長い夢から醒めたような感覚に、戒莉は眩暈のようなものに襲われる。
「俺は……」
戒莉は、白露に期待している。
自分のできないことを任せて、背負わせている。そう、珊揮は言いたかったのだろうか。
そして、珊揮はその身勝手な期待がどんな悲劇を生むのかを、語ってみせたというところだ。
だが。と、戒莉は、ひとり握る手に力を込めた。
「俺は、あんたや陣宇とかいう人とは違う」
「そうかな」
「俺は……確かにあの娘に自分の出来ないことを託して…いたのかもしれない。でも……そんなに期待していた……わけでもない」
戒莉はゆっくりと、奇妙な間をとりながら喋っていた。
戒莉は、言葉を懸命に選びながら話をしていた。こんなに、考えながら話をしたことは、今までにないくらいだ。
「俺は、ただ自分の出来ることをしようとしていただけだ」
戒莉が落ち着いた調子で、珊揮とこんなに話をするのは、どれくらいぶりだろう。
「お前のできることって何だい?」
そんなものなどないと、否定するような声音は、珊揮の中にはなかった。
戒莉は、なぜか安心して、次の言葉を発することができる。
「あの娘のような国の政を担おうとする者を守ることが、できる」
「なるほど」
珊揮は、立ち上がる。
戒莉は、そのまま珊揮を見上げた。
「そう、思おうとした」
戒莉は、続ける。
「そう思い込んで、人殺しを正当化しようとしてみた」
しばしの間。
珊揮は、何も言わない。笑いもしない。
「でもそんなことは、どんなに正しく見えようと、でっちあげだ。俺は、この国の行方も、民の幸せも本当は何も考えていない。それに……」
一瞬、そこから先を口にすることを、戒莉は躊躇った。
だが、それはほんとうに瞬きの間だけで、戒莉は言うべき言葉を探し当てていた。
「それに、あの娘が将来どんなに立派な官吏になっても、国の為につくすことになっても、俺自身とは何の関係もないことだった」
喋りすぎだ。いつになく、そのままを言っている自分に戒莉はクラクラした。これも、きっと珊揮の計算のうちなのだろう。
それでも、そう言ってしまわなければ、戒莉はどこかおかしくなってしまいそうだった。
つまり、戒莉は単に『そう言いたかった』だけなのだ。
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「これから、どうするんだ?」
ひとしきり心の内を喋ってしまった気恥ずかしさを誤魔化すように、戒莉は珊揮に問いかけてみた。
「どうって?」
珊揮は立ち上がると、体のあちこちについた砂埃を払った。
「依頼主になんて言うつもりだ?まさか『お嬢さんは行方不明です。でも、こちらには関係ありません』……って訳にいかないだろ」
言っておいて、戒莉はあらためてそうはいかないと思った。
やはり、戒莉の中で仕事は全うしたいと思う心がうずく。
それに、白露のことを諦める気が起きない。
「大丈夫。『お嬢さん』は、見つかってるからね」
それは、おそろしく急展開だ。
「どこに?」
「ほら、そこに居るじゃない」
珊揮が示すところには、誰もいない。正しくは、白い豹がいるだけだ。
まさか、これを白露ですとでも言いたいのだろうか。
いくらなんでも、『お嬢さんは、呪いをかけられてこんな姿になりました』という誤魔化しが、きくはずがない。
「ふざけてる場合か」
戒莉は、声に怒気を含めた。
「ふざけてなんかいないよ。ねえ、お嬢さん」
真面目に、いや不真面目そうな態度ながらも、かなりの本気度合いの高い様子で、珊揮は白い豹に向かって、そう言った。
つい、戒莉も白い豹の方を見てしまったではないか。
その白豹は、奇妙に落ち着きのない様子だった。 目が泳いでいる。というのだろうか。まるで、人間のするような表情を見せる。
『まさか』と『もしや』が、戒莉の中で交錯し、やはり結論としては『そんなはずは無い』に行き着いた。
「戒莉は、頭が固いねえ」
もはや、戒莉に話しかけるのではなく、珊揮の対象は白い豹だった。
声をかけられるたびに、明らかに豹が反応している。
「半獣って知ってるだろう」
「そりゃ…え、でも」
戒莉が寄宿していた寺小屋は、雁にある。雁は半獣が比較的多い国だ。そこで何年か暮していれば、半獣と知り合う機会もある。実際、戒莉の行く道場にも何人か居る。
しかし、ここ巧では、事情が違う。
「そうだね。この国で半獣が大学に行くはずないからね。だから、秘密なんだよね。お嬢さん」
邪心などまるでないような笑顔で、珊揮は白豹に迫っていた。