冬木のクリア特典が星5だった件について   作:和尚我津

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共に付いて行って、いいだろうか

 その様は、まさに鋼鉄の処女に抱きしめられた乙女のようで。

 全身余す所なく穴だらけの姿は、見るものにかの拷問器具の姿を想起させることだろう。

 しいて違いを挙げるとするならば、その全ては内側からこじ開けられたという点か。

 

「う、おぉ、ぉ……っ!」

 

 無事なところを探すほうが難しいような有様で、しかしてカリギュラは膝を屈することなく立ち続け、戦意を奮い立たせていた。

 敗北は既に決定した。これより先はただの悪足掻きに過ぎない。

 力めば力むほど、穴という穴から血が吹き出していく。

 それでもなお、男は拳を握った。

 

 

 己が勝利を信じ、身を捧げた臣民たち。彼らより先に勝負を諦めることは決して許されない。

 ローマの全てを背負い、戦う。

 ローマの人間として、一人の男として、何より皇帝として。

 これがローマ皇帝(彼の王道)なのだと、その姿が語っている。

 

 勝利を決めたクルタは、油断なく槍を構える。

 元より敵を前にして手を抜くような性分ではない。

 例え瀕死であっても、それが敵である以上全力で斃す。

 

 ただ鋭さだけがそこにあるクルタを見てカリギュラは笑みを浮かべる。

 皇帝としての役目を果たさんと一歩足を出す、その直前、怖気を孕んだ魔力が津波のように伝播した。

 震源地は、二人のネロが戦っている黄金の宮殿。

 

 カリギュラは、その魔力に乗った声を聞いた。

 

 己が手で身を裂くような、癇癪を起こしたような、あるいは――ただ寂しく一人泣いている、子供のような泣き声が。

 

 その瞬間、皇帝として(・・・・・)のカリギュラは、そこで死んだ(・・・・・・)

 

 立香たちに迫る脅威を知り、続行か救援か、僅かに逡巡するクルタを置き去りに、彼は駆け出した。皇帝としてではなく、ただ一人の肉親(… )として。

 

 皇帝が背負うべき使命、臣下たちが捧げた忠誠、全てを掛けて着けるべき決着、その悉くを置き去りにした。

 

 それは万人から謗られる愚行。誰からも認めることはなく、浴びせられるは罵倒の嵐。

 

 これは歴史に残らぬ一人のローマ皇帝の暴走。皇帝として背負うべき責任も義務も、何もかもを擲った、一人の男としての行動であった。

 

 

 これを認めるものは唯一人。彼が投げかける言葉は、唯一つ。

 ――これもまた、(ローマ)である、と。

 

 

※※※

 

 

 血。

 

 真っ赤な血が、宙を彩る。

 

 漆黒のドレスから吹き出た血の花は、なんとも言えぬ美しさを放っていた。

 

 

「あ、あ、あああぁああぁぁ……っ!!」

 

 唯一人、黒のネロはひたすら死を感じていた。

 

 傷口を押さえようと漏れ出る血が止まることはなく、傷つけられた霊核はひたすらに崩壊へと進んでいた。

 不死を失った以上、崩れた霊核を押さえ込む術などない。

 

 刻一刻と、死が近づいているのを、彼女は感じ取っていた。

 

「いやだっ!!また、また一人で死ぬなんて、そんなの嫌だっ!!」

 

 悲鳴を上げ、狂乱しても、その運命が覆ることはない。

 余りの痛ましさに、仕留めた本人も思わず顔を顰める。

 

「まだだ!ネロっ!!」

 

 その最中、突如として立香が叫ぶ。

 

 次の瞬間、黒のネロの肉体が異形化し(変わっ)た。

 

 弾かれるように距離を取り、拾った剣と血塗れのナイフを構えるネロ。

 ネロと立香、二人の前に立ちはだかり盾を構えるマシュ。

 キャレコをフルオートで撃ち続けるエミヤ。

 

 弾丸はあっけないほど、異形の肉体を食い破り、瞬く間に修復されていった。

 

「いやだ、いやだ、死ぬのは、一人で死ぬのは、やだぁ……っ!」

 

 彼女は内に潜む聖杯を媒介にし、かの七十二柱が一柱の力をその身に宿していく。

 顔から爪先まで、その可憐な美貌に縦横に亀裂が走り、そこから複数の赤い球体のようなものが芽吹いていった。

 球体の内部が十字に裂け、一斉にその瞳を立香たちへと向けた。

 その姿は第一特異点、その最後に現れた異質な存在、魔神柱をカルデアの者たちに思い起こさせる。

 

 死を拒絶した彼女がその身に下ろしたのは、癒しの力を持つ序列五位の魔神の力。

 

 死にかけの身には過剰に過ぎる力が器を壊し、宿した力ですぐさまに修復されていく。

 激痛。回復。破損。修繕。

 

 魔神は不死鳥ではない。崩れる霊核を元通りにすることも、死の運命を覆すことも不可能。自壊と再生を繰り返し、消滅までの時間を引き延ばしたに過ぎない。

 

 それで充分。彼女が求めたのは立香を、ネロを死に至らしめ、ローマを死出の道連れにするだけの時間。そのために、彼女は全てを捨て去り、全てを受け入れた。

 

 例え、筆舌に尽くしがたい痛酷に苛まれようとも。

 例え、酸鼻極まる醜悪な怪物に成り果てようとも。

 例え、狂気という沼に自我が囚われていようとも。

 

 英霊でも、魔神柱でもない。醜悪なるナニカが、ローマの地に降り立った。

 

 変化が終わるとともに、膨大な魔力が拡散される。

 残火を掻き消し、城を打ち震わせ、人命全てを呪っているかのような、狂気と怒りと怯えを抱えた魔力であった。

 

 溢れ出た魔力が無数の瞳の一つ一つに収束していく。

 

 それを見て、即座にマシュは宝具を展開する。

 

 文字通りの瞬きの間、閉じられた瞳が開いた直後、赤い魔力の光線が宮殿を蹂躙した。

 

 狙いなどまるでない無差別かつ全方位への攻撃。盾へと着弾した数は多くはないが、立香は吸い上げられる魔力の量で、その重みは推して知る。

 光の網を搔い潜りながらも、エミヤは攻撃の手を止めない。効果はまるでないが、徐々に狭くなっていく網の目が囮としての役目を果たしていることを彼に伝えていた。

 

 ネロは臍を噛んだ。しかとトドメを指しておくべきだったと。

 そして、憐れんだ。己が手で身を裂くような、癇癪を起こしたような、あるいは――ただ寂しく一人泣いている、子供のような泣き声を聞いたから。

 

 ローマ皇帝としての浪漫(ローマ)は示した。既に敵は皇帝ではない。

 ゆえに悟る。今の彼女に必要なのは、皇帝としての矜持(ローマ)ではない。

 

 建物は原型を留めず、所構わず崩壊していく。苛烈な攻撃に、宮殿の天井は耐えきれず、断末魔を立てながら瓦礫の雨を降らしていく。

 迫る脅威に気付いたネロは焼き尽くさんと剣に魔力を籠め、唐突に膝を屈する。

 

 気力はある。魔力もある。体力だけが、底を突いた。

 

 ここまでの死闘で、ネロの肉体はとっくの昔に限界を超えていたのだ。

 令呪による強化(ブースト)が切れたことで、体はついに彼女の意思に応えなくなった。

 

 マシュも、エミヤも助けることは叶わず。

 立香がネロを引っ張って逃げようとするも、到底間に合わない。

 

 そして、巨大な瓦礫が、彼らを押しつぶす――

 

「――見違えたな、ネロ」

 

 ――直前、壁に空いた穴から飛来した一つの人影が、迫る瓦礫を木端微塵に粉砕した。

 

 青髪赤眼、穴だらけの黄金の鎧を纏い、満身創痍という言葉ではまるで足りない惨状でありながら、その男は悠然と地に降り立つ。

 

「……お、伯父上?」

 

 クルタと激闘を繰り広げていたカリギュラが、そこにいた。

 重厚な存在感を持ちながら、体の端々から放つ光が遠くない消滅を教えている。

 

「やめろ!クルタっ!!」

 いつの間にやら、クルタがカリギュラの前に立っており、喉元に槍を突き付けていた。

 

「こいつを殺して、あそこにいる化け物を殺す。それ以外の道があるのか、マスター」

「それには及ばん。彼女は……妹の子であるネロは、余が止める」

 

 カリギュラは断言した。怪物に成り果てたネロを止めると。

 

「感謝しよう、カルデアのマスター、フジマルリツカよ」

 短く礼を告げるカリギュラ。彼はすぐさまローマ皇帝であるネロへと向き直った。

 

「久しいなネロ。見るだけで分かる。以前にまみえた時とはまるで違う。一本の芯が通っている。素晴らしい皇帝になったのだな。ネロ」

 

 嬉しそうに彼は笑う。己以上の皇帝となったネロの姿を優しい眼差しで見つめる。

 

「はい……いやちがう。そのとおりだカリギュラよ。余は皇帝としての道を見つけ、手に入れるそして過分なる報酬を受け取っていたことを知った。余以上に幸福な皇帝など、おるまいよ」

「そうか。それは良かった。余の力は、姿は、もう要らないのだな」

「無論」

 

 追慕の念を振り切り、毅然と対応するネロ。

 今代の皇帝として相応しき姿を見届けたカリギュラは、もう一人の愛するネロへと視線を移す。

 

「ああ、分かっていたことだ。皇帝であるネロに、余は不要。……だが、少女であるネロに、胸を貸すくらいなら、許されるだろう?」

「……うむ。迷子の幼子に必要なのは、皇帝ではないがために」

 

 彼らには分かっていた。

 今の彼女に必要なのは、道に迷う少女に必要なのは、ただ一つ……(ローマ)であることが。

 

「――さらばだ。カリギュラ」

「――ああ、さらばだネロ」

 

 ネロは撤退の号令を掛け、立香もまたそれに同意する。

 クルタが立香とネロを抱え、彼が入ってきた穴から外へと脱出する。エミヤとマシュもそれに続き、怪物と果てたネロが追撃の光線を放つ。

 その射線を、カリギュラが遮る。

 

「あ、あ、うぁ……」

「すまないな、ネロ。不甲斐ない余を、どうか許してくれ」

 

 狂気と怒りと怯えによって、醜悪なるナニカへと果てた、ローマが誇るべき薔薇の花。

 それに向かって、カリギュラは駆ける。

 一目散に。真っ直ぐに。

 

 無秩序だった光の線が、太い束となり男へと放たれる。

 

 どこにそのような力があるというのか、カリギュラは正面から受け止め、焼かれ、それでもなお止まらず前進する。

 加速度的に崩壊していく霊基を気に留めることなく、過剰な魔力を引き出して一歩一歩と進んでいく。

 

 

 光の奔流に削られるカリギュラ。

 彼の脳裏に過ぎるは、決戦前日の夜。

 

『神々よ。余が演出する汝らがローマの最期の舞台。とくと御覧(ごろう)じよ』

 

 その声に応えるように、漏れ出た月の光が、彼女のみを美しく照らしていた。

(それが間違っていた)

 

 聖杯を手に入れた時に願った。素晴らしき時を生きた頃の自分に戻りたいと。

(それが間違っていた)

 

 月の光を拒んだ(狂気を失った)。それゆえ月の女神(ディアーナ)は、ネロを照らした(狂わせた)

 

 それが真実なのかはわからない。だが男にとって、それは真実であった。

 

 決めていたのに。狂気も怒りも、ローマの闇も、己が連れて行くと。

 その負債が今、ネロを苛んでいる。

 己の誤りが、最愛の妹の子を追い込んだのだと。

 

 だから、今度こそ男は間違えない。

 

 彼は光の中を抜けて、残った片腕でネロを(いだ)く。

 

「狂気も!怒りも!余が連れてゆく!ゆえに月よっ! 我を呪えっ!我だけを照らせっ!!我が心のみを喰らえ、月の光(フルクティクルス・ディアーナ)っっ!!」

 

 カリギュラにしか見えぬ月が現れる。

 月光が彼のを包み、狂気へと誘う。

 そして、照らされることなかった(女神に愛されなかった)者たちは、悲しみのあまり、正気へと戻っていく(・・・・・・・・・)

 

「あ、ああ、おじ、うえ……」

 

 正気を取り戻した彼女。そこに居たのは、一人死ぬことへ怯える少女であった。

 

 遠からず霊基が崩壊するか、もしくは魔神に自我が乗っ取られるか。

 もはや狂うことも怒りで、誤魔化すことはできない。

 

「すまないな、お前につらい役目を負わせてしまって。狂気も怒りも全て、私が連れて行こう。そして」

 怯えに――迷子の女の子の手を取り、カリギュラは微笑んだ。

「そして、ネロよ――お前の最期、余が共に付いて行って、いいだろうか」

「――うん」

 

 二つの聖杯が唸りを上げる。過剰な魔力が暴走し、器に罅が入っていく。

 

 魔神がネロに肉体を乗っ取るために侵食を始めるが、到底間に合うことはなく。

 

 

 ――伯父上と一緒なら、もう、怖くないよ

 

 

 カルデアは二つの聖杯の消滅を観測し。

 立香たちは黄金の宮殿が光に呑まれ、消滅したのを、見届けた。

 




第二特異点ははこれにて終了です。
少し時間が空くとは思いますが、以前ほどは空かないようにしたいと思います。


次は……どっちに行くかな。
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