天涯~巧編~   作:清夏

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『天の意図』

 白露の寮の一室には、持ち込みすぎた荷物の整理がつかない状態だった。

 そこで、荷解きのために手伝いの必要があるということに……無理やりなった。

 さらに、白露の身の回りの世話をするというからには、その役目を果たすのは女の方が自然であろうということになった。

 

「で、また俺はこれか」

 その手伝いという役割をふられた戒莉は、不機嫌だ。

 前回の妓楼でのようなヒラヒラした衣装ではないが、戒莉が身につけているのは、まぎれもなく女の着物だ。

「あら、似合うけれど」

 白露は、あっさりと言う。

 この娘は、嬉々として戒莉の着物の見立てをしたものだった。

 自分の置かれた状況が、分かっているのだろうか。戒莉は、首をかしげる。

 いや、分かっているはずだ。

 それは、ほかならぬ戒莉が白露に話したからだ。

 白露は、つけねらわれているのだ。今までもそれで随分ひどい目にも逢っている。それを知っていて、この様子なのだ。

 戒莉は、もう感心するしかない。

 

 

 そして一日目、これといって怪しい者の姿はみあたらず、大学は平和そのものだった。

 それでも、戒莉は安心しなかった。

 

 

 それにしても、片付け、という名目でいる戒莉だが、その能力は悲しいまでに備わっていない。

 むしろ、いたずらに荷物を広げて、収拾がつかなくさせることにおいては、戒莉の右に出る者はないと言っても過言ではない。

「戒莉って、本当に剣以外は何もできなさそうね」

 白露は、ぽつりとこぼした。

 戒莉は、これに反論する言葉を持っていた。それは、

『荷物をさっさと片付けてしまったのでは、自分がここに居る理由がなくなってしまう。いつまでも片付かないのは、好都合のはずだ』

……というものだったが、言い訳にしか聞こえないような気がして、戒莉はこれらをぐっと呑み込んだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆■◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 夜になって、白露は寮の部屋を見て溜息をついた。

 全く片付いていない。むしろ朝よりも散らかっている。

 そして、床中に散乱した荷物に埋もれそうになりながら、戒莉が呆然と立っていた。

「ただいま」

 もう、白露は笑うしかなかった。  

 

 

 戒莉は、大学では変わったことはなかったかと、白露尋ねてきた。

 白露にとって、大学生活は始まったばかりで、何が変わったことなのか判断がつかない。

とりあえず白露は、食堂の味付けが濃いとか、そんなことを言ってみた。

 

「そういえば、着替えてしまったのね」

 戒莉はどういうわけか、袍に姿を改めている。

 白露は残念そうに、そして『それでいいのか?』という含みを込めて、そう言った。

「女の形をしていなくても、俺は男には見えないらしいからいいんだ」

 随分と捨て身なことを、戒莉は言った。相当に襦裙が嫌だったとみえる。

 戒莉は、苛々している。それは、女の着物を着せられたことと、剣を手元におけないことだけが原因ではないだろう。

 

 白露は、自分の態度が戒莉を刺激していることは分かっていた。

 命を狙われているにしては、緊張感がない。

 白露は、自覚している。

 しかし、それは白露がつとめて落ち着こうとしているからであって、決して寛勢を甘くみている訳ではない。

 慌てたり、怯えたりしていても、事態は好転しない。むしろ悪化させるだけだ。

 もちろん、内心は白露も怖い。しかし、逆恨みにせよ、自分が当事者なのだ。誰かに任せて逃げ出すわけにはいかない。

 そう、白露は戒莉に話した。

 と、戒莉は驚いたような顔でしばらく白露の顔を見つめて返していたが、やがて

『分かった』と一言、詰まらなそうに言った。

「俺はあんたを絶対に守る。でも、あんた自身も気をつけてくれないと困る」

 白露の目を見ずに、戒莉はそう低く呟いた。

「……分かったわ」

 白露は、その言葉を重く受け止め、頷いた。

 

 戒莉は、その日にあったことを、できるだけ細かく話して欲しいと、白露に言った。白露は、素直にそれにしたがって、記憶を手繰り、朝からの出来事をなぞっていった。

 講義で分からないことを質問に行ったこと、他の学生と議論したこと、その学生の名前など、それから夕飯の献立まで話してみたが、それが何かと結びつくとは、白露には思えなかった。

「こんな感じだけれど」

 とりあえず話せることは、こんなものだというところで白露は、そう言った。

 戒莉は白露の話をひととおり聞くと、黙りこんだまま、何事か考えているようだった。

 白露は戒莉が、考え事をしているすきに、その姿をよくよく見てみた。あまりジロジロと見ていては、何となく気まずいので今までこんなに凝視したことはなかった。

 

 やや視線を落としている、その目を縁取るまつ毛の黒が、鮮やかだ。その奥の瞳は艶やかに濡れていて、底知れない闇が沈んでいた。

 白い顔には、一点の染みも皺もない。わずかに上気しているのだろうか、頬に常よりも赤みがさしている。

 やはり、つい見入ってしまう。白露は、どうして天はこういう人間を作ったのだろうかと、その意図を図っていた。

 

「なんだ?」

 さすがに見すぎたのだろう。戒莉は視線を上げて、白露に問いかけてきた。

「随分考え込んでるようだったから。何か分かった?」

 白露はごまかしつつ、それらしいことを言うことがてきた。

「特に」

 極力短い言葉で済まそうとしているのかと思うほどに、戒莉の言葉はそっけない。たぶん、これで会話は終わりだと、白露は溜息をついた。

 だが、戒莉はやや口調を和らげて、続けた。

「特に怪しいことはなさそうだが、用心に越したことはない」

「そうね」

 白露は微笑んでいた。

 

 また真剣さが足りないと、戒莉はむっとしたかもしれない。

 

 

 

 

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