天涯~巧編~   作:清夏

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『伝わらない』

 意識がぼんやりと浮上してくると、戒莉は自分の体が奇妙にふわふわするのに心地よさを感じた。

 見上げると珊揮の顎がそこにあった。

『ああ、やっぱり岩みたいな顔だなあ』などと戒莉は、ぼんやりと考えていた。

 そうして戒莉が、自分が珊揮に体を洗われていることに気付くまで、やや時間を要することとなった。

 

 ようやくソレに気付いた時に、戒莉は体を動かそうともがいた。しかし動いたの指一本、しかもピクリと僅かなものだ。

 だがそこで、珊揮も戒莉の意識が戻ってきていることに気付いたらしい。

 にっこりと、やはりあのあやすような笑顔を、戒莉に向けた。

「もう少し、おとなしくしていなさい」

 さすがに最近、そんな程度では怒りはしなかった戒莉だが、むっときた。

―― なんだ、その子供扱いは

 とは言え、珊揮に体を洗ってもらわなくては自分でも何もできない状態だ。戒莉は、益々不機嫌になっていった。

 

 かなり乱暴に、珊揮は戒莉の頭をガシガシと洗っている。

 まあ、優しく洗われても気味が悪いので、それはいい。

 それにしても、情け無い姿だ。

 戒莉は、悲しくなる。自分で自分の面倒もみれないのだ。こんな自分が、杖身を続けることは、むしろ迷惑なのかもしれない。いや、絶対に迷惑で足手まといだ。

 じわりと、涙が滲む。涙など、枯れ果てたかと思って油断していたが、目じりから零れてしまった。

 珊揮は、見ただろうか。見たかもしれないが、あんまり珊揮が乱暴に頭を洗うので、池の水の雫がかかったのだと後で言えばいい。

 戒莉は、そんなどうでもいい言い訳を考えると、観念して珊揮のするがままに身を任せることにした。

 

 やがて、岸にあがり身支度を整えてもらうと、裸でいるときよりは戒莉の心が落ち着いた。布一枚のことだが、不思議なものだ。

 そこで、はっとする。

―― 白露は、どこだ?

 首をめぐらせてみようとしたが、体が言うことをきかない。

 周囲の様子から、白露が近くにいる雰囲気がしない。

 珊揮に問いかけようとするが、声も出ない。

 しかも、珊揮はみずから行水しはじめるという呑気さを見せ始める。

 再び、かっと怒りがこみ上げた。そのおかげだろうか、戒莉の口が動いた。

「珊揮!!」

 その声に、戒莉自身びっくりした。

 

 珊揮は振り返ると、ゆっくりと水から上がってきた。

 ずぶぬれだ。

「なんだい、戒莉」

 そんなことを言う。

「ハク……ロ」

 まだ喋りにくい。戒莉は、咳き込みながらそれだけを何とか吐き出した。

「さてね。逃げたと思うけど」

「あ……」

『あんたはバカなのか』と、戒莉は言いたかったが、そこまで自由に口は動いてくれない。

 護衛する相手を放っておいて、呑気に行水している杖身がいるものか。

 戒莉は、目で訴えた。

「ああ、戒莉。お礼はいいよ。お前の面倒を見るのは慣れてるからね」

 

 伝わらない……。

 

 

 

 

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