鬼少女の幻想奇譚 作:らくしゅみ
第6話 夕の剣、風の舞
「しまった……華扇さんの家ってどこなの……?」
私は地底を出たはいいが、どこへ向かえばよいのか見当がつかなかった。勇儀様は「天狗に訊け」と言っていたが、今のところちらりとも見ていない。ここは妖怪の山では無かったのだろうか。
既に日は傾き、黄昏時となっていた。夕日と紅葉が入り混じり、赤と黄を基調とした万華鏡のような光景が広がっている。もう少し見ていたいところだが、今はそれどころではない。暗くなるとまたあの悪霊に襲われないとも限らないからだ。そうなれば、一巻の終わりである—
その時だった。2つの黒い影が、私の頭上に落ちたのは。
「………どうやら人間の女のようです」
「あやや、こんな時に見つかるとは、運の無いお方のようですね」
見上げると、そこにいたのは真っ白な髪を持ち、尻尾も生えている白狼天狗、それと、艶やかな黒い翼をもつミニスカートの女がいた。—おそらくこちらは烏天狗だ。そのうち白狼天狗の方が急降下して、私の目の前に降り立つ。
「射命丸様、侵入者を排除します」
「……ま、あなただけでやれるでしょう、椛。私はその辺で見守ってますから。あと、私を呼ぶときは文さま、と呼んでください」
「……了解しました」
射命丸と呼ばれた烏天狗は私への興味も無さそうで、地上に下りもしていない。その様子を見た椛という白狼天狗は、ため息をつきながら、腰の刀を抜きはらう。ぎらりと光る玉鋼の輝きを目にしながら、私は一つの疑問にとらわれていた。
「侵入者……?」
私がいつ、彼女らのテリトリーを犯したというのだろうか。私はただ地底から地上に上がって来ただけであり、地上との交流は禁止されていなかったはずなのに。
私が首をかしげていると、抜刀した椛がじりじりと近づいてきていた。全く動かない私を見て、ひとりごちる。
「逃げもしないのですね。なかなか人間としては肝が据わってるし、あまり殺したくはないですが……山の掟ですので。侵入者は、排除することになっています」
………ええ⁉
ひゅいん、と風を切る音と共に、椛の刀が、私の顔を引き裂かんと迫る。ここでようやく私は自分が殺されかけているということに気付いた。
「……危なっ!」
すんでのところで右手を伸ばし、刀身を掴まえる。それでも椛は万力のような力を込め、そのまま私を斬り伏せようとした。射命丸の方は、私が椛の刀を防いだのを見て少し驚いてはいるものの、手出しはせずにただ見下ろしている。
「……お前、ただの人間じゃないな」
椛が、鈍く光る刃の向こうで私を睨みつける。彼女の刀を素手で防いでいる時点で、人間ではないと判別はつくのだろう。しかしそれでも攻撃をやめようとしないのは、襲ってくる理由が私が人間であるかどうかは関係ないからに違いない。
「……大切な武具なんでしょうが、すみません」
私が左手で刀の根元を持ち、力を込めると、刀はその力に耐えきれず、飴細工のようにぐにゃりと折れ曲がった。
「なっ………!」
椛は顔に驚愕の色を浮かべながら、折れ曲がった刀を捨て、俊敏に懐から短刀を取り出す。とっさに短刀を弾き飛ばそうとした私の拳は、椛が素早く構えていた楯に防がれてしまった。
「死……ねっ!」
楯で私の視界を塞ぎつつ、体当たりをするように短刀を突き出してくる。
「くっ……」
この短刀は避けられない。楯ごと椛を殴り飛ばすしかー
そう思って拳を構えた瞬間、ぞぶっ、と私の腹に短刀が突き立てられ、鋭利な痛みが走った。
「……よし」
椛は手応えありとみたのか、少しだけ緊張を緩めた。その瞬間、私は椛の楯を狙って、拳を叩きつけた。
がああん!と盾が金属質な音を反響させながら、吹き飛ばされる。椛もその衝撃に踏みとどまれなかったらしく、宙を舞った。
「……ぐっ……」
椛は吹き飛ばされた後、よろよろと立ちあがった。先ほどの殴打の衝撃が骨まで伝わって折れたらしく、右腕をだらんと下ろしている。
私の方はというと、腹に突き刺さっている短刀から、どくどくと血が溢れていた。
だが、以前ならいざしらず、本来の鬼としての力を取り戻したこの体はこの程度の傷は問題にならないはずだ。私が痛みに顔をしかめながら短刀を抜いて捨てると、血が止まり、傷がみるみるうちに塞がっていった。
椛はそれを見て、ちっと舌打ちをした後、上空でにやにや笑いながら見ていた烏天狗—射命丸の方を仰ぎ見た。
「文様! 申し訳ありません! 手伝ってはもらえないでしょうか!」
「えー、さっき侵入者を排除するっていたのは椛でしょう? 頑張ったらどうですか?」
椛は一瞬だけ怒気を露わにしたが、すぐに抑えて、
「……私の力は及びません。戦ってください」
射命丸はそれを聞くと、満面の笑みを浮かべて降りてくる。
「そうそう、素直が一番ですよ、椛! ちゃんと言えば、いつでも私はあなたの代わりに戦ってあげますから」
「…………」
椛の殺気は今や私というよりも射命丸に向けられているようで、怒りのあまり顔を真っ赤にしている。射命丸はどこ吹く風と涼しい顔であるが。
「さて、私の可愛い椛の右手を折ってくださったあなたには、ちょっとばかり仕返しをしないといけませんね」
射命丸がにこやかな顔で言うと、途端に突風が吹き付け、周りの木々もざわざわと揺れ始めた。風は射命丸を中心に周囲へ吹き出しているようで、間合いを詰めようとしても、風圧のために一歩も踏み出すこともできなかった。
ごうごうと吹き付ける風の中、射命丸は髪をはためかせながらこちらをじっと見据えていた。椛が立ち上るような殺気を身にまとっていたのに比べ、射命丸は全く気負う様子もなく、自然体で構えている。おそらく彼女は先ほどの椛よりもはるかに格上なのだろう。
私がごくりと唾を呑みこんだその時、射命丸がふと思い出したように聞いてきた。
「……しかしあなた、何のためにここへ来たんですか?」
「え……あっ」
「先ほどは私たちを見つけても積極的に襲ってくるようには見えませんでしたし、何かを取りに来たようにも見えない。目的はなんですか?」
そうだ、そのことをすっかり忘れていた。私は華扇に会うためにここに来たのだ。決して天狗たちと殺し合うためではない。私は勇儀様の手紙のことを思い出し、射命丸の方に差し出す。
「あの、これ……見てくれませんか?」
「……何でしょう」
射命丸は風で推薦状を手元に運び、包みを開いて中身を取り出す。そして読んでいるうちに、その顔がだんだん青ざめていくのが遠目にも分かった。
「……え? あなた、鬼ですか?」
射命丸は手紙からぎしぎしと音を立てそうなぎこちなさで顔を上げる。
「……はい。前髪で見えなかったかもしれませんが」
私が髪を掻き分けて角を見せると、射命丸は「なるほど」と呟く。そして私を鋭く見据え—
「すみませんでしたーっ!」
射命丸は地面に頭のてっぺんを擦りつけそうなほどの勢いで土下座した。
「ええー⁉」
私は、そして横でも椛が唖然として土下座する射命丸を見ていた。射命丸は風で私のもとに推薦状を返すと、少し震えを帯びた声で続ける。
「まさか、あなたが勇儀様の従者だったとは……今までの非礼は全てそこにいる椛がやったことでして! その、私は何とぞお見逃しいただきますよう……」
すると椛が急に慌て始める。
「え、ちょっと待ってください文様! 汚いですよ、そんな! 戦うってあなたも言ってたじゃないですか!」
「相手が鬼の時は話が別です! ほら、あなたも謝ってください!」
ぎゃあぎゃあと内輪もめを始める2人に、私はおそるおそる声をかけた。
「あのう、すいません。勇儀様にこのこと言わないんで、道案内してくれませんか?」
勇儀様はどうやら天狗に恐れられているらしい。私からすれば強敵のように見えた射命丸でさえあれほど怯える勇儀様の実力とは、どれほどなのかと思ったが、この状況なら道案内くらいはしてもらえるかもしれない。
「ええ、それくらいお安い御用です! で、確かに私は許してくれるんですよね?」
「もともと勇儀様に言いつけるような真似をするつもりはないんですが…」
それを聞いて椛も安堵の息を吐く。勇儀様の威を借りているようでなんだか申し訳ないが、私を含め、死人無しで場を納めることができたのでこの際は仕方ない。
射命丸は、ふうと一つため息をつくと、訊いて来た。
「で、どこに行きたいんですか?」
「ええと、茨木華扇さんの家まで……」
「なるほど、分かりました。さっそく案内しましょう」
◆◆◆
椛は天狗の住処へと帰ってしまったが、射命丸に連れられて私は華扇の家に向かっていた。辺りは日が落ちて、だんだん暗くなってきている。射命丸は飛べない私を抱きかかえて、夜の帳の降りつつある空を飛んでいた。
「えーと、あなた……いえ、あざみさんはやっぱり、地底から来たんですよね。どうして地上に?」
烏天狗は新聞を作るのが好きだというから、彼女は私の話を新聞のネタにするつもりなのかもしれない。そう思いながらも、何となしに答えてしまう。
「ああ、私、さっき見てたと思うんですけど、鬼としての腕力とか身体能力はあるんですが、妖力がうまく使えなくて……華扇さんの元で修行をしようと思ってきてるんです」
「なるほど。あ、これ記事にしていいですか?」
「駄目です」
あまり公に知られても得は無いし、写真を撮られたりなどしてもし人里に私を覚えている者が生きていたりなどしたら、面倒なことになるかもしれないからだ。
射命丸は、「そうですか」と少し残念そうな顔をすると、取り出そうとしていた奇妙な機械—カメラというらしい—を仕舞う。
「ふむ、しかし華扇さんを師匠にするんですか……確かに師匠にするにはいいかもしれませんが、あの人多分授業料たっぷり取りますよ?」
「そうなんですか? 足りますかね……」
「さあ。まあその推薦状があれば多少割り引かれるかもしれませんが」
もし華扇が射命丸くらい勇儀様を恐れていれば割り引くどころか無料にしてくれるかもしれない。だが、さとりの言い方から察するに、勇儀様とは友人のような対等な関係だったと思われるため、そんな都合のいい展開は期待できないだろう。それにそもそも、ものを教わろうという人に対して他人の名を借りて脅しつけるような真似はするべきではない。
「……それにしても射命丸さん、勇儀様嫌いなんですか? すごく震えてましたけど」
射命丸は自分の土下座を思い出したのか、少し顔を赤くしながら、
「そりゃ仕方ないですよ! だって昔は妖怪の山を支配していたのは我々天狗ではなく、鬼の四天王でしたから。天狗なら誰でも星熊勇儀の名を聞いた者は震えあがるんですよ!」
いったい勇儀様が地上にいたころはどうだったのだろうと思ったこともあるが、射命丸や天狗たちの怯えっぷりは尋常でない。ますます気になる所だが、流石に案内をしてくれている射命丸に昔のことを話させるのは申し訳ないので、何も言わなかった。
「……さて、着きましたよ」
射命丸は地面に降り立つと、私を地面に下ろした。目の前にあったのは仙人の住む家にしては質素な小屋で、地底のような岩を削り取って作られたような石壁ではなく木造である。小さいながらも手入れが行き届いており、蜘蛛の巣などは1つも見当たらない。華扇は綺麗好きなのかもしれない。
私がそう思って小屋を眺めていると、後ろからとんとんと射命丸に肩を叩かれた。射命丸はぺこりと頭を下げ、
「では、私はこれで失礼します。勇儀様にどうぞよろしく」
「あ、ありがとうございました」
見送った後、私は目の前にある華扇の家に顔を向けた。
中は明かりが灯っているし、おそらく中に居るだろう。私は入り口に走り寄り、とんとん、と戸を叩いた。
「はい、誰ですか」
がらがら、と戸を開けたのは、桃色の髪の女性だった。髪を2つのお団子にしてまとめており、丸い目をぱちぱちと瞬かせている。そして目を引いたのは包帯を巻いた右腕で、事前に聞かされていた茨木華扇の姿と一致していた。
「ええと、あなたが、茨木華扇さんですか」
彼女は不思議そうな顔をして、頷いた。それがどうした、というような表情だったが、それは続く私の一言で、驚きへと変わった。
「私を弟子にしてください!」
・突然襲ってくる天狗たち
地底から出る→迷う→天狗領域に侵入からの対決。射命丸は個人的には人間に友好的だが、それはそれ、これはこれ。
・弾幕を使ってこない椛
あざみをただの山に迷いこんだ人間と見ていたので、弾幕は使わずに手早く済ませるために白兵戦を挑む。普通に弾幕勝負を挑んでいれば勝てていた。
・鬼たちと天狗
妖怪の山を支配していた鬼の代わりに現在は最大勢力の天狗が仕切っている。ただし天狗たちは鬼のほとんどが地底へ行った後も鬼に頭が上がらない。