だいたい思ったとおりのところに、池を見つけたときに、珊揮はほっとした。
池は以前よりも、小さくなっているように見受けられるが、戒莉の血を洗い流すには充分だ。
珊揮は、戒莉を抱えたままそっと騎獣から降りた。
戒莉はぴくりとも動かない。おそらく少々乱暴に扱っても目を覚まさないだろう。
珊揮は、戒莉を地面に下ろし、血で赤く染まったその衣服をはいだ。
そうして、ぐったりとした戒莉を抱え込んで、そのままザブザブと池の中に分け入り、腰ほどの深さまできてぴたりと止まった。
片手で戒莉の体を支えて、もう片一方の手で水をすくい、戒莉の頬にかけた。
戒莉は、気付く様子はない。
珊揮は、体にこびりついた血はこすって落とし、髪を水に浸した。
黒く長い髪が、水の中で生き物のようにゆらゆらと泳ぎだした。
珊揮は、念入りに髪を洗う。体についた血よりも、髪の方がやっかいなのだ。きちんと洗ってやらないと、血の匂いは落ちない。
洗うのも乾かすのも面倒だからと、戒莉が髪を切ろうとしたのを、あわてて皆で止めたことを、思い出して珊揮は微笑んだ。
確かに、もう少しくらい短くしたほうが、こういうときは良いんじゃないかと思うが、やはり勿体ないと思う。
戒莉の髪は、寸分の光も寄せ付けないほどの漆黒だ。海客は、だいたいが黒髪だが、これほど見事な黒には珊揮もお目にかかったことはない。
いや、お目にかかったことがないといえば、この容姿だ。
初めて戒莉を見たときには、こんなにキレイな子だとは気づかなかった。それほどに痩せこけ、そして汚れていた。むしろボロボロで、いびつな子供だった。
体を洗い、清潔な衣服と充分な食事を与えてやると、痩せこけて死にそうだった子供が、少しずつ人らしい肉付きと健康を取り戻していった。
その様を見ているのが、珊揮には先ず楽しかった。
そして徐々に、戒莉の容貌がひどく整っているのに、気付いていったという訳だ。
戒莉は、だいたい十九になる。
その割に体つきが貧弱なのは、食が細いせいだろう。無理やりにでも、もう少し食べさせた方がいいのだろう。
藍椋もそう言っていたな、などと珊揮が思っているところで、戒莉の指がわずかに動いた。
一度失神してから、二度も途中で気付くとは、珍しいこともあるものだと、珊揮は戒莉に微笑みかけた。
「もう少し、大人しくしていなさい」
戒莉は、何か言いたげにやはり口を動かすが、溜息のような声が洩れてくるだけだ。
戒莉の底なしの闇のような瞳が、やや怒っているのが見て取れる。
戒莉は、自分の状況が理解できているようだ。
ここ数年で、血に慣れてきたのだろうか。戒莉の回復がはやくなっているような気がする。
珊揮の手は、休むことなく戒莉の髪を洗い続けた。
「これぐらいで、いいかな」
戒莉に問いかけるかのように、珊揮はそう言うと、池から上がった。
珊揮はてばやく戒莉の体を拭き、髪をぬぐった。着替えを荷物から取り出し、あっという間に着せる。
手馴れたものだ。
せっかく行水したのにも関わらず、陸に上がって泥で汚れてしまったが、まあいいだろう。
「さて、少し休んでおいで」
木の根方に横たわらせると、今度は珊揮自身が体を洗うために池に再び入っていった。
戒莉は、ぼんやりと珊揮のその様子を見ていたようだが、やがてもの凄い声が珊揮に飛んできた。
「珊揮!」
お目覚めです。