから推測するに、あまり上手ではなかったのかもしれない。

 

「あざみは飯、食わないのか?」

 

「あ、一緒に食べていいんですか?」

 

「当たり前だ。別々に食べて何かいいことがあるのか?」

 

 勇儀様が不思議そうに訊き返してきたので、私は首を振って、「じゃあ」と白飯と味噌汁をついだ。

 

「あれ、お前魚とたくあんは?」

 

「一つずつしかなかったので、勇儀様の方にだけ入れてます。たくあんほんとに一切れしかなかったんですが、なんであんな中途半端に残ってたんですかね……まあ私は、これがあるので大丈夫です」

 

 私は、ふふんと笑って、鶏の卵を取り出した。中身が腐ってないか心配だったが、2つあるうちの一つは割って中を見てみると大丈夫そうだったので、卵焼きにした。残る一個を私の分としたわけだが、私はそれを焼かず、こんこん、と台の端で殻を割ると、その中身をご飯の上にかけた。

 

「卵かけご飯です。庶民の味方」

 

 醤油を入れて箸でかき混ぜると、ほどよい黄色になった。さて食べようと思ったとき、勇儀様がもの欲しそうな顔をして、

 

「うまそうだね、一口くれないか」

 

「ええー、勇儀様、卵焼きと焼き魚があるじゃないですか。それ食べたらいいじゃありませんか」

 

「一口だけ、一口でいいから」

 

「……一口だけですよ」

 

「サンキュ、じゃあ一口」

 

がぶり。

 

 私が茶碗を渡すと、勇儀様は一口で、茶碗によそっていた半分を持って行ってしまった。……勇儀様の一口は、常人の一口とは違う。私はこの教訓を身をもって知った。

 

「勇儀様! 私の分……!」

 

「ごめんごめん、怒るなって。ほら、魚やるから」

 

 流石に悪いと思ったのか、勇儀様はそう言って魚の載った皿を寄越した。

 

「………ありがとうございます」

 

 新鮮さが命の魚は、まず地底の貧乏人には食べられない。どう考えても、卵かけご飯よりも焼き魚の方が貴重なのだ。私がもぐもぐと焼き魚を食べ始めると、勇儀様はそうだ、と言って話を始めた。

 

「……ところで今日は地霊殿に行く日なんだが、ついてきてくれるか?」

 

「……地霊殿?」

 

 地霊殿とは、地獄跡に建っている管理施設で、覚妖怪やら八咫烏やらがいるという、間違っても乞食が寄り付くような場所ではないということぐらいは知っている。だが、何故勇儀様はそこへ行くのだろうか。

 

「私は、旧都の取り仕切りもしてるんだ。顔も広いし、何よりこれが一番強いからね」

 

 これ、と言って拳を固める。多分喧嘩だろう。

 

「で、今月の旧都はこうこうこうでした、とさとりに言いに行く約束なんだよ。どうだ、行くか?」

 

「ずっとここに居てもしょうがないし……行きますけど、なんでそんなに確認するんですか?」

 

「会いに行く奴が奴だからな。さとり」

 

「さとり……」

 

 名前だけは知っている。古明地さとり。読心能力の持ち主で、地底のさらに下で蠢く悪霊たちを管理している者。普段は地霊殿に引きこもっており、その姿を見た者はほとんどいないという。

 

「私は思ったことしか言わないから特に気にならないんだけど、心読まれるのが嫌な奴って多いじゃないか。あざみもそういうの苦手かなと思ってな」

 

「別に私は大丈夫ですよ」

 

 特に心を読まれて困るようなことは何もない。そんなことより、どちらかというと地霊殿に入ることができるということに関心があった。

 

「勇儀様は前に何度入ったんですか?」

 

「1月に1回だから、数えきれないな……自分の目で確かめればいいさ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 地霊殿の一室、書斎では遅く起きてきたさとりに、お燐が珈琲(コーヒー)を淹れていた。香ばしい匂いが部屋を満たし、寝ぼけていたさとりの頭脳も、午前9時にしてようやく回転を始めたようだった。

 

「最近暇ねえ……ねえお燐、今日の予定は?」

 

「悪霊の視察と、……あ、今日勇儀さんが来ますね。」

 

「勇儀? ああ、旧都の報告ね。きっかし一カ月か」

 

 さとりは、部屋にかけてあるカレンダーを見て、確認した。毎月毎月、一度も休まず来ているのは勇儀の性格というよりも、約束を破るというのが種族的に難しいのだろう。さとりは勇儀のような豪快な人格の持ち主とは相性が悪いらしく、そう何度も会いたい相手ではない。

 

 しかし、言う事と思っている事が一致しているー分かりやすく言えば裏表が無いので、なんだかんだ長い期間うまく付き合っている。案外覚妖怪にとって鬼はもっとも友としやすい妖怪なのかもしれない。鬼たちがそう思っているかどうかは知らないが。

 

「どうぞ」

 

 お燐の注いだ珈琲をお礼を言って受け取り、口をつける。心地よい苦みと酸味で、目が覚めた。カフェインがさとりの仕事エンジンとでも言おうか、そのスイッチを入れるのである。これが無ければやる気が起きず、何も仕事をしない引きこもりになるので、やめることは出来ない。今やさとりは一日に5杯は飲むので、立派なカフェイン依存症である。

 

「とっても美味しいわ。最近淹れ方変えた?」

 

「わかります? コツはまずカップを温めてですね……」

 

 お燐が得意げに解説を始めようとした時、ばたんと書斎の扉が乱暴に開けられる音がした。さとりとお燐がそちらを見ると、勇儀が立っていた。

 

「よお、今月も来たぞ」

 

「お久しぶり。お燐、今言おうとしてた方法で珈琲淹れてあげて」

 

「ああ? いいよ。あたしはあれ、苦手だから。どうも炭のくずを煎じて飲んでるような感じがしてね」

 

 珈琲愛好家のさとりからすれば怒鳴りつけてやりたい気分だが、どうも勇儀にはそれが出来そうもない。まがりなりにも友人であるし、何となく憎めないところがあるのだ。

 

「……で、報告だけど、私の子分の鬼がするから」

 

「子分?」

 

 勇儀は部下の鬼が確かに数人いるが、今までは自分だけで地霊殿へ来ていた。勇儀が誰かと一緒に来るなんて珍しい。確かによく見ると、勇儀の後ろには身長160センチほどの赤紫の髪を麻の紐で束ねた少女がいた。

 

「あ、あの、初めまして。あざみといいます」

 

 おどおどしており、とてもではないが鬼には見えない。体つきも華奢で髪のせいで角も見えないが、本当に鬼なのだろうか。さとりがまじまじとあざみを見ていると、あざみは上ずった声で懐から取り出した報告書——勇儀が書いておいたのだろう——を読もうとしていた。

 

「……別に言わなくても良いわよ。その報告書を渡して頂戴」

 

 さとりがそう言うと、あざみは勇儀の方を見て、それでいいかと目で合図したようだった。勇儀が頷いてようやく、あざみはさとりに報告書を手渡した。

 

「……どうしたの、この子。攫ってきたんじゃないでしょうね」

 

「んな訳あるか。正真正銘、合意の上での子分だよな」

 

 勇儀に、「なあ?」と訊かれたあざみは、こくこくと首を縦に振っていた。本心ではどうだか。さとりはあざみの心を覗いてみることにした。

 

『悟り妖怪ってこんなに小さかったんだ……』

 

 残念ながらさとりが読めたのは、勇儀についてのコメントではなく、さとりを観察した感想だけだった。だが、言うに事欠いて小さいとは何事だろうか。確かにまださとりの胸囲は成長途中で勇儀ほどでもないが、見ればあざみもそれほど胸が大きいというわけではない。

 

「………私、心の中で考えたこともわかっちゃうんだけど」

 

 

 

 

 私は地霊殿の主というイメージからか、古明地さとりという人物の身長の高さを過大評価していたようだった。実際に会ってみると、小さい。10歳前後の容姿で、最初は私のような従者か小間使いかと思った。

 だが、入って来た時に椅子の上にふんぞり返っていたし、勇儀様が真っ先に声をかけたので「古明地さんはどこですか」などという間抜けな質問はする必要がなかった。

 

 こうした安堵から、私は相手が心を読めるということを忘れ、古明地さとりを観察していたので、当の彼女から、心を読んでいると言われたときに少しびくりとした。

 

「小さいとはなによ。小さいとは」

 

 ……どうやら身長がコンプレックスらしい。確かに失礼なことを考えたものだ。機嫌を損ねたかもしれない。後で背が伸びやすくなるという牛乳でも送ろうか。

 

「お詫びのしるしに、今度牛乳でも……」

 

「まだ食い下がるの? ほっといて」

 

(しまった。余計な一言だったか。)

 

 私はこれ以上何かを言うとさとりとの関係が修復できなくなりそうな気がしたので、黙っていることにした。

 

「だいたいあなたもちょっとばかし私より大きいからって、馬鹿にするんじゃないわよ」

 

 さとりはまくしたてた後、珈琲を飲み干し、近くにいた従者——お燐というらしい——にもう一杯を要求する。

 

「さとり様―、あんまり飲むと良くないですよ」

 

「大丈夫。淹れてきて」

 

 お燐が新しい珈琲を淹れるべく出ていくと、さとりは私と勇儀様に向き直った。

 

「ああ、もう帰っていいわよ。報告は後で読ませてもらうから。お疲れ。後、なんだか知らないけど最近はあちこちに妙なのが出てるらしいから、気を付けた方がいいわ」

 

「妙なのって何ですか?」

 

「多分悪霊か何かの類ね。私の管理してる悪霊ではないわ。しっかり数が合うもの。地上から迷い込んできたか、地底で発生したのか、よく分かってないけど」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

地霊殿からの帰り道。私と勇儀様は、仕事場(勇儀様の賭場)へと歩いていた。何故か地霊殿の周辺にはあまり長屋や店は出ていないのだが、少し歩くとすぐに地底の大通りに出た。私は勇儀様の横を歩きながら、そういえば、と言って切り出した。

 

「勇儀様は悪霊を見たことがあるんですか?」

 

「悪霊か……地上にいたころは何度か見たな」

 

「地上では、ということは地底には悪霊はいないんですか?」

 

「いや、ここの悪霊は全てさとりが管理してるからいないってわけじゃないが、勝手にその辺をうろついてたりはしないってことだ。もともとここは地獄だし、悪霊も寄り付かないのさ」

 

 なるほど、と思った。地上にいた頃は里で何度か悪霊が出たという話は聞いたが、地底でそれがないのはそんな理由があったからなのだ。

 

「でもこれからは悪霊に襲われる心配が出てくるってことですよね……」

 

 そう言うと、勇儀様は傍の屋台を見ながら、答える。

 

「……ま、ああいう霊は妖力の塊を1発ぶち当ててやったら消えるし、いてもいなくても変わらないだろ」

 

「いやー、私、そういう変な術とか使えなくて」

 

 勇儀は私の言葉を聞いて、一瞬変な顔をしたが、すぐにああそうか、と一人で納得していた。

 

「……てことは、あんたってスペルカードルールも知らないのかい?」

 

「何です、それ?」

 

 私は世情に疎い。前にあった、地底に巫女が乗り込んできたという事件の時も普通に働いていたし、興味もなかったからである。

 

「まあ、分かりやすく言うと地上ではスペルカード決闘の法があるのさ。誰が考えたんだかは知らないが、お互いに霊力、妖力、魔力、何でもいいから弾幕を作って、お互いにそれを撃ち合いながら戦うんだ」

 

 その後勇儀様の説明を聞いたので、おおよそのスペルカードルールについて把握することができた。つまり、地上にいる者たちは地底のような暴力での解決ではなく、その「決闘」で揉め事を解決しているということか。

 

「まああたしは教えるの苦手だし、そういう妖力の引き出しとかはやりたきゃ勝手にやりな」

 

「はあ……まあ時間のある時に」

 

 といっても妖力の引き出し方など知らないし、師となる人物もいないので、頼れる武器はこの鬼の身体能力だけだろう。自分一人の身と、勇儀様に仕えるだけの実力があれば、それ以上は望まない。意外と「強くなりたい!」という願望は芽生えてこないものである。

 

(私って鬼らしくないのかな?)

 

 私は首を捻ったが、それで答えが自然と湧き出るはずもない。私は気を取り直して勇儀様の後をついて行った。

 

 

 

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