天涯~巧編~   作:清夏

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『幸せな女』

 その女からは、不幸というものの匂いが全く感じられなかった。

 みごとなものだと、戒莉は感心した。

 

 

 戒莉たちが護衛をするその女は、白露といった。

 うっすらと青みがかった白い髪がキラキラと輝き、同じ色の長い睫に縁取られた大きな眼が印象的だ。そして、そこにはめられたごく薄い緑の瞳は、思わず指輪にでもしたくなる輝きに満ちている。

 着ているものは、ごく質素にみえるが、びっくりする程ものがいいのだと、珊揮は戒莉に耳打ちをした。織りがまた凝っていて、単色ではあるが花の模様がうっすらと浮き上がっている。それは近くで見なければ、気付かないようなものだ。それが本当の贅沢なのだそうだ。

 白露は二十歳だと聞いた。二十歳ならば、成人女性だ。だが、見た目は、どちらかといえば幼く、儚げな少女の面差しを残して居る。

 化粧はしているが、うすく粉をはたいて、紅をひいているにすぎない。 だが、それだけで充分だ。むしろそれ以上は、白露の美しさを損なうものとなるだろう。

 真っ白な美しさだ。

 戒莉の貧しい語彙の中では、そう表現するのが精一杯だったが、なかなかどうして的を得た言い方だと、珊揮は大袈裟なくらいに感心していた。

 ともかく、容姿はそのような調子な上に、大店の娘で、何不自由なく生きているという風情。白く細い指は、『生まれてこのかた働いたことなどない』と、言いたげだ。

 挙句、白露はこのたびは大学に推挙されたのだ。

 できすぎている。

 これを羨んだり、嫉んだりするのは、もはやばかげている。

 こんな人間もいるのだと、思うしかない。  

 

 

 

 その白露は、珊揮の顔をじっと見ていた。

 その横顔を、戒莉は目深に被った頭巾の下から、ちらりと見た。

 随分と熱心だが、珊揮に惚れたのだろうか。

 まさかな。と、思いながら戒莉は視点を白露から外した。

 珊揮は、女にもてないと言うわけではない。むしろ、不当なぐらいに珊揮に惚れている恋人がいる。しかも、複数。

 だが、珊揮は一目で女が惚れるような容姿では、決してない。時間をかけて、じわりじわりと真綿で首を絞められるように、女は珊揮に惚れていくのだ。

 それからいくと、戒莉は真逆だ。

 女は戒莉に一目惚れするが、時たつのと付き合いの深さに反比例して、戒莉の元を去っていく。

 戒莉は、また女難の相のことを思い出してし、ちょっと不機嫌になった。

 

 

「道中、よろしく御願いします」

 白露の唇から零れたのは落ち着いた声音で、尊大な心根の欠片も感じられない。

 戒莉は、やはり感心する。

 

 こんな女がいるのだ。と。

 

 

 

 

 

 

 

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