珊揮の顔が、すぐそこに迫っていた。
その目は、青く澄んでいるようで、底知れない。
白露は、以前に珊揮に戒莉のことを尋ねたことを思い出した。
「戒莉は、杖身なのですか?」
思えば、バカな質問であった。
そんな問いかけに、珊揮は驚いたような顔をしてみせ、直ぐに笑い出した。
「あれが剣客でなかったら、あなたの父上は無駄な金を払っていることになってしまいますよ」
そんなはずないでしょう。と、珊揮は言う。
確かに、そうだ。
「そうは見えないでしょうが、戒莉はあれでなかなか優秀ですよ」
「そうなんですか」
「人は見た目どおりだとは、限りませんよ。あなただって、そうでしょう」
珊揮の言葉に、白露は、はっとした。
無言の間ができた。
人を見透かすような青い瞳に、白露は胸の奥が痺れるように冷えた。
「そうですね。私も、黙っていれば可愛いのに、とよく言われます」
何とか冗談ごかしにそう言ったものの、珊揮に通じたとは思えない。
白露は、人のことを知ろうとすることが、自分をもさらけ出すことになるということに気付いた。
―― あぶない
この男は、あぶない。
この男は、お見通しだったのだ。
いつからだろうか。
頭が痛む。
こめかみを押さえようとして、その手が人のものではないことに気付く。
それは、白いふさふさとした毛に覆われていた。手、ではない。前足だ。
これでは物を掴めない。人の社会で生きるうえで、とても不便だ。
これが自分。
半分が人で、半分は獣。
半人とは呼ばれずに、半獣と呼ばれる。
優秀であるのに学校に行くことを許されなかった、白露の学友と同じ。半獣だ。
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戒莉は、また押し黙ってしまった。
白露は、気まずい空気を無理やりに吸い込み、吐いていた。
「今晩は、まともな宿で眠れますよ」
珊揮だけが、陽気だ。
白露の秘密が露見してから、半日。
戒莉の騎獣で馬車を引いて、森を抜け、街についた。
白露は人の形に戻り、もちろん着る物もきちんと身に着けている状態だ。
御者台の戒莉は、何も喋らなかった。
白露は、戒莉を無口な人間だと思っていた。それが珊揮と会話を交わしている彼の姿を、垣間見た。
だが、それもまた元のようになってしまった。珊揮には、ああいう表情みせて、あんなに喋るのだということだ。
嫌われるようなことをしただろうか。白露は、頭をひねる。
まあ、ないとも言えないが、そんなにあからさまな態度を示さなくてもいいではないか。
宿に入り、部屋の前で珊揮は、口を開いた。
「いろいろあって、大変でしたから、今夜はゆっくり休んでくださいね」
珊揮の言葉は、ごく普通の様子だ。
「あの」
ここまで、何も言われないのは不気味過ぎる。白露は、やはり黙ってはいられなかった。
周囲に誰もいないことを確認し、白露は思い切って尋ねようと思った。
「なんですか」
なんのことかは、分かっているはずだが、珊揮はとぼけてみせる。
「私のこと、どうするつもりなんでしょう?」
「どうも、こうも、ちゃんと大学まで送り届けますよ」
とぼけすぎだ。こういうところに、戒莉は苛立ちを感じるのだと、白露は思った。
「そうではなく、私が半獣だということをどうするつもりかとお尋ねしているのです」
静かに、白露は珊揮を見上げた。
珊揮は、少し間をおいた。
戒莉もちらと、白露の方を見たが、すぐに視線を外して通りすぎて行こうとする。
「別に、何もするつもりはありませんよ」
「どうしてですか」
「そうですね。そんなことをしても、私には何の得にはならないからですよ」
当たり前でしょう。という顔で、珊揮がぺろりと言う。
「ですが、私のしていることは違法です」
その白露が大学に行き、官吏になるという。自分で言っていて、かなり滑稽だ。
珊揮は、おやという顔で白露に尋ねた。
「では、あなたはどうして欲しいのですか」
「分かりません」
本当に、分からない。
どうして、こんなことになってしまったのかも。
これから、どうしたいのかも。
一晩、ゆっくり休んでからお話ししましょうと、珊揮が笑って、その場はお仕舞となった。
これで眠れてしまうのが、白露の美点だ。
そう、白露は思おうとした。