朝の光がようよう森に差し込んだころ、戒莉は目をあけた。
すべては夢であったかと、ぼんやりと思うが、直ぐに現実が押し寄せてくる。
ここは森の中、そして自分は昨日、妖魔を斬った。
だるさが残るが、動けないものでもない。これならば何とかなると、戒莉は踏んだ。
そうして、珊揮と二手に分かれて白露を探し始めてはや、一時。
ただ、闇雲に歩いている。
白露の姿を求めながらも、これでは自分が迷ってしまうと、戒莉は焦りを感じていた。
この辺りに野木があると、珊揮は言っていた。ただ、正確な場所が分からないのだとも、言っていた。
珊揮は、この森を幾度か通ったことがあるらしい。
正しい道を行けば、間違いなく森を抜けられるが、道を誤まるとなかなかに難解な迷路になるということだ。
果たして、白露は無事でいられるだろうか。
それは絶望的なことのように思えた。
道に迷い、荷物も馬車も奪われ、あのお嬢さんが正気でいられるだろうか。
やはり、夜のうちに探していた方が良かったのかもしれない。
戒莉は後悔しながらも、それが自分には無理なことであったことも知っていた。血を浴びると、戒莉は動きがとれなくなる。厄介な体質だが、最近ようやく回復が早くなってきているような気がする。
戒莉は白露を諦めることはできなかった。
それは、白露を守るというのが、戒莉が杖身として請け負った仕事であるからだ。
それ以外に、自分には何もないのだと、戒莉は思っていた。
けもの道を行きながら、どこかへたどりつけるはずだと信じるしかなかった。
「あ」
ふと、やや開けた場所が見えた。その先に、大きな木が見えて取れる。
野木だ。
戒莉は、今までに何度かこの木を見ている。そして、この下で休んだこともある。
果たして、あの下に白露はいるのだろうか。
心がはやる。歩調もつい、早まった。警戒をやや怠った。
と、戒莉はピタリと歩みを止めた。
木の下には、生き物の影があった。
白露、ではない。
獣だ。
真っ白な、豹のような獣だ。
思わず、戒莉の手が剣を抜いていた。
白い豹と、目が合った。
ひどく、美しい獣だ。
薄汚れることのない。野に生きているとは信じがたい、真っ白な美しさだ。
戒莉は自分の中に、その白い豹を言い表す言葉を捜したが、うまい言い方を見つけることはできなかった。
豹は、立ち上がると一歩、二歩と後退した。
はっとして、戒莉は剣を鞘に納めた。
野木の近くである。たとえ相手が猛獣であっても、殺傷は許されない。そういう約束なのだと、珊揮は言っていた。
豹が下がったことで、それまでその下にあった布が見えた。
薄桃色の美しい絹物だ。
たしか、昨日、白露が着ていたものだ。その着物は裾は引きずるし、袖もだらりと長い。なかなか優雅なものなのだが、こんなものを着て、旅をしている白露に、戒莉は半ば呆れ、半ば諦めていた。
その着物だけが、どうしてここにあるのだろうか。
まず考えられるのが、着替えたということだ。そこにたまたまこの豹がやってきて、座り込んでしまったのかもしれない。
「まさか、あのオジョウサン、お前が食べちゃったのか?」
独り言のつもりで、戒莉はそう豹に向かって問いかけていた。
野木の下で、獣は人を襲わない。まさか、そんなことはないだろうと、戒莉は思っていた。
しかし、なぜか豹はそれに答えるかのように、首を振った。しかも、けっこう激しく。
「……」
不思議なものを見る思いで、戒莉はしばし豹を見つめた。
そうして、まさか豹が人の言葉を解するはずもないと、自分の気の迷いを笑った。
と、向こうから馬車の音がする。
果たして、その御者台にいたのは珊揮であった。
「どうだい、お嬢さんは見つかったかい」
「いや、いたのはこの白い豹だけだ」
「豹?」
珊揮は馬車を野木に寄せて、御者台から降りると、白豹を覗き込んだ。
「これは、みごとな豹だねえ」
珊揮は、豹に向かって大袈裟に感心してみせた。
戒莉は、このとき珊揮が何に気付いていたのかを知らなかった。
ただ、なにを呑気なことを言っているんだ、という顔で珊揮を軽く睨むばかりだった。