旅は、基本的に単調なものだ。
危険なことが次から次へと襲いかかってくるものでもない。
もちろん、何かあった方が良いというはずもない。
賊に狙われるなどというのも、もうごめんだ。
もっとも、
「この先で妖魔が出た」
という話を聞くのは、そう珍しいことではない。
白露は、実際に出くわしたことはないが、巧の国中では、妖魔は街にまで現れているらしい。
妖魔とは、できれば一生お目にかかりたくない。
白露は、そう思っていた。
いくら珊揮でも、妖魔を必ず倒せるという保障はないだろう。
そんな話を、白露は珊揮にした。
珊揮は、例の調子で笑いながら、何とかなるでしょう。などと、いいかげんなことを言った。
「それに戒莉は、柳で馬腹を一撃で倒したことがありますよ」
そんな、見え透いたことを言う。
だが、と白露は思う。
もしかしたら、本当なのかもしれない。
「戒莉は強いのね」
「ええ……けれど、『違う』とも言えますよ」
まるで謎かけだ。白露は、少しうんざりしていた。
「戒莉は、私にも理解できないところがありましてね」
「付き合いは長いの?」
「六年。長いか短いかは、人それぞれの考え方ですね」
珊揮が、白露には寂しそうに見えた。
珊揮と戒莉の関係は、白露にはまだ理解できない。
「あなたは、どう思うの?」
「まだまだ、ですね」
「そう。じゃあ、私なんかは全然ね」
わざと軽い口調で、白露は言ってみた。
その日は、昼の休憩をとって半時ばかりまでは順調だった。
ただ森は深く、いつまでたってもそこから抜け出せる気がしなかった。
珊揮は、予定どおりにいけば、夕刻までにはギリギリ森を抜けられるということだ。故に、休憩はあまりとらずに進むことになると、朝から白露は説明を受けていた。
昼餉のための休みが、その日初めての休憩だった。
後は休みなしで森を抜けると、珊揮はあらためて言った。
戒莉も、その方がいいだろうと言った。
そして、こうも言った。
「何か、嫌な感じがする」
雨こそまだ降っていなかったが、木々の向こうに切れ切れに見える空には、黒い雲がどんよりと垂れ下がっていた。
これで雨にでも降られたなら、足が遅くなる。
最悪、森で野営をしなくてはならなくなる。
多少の無理をしてでも、はやく森を抜けた方がいいということになった。
「という訳ですから、少々覚悟をしてくださいね」
珊揮は、やんわりと言うが、白露はそれを重く受け止めた。
それから、馬車を進める速度を極端に上げたわけではないが、あきらかに一行は急ぎ始めた。
戒莉は、相変わらず白露の乗る馬車の後ろをついてくる。
ただし、いつも被っている頭巾はしていなかった。
その整った顔を上げて、周囲に気を配っている。
張り詰めている。
確かに、今までにない緊迫感が白露たち一行を包んでいた。
そのさなか、白露の目は戒莉を追っていた。
このキレイな生き物は、穢れを知らない存在ではない。むしろ、普通に生きている者とは比べ物にならぬほどに、その手を汚している。
それが分かっていてもなお、白露は幻想を引きずっていた。
戒莉は白い。一点の染みもなく、清廉潔白だと。
おかしなものだ。ただ、きれいな造作をしているからといって、そんなはずもない。見た目に惑わされてはいけない。
何故、戒莉は剣客などという、ことさらに似合わない道を選んだのだろう。
では、と、白露は自問する。
自分に官吏は似合うのか、と。
自分が、官吏になるということは、似合わないなどという生易しいものではない。
そう考えると、戒莉が剣客であるのも、何の不思議もないような気がしてきた。
似合う、似合わないという理由で、人は道を選ぶのではない。
ただ、そうしたいと思うから、そこへ向かっていくのだ。