戒莉が昼間、荷物を部屋中に散乱させている間、白露は講義を受けていた。
戒莉には読めないような本を何冊も抱えて、他の学生と、やはり理解不能なことを話している白露が、戒莉にはやはり遠い世界の住人に思えた。
白露の婚約者という男なら、これを羨んだろう。その親の寛勢ならば、これを憎んだろう。
自分のやるべきことを理解し、そこに向かっている白露が、戒莉には羨ましかった。しかしながら、大学生だとか、将来有望だとかいうことには、戒莉は全く興味を感じなかった。
―― やっぱり、俺は剣客に向いてるな
そんなことを思って、戒莉はうなずいた。
それにしても、と戒莉は考える。
それにしても、親というのは子の為に、ここまでするものなのだろうか。
寛勢は、自分のそれまで築いてきた地位や名誉を投げ打って、逆怨みではあるが、息子の恨みを晴らそうとしている。
白露の親もそうだ。寛勢というのは、実は白露の父の親友であったと聞く。そんな相手も、娘の為に撃ち取ろうとする。殺してもかまわないという。 親というのは、凄まじくも、有難いものだ。
戒莉は、自然と自分の親のことを思い出した。思い出してみて、両親がなんだかとても遠い存在になっていることに、気付いた。
思い出すくらいだ。最近では、ほとんどの時間、親のことを忘れている。
薄情な自分に、戒莉は呆れた。
そうして、自分の親ではなく、他人の親の心の内なんてものを考えている。
戒莉は、思考の脱線を修正するために、自分の頬を軽く叩いた。
今は、感傷的になってる場合ではない。
この三日、あまり大学内をうろつくこともできず、たいしたことはできていない。おかげで、いつもより頭を使う時間が長い。
街で寛勢を探索しているはずの珊揮たちから、なんの情報ももたらされていない。
戒莉は、いつまでもこうしているわけにもいかないだろうと考えている。いっそ、探索や護衛を解いたふりをして、白露のいるここで待ち伏せた方がいいのだろうか。
いや、それでは白露を危険にさらしてしまう度合いが高い。それに、他の学生にも危害が及ぶことも考えられる。
「ん?」
戒莉はそこまで考えて、もういちど寛勢の心の内を図ってみた。
もしも、自分が寛勢だったら、どうするだろうか。
白露をどうして葬るか。いや、白露を殺したとして、気が済むのだろうか。
もしも、ここに寛勢が居たら、そしてこの大学で学ぶ白露を見たら、他の多くの学生を見たら、何を考えるだろうか。
やはり、もしかしたらここにいたかもしれない息子のことが思い浮かぶだろう。
かわいそうな息子、大学に行くことを許されず、婚約者にまで裏切られて、死んでしまった息子。さぞや、無念であったろう……。
息子以外の者たちは、大学で学び、将来も有望だ。しかし息子は、ここにいない。将来すらない。
憎しみの矛先は、もはや白露ひとりに向けられてはいない。
「あ」
すべてが、憎い。やりきれない。皆が死んでしまえばいいと、呪いの言葉が次から次へと湧いてくる。
ただ、想像しているだけの寛勢の心の闇にのまれてしまいそうな自分に、戒莉は吐き気を感じた。
「戒莉」
声が、落ちていく戒莉の腕を掴んで引き上げた。
いつの間にか戸口に立っているのは、白露だった。
「どうしたの」
「いや、別に」
額に噴出している汗を隠すように、戒莉は白露に背を向けた。