ゴブリンマスクを被ってみれば、文明開化の音がする!   作:ゴブリンライター

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行きて帰りしゴブリン

 突如としてリトルシャイアにやって来た見習い冒険者たち。彼女たちは襲いかかる武装ゴブリンや防衛兵器たちを、千切っては投げ、千切っては投げ……無駄に高すぎる実力そのままに、破竹の勢いで侵攻していった。

 

 人間離れした見習い冒険者たちの前に、あわれ、爆発四散するしかないゴブリンたち。ご自慢のネオ・ファウストもまさかの足止め程度にしかならず、ゴブリンたちは、よもやの劣勢を強いられていた。

 

「しかし、本当にここのゴブリンたちが、あの“行方不明になった冒険者”に関わっているのでしょうか?」

 

 長剣を腰に携えた凛々しい顔の女性が、そう問いかける。

 

「んん~、分っかんないけど、多分無関係じゃないと思うんだよね!」

「根拠は?」

「もちろん、直感です!」

「はぁああ、全くあなたって人は……」

 

 クソでかいため息をつく女性。

 

 彼女は、ヒトの間では「剣聖」とか呼ばれている凄腕冒険者だが、ゴブリンたちの間では、「見習い剣士」という名で通っていた。

 

「でも、勇者の直感は良く当たる。そうでなくとも、件の冒険者はゴブリンのエキスパートらしいから、ここにいる可能性は高い」

 

 もう一人のパーティーメンバーである白フードの女性が、そう付け加える。

 

 彼女も世間では、「賢者」とかいう称号を持っためっちゃスゴい冒険者なのだが、やはりと言うかなんというか、ゴブリンたちには「見習い魔法使い」として認識されていた。

 

「しかし、よりにもよって“ここ”とは……私にとって“ここ”は、並大抵の覚悟で来れる場所ではないのですが……」

「それは私も。勇者にとっては最高の遊び場かもしれないけど、私達にとってみれば、魔神王の本拠地に単身潜り込むに等しい。逐一付き合う身にもなって欲しい」

「ええぇ、そこまでなの!? でもでも、あんな悲しそうな目をした子、放ってはおけないじゃん!?」

 

 そう声を上げつつ、「勇者」と呼ばれた「見習い冒険者」は、たまたま立ち寄った「辺境の街」で偶然出会った、“悲しそうな目をした女性”のことを思い出していた。

 

 年頃は、おそらく二つか三つほど上。同じ赤毛だが、見習い冒険者とは違って出るとこ出て、女性らしい体つき。正直言って羨ましい。そんな、“素敵なお姉さん”といった印象の女性が、この世の終わりのような顔をして俯いていれば、きっと“勇者”でなくとも手を差し伸べたくなるものだろう。

 

 聞けば、幼馴染の冒険者が、もう何週間ものあいだ行方不明らしい。いつものようにギルドに行き、いつものように冒険に出て、そしてそのまま、といった具合に……。

 

 本音を言えば、こんなこと()()()()()()と思った。こんなご時世、冒険者が冒険に出たまま帰ることなく……なんてことは、そこら中に溢れている。特段、珍しい話じゃない。何もかもが、この世界では日常茶飯事な、よくある話だった。

 

 ただ、彼女の場合、少しだけ事情が違うようだった。

 

 なんとその行方不明になった冒険者というのは、まさかまさかの「ゴブリン専門」の冒険者だというではないか!

 

「それだけでもう、“ピン”っときちゃいましたよね!」

「いつもいつも思うのですが、どうしてそれだけで“ピン”っとくるんですか?」

「世界三大勇者の謎。ここのゴブリンたちと同じ」

「あははーいやぁ、照れるなぁ!」

「いや別に褒めてないですからね?」

 

 鋭いツッコミが見習い冒険者を襲う。

 

「まあ何にせよ、ゴブリンのことならゴブリンに……ってね! 最悪、ここじゃないにしても、ここの子たちなら何か知ってるでしょ! 多分」

「そんなこと言って、実際のところカレらの新兵器を楽しんでません?」

「まっ、それはそれ、これはこれってね! せっかくの久しぶりの「冒険」なんだし、目一杯楽しまなくちゃ!」

 

 そう明るくはにかんで、見習い冒険者はにこやかに笑った。

 

 そんな感じで談笑していると、ウーウーっとけたたましいサイレンが鳴り響き、ゴブリンたちの襲撃が再開される。

 

「──っと、そろそろ前に進まないと! 今回はちょっとシリアスな感じだから、マジ顔キメて行くよッ!」

 

 状況は全然シリアスどころかシリアルな感じだったが、見習い冒険者に言われたとおり、彼女たちはマジ顔をキメた。

 

 瞬間──陰が射す。

 

 恐る恐る見上げると、そこには身の丈10mはあろうかという巨大ゴブリンが、フンスフンスっと鼻息荒く立ち塞がっていた。

 

「シュゴォオオオオオオオ!! テンションMAXゴブゥウウウウウウ!!」

 

 彼女たちのキメ顔は、5秒と持たなかった……。

 

 

 

   

*        *

 

 

 

 騒乱に包まれるリトルシャイアを、ゴブスレニクスは懸命に駆けていた。

 

 何故こんなにも必死なのか、自分でもよく分からない。だが、ゴブスレニクスにとって、住処を外敵に襲われるのは、どうしようもない程にトラウマだったようだ。

 

 森の遠くの方から、轟音とともに地震のような振動が伝わってくる。見れば、新開発のビックビックリゴブリン薬(通称BBGエキス)をキメたマッドマッディクスが、巨神の如く巨大化していた。

 

 正に“マッチョサイエンティスト”といった風体だ。あまりにも巨大になりすぎて、木々の上に頭が突き出ている。

 

 そんなジャイアントマッドマッディクス相手に、まるで小さな羽虫のように飛び回り、戦いを挑んでいる者たちがいた。あれがきっと、噂の「見習い冒険者たち」なのだろう。遠目にだが、ヒトの姿をしているのが見て取れた。

 

 その中でも一際強い“光”を放つ存在に、どういう訳かゴブスレニクスは目が釘付けになる。

 

「……赤色の髪? グッ、頭がッッッ!?」

 

 突然、激しい頭痛に見舞われるゴブスレニクス。

 

 頭の奥底から、“何か”が浮かび上がって来そうになる。

 

 記憶の片隅にいる「誰か」

 

 今にも泣き出しそうな顔をした「誰か」

 

 赤い色の、長い髪の「キミ」

 

 大切な「ヒト」

 

 思い出したい記憶。

 

 思い出すべき()()()

 

 でも思い出せば、何かがコワレテシマイソウで、それが怖くて、ゴブスレニクスは頭を振り払って再び駆けた。

 

 目指す場所は改修中の「リトルシャイア城」──緊急事態の時には、ここに集まるよう言われている。

 

「シュコォ……シュコォ……

 おお! おお! ゴブスレニクス! いいところにキタキタゴブ!」

 

 リトルシャイア城に辿り着くやいなや、そう呼び止められるゴブスレニクス。

 

 見渡せば、数名のゴブリンとともに、アルデニクスが手を振っていた。

 

 僅かな安堵の後、そちらへ駆け寄るゴブスレニクス。奇妙なことに、その場にいるゴブリンたちの何名かは、普段とは違うカラフルな防護服に身を包んでいるようだった。

 

 赤色マスクのレッドゴブリン、緑色マスクのグリーンゴブリン、黄色マスクのイエローゴブリン、青色マスクのブルーゴブリン、そしていつもどおりのアルデニクス……。

 

「……オマエは普通なのだな」

「シュコォ……シュコォ……

 今回アルデニクスは 司令官ポジゴブから 仕方がないゴブ!」

 

 なんのこっちゃ、と首を傾げるゴブスレニクス。

 

「シュコォ……シュコォ……

 それよりこれよりゴブスレニクス さっきも言ったが いいところに来たゴブ

 ちょうど ゴブ手不足で ゴブゴブ困っていたところゴブ!

 でもでもこれで 頭数は揃ったゴブ! 準備はいいゴブか? 今こそ出撃の時ゴブ!!」

「うぉおお! テンション上がってきたゴブゥウ!!」

「オッシャァアア! ヤッたるぜゴブゥウウウウ!!」

「けちょんけちょんに してやるゴブよォオオオ!!」

「待ってろゴブよ! 見習い冒険者ゴブゥウウウ!!」

「オ、オイ待てッッ! ワケが分からんぞッッッ!?」

 

 状況が読めず、困惑するしかないゴブスレニクス。

 

 でもでもそんなことはお構いなしに、テンションアゲアゲMAX中のアルデニクスたちは、あらほれさっさとゴブスレニクスを捕まえて、エイヤと高く持ち上げた。

 

「ささ いいから何も言わず “これ”に乗り込むゴブ!」

 

 嫌だと言っても、その見た目によらず実力者なアルデニクスの前には、抵抗は無意味だろう。

 

 されるがまま、ゴブスレニクスはあれよあれよという間に、アルデニクスの言う“これ”に放り込まれてしまった。

 

 “プシュウー”っという音と共にコックピットの扉が閉まり、ディスプレイがチカっと点灯する。画面には『ジャスティスシステム律動開始』と表示されていた。

 

『ピピピッ! ジャスティスシステム律動開始……コンバットシステムダウンロード……戦闘データインストール中……火器管制システムオールグリーン……搭乗員ノ生体認証ヲ開始……スキャン中……ピピピッ! 認証完了! 

 ヨウコソ! コードネーム『シルバーゴブリン』 アナタヲ 当機体ノ搭乗員ニ任命シマス 全システムニアクセス可能 ゴ命令ヲドウゾ!」 

「なんだこれは? なんだこれは? なんだこれは!?」

「さあ みんな! 「マッチョサイエンティスト」が時間を稼いでる 今がチャンスゴブよ! 機巧戦隊ジャスティスレンジャー! 律動発進ゴブゥウウウッッッ!!」

「なんなんだこれうぉおおおおおああああああああああ!?」

 

 ゴブスレニクスの悲鳴は、超高速で飛び出した“五体”の機動兵器とともに、彼方へとかき消えた。

 

 そしてそれを、アルデニクスが白いハンカチーフを振って見送る。

 

 戦いはまだ始まったばかりだ!

 

 

 

   

*        *

 

 

 

 リトルシャイア城を飛び出して、ミダースウェイを翔ける五つの機影! ゆくぞ我らのジャスティスレンジャー!!

 

 先頭行くは青の機影! その名もこの名も「ブラスター」! ミラージュアタック忍者兵!

 

 次ゆく機体は黄色の機影! その名もこの名も「プロウラー」! ドリルバスター武装兵!

 

 続く戦士は緑の機影! その名もこの名も「スウィンドラー」! ハイトカウント算術兵!

 

 さらなる兵士は赤の機影! その名もこの名も「ボルテッカー」! ウルトラフラッシュ魔道兵!

 

 それから大きく後退し、遅れて行くは謎の機影! 防衛参謀「オンスローター」! ちょっと拙い操縦だけど、一体どうした「オンスローター」!?

 

「ゴブゥウウ! ま まいったゴブゥ~」

 

 轟音を立て、崩れ落ちるジャイアントマッドマッディクス。

 

 どうやらカレらの戦いは、見習い冒険者たちの勝利で終わったようだ。

 

 一体どんな経緯があったかは分からないが、いつの間にか、見習い剣士と見習い魔法使いが、野性み溢れた「ゴリラ」の姿へと変貌している。一体、ナニがあったというのだ……。

 

「まさか アニマル変身システムを そんな風に利用するだなんて 思ってもみなかったゴブ……ゴブの負けゴブ……でも ゴブを倒しても 第二 第三のゴブリンが 必ずやオマエたちを……ゴ ゴブゥンンン!!」

 

 ドカーン!

 

 ありがちな捨てゼリフを吐いて爆発四散するマッドマッディクス。そこはかとなく満足げなマスクをしていたのが、妙に憎たらしい。

 

 乙女にあるまじきゴリ体を、現在進行形で晒している見習い剣士と見習い魔法使いだが、しかし、彼女たちに休んでいる暇などない。第二、第三のゴブリンたちは、もう直ぐそこまで迫ってきているのだ! 物凄い早さのフラグ回収である。

 

「シュゴォ……シュゴォ……

 よもや マッチョサイエンティストを倒すとは やるゴブな 見習い冒険者ッ!」

「しかし マッチョサイエンティストは 我ら律動四天王の中でも 一番の小物ッ!」

「我らがジャスティスレンジャーの 敵ではないゴブわッッッ!!」

「覚悟するといいゴブ 見習い冒険者! 行くぞ ジャスティスッッ!!」

「「「行くぞ ジャスティスッッ!!」

 

 ジャスティスレンジャーが決めポーズをキメると、それに合わせ、ソッケンソングスの親父譲りのトランペットが高らかに鳴り響き、道行くゴブリンたちが大合唱する! 言わずもがな、機巧戦隊ジャスティスレンジャーのテーマソングである!

 

 

  バシッ カチッ クルクル グーン ヒュー ドッカン ブーン!

 

  怖れよ 我らがジャスティスロボ!

 

  バキッ ズンッ バチバチ バーン ビィー バッカン ズーン!

 

  赤き火花が散り 真紅の輝きが爆ぜる!

 

  不快な奴らの足を止めろ!

 

  信管外してポンッ! 骨を抜いてブチッ! 気圧を下げてバーンッ!

 

  システムチェックOK 《これが説明書ゴブ?》

 

  ああしてこうして……あっ 《あっ!?》

 

  なんか変なエラーが出たゴブ 《天体ノイズを発見!》 

 

  大丈夫 大丈夫 多分大丈夫 《精神錯乱の疑いナシ!》

 

  ゴブゥ なんとかならんものか 《周波数を正しく合わせて下さい!》

 

  このボタンはなんだっけゴブ? 《エーテルフローが起きています!》

 

  ええい もういっちょポチッ! 《伝送ヲ開始シマスカ?》

 

  七、二、三、二、三……送信ゴブ! 《キター!》

 

  ジャスティスレンジャー 緊急出撃要請!

 

  全力デ以ッテ迎撃セヨ!

 

  コンバットシステム律動……全機リンク開始……“同調”セヨ!

 

  行けッ! 我らがジャスティスレンジャー!

 

 

 大盛り上がりの戦闘ソングだが、かくも猛き見習い冒険者の前に、ジャスティスレンジャーですらもあと一歩というところで及ばない!

 

 乱れ飛ぶ、ブラスターの分身の術、プロウラーのドリルミサイルバスタービーム、スウィンドラーの生命計算術、ボルテッカーのウルトラフラッシュスーパーサイクロン──その中を、見習い冒険者たちは紙一重で掻い潜る、掻い潜る、掻い潜るッ!!

 

 その光景を、シルバーゴブリンことゴブスレニクスは、オンスローターの中で見つめていた。

 

 人知を超えた戦い。その中でも、特に惹きつけられる姿。赤い髪の少女。目を離すことが出来ない。

 

 揺れる機体、伝わる振動、記憶のノイズ。激しい頭痛が襲い、胃の中がグチャグチャになる。

 

「グッ、ガァ……ガァアアアアアア!」

 

 頭を押さえ叫ぶ。視界がグルグルして、上か下かも分からない。それでも、決して目を離すことのできない少女の姿。もはや自分が何者で、何をするべきなのかさえ不明だ。

 

「アアアアァァァァァァ……頭が、頭が……」

 

 苦痛に呻くゴブスレニクス。

 

 戦いに夢中なゴブリンたちは、そんなカレの異常に気付くことができない。

 

 防衛参謀「オンスローター」の不調により、徐々に追い詰められていくジャスティスレンジャー。

 

 しかし、恐れる必要はない! まだカレらには“奥の手”があるのだからッ!!

 

「シュコォ……シュコォ……

 なかなかやるゴブな 見習い冒険者! こうなったら 奥の手ゴブ!

 今こそ ジャスティスロボの “真の姿”を見せつける時ゴブ!」

「ゴブゥゥゥ ついに あれをヤるゴブか!?」

「ゴブゴブ! 覚悟をキメるゴブ! ゴブは出来てるゴブ!」

「さあ みんな! 声を揃えて叫ぶゴブ!」

 

 じゃあ みんな準備はいいゴブか?

 

 イチニのサンで叫ぶゴブ!

 

 

 せーのっ!

 

 

 ブルート!

 

 

 ジャスティス!

 

 

 トランス……『ビービービー! エラー エラー! コンバットシステムニ重大ナエラーガ発生シマシタ! ブルートジャスティス トランスデキマセン!』

 

「ゴブゥウウ!? ど どういうことゴブ!?」

 

 ナ、ナンダッテーッ!?まさかの事態に慌てふためくゴブリンたち。

 

『コンバットシステム律動不能! 『オンスローター』ニ異常アリ! 『ガッツ』ガ足リナイ! 『ガッツ』ガ足リナイッ!!』

 

 まさかのガッツ不足!

 

 絶賛精神錯乱状態に陥っているシルバーゴブリンには、ガッツが不足していた! これはジャスティスロボにとって致命的だ!

 

 ピコン! オンスローターのコックピット画面に、現場指揮官であるレッドゴブリンの慌てた様子の姿が映し出される。

 

「シルバーゴブリン! シルバーゴブリン! 一体全体 どうしたゴブか!?」

「ぁぁぁぁ……あ、頭がッ」

「頭? 頭が痛いゴブか? もしかして 乗り物酔いゴブ──」

「隙ありッ!」

「ゴ ゴブゥン!?」

 

 一閃──見習い冒険者の剣撃に、コアをやられてしまったのか、紫電を迸らせて、一撃のもとに爆発四散するボルテッカー。

 

 そしてそれを皮切りに、次々とジャスティスロボは打ち倒されてしまう。

 

「リトルシャイアに 栄光アレゴブゥー!!」

「ガ ギ グ ゲ ゴ ブリィィインンン!」

「ゴブウボァァァァァァーーーーーーーー!」

 

 もちろんそれは、最後尾にいたオンスローターとて例外ではない。

 

「トドメだよっ!」

 

 大上段からの斬り落とし。

 

 その瞬間、ゴブスレニクスは、逆光の中に佇む“彼女”の姿を見た。

 

「赤い、髪の……ぉぉぉぉ……お、思い……」

 

 刹那の後──爆散。

 

 振り返り、カッコいいポーズをキメる見習い冒険者たち。

 

 立ち昇る爆煙。

 

 その背後で、上空に吹き飛ばされるゴブスレニクス。

 

 安全装置が働いているのか命に別状はなさそうだが、空高く打ち上げられ、そののち、重力に身を任せ落下し始める。

 

 どこか懐かしい感じがした。具体的に言うなら“ここ”へ来たばかりの時に感じたあの──グシャァア。

 

 ゴブスレニクスは頭から地面に激突し、そして──

 

 

 

 全てを思い出した!

 

 

 

   

*        *

 

 

 

 ゴブスレニクスが次に目を覚ましたのは、何の変哲もないゴブリン個室だった。

 

 無機質な天井がゴブスレニクスを静かに迎える。

 

「むっ? 目覚めたようだな……」

 

 横から女の声がした。身に覚えのない声だ。ゴブスレニクスは僅かに訝しめる。

 

 体を起こし視線を向けると、そこには長髪の女がいた。やはり身に覚えのない女だった。

 

「……オマエは、誰だ?」

「起きて早々その質問とは……まあ、その様子じゃあ、特別問題はなさそうだな。私の名は……あー「見習い剣士」だ。“ここ”では、そういうことになっている」

「その見習い剣士サマが、俺になんの様だ?」

「初対面の人間に対して、随分なご挨拶だな。気絶したオマエをここまで運び、看病してやったのは誰だと思っている?」

「ゴブリン共だ」

 

 間髪入れずゴブスレニクスは答えた。

 

 見習い剣士は僅かに驚きの顔をして、小さな声で意外そうに「まあ、そうなんだが……」っと言う。

 

「それで、アンタはどうして“ここ”にいる?」

 

 ゴブリンの個室は、基本的に持ち主以外は立入禁止だ。たとえ看病のためだとしても、人間の女がこの部屋にいるのは有り得ない。何か相当な理由が無い限りは……。

 

「まあなんだ……こちらにも、少しばかり事情があってな。今回は特別に許可してもらった」

 

 それから見習い剣士は神妙な面持ちをして続ける。

 

「本来なら勇しゃ……いや、ここでは「見習い冒険者」だったな。その見習い冒険者から言うのが筋なのだろうが……今は彼女も立て込んでいてな。特にこういった事情の場合、ストレート過ぎる彼女では混乱を招きかねないので……」

「そういうアンタは相当回りくどいようだ。言いたいことがあるなら、さっさと言うがいい」

 

 ゴブスレニクスのあんまりな言い様に、渋い顔を浮かべる見習い剣士。

 

 ややあってから、彼女は語り始めた。

 

「……いいか、落ち着いて聞いて欲しい。オマエは自分のことをゴブリンだと思っているのかもしれないが、本当は──」

「ゴブリンではないのだろう?」

 

 あっさりとそう答えるゴブスレニクス。

 

「驚いたな、気付いていたのか?」

「ああ、正確には“思い出した”だが、アンタたちとの戦いで吹き飛ばされた時、全てを思い出した……」

 

 自分が何者だったのか、その記憶も、その思い出も、そして本当の「名」も、何もかもを思い出した。

 

「俺はゴブリンを狩る者──ゴブリンスレイヤー」

 

 本当の「名」を取り戻したゴブリンスレイヤーはそう呟くと、そのまま立ち上がり、迷うことなく部屋を出ていこうとする。

 

 そんなゴブリンスレイヤーの背中に、見習い剣士は言葉を投げかける。

 

「……私たちは、オマエの捜索依頼を受けた冒険者だ。だから、オマエの経歴や事情は多少なりとも知っている。オマエが過去、ゴブリンたちにどんな仕打ちを受けたのか。オマエが今、どんな生業で生計を立てているのか、多少なりともな……」

「……それで?」

 

 足を止め、背中越しにゴブリンスレイヤーが問う。

 

「気持ちは理解できなくもないが、忠告しておこう。()()()()()。“カレら”はオマエの悲劇とは無関係だし、何よりも──」

「知ったことか」

 

 ゴブリンスレイヤーが遮って言った。

 

「そんなこと、()()()()()()。俺はゴブリンスレイヤー。ゴブリンを殺す者。たとえどんな“モノ”であろうとも、ゴブリンは許すことはできない。ゴブリンは殺す。何であろうとも……」

「それが、“家族”や“友人”であってもか?」

「……」

 

 何も言わず出て行くゴブリンスレイヤー。

 

 残された見習い剣士は、そんな彼を見送ると、平静な声で言った。

 

「……何も言わずじまいか。さて、どうなることやら」

 

 少なくとも、僅かに歩を止めたことを、見習い剣士は見逃さなかった。

 

 

 

   

*        *

 

 

 

 リトルシャイアのレンドロン広場では、今、盛大な「宴」が行われていた。

 

 時刻は夜──星々の煌めきが広場を照らし、月の光が降り注いでいる。外界とは隔絶された、神秘的な雰囲気が醸し出されていた。

 

 レンドロン広場中央に設置されているゴルダナル大碑石の前では、巨大な焚き火が燃え上がり、その周囲では、豪勢な食事や飲み物が配られ、参加者たちの空腹を満たしている。

 

 その中心にいるのは、見習い冒険者と、そのお供である見習い魔法使いだ。見習い剣士の姿はここにないが、なにやら大事な用事があるそうで、ゴブリンたちはあまり気にしていなかった。まあ、そんなこと、よくある話である。

 

 ゴブリンたちと見習い冒険者たちの戦いは、見習い冒険者たちが勝つとこうして宴が執り行われ、ゴブリンたちが勝つとこうして宴が執り行われる決まりになっていた。

 

 つまりどちらが勝っても宴が行われるのだ。

 

 お互いがお互いの健闘を称え、お互いがお互いの勝利を讃える。何時の頃からそうなったのか忘れてしまったが、いつの間にか、そういうことになっていた。

 

 ワイワイ、キャハキャハ、ゴブゴブ、シュコォシュコォ……かつては独特すぎたゴブリン料理の味付けも、暫く来ないうちに人間好みの味付けになっていて、見習い冒険者たちも上機嫌。宴はかつてないほど盛り上がり、最高潮に達する。

 

 そんな中、闇夜に紛れ、ゆっくりと歩を進める者がいた。ゴブリンスレイヤーだ。

 

 ゴブリンスレイヤーの心の中では、いま、戸惑いと葛藤が渦巻いていた。

 

 ゴブリンたちに恨みはある。消えかけていた怨嗟の炎は、再び彼の中で業火の如く燃え上がり始めていた。ゴブリン死すべし慈悲はない。

 

 だがその反面、カレらと共に過ごし、カレらと共に暮らした思い出も、確かに彼の中で生き続けていた。ほんの僅かな束の間の安息。それはとても儚いものだったが、確かに()()()ものだ。

 

 両者とも、そう簡単に捨て去れるものではない。

 

 恨み、憎しみ、苦しみ。

 

 安らぎ、いたわり、慈しみ。

 

 感情の天秤が激しく揺れ動き、ゴブリンスレイヤーを惑わせる。こんな思いは初めてだった。どうすればいいのか迷っていた。ゴブリンの事だというのに。

 

 だからこそ、ゴブリンスレイヤーは“カレ”のところへと向かった。他でもない、ゴブリンたちのリーダー、アルデニクスの下へ。

 

 ゴブリンを殺す者が迷いあぐねた挙げ句、ゴブリンの下に向かうとは、なんという皮肉だろうか。皮肉すぎて、頭が可笑しくなりそうだった。ゴブリンスレイヤーは兜の奥で、自分自身を嘲笑した。

 

 だがそれも仕方のないことだ。困った時に“カレ”に相談するのが、"ここ"のやり方なのだから……。

 

 炎の影から姿を現すゴブリンスレイヤー。そんなゴブリンスレイヤーを、アルデニクスは驚きもせず迎えた。

 

「シュコォ……シュコォ……

 そんなところで なになにしてる ゴブスレニクス? 寝ててなくて 大丈夫ゴブか?」

 

 返答せず押し黙るゴブリンスレイヤー。

 

 様子のおかしいゴブスレニクスを見て、アルデニクスは大体のことを察した。

 

「……ああ そうゴブか……思い出したゴブか」

 

 ゴブリンスレイヤーは頷いて答える。

 

「ああ」

 

 それから沈黙が暫く続いた。

 

 宴の喧騒が、どこか遠くに聞こえる。

 

 月と星に雲がかかり、暗闇が差す。炎に揺らめく一人のニンゲンと、一匹のゴブリン。両者の影はどこか似ていたが、結局、一度も交わることはなかった。

 

「……アルデニクス。俺はアンタに話があって来た」

 

 その声色から、気楽な返答ができる内容ではないことを、アルデニクスは素早く理解した。

 

 だからアルデニクスは真剣なマスクをして、真摯な口調で答えた。

 

「シュコォ……シュコォ…… 

 そうゴブか きっときっと 大切なお話ゴブね」

 

 アルデニクスが盛りに盛り上がる宴の中心地に視線を泳がせる。

 

「ならなら少し 場所を移すゴブか……」

 

 ゴブリンスレイヤーも同じ方向を見て「ああ、そうだな」と応えた。

 

 

 

   

*        *

 

 

 

 アルデニクスとゴブリンスレイヤーはゴブ気のない場所に移動すると、小さな焚き火をつけ、それを境にするようにお互い向き合い座った。

 

「シュコォ……シュコォ……

 それでこれで ゴブスレニクス お話って ナニナニゴブ?」

 

 長い長い沈黙があってから、ゴブリンスレイヤーが静かに語りだす。

 

「俺はゴブリンスレイヤー。ゴブリンを殺す者。俺はゴブリンではない。俺は……()()だ」

 

 衝撃の告白──そう思われたが、当のアルデニクスはそれを当然のことのように受け入れた。

 

「驚かないのか?」

「シュコォ……シュコォ……

 実は実は アルデニクス “それ” 知ってたゴブ

 オマエさんがニンゲンだってコト 分かってたゴブ」

「……なぜ、黙っていた?」

 

 重々しく問い詰めるゴブリンスレイヤー。

 

「アルデニクス 遠い遠い場所の 遠い遠い世界のゴブリンゴブ

 そこでは ニンゲンいっぱいたくさん ニンゲン以外もたくさんいっぱい

 だから ゴブスレニクスのことも ひと目でわかったゴブ

 無用な混乱を避けるためだったゴブが これまでずっと黙ってて ごめんなさいゴブ」

 

 ペコリと頭を下げるアルデニクス。その様子はまるで隙だらけで、ともすれば、この場でマスクごと斬り落とすこともできそうなほどだった。

 

 だが、ゴブリンスレイヤーはそうはしなかった。

 

 それが気の迷いだということは理解していたし、正直な話、この程度の奇襲でこのゴブリンを倒せるとは到底思えなかったからだ。

 

 パキッという薪の焼き切れる音が、暗闇の中で響く。アルデニクスとゴブリンスレイヤーの会話は続いていた。

 

「アンタは俺を人間だと知っていて、俺を受け入れていたのか? なぜだ?」

「なぜもなにも オマエさんは記憶を失っていたし

 それに ニンゲンだからといって 見捨てるワケにはいかなかったゴブ」

「情けをかけたつもりか? ゴブリンのクセに?」

「そう 情けをかけたつもりゴブ ゴブリンのクセに」

 

 これは上手いこと言った、とゴブゴブ笑うアルデニクス。

 

 まるでゴブリンらしからぬ言い草だ、とゴブリンスレイヤーは思った。だが同時に、実に“カレ”らしい言い草だとも感じていた。

 

 記憶が駆け巡る。リトルシャイアでのゴブリンたちとの思い出。ゴルダナルのゴブリンたちは、ゴブリンスレイヤーの知るどのゴブリンとも違っていた。

 

 知性を持ち、言語を解し、文字を使い、文明を築く──まるで人間のように暮らすゴブリンたち。マスクをしたゴブリンたち。善良なゴブリン。

 

「オマエたちは、本当にゴブリンなのか?」

 

 核心を突く質問。そう、本来ゴブリンスレイヤーは、それを知るために“ここ”に来たのだった。修道女が語った「善良なるゴブリン」という有り得ない存在を確認するために。

 

 もしほんとうにそんなモノが実在するならば……。

 

「シュコォ……シュコォ……

 もちろん そちろん ゴブたちは 正真正銘のゴブリンゴブ

 生まれてこの方ゴブリンで これから死ぬまでゴブリンゴブ」

 

 あっさりと肯定してみるアルデニクス。

 

 そう、どうして否定することができようか。ヒトがヒトであることに誇りを持つように、ゴブリンもまた、自らがゴブリンであることに誇りを持つのだ。何があろうとも、それを否定することはできない。

 

 ゴブリンスレイヤーは大きく息を吐いた。まるで溜め込んだ“迷い”を吐き出すかのように、大きく大きく息を吐いた。

 

 炎を見つめたまま、ゴブリンスレイヤーは言った。

 

「俺はゴブリンスレイヤーだ……」

 

 ゴブリンスレイヤーはゴブリンが憎かった。

 

「これまで何千、何万というゴブリンを、この手で葬ってきた……」

 

 ヤツらは姉を殺した。おじを、おばを、村人を串刺しにし、家を焼き払った。ゴブリンスレイヤーの故郷を奪ったのだ。

 

「ゴブリンを殺すことだけを考えてこれまで生きていた。ゴブリンを殺すことだけが生き甲斐で、ゴブリンを殺すことでしか、人生に意味を見いだせなかった……」

 

 ヤツらにいいように喰い物にされ、陵辱されるサマをずっと見ていた。恐怖と寒さに震えながら、鼻水を垂らしずっと“そこ”で見ていた。物置部屋の隙間から、姉が姉でなくなるのをずっと見ていた。

 

「それを後悔したことはない。それを疑ったこともない。何時か必ずそうしてやると、他でもない自分自身に誓ったからだ……」

 

 何もできなかった。何もしようとすらしなかった。ただヤツらが飽きて去っていくのを、怯えながら震えて待っていることしかできなかった。

 

「だから教えてくれ……」

 

 断じて許せるはずがない。許されていいはずがない。ゴブリン共は皆殺しだ。みな須らく絶滅すべき存在だ。

 

 だというのに……。

 

「俺はオマエたちを殺すべきか?」

 

 ゴブリンを殺す者からの、殺される者への問いかけ。なんと矛盾を孕む、滑稽な質問だろうか。

 

 それでも問われたアルデニクスは、暫し押し黙り、電子回路に電流が流れるように高速で思考を巡らせた。これがとても重要な問答だと理解したからだ。

 

 アルデニクスは、この世界のゴブリンが、元々どういう性質を持っていたか理解していた。

 

 下品で、不潔で、下劣な、知性の欠片もない原始的で野蛮な生命。概念的に同族であったアルデニクスだからこそ、ここまで通じ合えることができ、ここまで文明化させることができたのだろうが、ただのヒトであれば、ゴブリンの存在は害悪以外の何者でもないだろう。

 

 この世界のゴブリンの有り様は、まるで人類に仇なすためだけに生み出された、邪悪なる「駒」だ。それがアルデニクスは悲しくて、苦しくて、()()()()()

 

「シュコォ……シュコォ……

 もし オマエさんが 本気でゴブたちを殺したいなら ゴブはそうするべきだと 思うゴブ」

 

 様々な思いを巡らせ、アルデニクスはそう答えた。否定しようがないのだ。アルデニクスがゴブリンであることを否定できないように、ゴブリンスレイヤーが“ゴブリンを殺す者”だということを、否定することはできない。

 

「オマエさんの気持ちは分かるゴブ……と 気安く言うことはできないゴブ

 オマエさんの過去に何があって ゴブリンとの間に何があったのか ゴブには分からないし 分かることもできないゴブ でも 分からないからこそ オマエさんの在り方も 有り様も 否定することはできないゴブ」

 

 でもだからといって、滅びを甘んじて受け入れるつもりは断じてないゴブ、ともアルデニクスは付け加える。リトルシャイアのゴブリンたちは、平和主義者だが無抵抗主義者ではないのだ。ヤる時はヤるのだ。

 

「ゴブたちは 平穏を享受するためには 時に戦う必要があることを 重々理解しているゴブ」

 

 だからこそ、武器を持ち、武装を固め、兵器を造り、武力を高めてきたのだ。

 

「平穏を脅かすモノなら たとえそれが“同族”であっても それは変わらないゴブ」

 

 ゴルダナル大森林は、その豊富な資源ゆえに、度々他の勢力から危険に晒されてきた。混沌の軍勢、深淵の亡者ども、ダークエルフ……当然その中に、ゴブリンがいないはずがない。

 

「分かり合えるゴブリンもいれば 分かり合えぬゴブリンもいたゴブ」

 

 多くの場合、分かり合えぬゴブリンばかりであった。何かしらの勢力に属するゴブリンは、どうやっても説得することが出来なかったのだ。捕まえて無理やりマスクを被せても無駄だった。持ち主のないマスクが保存されるばかりである。

 

「だから オマエさんに“その覚悟”があるならば ゴブたちは受けて立つゴブ」

 

 アルデニクスの言葉に迷いはなかった。それがゴブスレニクスの"やりたい事"であるならば、受け入れる道以外にないのだ。ゴルダナルのゴブリンたちは、いつだってそうやって生きていたのだから。

 

 アルデニクスの言葉に迷いはなかった、だがその中に、多くの躊躇いがあった。だからこそ、最後の最後に小さく、こう付け加える。

 

「でも できることならば オマエさんとは これからも“家族”でいたいゴブ」

 

 ゴブリンスレイヤーはアルデニクスの言葉を噛みしめる。

 

 ゴブリンスレイヤーはアルデニクスのことを見ず、ずっと揺らめく炎を見つめていた。炎を通してカレを見ようとしていたのだ。焚き火の向こうにいるのは、ゴブリンスレイヤーがこれまで知り得なかった、“善良なるゴブリン”だった。

 

 こんなコトを言ってのけるゴブリンがこの世に存在するとは、“ここ”に来るまで考えもしなかった。文明化したゴブリン。言葉を解し、文字を得て、技術を磨く異形のモノ。

 

 有り得ないことではなかった、と今更ながらに思う。ヤツらは馬鹿だが間抜けではない。道具を与え、使い方を学び、技術を教えてやれば、ヤツらは驚くほど吸収する。だからこそ、“その可能性”は無くはなかった。

 

 もしかすると、心の片隅で、何処かそう願っていた部分があったかもしれない。この世に「善良なるゴブリン」が存在するという、その馬鹿げた可能性を……。

 

 このリトルシャイアのゴブリンたちは、ある意味ではゴブリンスレイヤーが最も危惧していた存在だった。いや、もっと悪い存在なのかもしれない。だが、またある意味では、()()()()()()()()()存在でもあった。

 

 知性を持ったゴブリン。それも、悪性でなく善性をもった。

 

 これまでゴブリンスレイヤーは、決して自ら進んでゴブリンを狩ってこなかった。もし本当にゴブリンを絶滅させたいのであれば、手当たり次第、無作為にゴブリンを殺して回った方が有意義なはずなのに、彼は決してそうしようとはしてこなかった。それが意識的にしろ無意識的にしろ、“依頼のないゴブリンの討伐”を、意図的に避けてきたのである。その可能性を狭めないために。

 

 彼のゴブリン退治に対する姿勢は、常に“受け身”であった。彼のゴブリン殺しは、「依頼」があって初めて成立する。

 

 それが、どんな理由からだったのか自分でもずっと分からなかったが、ここに来て、ようやくわかった気がした。

 

「俺はゴブリンスレイヤーだ」

 

 噛みしめるように言う。それはまるで、自分自身に向けて言っているようで、一種の確認作業のようなものだった。

 

「俺はゴブリンを殺す者だ。これまで何千というゴブリンをこの手で殺してきた」

「ゴブたちとて ゴブリンをその手にかけてきたのは 一度や二度じゃないゴブ」

 

 もしかすると、積み上げてきた死体の数ならば、アルデニクスたちの方が多いかもしれない。いや、もしかしなくとも、多いだろう。

 

「今日も、明日も、明後日も、俺はゴブリンを殺し続けるだろう」

「少なくとも “昨日”はそんなことはなかったし “今日”も そんなことはさせないゴブ」

 

 売り言葉に買い言葉と言わんばかりのアルデニクス。

 

「……俺はゴブリンを殺す。殺し続ける。いつかこの身が朽ち果てるか、ゴブリンどもを殺し尽くすまで、俺は戦い続ける」

「それならゴブは オマエさんがゴブリンを殺し尽くす前に みーんなみーんな文明化させて みーんなみーんな仲間にしちゃうゴブ そしたら流石のオマエさんでも 手出しはさせないゴブよ!」

 

 そこでようやくゴブリンスレイヤーは、焚き火越しではなく、正面からアルデニクスを見た。相手はマスクをしていて表情は読めないが、きっと自信たっぷりな顔をしていることだろう。きっと、そうに違いない。

 

「……まるで“究極の幻想”だな」

 

 呟くようにゴブリンスレイヤー。兜の下の彼は、その途方もない幻想に“笑み”を浮かべていた。

 

「オマエさんのだって まるで実現出来そうにもない “究極の幻想”ゴブ」

 

 でもだからこそ、語る価値のある夢物語だ。人の夢は儚い、と誰かが言ったが、理想を追い求めなくては、ヒトもゴブリンも生きては行けないのだ。理想を語らずして、前には進めない。だからこそ、どんなに馬鹿らしい幻想でも、バカみたいに語る必要がある。

 

「……俺はゴブリンを殺す。それはこれからも変わらない。俺はずっとゴブリンどもを殺し続けるだろう」

 

 変転し続けるこの世界において、決して変わらないものがあると信じ込んでいた。

 

「だが、一つだけ約束しよう」

 

 相も変わらず蔓延り、溢れかえる小鬼ども。殺しても殺しても次の日には殺した以上に増えいて、腐肉を貪り、不浄を撒き散らす。どんなに繰り返しても果てがない。

 

 ()()()()()()()()()()()()。でも、それこそがある種の幻想だったのだ。

 

「オマエたちが、今のような善良なゴブリンである限り」

 

 自分がやっていることが、無駄な足掻きではないのかと思うこともあった。意味の無い挑戦をしているのではないのかと疑うことさえもあった。

 

「俺は善良なゴブリンは()()()()

 

 でもそんなことはないと言い聞かせ、たとえそうであっても良いと信じ込ませ、誰かがやらなくてはいけないコトだと己に課して、これまでずっと戦ってきた。

 

「オマエたちのようなゴブリンは殺さない」

 

 その日々が無駄だったとは思わない。だが意味があったとも思えない。ただひたすらに、ゴブリンを殺すことだけを考えて、ゴブリンを殺すことに全霊を懸けてきた。

 

「だがいつか、俺の幻想が実現するまで、俺はゴブリンどもを殺し続ける」

 

 それはこれからも変わらないだろう。変えようとも思わないだろう。結局の所、ゴブリンスレイヤーは変わらない。変えてはならない。昔誓った祈りをそのままに、ゴブリンども絶滅させるまでは、ゴブリンスレイヤーは変われない。

 

 たとえ“カレら”の存在を知ったとしても、たとえ善良なるゴブリンがいたとしても、ゴブリンスレイヤーには何ら影響を及ぼさない。変転し続けるこの四方世界において、それは変わらぬ一つの理だ。

 

 だが……

 

「それならば 一刻も早く ゴブたちの幻想を実現しなくちゃゴブな オマエさんがゴブリンを狩り尽くすその前に ゴブたちがゴブリンたちを文明化させてみせるゴブ」

 

 

 

 だが、それでも……

 

 

 

「そうか」

 

 

 

 少しだけ……ほんの少しだけだが……

 

 

 

「なら精々頑張るといい」

 

 

 

 肩の荷が軽くなった……

 

 

 

 そんな気がした……

 

 

 

「おうともゴブ!

 だから オマエさんも ()()()()()()!」

 

 

 

 ゴブリンスレイヤーは空を見上げた。

 

 

 

「……ああ」

 

 

 

 その小さな呟きは、リトルシャイアの夜空へと消えた。

 

 

 

   

*        *

 

 

 

 次の日の早朝、まだ朝の爆発が鳴るよりも前に、ゴブリンスレイヤーはリトルシャイアを去った。

 

 何も言わず、誰とも会わずに出ていこうとしたが、当然のことのように、ゴブリンたちは総出で彼を見送った。

 

 ゴブリンスレイヤーはゴブリンではなくヒトであったが、だからといって、彼がゴブスレニクスとして共に暮らしたことが消えるわけではないのだ。

 

 だから、ゴブリンたちはこれまでに無いほどに、盛大にゴブリンスレイヤーを見送った。なにせ彼は、リトルシャイアから巣立っていく、記念すべき最初の“家族”なのだから。

 

 ゴブリンスレイヤーは少し困惑したが、ここのゴブリンたちはそういうものだと、妙に納得する部分もあった。

 

 恥ずかしげもなく言うのであれば、多くのゴブリンはゴブリンスレイヤーとの別れを惜しんだが、何名かのゴブリンは密かに喜んでいた。その大部分が、独身街道まっしぐらなゴブリン(♂)だったのは、ご愛嬌だろう。でも決して、邪な考えがあってのことではないということだけは、ここに明記しておこう。決して邪な考えなどないのだ。恋のライバルがいなくなったとか。

 

 ゴブリンたちはゴブリンスレイヤーの門出に際し、多くのご馳走や、数々の便利アイテムなどの手土産を用意したが、その殆どをゴブリンスレイヤーは辞退した。

 

 もう持ちきれない程の“モノ”を既に貰っていたからだ。それは物や形で残るようなものではなかったが、ゴブリンたちの持つ知識や知恵、経験、技術、そして何よりも、ほんのちょっぴりの“友情”を、ゴブリンスレイヤーは決してそれを口にしようとはしなかったが、カレらから貰っていた。

 

 これ以上のモノが必要だろうか?

 

 ゴブリンスレイヤーは、最後にゴブリンたちと一言二言会話を交わすと、それ以上は何も言わず、リトルシャイアを去った。

 

 ゴブリンスレイヤーは振り返ることも、手を振ることもしなかったが、ゴブリンたちは彼の姿が見えなくなるまで、手を振って見送った。きっと彼なりのケジメの付け方だったのだろう。

 

「シュコォ……シュコォ……

 行ってしまったゴブか……」

 

 こうしてひょんなことからやって来たゴブスレニクスというゴブリンは、ゴブリンスレイヤーという「名」を取り戻して、ヒトとしてリトルシャイアを去った。少しだけ、ぽっかりと胸に穴が空いたようで、リトルシャイアがちょっぴり寂しい感じがした。

 

「けれども けれども 悲しんでいる暇はないゴブよ!

 ゴブスレニクスに負けないように ゴブたちも 急ピッチで作業を進めるゴブ!」

 

 リトルシャイアの中央にそびえ立つ「城」を眺め、アルデニクスはそう言った。

 

 カレらの「計劃」が天を動かすのも、そう遠くはないだろう。

 

 

 

   

*        *

 

 

 

 それからゴブリンスレイヤーは「辺境の街」に戻り、幼馴染の牛飼娘と再会した。

 

 再会した彼女は、まるで幽霊を見たような顔してゴブリンスレイヤーを見ると、程なくして目から涙を流しゴブリンスレイヤーに抱きついた。

 

 ゴブリンスレイヤーは「悪かった」だとか「心配かけたな」とか、ありきたりなコトしか言うことができず、ただただ泣きつく彼女のされるがままとなった。

 

 どんなに心配していたか、どんなに寂しい思いをしたが、どんなに眠れぬ夜を過ごしたか、どんなに涙を流したか、どんな思いで彼女がいたのか、ゴブリンスレイヤーは彼女が満足するまでとことん聞いた。

 

 相当な心配をかけた自覚はあったのだ。自覚はあったからこそ、彼女が何かを言うたびに、「悪かった」と言うしかなかった。この時ばかりは、ゴブリンスレイヤーも自身の語彙力の無さを呪った。

 

 結局ゴブリンスレイヤーは、泣きじゃくる彼女に対し、何処かに行くときは必ず行き先と期間を教えること、長期間になる場合は必ず旅先で手紙を送ること、決して無茶をしないこと、必ず生きて帰って来ること、たまには牧場の手伝いもすること、を約束させられ、更には二週間の謹慎処分を言い渡された後に許された。

 

 ゴブリンスレイヤーはそれを甘んじて受け入れた。それほどの迷惑をかけた自覚があったからだ。今回ばかりは全面的にゴブリンスレイヤーが悪い。

 

 素直に受け入れてくれたゴブリンスレイヤーに、牛飼娘は微笑んだ。

 

 それから束の間のあいだ──具体的には謹慎中の二週間──ゴブリンスレイヤーは牛飼娘とともに牧場の手伝いに没頭し、暫しの安息を過ごした。

 

 作業をしていると、あの森で過ごした日々のことが思い出される。

 

 そんなゴブリンスレイヤーに対し、牛飼娘は、暫くいない間に手付きが上手くなったねと密かに思った。

 

 どういうワケか少しばかりの嫉妬心が浮かんできたが、それをゴブリンスレイヤーに話すことはしなかった。こうして無事に彼は帰ってきたのだ。それ以上のことは望むべきではない。少なくとも“今”は。

 

 二週間の謹慎処分を終えて、ゴブリンスレイヤーは再び冒険者稼業に戻っていた。

 

 牛飼娘もその叔父も、このまま牧場の手伝いで生計を立てていかないかと言ったが、ゴブリンスレイヤーにとってそれは考慮するべきことではなかった。

 

 彼にはやるべきことがあるのだ。カレらとの約束を違えぬためにも、ゴブリンを殺す者(ゴブリンスレイヤー)としてやるべきことが。

 

 ゴブリンスレイヤーが久方ぶりに冒険者ギルドに行くと、多くの者は驚いた顔をした。チラホラと小声だが、「死んだと思っていた」だとか「生きていたのか」とかいう声が聞こえる。中には「クソッ、生きていやがったか、賭けに負けちまったじゃねぇか」という台詞も聞こえた。

 

 “耳”が良くなりすぎるのも考えものだなっとゴブリンスレイヤーは思う。

 

「生きていたかゴブリンスレイヤー。お互い、悪運だけは強いみたいだな」

 

 馴れ馴れしい態度の男に声をかけられた。顔馴染みの男だ。確か、同時期に冒険者になった男のはずだ。名前は覚えていない。

 

「ああ、運がいいことにな」

 

 男は、ゴブリンスレイヤーが答えるとは思っていなかったようだ。呆気にとられた後、意外そうな顔を浮かべて、フッと笑った。

 

「ああ、運がいいことにな」

 

 男はそれだけ言って去って行ったが、どこか、満足気な顔をしていた。

 

 何がそんなに嬉しかったのかと、ゴブリンスレイヤーは訝しんだが、程なくしてそんな考えは頭から消えた。仕事の時間だ。

 

 いつものように受付に行き、ゴブリン退治の依頼はないか問う。対応したのは、やはり顔馴染みの受付嬢だった。

 

 ゴブリンスレイヤーの顔を見ると、受付嬢は口をあんぐりと開けて我が目を疑うような顔をすると、瞳を真っ赤に充血させて、しどろもどろに言葉を発しながら、依頼を何件か紹介してくれた。

 

「寝不足か?」

 

 ゴブリンスレイヤーにはそうとしか思えなかった。明らかに呂律が回っていないし、目が赤く腫れている。睡眠不足の初期症状だった。

 

「寝不足はパフォーマンスを低下させる。養生した方がいい」

 

 全くゴブリンスレイヤーらしからぬ助言。現にゴブリンスレイヤー自身も、らしくないと思った。だからこそ、言われた受付嬢は、もっと意外に思ったに違いない。

 

 まるで心外だと言わんばかりに、口をパクパクさせて硬直している。

 

 そこまでのことだったか、とゴブリンスレイヤーは首を傾げたが、あまり深くは追及しなかった。だかららしくない事はするもんじゃないのだ。

 

 何時までも停止する受付嬢を余所に、ゴブリンスレイヤーは紹介された依頼を全て受け、ギルドを出た。

 

 辺境の街の、先のそのまた先の先にある、辺鄙なところの森に住むゴブリンたちのことは、ゴブリンスレイヤーはギルドには黙っていた。

 

 何よりもそれをカレらは望んでいたし、そうした方がいいとゴブリンスレイヤー自身が判断したからだ。カレらは平穏を望んでいる。カレらが人目を避けて暮らしている限り、干渉するべきではない。

 

 同情……と呼べる感情があるのは否定しきれないだろう。だが、真実のところ、藪をつついて蛇を出すにはいかないという冷静な判断があった。最悪“蛇”ならまだいいだろう。だが、カレらは“蛇“などというレベルでは決してない。

 

 ゴブリンスレイヤーは肩慣らしとばかりに引き受けた依頼を完璧にこなし、鮮やかに解決してみせた。

 

 驚いたことに、ゴブリン殺しに対する忌避感は全く無かった。ごく当たり前のように、ゴブリンを殺せた。自分でも少し意外だった。だが、やはり自分は根っからのゴブリンを殺す者(ゴブリンスレイヤー)なのだと、再認識することができた。

 

 なるほど“ヤツら”は“カレら”とは違うのだ。もはや別種族と言ってもいいかもしれない。精神的な部分もそうだが、外見的な部分に関して、“カレら”と“ヤツら”では一目で分かる差異がある。一抹の不安が拭い去られた瞬間だった。

 

 ゴブリンスレイヤーは手早く仕事を終えた。

 

 一仕事終えて、ゴブリンスレイヤーは思った。思った以上に爽快感がない。そして充実感もない。ただただ坦々としていた。

 

 どういった心境の変化だろうか、ゴブリンスレイヤーの中にあるゴブリンへの憎しみは、前と比べて少しばかり薄れてしまっていたようだ。だがしかし、この仕事に対する意欲は少しも衰えてはいなかった。どういうことか?

 

 ゴブリンスレイヤーは疑問に思ったが、納得できる答えは出せそうにもなかった。ただ、復讐心ばかりに囚われていた彼の人生に、何か違う“感情”が芽生えつつあるようであった。ゴブリンスレイヤーにはそれを言語化するのは難しかったが、あえて言うなればそれは、「義務感」や「使命感」と呼ばれるものであったのかもしれない。

 

 誰かがやらなくてはいけない仕事を、彼がやるのだ。復讐心からではなく「仕事」として。

 

 予想していたよりも早く仕事が片付いたので、ゴブリンスレイヤーはちょうどギルドで小耳に挟んでいた、とある「依頼」の様子を見に行くことにした。断片的な情報でしかないが、どうやら、新米ばかりの一党(パーティー)が受けた「依頼」らしい。

 

 長らくゴブリンたちに囲まれていて、すっかり察しの良くなったゴブリンスレイヤーは、直ぐ様、彼らのその後の展開を、おおよそ察した。

 

 なんてことない、よくある話だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()、なんてことは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてことも。

 

 まあ、よくある話だ。

 

 だからゴブリンスレイヤーは、件の洞窟へと向かった。

 

 それもまた、()()()()()()()()

 

 

 

   

*        *

 

 

 

 洞窟自体はよくあるゴブリンの巣穴で、ゴブリンスレイヤーにしてみれば、なんてことない棲家だった。

 

 暗闇の中を、ゴブリンスレイヤーは松明も持たず進んでいく。その足取りに、幾ばくも迷いはない。

 

 つくづく便利なものだ、とゴブリンスレイヤーは兜の奥で思った。明かりのない暗闇だというに、まるで昼間のように辺りが鮮明に“視える”のだから……。

 

 暗視バイザーとかいったか……その他にも、ゴブリンスレイヤーの「鎧」と「兜」は様々な機能を搭載していた。赤外線スキャンだとか、生命探知機だとか、音波集積装置とかが“ソレ”だ。他にも、多分、ゴブリンスレイヤーですら把握していない機能が多数あるのだろう。血生臭い、鼻が曲がりそうなゴブリンの臭いすらも気にならない。だが、それを()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先に来ていた新米たちは、それなりに腕に覚えがある者たちだったらしく、まだゴブリンの襲撃はない。

 

 だが暫く歩いていると、生命反応があった。大きい人間サイズのものが二つと、小さなゴブリンサイズの反応が()()だ。程なくして、直視でもそれを確認することができた。

 

 迷いなく、手に持つ短剣を投擲──流星のように放たれたそれは、吸い込まれるようにゴブリンの頭部に直撃し、そのまま一緒にいたもう一匹のゴブリンの心の臓までも貫いた。

 

 暗闇でも正確無比だというのに、これだけ視界が良好であればさもありなんという結果だ。ゴブリンスレイヤーは何の感慨もなく「二つ」と言った。

 

 だが、そんなことわざわざ言う必要はなかったかもしれない。なぜなら彼の視界の隅の方には、ご丁寧にも「2」というカウントが表示されていたからだ。

 

「駆け出しか」

 

 聞かなくても知ってるだろうに、ゴブリンスレイヤーはそう言った。見たところ、「神官」と「魔術師」のようだ。どちらも女性。ゴブリンの巣穴ではあまり歓迎できない面子。ゴブリンスレイヤーは彼女たちの様子をチラリと窺う。

 

 神官の方は……まあ、問題なさそうだった。だが、魔術師の方は問題がある。状況からして「毒」にやられているのだろう。

 

 数瞬遅れて、ゴブリンスレイヤーの判断を後押しするかのように、バイタルスキャンが彼女の異常を知らせてきた。思っていた通り、「ゴブリンの毒」にやられているようだ。よくある毒だが、言うまでもなく、ゴブリンさながらに面倒な毒である。

 

 運が良い──誰に言うわけでもなく、ゴブリンスレイヤーは呟いた。

 

「あ、う……か、彼女を……た、助け」

「ああ」

 

 それだけ言って、ゴブリンスレイヤーは鮮やかな手際で彼女に応急処置を施した。

 

 ゴブリンの毒は厄介だ。喰らうと息が詰まり、舌が震え、全身が痙攣し、熱が出て、最期には死に至る。それにどうやら毒はもう全身に廻りきっているようで、傍目には手遅れのように見えた。だがそれは、かつてのゴブリンスレイヤーだったらの話だ。

 

「飲め」

 

 腰のベルトポーチから、薄気味悪い色をした液体の詰まった小瓶を取り出し、魔術師に強引に飲ませる。

 

「死ぬほど不味いだろうが、死にたくなければ死ぬ気で飲め」

 

 霞んだ意識の中で、魔術師は言われたとおり最後の死力を振り絞ってソレを飲んだ。

 

 何度も噎せ返り、この世のものとは思えないほど不味かったが、なんとかソレを飲み干すと、程なくして、動悸や目眩、全身の痙攣が収まり、安堵感からか、あるいは薬の副作用からか、魔術師は意識を失った。

 

「立てるか?」

 

 ゴブリンスレイヤーは神官の方を見もせず訊いた。別に見ても構わなかったが、彼女の名誉のためにも、まあ、それくらいの配慮は必要だろうという、ゴブリンスレイヤーなりの心遣いからだった。

 

 最初、女神官は自分が言われたのだと気づかなかったようで、暫し呆然としていたが、すぐに我に返って言った。

 

「は、はい!」

 

 それだけ元気に言えれば問題ないだろう、と判断しゴブリンスレイヤーはそのまま先に進もうとする。

 

「俺はあの横穴から行く。オマエはここで待っていろ」

「で、でも……」

「死にかけの仲間を放って置くつもりか?」

「そ、それは……」

 

 そう言われてしまえば、何も言い返すことはできない。

 

 それでも、女神官はどうしようもなく怖かった。この暗闇が、この臭いが、この地面の感触が、そして何よりも“ゴブリン”が恐ろしかった。この目の前の男は得体が知れなかったが、少なくとも“ゴブリン”ではない。そばを離れたくなかった。

 

 あって間もない知り合い以下の同僚と、自らの保身、どちらが大切かは考えるまでもないだろう。こんな窮地に於いては、どんなに清廉潔白な人間でも、保身に走るに違いない。それを非難することは誰にもできない。だがそれをあえて口にするのは、女神官は聖職者ゆえに憚れた。

 

 そんな女神官の複雑な葛藤を読み取ったゴブリンスレイヤーは、あからさまに深々とため息をつく。

 

「魔術師はオマエが持て、足手まといになるな、自分の身は自分で守れ、余計な手出しはするな、それが守れるなら、黙ってついてこい」

 

 らしくないと自分でも思う。だがそれも悪くない、とも思うゴブリンスレイヤーだった。

 

 ゴブリンスレイヤーはそのまま、女神官を待つことなく横穴に踏み込んだ。後ろの方では、慌てた様子で女神官が支度をしている。それを逐一モニタリングしてくる「鎧」の機能が、少しばかり煩わしかった。まるで自分の深層心理を読み取られているようだ……。

 

 横穴を進んだ先には、おそらく元人間であったであろう肉塊が、ゴブリンの死体と共に放置されており、ゴブリンスレイヤーの胸クソをより一層悪くした。

 

 だが反面、安心した部分もあった。罪悪感など塵ほどもないが、やはり殺すなら、これくらい分かりやすい方がいい。

 

「っ、ぐ、う、ぇえぇぇ……」

 

 ゴブリンスレイヤーの背後を、おっかなびっくりついてきていたはず女神官の方から、なんとも言えない嗚咽の声と、ビチャビチャという水音がした。ツーンとした刺激臭が辺りに漂う。死体に慣れていなかったのだろう。

 

 ゴブリンスレイヤーは後ろで何が起きたのか大体察していたが、おそらく大惨事になっているであろう彼女のことを鑑みて、あえて聞こえなかったことにした。

 

「……九」

 

 その間にもゴブリンスレイヤーは坦々とゴブリンを処理していた。遭遇したゴブリンは全て、先手かつ初撃での始末だった。ヤツらの殆どは、死んだことさえ認識できなかっただろう。

 

 本来であればヤツらのテリトリーであったはずの暗闇は、もはや、ゴブリンスレイヤーの一方的な惨殺場と化していた。

 

 そんなゴブリンスレイヤーの足取りは、後ろを行く女神官には気づかなかっただろうが、僅かに早足だった。明らかに急いでいる足取りだった。

 

 ゴブリンスレイヤーの生命探知機は、まだもう“一人”いることを報せていたからだ。急ぐ必要がある。ただし、焦りはしないし、慌てもしない。進む歩は着実で、油断はなく、慢心もまたない。彼はゴブリンスレイヤーなのだから。

 

 そして辿り着いた。

 

 汚らわしい小鬼どもは悦楽の笑みを浮かべていたが、どうやら()()()()()ようだ。ホブが一、シャーマンが一、その他が六。ヤツらはまだゴブリンスレイヤーの存在すら気付いていない。お楽しみに夢中なようだった。

 

「イヤッ! 止めて! ヤダ、やだやだ、誰か助け──」

 

 完全なる暗闇で奇襲を受けることなど、“ヤツら”は考えもしていなかったことだろう。初撃でシャーマン、返す刀でホブ、すれ違いざまに二、それから振り返って三、最後に慈悲もなく振り下ろして一。女神官が遅れてやってくる頃には、全てが終わっていた。

 

「何か被せてやれ」

 

 広間を見渡し、ゴブリンスレイヤーは言った。“三人目”も無事だったが、まあ大方の予想していた通り、異性が見ていい格好はしていなかった。       

 

「え? あ、はい」

 

 一瞬何を言われたのか理解していなかった女神官だったが、スグに理解し実行に移した。“三人目”は全身打撲痕に擦り傷だらけで、血に塗れていたが、なんとか正気を保っていた。泣きながら“ありがとう”とうわ言のように呟いている。

 

 だがゴブリンスレイヤーはそんなことに微塵も興味はないようだった。彼が興味あるのは“ゴブリン”だけだ。それ以外にない。

 

 ゴブリンスレイヤーがおもむろに歩を進めるのを、女神官は気付いた。

 

 辺りにはゴブリンの斬殺死体が転がっている。あんなに恐怖の対象だったのに、安堵するどころか、見るも無残な光景だと哀れに感じた。気持ちが悪くなり、戻しそうになる。それを必死に堪え、彼を見つめる。これ以上何をするつもりなのか。

 

「……ゴブリンの、子供?」

 

 ゴブリンスレイヤーの先にいたのは、そう、ゴブリンの子供だった。甲高い悲鳴をあげ、身を寄せ合って怯えている。

 

 ゴブリンスレイヤーが剣を振り上げた。

 

「待って下さい!」

 

 思わずそう叫んでしまった。叫んでから後悔する。止めたとして、どうするというのか。

 

 だがゴブリンスレイヤーの動きは止まった。背中越しに女神官に問う。

 

「なんだ?」

「……子供も、殺すんですか?」

 

 次いで出た台詞はそんな言葉だった。なんてありふれた言葉だろうか。ゴブリンに怯え震えていただけの女神官が言っても、少しも説得力は有りはしない。だが、それでも言わずにはいられなかったのは、彼女の生来の性格ゆえか。

 

 彼女の言葉は、少なくとも、ゴブリンの子供たちの寿命を数秒伸ばすことには成功したようだ。

 

 ゴブリンスレイヤーは暫し考え込むと、ややあってから当然のことのように言った。

 

「当たり前だ」

 

 もしかすると、正しく導けば、正しく教育すれば、あの森に住むゴブリンのように成長するかもしれない。その可能性は十分にある。あるいは捕獲して、カレらに預ければ、正しく生まれ変われるかもしれない。マスクをした善良なゴブリンに……。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 ならそれだけで、ゴブリンスレイヤーには十分だった。

 

 それに、その「役目」は彼にはない。彼はゴブリンスレイヤー。ゴブリンテイマーでもゴブリンファーマーでもない。ゴブリンを殺す者だ。彼の役目は、つまるところ、()()()()()()()()()

 

「生かしておく理由など一つもない」

 

 だがあまりにも無慈悲過ぎるゴブリンスレイヤーの台詞に、神官はつい言葉を零してしまう。

 

「……善良なゴブリンが、いたとしても?」

 

 言われてゴブリンスレイヤーは、心底可笑しくなった。マスクの下で笑みを浮かべる。笑顔を作ったのは久しぶりだったかもしれない。そんな当たり前のことを言われるだなんて!

 

「善良なゴブリン……探せば、いるかもしれんな」

 

 振り上げた拳に力を籠める。

 

 ああそうさ。探せばいるだろうさ。現に“カレら”は確かにいた。

 

「だが……」

 

 でもだからこそ、違うと分かる。違っていると解っている。

 

 だって“ヤツら”は……

 

「マスクをしたゴブリンだけが、良いゴブリンだ」

 

 ゴブリンスレイヤーは躊躇なく剣を振り下ろした。

 

 モニターのカウントは「21」になっていた。

 

   

 

 

 

 

 

 

 




『機巧戦隊ジャスティスレンジャー』

 リトルシャイアの愛と正義を司る機巧戦士、その名もこの名もジャスティスレンジャー! 今日も今日とて、新兵器のジャスティスロボと共に、リトルシャイアの平和を守っているぞ!

 赤きマスクのレッドゴブリン! 燃える炎の熱血漢! 好物はゴブリンチーズ!

 青きマスクのブルーゴブリン! 凍てつく氷の冷血漢! 好物はゴブリンチーズ!

 黄色のマスクのイエローゴブリン! 轟く稲妻大食漢! 好物はゴブリンチーズ!

 緑のマスクのグリーンゴブリン! 優しい感じの紅一点! 好物はゴブリンチーズ!

 正式メンバーは以上だが、この他にも、謎の科学者マッチョサイエンティストや、その正体は謎に包まれているジャスティスレンジャーの最高司令官、通称「総統」なんかもいるぞ! みんな好物はゴブリンチーズだ!

 なお、正式メンバーになるはずだったシルバーゴブリンは、大人の事情により追加戦士枠の入りだ! 好物はもちろんゴブリンチーズだぞ!

 彼らの駆る五体のジャスティスロボは、最新式の感情同調操縦システムを搭載し、47の秘密機能を持った、最新鋭のゴブリロボだ!

 合言葉は「行くぞ ジャスティスッ!!」

 さあ、みんなも声を合わせて叫ぼう! 行くぞ ジャスティスッ!!



 なお、ジャスティスレンジャーの勤務形態は、三交代制の完全シフト式である。

  
みんなで応援しよう我らがジャスティスレンジャー!! より

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