顕彰は、白露の許婚だった男で、さらに言うならばともに大学を目指していた男だ。
だが、その両方ともに、過去の話だ。
婚約は解消され、白露は大学の推挙をもらったが、男はそれが叶わなかった。
白露が大学に進むと決まったときに、顕彰はいつもと変わらぬ微笑でいた。
『おめでとう。僕も嬉しいよ』
顕彰がそう言ったのは、本心であったろう。
ただし、嬉しいと思う心の他に、別の感情も同時に抱いていたに違いない。
あの時、白露はなんといったのだろう。
『ありがとう。大学であなたが来るのを待ってるわね』
それを聞いた顕彰の笑顔は、一瞬歪んだ。だが、それは本当にひとたびの瞬きの間に過ぎず、直ぐにいつもの柔和さが戻って来た。
『僕の分もがんばって。期待してるよ』
その後、婚約を解消したいという申し出が、白露のもとにもたらされた。
それも仕方のないことだと、白露も白露の親も受け留めてしまった。
そうして白露は顕彰と顔を会わせることなく、旅発ったのだ。
「その顕彰という男は、死にましてね」
「え」
初耳だ。
珊揮の言葉に、白露は回想の世界から現実に一気に引き戻された。
「一月まえの話らしいですよ」
「そんな」
そんな話は聞いていない。
この一月、白露は大学行きの準備に追われていた。しかし、だからといって、顕彰が死んだなどという話を聞き逃すはずがない。
白露の親や周囲が、白露を心配して隠したのだろうか。
「自殺のようです」
あいまいな語尾を使ったが、珊揮の口調はそれを断じていた。
「顕彰が死んだことを、彼の親は誰にも言わなかったようです。こっそりと彼を埋葬し、周囲には少し骨休めに田舎に行っていると言っていたようですね」
「なんのために?」
そんなことよりも、言わなくてはならない言葉があるだろう。
白露は、混乱していた。
顕彰の死。自殺。隠された死。何もかも、現実味がない。しかし、現実なのだろう。
乱れていく心を抑えるように、白露は自分の胸に手を置いた。
「さあ」
珊揮の言葉は、短く、そしてそれで完結していた。
誰も、分からないのだ。誰も、知らないのだ。
「では、今回の賊は」
「顕彰の親が仕組んだことです。まあ、逆恨みでしょう」
―― サカウラミ
残酷な言葉だ。
逆恨み。
そうだろうか。
顕彰の死に、白露が関わっていないと言い切れるだろうか。
白露は自問した。
顕彰の心を、白露はきちんと思い遣ったことがあるだろうか。
白露の心は、その問いを即座に残酷な答えを出していた。
その夜、一人の寝台の上で何度寝返りをうっても、白露は眠ることができなかった。