鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第5話 蜘蛛の糸

 

 

 

「おうおう、派手にぶっ壊してくれたねえ」

 

「うう、すみません……」

 

 悪霊は結局再び現れることは無く、私は一睡もしないまま次の日の朝を迎えた。用意しておいた朝食を食べると、私は勇儀様の賭場へいつものように行く—というわけではなく、悪霊から逃げるとき、壁に開けてしまった風穴を埋め、補修しなくてはならなかった。

 

修理の材料は勇儀様が用意してくれるらしいが、作業をするのはもちろん私である。しかしここまで寛大な処置で済ませてくれたのには、感謝しかない。

 

 私は壁に新しい木板を張り、漆喰を塗り付けていく。はっきり言って素人仕事であるため、元通りになるかは怪しい。そう言ってはおいたが、勇儀様はうんうん、と頷いてから、「でも、私の子分なんだし、自分の尻は自分で拭いな」と言われ、黙って頷くしかなかった。

 

 勇儀様はしばらく私の補修作業を眺めていたが、やがてこう切り出した。

 

「妖力の使い方を教える件だが、昨日言った通り……私じゃ駄目だ」

 

 昨夜、襲ってきた悪霊に対して、私は全く無力だった。だから妖術を使えるようになりたいと言ったのは、このままでは自分の身が危ないというだけでなく、勇儀様の従者にふさわしくないと烙印を押されるのを恐れたためだった。

 

そんな自分を見つけたとき、強くなければ、強くあろうとしなければ、勇儀様に捨てられる。そんな恐怖が私の意志の底に根を張っているのをまざまざと感じるのである。

 

(ああ、駄目だ。考えがどんどん後ろ向きに……)

 

 勇儀様は私の言葉に駄目と答え、その理由を言う前に戦闘音で目を覚ました住民が集まってしまい、それに対応するうちにうやむやになってしまっていた。

 

やはり駄目だという言葉に、私ががっくりと肩を落とすと、勇儀様は慌てて、

 

「あ、無理と言ってもお前が妖術を使えるようになるのは一向に構わない。むしろ使えるようになってほしいくらいだ。今から……」

 

 勇儀様はそこまで言って、はっと口を閉じた。

 

「……まあいい、いずれ分かることだ。とりあえずお前に妖術習得が出来ない理由としては、まず私がその、どうするかとかこうすればいいとかを教えられないからなんだ。地底にも教えられる奴はいないだろうし、ここにいる限りは無理だ」

 

「そうですか……」

 

 まあそんなこともあるだろうとは思っていたが、落胆した。単に護身用というだけでなく、実は勇儀様やヤマメの使ったような美しい技を使ってみたいという憧れもあった。しかし、それはやはり欲張りすぎというものだろう。身体能力が元に戻り、勇儀様の従者として生活が保障されている今でも、十分幸せなのだから。

 

 私が壁の修理を再開させようとしているのを見て、勇儀様は付け加える。

 

「ただ……あくまで地底で教えられる者がいないだけで、地上にはいる。ツテもある」

 

「え、それじゃあ……」

 

「私は、行ってもいいと思っている。十分に強くなって戻ってきたらな。だが、地上行きはあいつを通してからだ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「地上行き? 良いわよ」

 

 さとりは思いのほか簡単に許可してくれた。かつての異変以来地上と地底の行き来の規制は緩められ、さとりが許可を出した人物は地上へ出てもいいとされている。土蜘蛛のように病気を流行らせるおそれのある者やそもそも地上へ出たくない妖怪—例を挙げるならさとり本人だが—は地底に籠ったままで地上へ行きたいとする者はまだ少ないらしいが。

 

 さとりは書類仕事の真っ最中らしく、書類から顔も上げず黙々と作業を続けていたが、ふと私の方を見て訊いてきた。

 

「そういえば、あなたは地底出身?」

 

「いえ、地上の人里ですが」

 

「てことは地上から何かの事情で地底へ来たってことでしょ? いったいどういうわけでまた地上なんかに戻ろうと?」

 

 さとりは心底不思議そうな顔で私を見上げた。確かさとりも地上でろくな目にあわず地底へ追われてきたクチだった。だからわざわざ私が地上へ行くのを理解不能なものとして見ているのだろう。

 

「大した理由じゃありませんよ。地上に出て妖力をうまく使えるように教えてもらいに行く予定なんです」

 

「妖力? あなたひょっとして………」

 

「はい。全然術の類は使えません。あるのは、これだけ」

 

 私はそう言って腕を曲げて力こぶを作ろうとし、ぽこりとも盛り上がらないのを見て、やめた。

 

「………筋力あるようには見えないけど」

 

「いや、そう見えないかもしれないでしょうが、ちゃんと腕力はありますから!」

 

 さとりは失礼なことに懐疑的な視線を最後まで途切れさせなかったが、やがて溜息をつくと、引き出しから何かを取り出して私に投げつける。

 

 キャッチして見てみると、それは墨で何やら書きつけてある木板だった。文字を崩しすぎているため何と書いてあるかさっぱり読めない。

 

「それ、許可証。ヤマメに見せれば通してくれるわよ」

 

「ありがとうございます」

 

 私は受け取った木板を懐に仕舞う。さとりはそれを確認して作業に戻ろうとしたが、何故か顔を上げて、もう一度私を見た。

 

「ところで妖力の扱い方だけど、誰に教えてもらうの? あなたにそんな当てがあるようには見えないけど」

 

「うーん、私は会ったことないんですけど、勇儀様の友人で、茨木華扇っていう仙人らしいです」

 

「ああ、あの似非(えせ)仙人。たまーに地底に来てることもあるのよね」

 

「え、そうなんですか? じゃあわざわざ地上に行かなくても会えるじゃないですか」

 

「どうかしらね。いつもは上の妖怪の山に住んでるし、地上に行った方が早いんじゃない?」

 

「それもそうですね」

 

 妖力の扱い方を仙人に訊くというのも変な話だが、勇儀様によると魔力も霊力も妖力などは呼び名が違うだけで大体同じようなものなのだとか。勇儀様は「それにあいつは確かに仙人だけど……」と言葉を濁し、先ほどはさとりにも似非仙人と言われていたので、ひょっとすると純粋な種族としての仙人ではないのかもしれない。

 

「まあ妖力を使って弾幕を作れるようになれば地上でもお手軽に決闘できるし、師匠も妥当な人選ね。正体は分からないけど、華扇は真面目だし」

 

「へえ………」

 

 勇儀様とヤマメの、高火力で、それでいて美しい弾幕を思い出して、私は少し呆けていた。妖力を使えるようになったら、私もあの悪霊に怯えずに済むだろう。そう、わたしもあんな力を—

 

「ちょっと、起きてる?」

 

 さとりはひらひらと私の目の前で手を振っていた。

 

「あ、すみません。ぼうっとしてました」

 

「全く。あなた、心読んでてもほんとつかみどころ無いわよ。おどおどしてたり急にボーっとしたり。この前は随分失礼なことを考えてたみたいだけど?」

 

「それは謝ったじゃないですか」

 

「あ、今面倒くさいって思ったでしょ。思ってること、全部筒抜けだからね」

 

 なるほど。さとりが地上で嫌われるわけだ。面倒くさい。

 

「あーほらまた面倒くさいって思った! さっさと出ていきなさい!」

 

 私は書斎を叩きだされた。どうやら私はさとりとは先天的に相性が悪いらしい。私が溜息をつきながら地霊殿から出ようと歩いていると、向こうからさとりのペット—お燐が珈琲を持ってこちらへ向かっているのが見えた。お燐はこちらに気が付くと、たたたと駆け寄ってきた。

 

「あれ、もうお帰りかい?」

 

「はい。先ほど許可証を貰いまして」

 

「そう。ならよかった。さとり様、カフェイン切れたら荒れるから。なんかいろいろ言われなかった?」

 

「いえ、別に……」

 

「ふうん。あの人、カフェインを6時間以上摂らなかったら発狂して仕事どころじゃなくなるからねえ。だからこうしてこまめに淹れてるわけだけど」

 

 そこまでくると、珈琲も阿片(アヘン)と同じなのではなかろうか。明らかに薬漬けの患者の末期症状である。地底の端では阿片を気晴らしに吸うものがいたが、およそ最後は正視できるものではなかった。さとりも珈琲に溺れ死にしないことを願うばかりだ。

 

 私は地霊殿を出て、旧都の外へ向かった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 旧都と地底の入り口のある場所は河で遮られており、その川に唯一掛かっている橋がある。空を飛べない私はそこを通って旧都を出ることになるのだが……。

 

「あなた、地上に行くんですって? 妬ましいわ」

 

「あ、出た」

 

 やはりそこにいたのはパルスィだった。前に橋の番人と言っていたが、地底で橋と言えばここしかない。いくらか、私は彼女と会うことを予期していた。

 

「出たとは失礼ね。勇儀はもう橋を渡ってあっちにいるよ」

 

 パルスィは橋の向こうを指して、言う。勇儀様はおそらく私が許可証を確実に手にいれるとわかっていたのだろう。

 

「あなたが帰ってくるまで勇儀の朝ご飯は私が作るから、安心して修行に行きなさい」

 

「ありがとうございます。そうしてくれると私も従者として心配なく地上へ行けますので」

 

 微笑むと、何故かパルスィは舌打ちをした。彼女なりの別れの挨拶なのかもしれない。そう思った時、

 

「おーい、あざみーっ!」

 

 勇儀様の声がして、私はその方向に向かって走る。少しでも待たせるのは申し訳ない。

 私が勇儀様の声に導かれてたどり着いたのは、上へと続く大きな縦穴の真下だった。地上から吹き下ろしている風がかん高い音をたてている。その穴の真下の中心に、勇儀様とヤマメは立っていた。

 

「許可証は貰ってきたか?」

 

「はい、この通り」

 

 私が勇儀様に見せるとうん、と頷いて

 

「それじゃあ華扇に会ってしっかり妖術を習得してこい。で、帰ってからバタバタするから、帰って来ても気を抜くなよ」

 

「わかりました。必ず早くに妖術と弾幕を使えるようになって帰ってきます」

 

「よし、それじゃ餞別だ」

 

 渡されたのはずっしりと重たい巾着と手紙。手紙はどうやら華扇に向けての推薦状のようなものらしい。そして巾着は……。

 

 私はその中身を見て、息を呑んだ。中には数枚小判が入っていたのである。

 

「一応金も持っておいて問題はないはずだ。博麗の巫女に頼ったりするなら、それが一番のお守りになるだろうしな」

 

 勇儀様は笑う。当代の巫女は霊夢という名前で、歴代の巫女でも優れた才能の持ち主であり、かなり金に汚い方だという。その先代だか先々代だかの予言でここに来る羽目になったので、博麗に対して少し複雑な気分ではあるが。

 

「私は地上の様子は分かんないが、天狗どもに聞けば分かるだろう」

 

 勇儀様の言葉に、私は思わずまじまじと見てしまった。地上の様子が分からない? 地底は地上との不可侵というルールが設けられているが、今は自由に出入りできる。それならば勇儀様も地上を見たことはあるはず……。

 

そんな私の疑問を感じ取ったのか、勇儀様は勝手に答えてくれた。

 

「ああ、私は地底に入って条約が結ばれてからずっと、地上には出ていない。地上には行ってみたいとは思うんだけどな。私まで出てきちまうと、あんまし条約の意味が無いって言うか……わかるか?」

 

「ええ、まあ……」

 

 勇儀様はどうやら、今でもその条約を守っているらしい。鬼と一口に言っても嘘をつくとか約束を守る度合いにはやはり個人差、いや個鬼差がある。私は約束はできる限り守るタイプであるが、勇儀様はその面での束縛の度合いが比べ物にならない。嘘は一切つかないし、約束は最後まできっちり守り通す。これは勇儀様の美点であり、そして己の行動を縛る弱点でもあるのだろう。言ってしまえば不器用なのである。勇儀様が地上を去った理由は案外その辺りにあるのかもしれない。

 

「……もう別れの挨拶は済んだかい?」

 

 先ほどまで黙ってたたずんでいたヤマメが言った。私は飛んで地上へ行くことができないので、彼女に抱えて上まで連れて行ってもらうのである。

 

「はい。……では行ってまいります。勇儀様」

 

「気をつけてな」

 

 最後の一言は、短かった。ヤマメはすぐに私を抱え、するすると蜘蛛の糸を手繰り寄せ、上へ、上へと昇っていく。下を見ると勇儀様の姿がだんだん小さくなっていき、見えなくなった。

 

 あまりの高度に少し気が遠くなったが、ヤマメの頼もしい声が私の耳に入る。

 

「さあ、着くよ」

 

 光が天から漏れ出ていた。一条の光が差し込み、あたかもそれがヤマメの持っている蜘蛛の糸であるように錯覚する—そう思った時には、既に地上だった。

 

「うわあ……」

 

 私は地底に通じる穴から出ると、草むらに立った。やはり地上は秋が訪れていたらしく、多くの紅葉が吹き散らされ、あちこちに真紅の曼殊沙華(まんじゅしゃげ)—俗にいう彼岸花である—が咲き乱れている。

 

「私はもう行くよ。妖術習得、頑張ってね」

 

 ヤマメはそう言い残すと、穴から出していた顔を引っ込め、地底へと戻っていく。そうだ。この景色を眺めるために私は地上に来たのではない。妖力の習得、つまり茨木華扇に会わなくてはならないのだ。

 

 ぱちん、と己の頬を叩いて、気合を入れる。

 

「よし、行くか!」

 

 見上げると、頭の上には地底の暗闇ではなく、無限の蒼穹が広がっていた。

 

 

 

 




・壁の修復
鬼の持つ特性は怪力だけでなく、短い期間で橋を架けるなど、実は建築の才能を持っている。

・地底と地上の行き来を管理するさとり
旧地獄の管理に加えて、少ないとはいえ余計な仕事を増やされているため珈琲摂取量がかさむ。カフェイン急性中毒になる日は近い。

・地上へ出られない勇義
約束は絶対に破らない。この場合は、くそ真面目と変換しても構わない。
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