吸血鬼…『真姫』との契約を経て忍は新たな属性を得るに至った。
『流水』。『閃光』と並び、治癒系の能力を秘めている属性である。また、それとは別に『液体』に関する事柄に干渉する能力も秘めているという。
吸血鬼もその特性を熟知している妖怪の種族であり、血液を用いた妖術を使えるのもこの先天属性が由来とも言える。
一つ補足すると、ゼロが以前言ったように吸血鬼には先天属性が暗闇か流水の2種のいずれかに固定されている。理由は定かではないが、ここで一つ面白い特徴がある。それは吸血鬼が夜の種族と言われる所以でもあるのだが、暗闇の属性を持った吸血鬼は基本的に夜でしか行動しない。暗闇の属性はその名の通り、闇に由来する属性であり、夜との親和性が高い。昼間でも動けないことはないが、その場合、力が著しく低下してしまうのだ。故に暗闇を持つ吸血鬼は夜にしか活動しないようになったと言われている。逆に流水を持つ吸血鬼は昼間でも問題なく活動出来るし、能力も下がることはない。
暗闇と流水の比率は8:2、もしくは7:3くらいと言われており、暗闇を持つ場合が多く周りに合わせる必要から流水を持つ吸血鬼も夜に活動することが多いらしい。だからなのか、吸血鬼は夜の種族と呼ばれるようになったとか。
………
……
…
そのような吸血鬼事情を真姫から簡単に聞いた一行は何をしているかというと…
「良い天気だなぁ」
船旅の真っ最中だった。
「ねぇ、おじさん。暇だよ」
「まぁ、海の上じゃやることが限られるからな。そら、仕方ない」
「む~」
甲板で寛いでるゼロに忍が言い募るが、相手にされないので少しむくれてその場を離れる。
一行が乗船しているのは南の大陸『アクアマリナー』へと向かう定期便の大型船である。大型船というだけあり、常駐している契約者の数も10人は超えている。中央を介して東西、たまに北からも輸入品を仕入れるためと、観光客を連れてくるためにもこの大型船は一種の豪華客船の様相を呈している。
そんな大型船の甲板で海を眺めていたゼロに忍がくっついて来たのだが、些か暇そうなのでさっきのやり取りになったのだ。
ちなみに客室だが、二部屋取っている。流石に今回は男女で分けている。白雪加入時の船旅は全員一緒で家族連れみたいな感じで家族用の客室を取ったのだが、焔鷲と真姫が加入した現在、真姫がそれに文句を言い、ゼロ、忍、天狼、焔鷲の男性組と、明香音、白雪、真姫の女性組で一部屋ずつ使うことになった。
まぁ、当然と言えば当然の措置なのだが、ちょっと費用も掛かったとのことで、ゼロが若干遠い目をしたとか…。
「今回の旅は出費が多いぜ…」
甲板から海を眺めながら一言、そう呟いていた。そして、心なしか哀愁が漂っているような気もしないでもない…。
『貴様は何をしているのだ…』
と、そこへ天狼がゼロに寄ってくる。
「たまの船旅だ。こうして海の様子を眺めてるんだよ」
『海の様子?』
「ま、今んとこそんな異常はないだろうが、見といて損はないしな」
『ふむ…?』
ゼロの隣で海を眺める天狼だが…
『……よくわからん…』
山育ちなためかは知らないが、海の様子が同じに見えてしまうらしい。
「ま、こういうのも経験だからな」
などと言ってゼロは水平線を眺めるのを再開する。
『何を警戒している?』
「ん~…アクアマリナーってのは水棲系の魔物や霊獣、妖怪、龍種が多くてな。他のとこにもいるが、船を襲うって点ではアクアマリナー近海が実は一番多いんだ。どこもそうだが、航海する時は国が雇った専属の契約者護衛が必要になるんだよ。この船にも12、3人はいるはずだ」
『水中からの刺客か。我等は客だ。荒事は専門の者に任せるべきではないのか?』
「ま、そうなんだけどな。どうにも確認しとかないと、もしも、って時もあるからな」
『別に貴様が戦う訳でもあるまいに…マメな男だ』
ゼロの説明に天狼がやれやれと首を振った後、忍の元へと向かうためにゼロから離れる。
「世の中、絶対なんてないからな。それをどう捉えるかは、そいつら自身の問題か」
チラリと水平線を見ながらゼロはそんなことを独り言ちる。
………
……
…
その夜。
ビー! ビー! ビー!
突如として響き渡るサイレンに観光客や乗員達が叩き起こされる。
『な、なに!?』
『これが警報というやつか? 何かあったのか?』
男部屋で焔鷲が跳ね起きて混乱し、天狼も忍の寝てたベッドの横で身を起こすと警戒し始める。
「おじさん!」
「狼狽えんな。国が雇ってる契約者や契約獣もいるんだ。滅多なことは起きねぇよ」
こんな事態は慣れっこなのか、ゼロが冷静に忍達に言葉を投げかける。
「(ま、相手によるがな)」
内心でそう呟きながら…。
ドンドンドン!!
男部屋のドアを叩く音がしたので、ゼロが開け放つと…
「我が君! ご無事ですか!?」
「マスター! 無事!?」
「忍君!」
女部屋にいた3人が寝間着姿のまま入ってきた。
「あはは、やったな忍。モテモテじゃねぇか」
『そんな呑気なことを言ってる場合か!』
状況がわからないので、天狼がゼロに吠えていると…。
『本船は現在、水棲魔獣らしき群れの襲撃を受けており、契約者と契約獣が対処しております。お客様は部屋から出ないでいただきたく、ご理解のほどよろしくお願いします』
部屋に設置されたスピーカーから船員のものらしい声が響いてくる。
「大丈夫かな?」
珍しく子供っぽく不安な発言をする忍に…
「まぁ、平気だろ。常駐してる連中だってそれなりのプロだぞ?」
ゼロが特に動じた様子もなく返していた。
「だいたい、こういう航路は基本国が管理してるし、出来るだけ上手くそれぞれの縄張りから外れたものを選んでるんだよ。縄張り意識が強い龍種は絶対に避けるとしても、他の魔獣や霊獣、妖怪辺りなら対処のしようもあるからな。こんなのにいちいち反応してたら海なんて渡れねぇよ」
「そうなんだ」
「それに海の縄張りなんて目に見えてわかるもんでもないしな。ある程度の危険は付きものなんだよ」
「「へぇ~」」
ゼロの説明を受け、忍と明香音が納得していると…
『だが、こんな時間帯に襲ってくるものなのか?』
「夜行性って場合もあるからな」
それを言われると、天狼としてもそれ以上は口を開けなかった。
「ま、なんにせよ…その内、収まるだろ」
そう言ってゼロはベッドに身を預ける。
「こいつ、いつもこんななの?」
真姫が呆れたようにゼロを見ながら他の契約獣メンバーに聞く。
「そうですね。遺憾ながら…」
『知識や技量だけは確かなのも事実だからな。不本意だが…』
『僕の母を一方的に退治しようとしたくらいですからね』
白雪、天狼、焔鷲の順番に真姫に答えていた。
「こいつの身内からの評価が何となくわかったわ…」
その答えを聞き、本当に呆れたような表情でゼロの身内からの評価を察する真姫だった。
「マスターもなんでこんな奴に師事してるんだか…」
『言ったであろう。知識と技量だけは確かだと…アレで割と的確な指導なのだ』
「……なんか納得出来ないわ…」
「その気持ちだけは理解出来ます」
忍の契約獣間でのゼロの評価は低くはないが、高くもなさそう、という微妙なものだったが、指導の仕方や忍への対応からそこそこの信頼を得ていたりする。
「そういう評価は人が寝てからやってくれ」
ベッドに身を預けていただけでまだ寝てなかったゼロが一言漏らす。
『なんだ、起きていたか』
「流石にこの状況で寝るほど馬鹿じゃねぇよ。しっかり安全が確認出来るまでは寝ねぇよ。ま、お子様達には厳しい時間だろうから別にいいんだが…」
見れば、隣のベッドで忍と明香音が船を漕いでいた。
『正直、僕も眠たいです…』
契約獣の中では焔鷲が恐らく一番下な感じだからか、頑張って起きてるが、流石に本能的に睡眠を欲しているようだった。
「焔鷲くらいなら、まぁいいだろ」
『そうだな。焔鷲、主と共にしばし休んでいろ』
『え、いいんですか?』
焔鷲がゼロと天狼を見る。
「魔獣にだって育ち盛りな時期はあるからな。今は寝とけ。ま、状況によっては忍達と一緒に叩き起こすから、そのつもりでな」
『じゃあ、お言葉に甘えて…』
ゼロの説明を受け、焔鷲も忍のベッドに移動すると、横になりだした忍と明香音の頭の方へと向かい、そこでしばし寝ることになった。
『で、我等はいつまで警戒していればいいのだ?』
「さてな。群れの規模にもよるし、護衛連中の練度にもよるだろうからな」
「護衛の練度?」
天狼の問いにゼロが答えると、ゼロの答えに真姫が首を傾げる。
「こういう護衛職ってのは大抵の場合、耐えてればいいって思われがちだが、そうじゃない。護衛対象を守ることは大事だが、相手を撃退する攻撃力も必要になってくる。地に足を付けてれば、とも思うが、もしも相手が地中からやってきたら? 特に船なんて海に浮いて動いてるからな。水中から襲われれば、それだけで転覆の可能性もある。だからこそ、護衛職は上や下にも目を光らせたり、そこに対応出来るような人選も含まれてる。あと、連携だな。守る専門がいれば、攻める専門もいる。それらを上手く組み合わせないと護衛とは言えない」
「……………………」
ゼロの言葉に真姫が唖然とした表情をしていると…
『こやつのこういうところだけは優れているから腹が立つのだ』
「本当に…何故、普段から真面目にやらないのでしょうか?」
短い、と言っても真姫と比べたらちょっとは長い付き合いなので、天狼と白雪は残念なモノを見るかのようにゼロに視線を送る。
「あとは…この規模の船舶なら守りに5人、残りを攻めに回せば上手く回ると思うんだが…結界担当と撃退担当だな。撃退担当が敵を蹴散らしてる間に結界担当が守りをしっかりと備えておく。不測の事態に備えることは基本だからな。2、3人は海に潜れるとさらに良い。水棲系は基本的に海の中にいることが多いからな。そこへ対処出来れば船の安全度は跳ね上がるし、護衛の評価も上がる。まぁ、それを鼻にかけるような奴がいたらダメだが…それでも経験にはなるからな。ただ…」
『「「ただ?」」』
未だ解説を続けるゼロだが、懸念が一つあった。
「これが龍種の縄張りに入ってたら…船舶側の責任だし、護衛も逃げ出すだろうな。逃げたところで縄張りにいることには違いないから海の藻屑になるんだが…」
『「「……………………」」』
冗談に聞こえないから起きてる天狼達も黙ってしまう。
「たまにいるんだよ。ちゃんと国からの航路を往けばいいものを、近道だからって龍種の縄張りにちょびっと入っちまうバカが…そのちょびっとでも龍種は怒るのになぁ」
ゼロの言ってることは間違いではない。そういった事例が過去にあるのも確かで、そういった船舶は龍種の怒りを買い、確実に沈んでいる。
ただ、龍種の縄張りは数十年単位で変わることはない。よほどのことがない限りは拡大も縮小もしない。
そもそも龍種は縄張り意識が強く、繁殖行為もそう頻繁に行われることがない長命種である。中には当然何百年と生きてきた個体もいるし、そういう個体に限って縄張り意識が殊更高い傾向にある。爪先がちょっと入っただけで激怒した個体がいるという逸話まであるほどだ。
それ故に龍種の縄張りは徹底的な調査が行われており、それぞれの国に報告されている。さらに一般人にも注意を喚起するために最新情報を常に更新して公開している。
「この船の船長か、航海士がそんなバカじゃないと切に願うね」
そういった事情も知ってるためか、ゼロがそんなことを口にする。
結論から言うと、ゼロの懸念は杞憂に終わった。船舶は無事にアクアマリナーの窓口である北の港町に到着した。
「いやぁ、無事に着いてよかった、よかった」
船舶から港に降り立ったゼロはカラカラと笑っていた。
「なんだか暑いね」
同じく港に降り立った忍も手で顔を扇いでいた。
「アクアマリナーは熱帯大陸だからな。暑くて当然だ」
ゼロがそう答える合間に他のメンバーも次々と下船していくが…
「……………………」
もう既に暑さにやられている人がいた。白雪だ。雪女である彼女にとって暑さは天敵なのだ。
「大丈夫ですか? 白雪さん」
そんな状態の白雪に明香音が声を掛けるが…
「え、えぇ…大丈夫です…」
覇気なく答える白雪は全然大丈夫に見えなかった。
「(さてはて、この大陸ではどんな出会いが待ってるのやら…)」
白雪を介抱してる忍達をチラッと見た後、ゼロは港町の先にある砂漠へと目を向けた。
「(出来れば、今の連中と属性の異なる魔獣と霊獣をもう1体ずつと契約してくれるとバランスが良いし、もしかしたら龍種への道も開けると思うんだがな…)」
忍の才能を見越し、魔獣と霊獣を1体ずつと契約してもらいたいと考えるゼロだった。