天涯~巧編~   作:清夏

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『残念』

「大丈夫かい?」

 珊揮が声をかけた頃には、戒莉は既に失神寸前だった。

 当然、返事などできはしないはずだったが、朦朧としながら、戒莉は何事かを口にした。

 たぶん、『平気だ』とか、そんな強がりの類であったのだろう。

「おっと」

 戒莉が前のめりに倒れるところを、珊揮は受け止めた。

 やはり、軽いな。などと、戒莉が聞いたら怒りそうなことを、珊揮は思った。

 もっとも、最近の戒莉はあまりそういうことに直接怒ったりはしなくなった。珊揮の前ですら、身体的な劣等感を、戒莉は飲み込むようになっていた。

 そういうことが、けっこう淋しいものだと、珊揮が気付いたのも最近のことだ。

 

 戒莉は、うすく目を開けていた。

 まだ気を失っているわけではなさそうだが、時間の問題というところだ。

「もういいよ。少し休んでおいで」

 そんな珊揮の言葉に促されてではないだろうが、戒莉はすとんと意識を失った。

 

 

 森で、妖魔に襲われた。

 相手はわずかに二頭であったが、意外にてこずってしまった。

 二人で妖魔を倒している間に、白露の馬車は完全に姿を消していた。

 確かに、逃げろと言ったが、あまりの逃げ足のすばらしさに、珊揮は感心していた。あの御者は、慌てながらも馬を追い立て、確実に妖魔から離れていった。

 

「さてと、どうしたものかね」

 白露たちを追っていかねばならないところだが、どこをどう探したものか分からない。何より、戒莉をこのまま置いていくわけにもいかない。

 珊揮は思いあぐねて、戒莉を介抱するほうを選んだ。

 これで白露にもしものことがあったら、どう言い訳しようかと思いながら、珊揮は戒莉を抱えこんだ。

 ぐったりと、珊揮の腕にすべてを委ねている戒莉の顔色は、蒼白い。

 珊揮は、常にはない厳しい表情でそれをみた。

 今日はまた、ずいぶんとたっぷりと血を浴びたものだ。適当な水辺を探して、戒莉の体についた妖魔の血を落としてやらねばならない。

 珊揮は、戒莉を抱えたまま、ひょいと騎獣に飛び乗った。

「……」

 その反動のせいだろうか、戒莉が僅かに目を開けた。

「おや、珍しいね」

 ひとたび気を失うと、戒莉は血をおとして暫くしないと目を覚まさないものなのだ。

 しかも、戒莉の唇が小さく動いている。何かを言いたげだ。

 珊揮は、戒莉の口元に耳を近づけて、その言葉を拾おうとした。

 珊揮が聞き取れたのは、僅かに女の名だけだった。

「ハクロ……」

 珊揮たちが、ここまで護衛をしてきたお嬢様の名だ。

 まともな状態でもないくせに、なお戒莉は白露のことを気にかけている。

「そんなにあのお嬢様が、気になるのかい? 妬けるねえ」

 その場には相応しくない軽口を含んで、珊揮は笑った。

 さすがの戒莉もこれには怒っていただろうが、次の瞬間には、戒莉の意識はまた深く落ちてしまって、反論することは出来なかった。

「残念……」

 珊揮は、独り呟いた。

 

 

 

 

 

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