絆の証は契約と共に   作:伊達 翼

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第九話『初めての魔獣狩り』

 白雪が加入してから一週間が経ち、旅支度を済ませたゼロ達はお隣であるリースリング家に挨拶に赴いていた。

 

「短い間でしたが、お世話になりました」

 

「いえいえ、お気になさらず。忍君達もユウマちゃん達の遊び相手をしてくれましたし」

 

「その延長でまさかお子さんに契約までさせてしまい、申し訳ない…」

 

 改めてゼロが頭を下げると…

 

「いえいえ、それこそ巡り合わせじゃないですか。アリアさんのおかげでこちらも助かっていますし、気にしないでくださいよ」

 

「そう言ってくれるとこちらも助かります」

 

 リースリングさんは気にしていないと言ってくれた。

 その言葉にゼロは感謝の意を伝える。

 

「ゆ…じゃなくて、白雪さん。どうかお元気で」

 

「えぇ、アリアさんも体に気を付けてね」

 

「はいっ!」

 

 白雪とアリアもお互いに別れの挨拶をしていた。

 

「せっかく出来たお友達なのに、もうお別れなんだね」

 

「それは仕方ないでしょう。元々、私達は旅人なんですから…」

 

 少し寂しそうな忍に対し、明香音は少しドライな反応だった。

 

「ベニガミさん…」

 

「……………………」

 

「ふんっ…」

 

 そんな2人の前にはリテュアで出会った初めての友達、ユウマ、アイリ、デヒューラがいた。

 

「大丈夫。きっとまたどこかで会えるよ。その時も友達でいてくれたら僕は嬉しいな」

 

「はい。ぼくもきっと忘れません」

 

 そう言って忍とユウマが握手する。

 

「世界は広いが、世間ってのは狭いもんだ。いずれ再び会うこともあるだろうさ」

 

 そんな忍とユウマに挨拶を終えたゼロがそのように言っていた。

 

「じゃ、行くか」

 

 荷物を背負い、ゼロが出発を促す。

 

「じゃあ、リースリングちゃん。またね!」

 

「はい!」

 

 こうしてリースリング家と小さな友達に別れを告げて、ゼロ達一行は新たな旅へと向かうのだった。

 

………

……

 

 帝都リティアからリテュア南部にある唯一の港町にゲートを通って赴き、そこからフィアラム北部にある港町へと船で移動することとなった。

 

 フィアラムの港町は東西南北の4ヵ所あり、それぞれの大陸にアクセス出来るようになっている。

 が、しかし、同じ港町でも対応する交易先の大陸によってその様相はガラリと変わる。

 

 例えば、南の大陸『アクアマリナー』に対応する南の港町では、アクアマリナーへの観光客が多い傾向にあるためか、宿屋や各種商店が多く立ち並んでおり、町の規模も比較的大きめである。

 それだけ南とは船の行き来が盛んであるという証拠でもある。

 

 西の港町はストライムから家畜を輸入する関係上、牧場が多い傾向にあって規模は森林地帯を一部伐採して土地を広めに取っている。

 

 東の港町はティエーレンから鉱石や織物などを輸入する関係上、鍛冶屋や土産物屋などが多く立ち並ぶ傾向にあり、規模はそこまで大きくないもののそれなりに発展していて活気もある。

 

 それらと比較して北の港町はこじんまりとしており、リテュアとの行き来は基本的に少ない。

 フィアラムの北部は山脈地帯で、北からの寒波を防いでるが、リテュアのように転移門もなくリデアラント帝国側の交易品の種類も少ないため、余程の物好きしか立ち寄らない港町として有名だったりする。

 現在、フィアラル王国とリデアラント帝国との間で北部の港町と王都に繋がる転移門の設置についての協議が行われているらしい。

 この転移門が設置されれば、いちいち山脈地帯を越えなくてもいいようになるだけでなく、物流をスムーズに行えるようにもなる。

 とは言え、転移門を設置したとして、その後のメンテナンスや維持費もあるので研究員の派遣や悪用されないための防衛措置などの諸問題もある。

 

 そういった事情もあってリテュアから北の港町に来る者はごく少数である。

 リテュアからフィアラル王国の王都に向かうなら、山越えが最短距離ではあるものの、時間にしたら結構かかるのでストライム、もしくはティエーレンを経由してから東西どちらかの港町に向かい、そこから馬車で王都まで移動するのが一般的である。

 日数は少しかかるが安全な旅と、日数はそこまで気にしないが危険な旅。

 一般人がどちらかを選ぶとしたら安全だろう。

 

 だが、ゼロ一行に関しては後者である。

 山越えは修行にもってこいなのと、途中で何かしらの魔獣と出くわした時の対処訓練、環境適応能力の向上、サバイバル知識の実地訓練などを行うためだ。

 

 北の港町で装備や食料を十分に用意してから出発していた。

 また、帝都リティアからフィアラムの北部の山脈地帯に着くまでの約2ヶ月の間に年が明けて忍は10歳となっていた。

 

 そして、山脈地帯へと向かった一行はというと…

 

「いいか? いくら魔獣とも契約が可能とは言え、普段は害でしかないことに変わりはない。だからこそ、こうして魔獣を狩っていかないと町や旅人に被害が出る。それはわかるな?」

 

「「は、はい」」

 

「魔獣は他の霊獣や妖怪、龍種と違って数が多いが、かといって狩り過ぎもダメだ。何事にもバランスが大事だからな。自然界のバランスが崩れれば、それだけで何が起こるかわかったもんじゃない」

 

 ゼロが山に住む魔獣を退治した後、素材を剥ぎながら忍と明香音に魔獣についての説明していた。

 

『…………………』

「…………………」

 

 そんな子供が見るには生々しい光景を見せるゼロに天狼も白雪も何も言わなかった。

 

「というわけで、次に魔獣と遭遇したらお前等2人で狩ってみろ」

 

「……え?」

 

「わ、私達だけで…?」

 

「そうだ。これは修行だが、実戦も想定している。いつまでも俺が守れる訳じゃないし、お前等も自分の身は自分で守れるようにならないとな」

 

「「……………………」」

 

 ゼロの言葉に忍と明香音の表情が強張る。

 

「なに、教えたことをちゃんとやれれば問題ねぇよ。力の制御の仕方は教えたろ? それを応用すれば素手だって魔獣は狩れる」

 

 そう言うゼロだが、いくらなんでも素手で魔獣を狩れというのは子供に対して難易度が高過ぎないだろうか?

 

「それは流石に厳し過ぎるのでは? 魔獣を狩るのであれば武器くらい…」

 

 流石に黙っていられなかったのか、白雪が意見するが…

 

「必ずしも武器があるとは限らないだろ? なら、そのための備えはしといた方がいい。それに下手に武器持たせて変な癖を持たれても困るしな」

 

 ゼロは修行内容を変えるつもりはないらしい。

 

「天狼、白雪。お前等は手出しするなよ? じゃなきゃ修行にならんからな」

 

 そして、ゼロは天狼と白雪に釘を刺していた。

 

『わかっている。だが、危険だと判断した場合は介入させてもらうぞ?』

 

「右に同じく。我が君に危険が迫るのなら、私も介入させてもらいます」

 

「わぁってるよ。俺だって親友の倅をそんな危険に晒すようなことはしねぇさ」

 

 天狼と白雪の言葉にゼロもそこは頷く。

 とは言え、次に魔獣が出れば忍と明香音が戦うことに変わりはないのだが…。

 

 

 

 そうして、しばらく山を登っていくと…

 

「おっ? おあつらえ向きの魔獣がいたな」

 

 ゼロがそのように呟いていた。

 

「……………………」

 

「………っ」

 

 緊張で強張った表情の忍と明香音がその声にビクリとする。

 

「じゃあ、ここから先は2人で行きな。俺らはここで狩るのを待ってるからよ」

 

 そう言って近場の岩に座るゼロ。

 

「う、うん…行ってきます」

 

「……………………」

 

 そう言うと忍が先行し、明香音もそれに続く。

 

『我が主よ…』

 

「我が君…」

 

 不承不承といった表情で2人を見送ることしか出来ない天狼と白雪だった。

 

「別に死にゃしねぇよ。ま、相手は殺す気で来るだろうがな…」

 

『ッ!』

 

「っ…」

 

 そんなゼロの言葉に天狼と白雪がキッとゼロを同時に睨む。

 

「おぉ、怖い怖い。でもな、これくらいどうにかしてもらわないと…あいつ自身のためにはならないんだよ」

 

 そう言ってゼロは霊力で簡易結界を作ると、それを布団代わりにして岩の上に寝そべる。

 

「あなた、霊力を…」

 

『いや、白雪。こやつは…"五つ全てを持っている"』

 

 驚きの声を上げる白雪に対し、天狼はそう言っていた。

 

「え…?」

 

 その事実を聞き、目を見開いてゼロを見る白雪だが…

 

「それ以上は踏み込まない方が身のためだぜ?」

 

 ゼロは寝そべっていながらも静かな…それでいて重たいプレッシャーを2体に放っていた。

 

『ぐっ…』

 

「うっ…」

 

 そのプレッシャーに呑まれ、怯んでしまう天狼と白雪。

 

 ゼロとは、何者なのか?

 

 不安が胸中に渦巻く中、天狼は主の匂いを確かめていた。

 いつでも動けるように…したいが、背後からのプレッシャーでそれも難しいかもしれない、と考えながら…。

 

 

 

 ゼロ達がそんなことになっているとは露知らず、2人が気配を消して魔獣の姿が見えるところまでやってくると、そこには…

 

「く、熊…?」

 

「な、なんでこんな時期に…冬眠から目が覚めたっていうの?」

 

 体長3メートルは超えていそうな大型の熊型魔獣がいた。

 

「あれを…僕達だけで?」

 

「やるしか、ないんでしょうね…」

 

「そう、だね…」

 

 2人は震える体のまま、互いに顔を見合わせると…

 

「「(コクリッ)」」

 

 頷き合って熊の魔獣の死角へと回り込む。

 熊の魔獣がこちらに気付かない内に勝負を決めようという腹積もりなのだろう。

 果たして、上手くいくかどうか…。

 

「ボソッ(じゃあ、行くよ?)」

 

「ボソッ(えぇ…)」

 

 出来る限り小声で会話し…

 

「(3、2、1…!)」

 

「(っ!!)」

 

 指でカウントを取ると、2人は一斉に熊の魔獣に飛び掛かった。

 

 が…

 

『グルァアアア!!!』

 

 2人が飛び掛かった瞬間、逆に熊の魔獣が振り返って咆哮をあげながら前足で明香音を狙った。

 

「「っ!?」」

 

 咄嗟のことに忍も明香音も空中で固まってしまい、熊の魔獣の前足攻撃を明香音はもろに受けてしまう。

 

「がっ!?」

 

 前足攻撃を受け、地面を何度もバウンドして吹き飛ぶ明香音。

 幸いなのかどうかはわからないが…飛び掛かった時に発動していた気の身体強化と、攻撃が当たった部分が左肩辺りなのもあって傷自体は大したことないが、熊の膂力によって吹き飛ばされて地面にバウンドしたのが災いして意識が朦朧となっていた。

 

「明香音ちゃん!?」

 

 忍が明香音に注意を向けた瞬間…

 

『グルァアアア!!!』

 

 熊の魔獣はもう片方の前足で今度は忍を狙う。

 

「ッ!?」

 

 着地と同時に忍は右横に転がって熊の魔獣の連撃を回避する。

 

「よくも、明香音ちゃんを!!」

 

 明香音が吹き飛ばされたことに激昂して忍は感情のままに拳を振るう。

 

「やあああ!!」

 

 気で強化した拳で熊の頭部に殴り掛かるが…

 

『グルァアアア!!!』

 

 いくら鍛えてようと子供の腕力では大したダメージにはなっておらず、逆に忍の細腕に噛みつこうとする。

 

「っ!?」

 

 忍もすぐに腕を引っ込めて後ろに下がる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 たったそれだけのことなのに、忍の体力はどんどん削られていき、呼吸も乱れていく。

 

「(怖い……怖い、怖い怖い…!)」

 

 熊の魔獣に対して抱く恐怖という感情に忍は追い詰められていた。

 

「(に、逃げなきゃ…逃げて、それで、おじさんに…)」

 

 そして、忍はここから逃げることを考え始める。

 

『グルル!!』

 

 そんな忍には目もくれず、熊の魔獣は未だ倒れている明香音の方へと悠然と歩いていく。

 

「(っ!? あ、明香音ちゃん…)」

 

 そこで忍は倒れて意識が朦朧としている明香音を見やる。

 

「……………………」

 

 朦朧とした意識の中で明香音は忍の方を向き、口を動かす。

 『逃、げ、て』と…。

 

「(……………………ダメだ…今、逃げたら、明香音ちゃんが…)」

 

 だが、忍が明香音を見殺しに出来るはずがなかった。

 何故なら…

 

「(い、嫌だ…初めて外に出て、出来た"友達"を……僕は…!!)」

 

 明香音は忍に出来た"初めての友達"だから…。

 熊の魔獣は明香音にトドメを刺そうと前足を振りかぶっている。

 

「うわああああ!!!」

 

 それを自覚した忍は、天狼と白雪から流れてくる力を用いて熊の魔獣に攻撃を仕掛ける。

 

「明香音ちゃんから離れろぉぉ!!」

 

 一気に熊の魔獣との距離を詰めると、そう叫びながら霊力を稲妻に変換して右拳に乗せて今にも振り下ろそうとしていた熊の魔獣の前足を横合いから殴る。

 

『グルァアア!!?』

 

 先程の威嚇するような咆哮とは違い、驚いたような咆哮を上げる。

 殴られた前足に気を取られ、バランスを崩す熊の魔獣はそのまま横向きに倒れるが、このままではすぐに起きるだろう。

 

「うわああああ!!」

 

 忍は気、霊力、妖力の三つの力を両手の中に集め出し…

 

カッ!!

 

 それを目の前の熊の魔獣の頭部目掛けて一気に解放した。

 

『グルァアアア!?!?』

 

 頭部に子供が作った精一杯、力の限り全力の砲撃を受け、断末魔を上げながら熊の魔獣が動かなくなる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 呼吸が乱れ、身体を小刻みに震わせる忍は自分の手と熊の魔獣を交互に見る。

 別に返り血に染まっているわけでもないが…忍は魔獣とは言え、一つの命を自らの手で終わらせたのだ。

 

「うっ…」

 

 それを実感し、その場で膝を着くと嘔吐してしまう。

 

「うげぇ…げほっ…ごほっ…」

 

 胃の中の物を吐き出し、鬱蒼とした気分ではあったものの、今は明香音が気掛かりだった。

 

「あ、明香音ちゃん…大丈夫?」

 

「し……く、ん…」

 

 バウンドした時のダメージもあるのだろう。

 まだ完全には動けないようだが、少し声は出せるようだ。

 

「お、おじさんを呼ばないと…で、でも…」

 

 いつまた別の魔獣が出てくるかわからない状況で、明香音を置いて助けを呼ぶに行くのはマズいと感じていた。

 

 すると…

 

『主よ!』

 

「我が君、お怪我は!?」

 

 天狼と白雪がやってきた。

 

「あ、天狼…白雪さん…」

 

 天狼と白雪の登場に緊張の糸が切れたのか、その場にへたれ込む忍だった。

 

「僕のことより、明香音ちゃんをお願い…」

 

「っ! 明香音さん!?」

 

 忍に言われ、白雪が倒れる明香音に駆け寄り、手当てを始める。

 

「……………………」

 

『主よ…』

 

 呆然とする忍から少し離れて天狼が周囲の警戒をしていると…

 

「まぁまぁかな」

 

 荷物を持って一番最後にやって来たゼロが熊の魔獣を見てそのように呟く。

 

「で、忍。初めての魔獣狩りの感想は?」

 

『貴様…!!』

 

 空気を読まない言葉に怒りを覚える天狼だが、ゼロは気にすることなく忍に問いかける。

 

「怖かったか? それとも、高揚したか?」

 

「…………怖かった…」

 

 その問いに忍は正直に答える。

 

「…………怖くて、逃げたかった…」

 

「だが、実際は逃げなかった。それはなんでだ?」

 

「……明香音ちゃんを…友達を、見捨てるのが…もっと嫌だったから…だから…」

 

「殺した。命を奪った感想は?」

 

「…………怖いよ……命を奪うのがこんなに辛いだなんて…」

 

「その感情を忘れるな。命を奪うってのは…そういうことだからな。だが、割り切らなければ次に命を落とすのはお前だ。それも忘れちゃならない」

 

「……………………」

 

「それに魔獣だけじゃない。時には霊獣や妖怪、龍種…そして、人間も殺さないとならない時だってある。命は全てにおいて平等だ。それを忘れないようにな?」

 

「…………うん…」

 

 ゼロはそんな忍の様子に満足げに頷いた後…

 

「さてと…じゃあ、こいつの牙…は取れそうにないな。爪でも剥いでおくか」

 

 熊の魔獣の死体を見てゼロは素材を剥ぎ取る作業に入る。

 

「…………ふぅ…」

 

 息を吐いた忍は空を見た。

 山の空は移ろいやすく、今は曇っていた。

 

 それは、今の忍の心情を表しているかのようでもあった。

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