鬼少女の幻想奇譚   作:らくしゅみ

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第8話 3つの約束

 

 

 

 鈴奈庵。人里で本居家の営む貸本屋で、小さいながらも娯楽の本から学術の書まで幅広い書物を扱っているので大繁盛とまではいかないものの、そこそこ客足のある店である。店主の夫婦は本の仕入れに忙しく、常にここで店番をしているのは、その夫婦の娘の本居小鈴である。

 

「………よし、と」

 

 小鈴は適当に見繕った本をカウンターの上に置くと、自分専用の椅子を引き寄せ、その上に座る。窓から差し込む朝日が本を日焼けさせるとまずいので、窓は自分の座るここだけに日光が当たるように調整された位置についている。それゆえ店の中はほんのり薄暗いが、朝のこの時間は店番とはいえ自分1人で鈴奈庵を貸し切っているようなものなので、秘密基地めいた雰囲気がお気に入りなのである。

 

 幻想郷で出版される本は少ないため、もっぱら店の本は外の世界から流れつく本を置いている。外で忘れ去られたもの以外にも、外来人が落として言ったものや、結界のほつれから迷い込んできたようなものなど入手方法はさまざまだ。

 

 小鈴は開いた本を読みながら、椅子を後ろに傾け、背もたれになだれかかった。どんなにだらしない格好をしてもいいのは、客の来ない朝限定の特権である。そのままの姿勢で読書を続けていたので、誰かががらりと戸を開けて店内に入って来た時は、危うく後頭部を打ちそうになった。

 

「あ、いらっしゃいませー」

 

 ちらりと柱時計を見ると、まだ8時30分である。こんなに早く客が来るのは珍しい。そう思って客の顔を見ると—

 

「あれ、阿求?」

 

 小鈴は思わずそう言ってしまったが、すぐに友人の阿求ではないことに気が付いた。

 

 まず、髪が微妙に違う。紫がかっているはずのその髪は薄い紅がさしており、髪もおかっぱではなく、のばして後ろでまとめていた。そして着物もそれほど高級そうでない代物で、稗田家の当主とは思えない。それでも小鈴がこの少女を見て、真っ先に阿求の名を呼んだ理由はその容姿にあった。

 

 涼やかな目元やきりと引き締めている唇など、挙げればきりがないが、とにかく阿求と似ていたのである。しかしやはり他人の空似だったようで、入ってきた少女はいきなり知らない名で呼ばれ、戸惑っているようだった。

 

「え、えっと……すみません、私は、その……阿求という人ではないんですが」

 

 話してみると、やはり別人だと思った。身に纏っている雰囲気が違う。阿求の凛としたたたずまいではなく、何かに怯えるかのようにおどおどしており、少女は続けて訊いてくる。

 

「ここ……鈴奈庵ですよね」

 

「そうですよ。何か本をお探しですか?」

 

 阿求だと思ったから普通に話しかけたのだが、普通の客であればそのまま軽いノリで話し続けるのはまずい。小鈴はそう思って尋ねたが、少女は小鈴には少々予想外の答えを口にした。

 

「えっと……華扇さんの紹介で、ここで店員を募集してるって聞いてたんですけど……」

 

 それを聞いて、小鈴はこの前やって来た華扇に店員を1人募集したいともらしたことを思いだした。元々両親が言いだしたことで、小鈴が店番として役に立たないから、きちんと雇った店員が1人欲しいのだそうだ。小鈴は両親には内緒にしているが妖魔本コレクターであり、その収拾のためにこっそり店のお金を使ったり時間を割いたりしている。そんな理由で鈴奈庵の収入は芳しくなく、真面目な店員と娘を入れ替えてしまおうという魂胆らしい。

 

「華扇さんの紹介って……あなた、名前は?」

 

「あざみといいます。昨日華扇さんの弟子になりました」

 

 仙人の弟子、と訊いて、小鈴の食指がぴくりと動いた。もし仙人と同じように仙術が使えるのであれば、小鈴の大好きな妖魔本を多く発見したり詳しく研究したりすることもできるかもしない。それにまだ目の前にいるあざみはとても仙人の風格は無く、そこらにいる町娘のような雰囲気だが、自分の身を自分で守るだけの実力くらいはあるだろう。次の妖魔本は少々危険な場所にあるが、彼女に護衛を頼むことができればそこへたどり着くことができるのではないか。

 

「……あなた、妖魔本とか知らない?」

 

「え? 何ですかそれ?」

 

「妖怪が書いた本。魔導書なんかもそれにあたるわね。そういうのを読むのが私の趣味なんだけど……店員なんかやるより、今度、その入手の手伝いをしてくれないかしら」

 

「手伝いって……そんなこと言っても私、正直言って遊んでいる暇はないので……」

 

「従業員になれるように父さんと母さんに言ってあげるから。その代わり、手伝ってほしいの」

 

「うーん……」

 

 あざみは押しに弱そうだし、あともう少し頼めば妖魔本を集めるのにも協力してくれるだろう。しかも普通の人間ではなく。仙人になるのである。彼女自身が本を書くこともあるかもしれない。

 

 活字中毒者(ビブロフィリア)である小鈴は、冷めやらぬ興奮にぞくぞくと身を震わせた。それを流石に不気味に思ったのか、あざみはおそるおそる、声をかけてきた。

 

「えーと……それで私は、いつまで待てばいいんでしょうか」

 

「私の親が帰って来るまでね。それまでお客もそんなに来ないだろうし、お喋りしない?」

 

「はあ……分かりました」

 

 小鈴が椅子を押しやると、あざみはその上に、ちょこんと座った。

 

(……やっぱり、似てるわね)

 

 もし身なりを良くして阿求と同じ髪型、髪色にすれば見分けるのは難しいだろう。偶然にしても、これほど似るということはありえるのだろうか?

 

「そういえば、あなたはどこから来たの?」

 

 そう訊くと、あざみはうーん、と少し考え込んで、

 

「あちこちに住んでたんですが……まあ生まれは人里です」

 

 それはそうだろう。人里の外で人間が生まれることはほとんど無いし、生まれてもその辺をうろついている野良妖怪がぱっくりと食べてしまうこともあるからだ。見たところ彼女に武芸の心得は無さそうだし、仙人の弟子といってもろくに術も使えないだろう。だが、あちこちに住んでいた、というのが気になった。

 

「あちこちって? 人里の外によく行ってたの?」

 

「というか……かなりの時間を地底で過ごしました」

 

「えっ」

 

 地底とは、地上から追放された者たちが集まる吹き溜まりだったはずだ。そんな場所に人間が行って、無事だったのか。というかそもそも、彼女は何故地底へ行かなくてはならなかったのか。

 

 疑問が一気に湧き出してきて、小鈴はどれを質問しようか迷っているうちに、あざみは近くにあった本棚から本を一冊抜き取り、表紙を眺めていた。

 

「宇治拾遺…物語? 聞いたことないですね」

 

「読めるの?」

 

「流石にこれくらいは。小さい頃にお父さ……いえ、周りにいた人に教えてもらいました。……でも、なんだか読みづらいですね」

 

「まあ昔の本だしね」

 

 小鈴はどんな文字で書かれた文章でも読むことが出来るが、あざみはどうやら昔の本を読んだことは一度も無いらしい。頁をぱらぱらとめくり、「芥川」のところで手を止めた。

 

「……小鈴さんはこれを読んだことがありますか?」

 

「あんまり私こういう古めの本は読まないんだけど、それは知ってるわ。……えーと、確か何年も一緒になれなかった2人の男女がついに結ばれて、追手のかからない遠くまで逃げようと駆け落ちするところから始まったかな」

 

 うろ覚えなのであちこち違うような気がするが、大体こんな感じだった。こういうときは阿求の完全記憶能力が羨ましくなる。しかし小鈴のあやふやなあらすじを聞いて、あざみの瞳に少し、興味の色が揺らぐのを見た。

 

「……それで2人はどうなるんですか?」

 

「都を出て、芥の渡しを通過した二人が野原に差し掛かった時、日が落ちて真っ暗な夜になっていたわ。おまけに雨が降ったり雷が鳴ったりして、ひどい嵐になった。2人はどこかに泊まれるところはないかと、必死に雨宿りできそうなところを探すの」

 

 もともと2人とも貴族で体力のある方ではないだろうし、雨に濡れ続ければたちまち悪性の風邪を引いてしまっていただろう。

 

「男が必死に小屋はないものかと探す中、女は雷に照らされて見えた何かの影を見て、女は『あれは何?』と訊いたんだけど、男の方はそれに答える余裕もなくて、ただ黙っていた。けど、多分あれは自分たちを狙ってる鬼だろうと思って男は血眼で建物を探して、ついに荒れはてた小屋を見つけられた。2人でそこに入り、男は鬼から守るために蔵に女を入れて、自分はその前で持っていた槍を構えて、『さあ、来るなら来い。一突きにしてやる』って懸命に守っていたの」

 

 小鈴はそこで、言葉を切った。あざみは早く小鈴が続きを言わないかと思っているらしくもじもじしていたが、やがて痺れを切らして言った。

 

「……続きは?」

 

「あなたが私の妖魔本集めに協力してくれるなら、教えてあげる」

 

「……そう来ましたか……」

 

 あざみは腕を組んで、少し考え込んでいた。

 

「……ほら、ちゃんとその時には私個人からお給料あげるし……ね?」

 

「そう言われましても……私、夕方から華扇さんに修行をつけてもらう約束でして……お手伝いの内容を聞かないことには」

 

「それなら問題ないわ。昼に紅魔館の大図書館へ行くんだけど、その道中で守ってほしいの。弾幕の腕が無くてもいいから、私を守ってくれればそれでいいわ」

 

「……身を盾にする、とかでも?」

 

「それあなたが死ぬんじゃないの。……一応聞いとくけど、妖怪とやりあった経験とかある?」

 

「何度かあります。鬼とか天狗と」

 

 それを聞いて、少し驚いた。鬼はもちろん、天狗も組織化されて普通の人間では勝つのが難しい上級の妖怪である。それを相手に勝てるのであれば、まだ仙人の弟子ではあってもなかなか手練れのようである。……というかむしろ貸本屋の店員というより妖怪退治屋になればいいのに何故わざわざここに来たのだろう、と思わないでもなかったが。

 

「それなら問題ないわ。契約成立ってことで」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「小鈴さんの妖魔本集めの手伝い? 小金を稼ぐチャンスがあるんなら、少しくらいそれに乗ってもいいわよ」

 

 鈴奈庵から山に戻ってくる頃には、太陽はほんの少し西に傾いていた。私が小鈴の護衛の話をすると、華扇は思いのほかあっさりと賛成してくれた。

 

「……で、鈴奈庵の店員にはなれた?」

 

「おかげさまで」

 

 小鈴の両親が帰って来てからいくつかの質問を受けたが、すぐに私を店員として採用してくれた。小鈴のしていた店番の時間を半分私が担当し、余った時間で小鈴は仕入れのためにあちこちへ出かけなくてはならなくなったらしい。本人は嫌がる素振りを見せつつ新しい妖魔本との出会いを想像してにやにやしていた。出会った時はまともかと思ったが、割とそうでもないらしい。

 

 まともでないといえば、この目の前にいる仙人の従えている動物も、まともではないのだが。

 

「華扇さん……その鷲、妙に大きくありません?」

 

「そりゃ当然よ。これから私の道場に移動するために乗っけてもらうんだから」

 

 華扇に応えるように、大鷲がぶるぶると身を震わせる。おそらくこの大鷲以外にも使役できる動物はいるのだろう。

 

「……ていうか、この小屋があなたの家だと思ってたんですが」

 

 私が射命丸に案内された華扇の小屋を指さすと、華扇は少し笑って、

 

「それは最近建てた妖怪達との交流のための小屋よ。私の住処はちゃんと別にあるわ。そっちで客人と会うのは面倒だし、何か用があるときはこっちに来てもらうの」

 

 そう言うと、華扇は私に手を差しのべた。一緒に乗れということだろう。私はその手につかまり、大鷲に乗った。

 

「あんまり2人乗りはやらないんだけど、多分大丈夫。ちょっと寒いかもしれないけど我慢してね」

 

 びゅうう、と耳元で風が吹き荒れ、地上が遠ざかっていく。射命丸の時と同じく、山を一望できる高度で、気温の低さというよりもその高度で、鳥肌がたつ。

 

「これくらいで怖がってたら空なんて飛べやしないわよ」

 

「……分かってますって!」

 

 ふふ、と華扇が笑って少しして、私に訊いてきた。

 

「そうだ。これから修行の前に言っとくけど、あなた、妖術を身につけたら地底に帰るのよね」

 

「……まあ、ずっと勇儀様のもとを離れるわけにもいきませんし」

 

「一応、私は人間の味方だし、地底と地上の間で行き来が盛んになるのは望んでないの。だからいくつか、あなたに条件を出させてもらうわ」

 

 面倒なので聞かなかったが、華扇にもいくつかしがらみがあるようだ。私は黙って頷いた。

 

「1つ目。あなたは自分が妖怪であることを人に知られてはならない。……私は人間の味方だからね。それに霊夢、つまりは当代の博麗の巫女あたりがあなたのことを知ったら、あなたが悪い妖怪でなくても退治しにくるかもしれないわ」

 

「……気をつけます」

 

 できるだけ博麗の巫女と関わらないようにしよう、という考えがさらに大きくなった。触らぬ神にたたりなしである。

 

「2つ目。修行後は地底で過ごすこと」

 

 それは問題ない。勇儀様が地底にずっといるつもりならば、私もそこに居続ける予定であるからだ。華扇はそこを心配していたらしく、私が頷いたのをみて、ほっと息を吐いていた。

 

「そして当然だけど、3つ目……人を傷つけない。これやったら即私があなたの討伐に乗り出すわ」

 

「や、やりませんよそんな事……」

 

「ならいいわ。この3つを遵守すれば、私はちゃんとあなたに修行させてあげる。ほら、見えてきたわよ」

 

 吹きすさぶ風の向こう、緑色の山間に大きな屋敷が1つだけ、ぽつんと建っているのを華扇は指さした。

 

 

 

 




・阿求と似ている
謎の阿求タグの理由。地底にいる妖怪たちはほぼ阿求と面識がなかったので小鈴と会って判明。

・芥川
高校の教科書で紹介されて知名度が上がってきているらしい。実は2段オチ。

・華扇の条件
 あざみのことを思ってだけではなく、彼女の都合がいくつか盛り込まれている。

この形式の後書きが早くも面倒になってきました…そもそも小説の中で全部説明しろっていう話ですよね。まあ自分で言ったことなので努力はしますが。


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