「さっき言っていた本のことだけど、借りるのは無理かな」
最近学友となったひとりが、食堂で白露にそう話しかけてきた。
「貸すのは問題ないんだけど、まだ荷物が片付いてなくて、どこにその本があるのか分からなくて。もう少し待ってくれる?」
歯切れ悪く、白露はそう答えた。
「そうかあ。もちろん、片付いてからでいいよ。貸してくれるなら、いつまでも待つよ」
相手は、特に気にしている風ではなかったが、別の男が口をはさんできた。
「なんだ。まだ片付いてないのか。手伝いがいるんだろう」
不思議そうに、首を傾げる。
確かに、白露が大学について五日、侍女まで連れてきているのに、まだ片付かないというのは奇妙だ。
しかし、その侍女が問題なのだ。
実際、片付けているのは、白露ひとりだ。
昼間の時間、白露は大学の講義で忙しい。夜の短い時間をつかって荷解きをしているのだから、あまり片付けが進まない。しかも、翌日の昼間に、戒莉が散々にしてしまうので、これも片付けねばならなくなる。
腹立たしいことに、白露は侍女を寮に連れてきたとんでもない『お嬢』だという評判を立てられていた。中にはあからさまに、それをあてこすって来る者もいるし、陰では、それこそ何を言われているか分からない。まあ、侍女はともかく、荷物の豪華さだけでも、この批判の発生する要素はあったわけだが。
さらに困ったことに、戒莉はあまり人前には出ないようにしていたのだが、ちらりと戒莉の姿を見た者が、この『侍女』がすごい美人だと吹聴してまわったくれたのだ。
おかげで白露とその侍女の話が、すっかり大学中で話題になっている。
白露は、頭が痛くなる。これでは、こっそり戒莉が護衛のために身分を偽っている意味がない。
戒莉に会わせてくれだの、講義のことで話をしたいから部屋に行っていいかなどを、何とか断るのもいいかげ白露はうんざりしてきている。
「それより、ちょっと塩のかけすぎじゃないの」
白露は、なんとか話題をそこからそらそうと、目についた向かいの男の様子に注意をした。
「ええ、でも何か塩気が足りない感じだろう」
男は、塩をかける手を止めたものの、不満そうに料理を眺めた。
「そうかしら、むしろ濃いとおもうけれど」
白露は、今まで話に夢中になって食べ損なってすっかり冷えてしまった料理を口にしてみた。
「あら」
確かに、濃くはない。白露は、ちょっと驚いた。昨日までは塩辛くて水なしでは食事ができないと、思っていたところだった。
「だろう」
向かいの男は、白露の了解がとれたので、塩を盛大にかけることを再開した。
「でも、私はちょうどいいと思うけど」
白露は、首をかしげた。
「それは、地域差なんじゃないの」
横にいた鶯歌という学生が、この会話に入ってきた。
「白露のいた地域はだいたい薄味なの、それに対してこの塩かけ男の住んでいた所は、濃い味付けをするみたい」
「なるほど、なるほど」
塩かけ男は、感心しながらなおも塩をかける手を休めない。
「でも、あなたはかけすぎ!」
白露は我慢がならず、男の手から塩の瓶を取り上げた。