毒。
ようやく手に入った毒。
これで何もかもが、もうすぐ終る。
この毒が、総てを裁いてくれる。
この毒が、何もかもを正しい姿にしてくれる。
あの子が死んだのに、あの娘が大学に行って、官吏になるなんてことがあってはならない。
いや、あの娘だけじゃない。他の誰もが、そんなことをするのは許されない。
みんな、みんな死んでしまうべきだ。
あの子が死んだように、あの子と同じように。
もう間もなくだ。
夜が明ける。
日が昇る。
学生たちが、朝餉を食べにここにやってくる。
あの娘もやってくる。
汁物を一口。煮物を一口。
それで、何もかもが正される。
この部屋は、隅々まで屍骸で埋め尽くされる。
死で満たされた、死だけしかない世界。その世界でならば、あの子も生きていかれるはずだ。
皆、同じになれる。
なんて素晴らしいのだろう。
なぜ今まで、だれもそうしなかったのかが不思議なくらいだ。
ああ、もう直ぐそこまで朝はやって来ている。
新しい世界の始まりの朝だ。
鶯歌は、まだ眠い目をこすりながら、ようやく寝台から這い出た。
つい本に夢中になってしまい、眠るのが遅くなってしまった。
鶯歌は、つい最近大学にやってきた。田舎から出てきたばかりの鶯歌には、何もかもが珍しく、都を観て廻りたいところであったが、今は大学の講義や鍛錬で精一杯であった。
少し遅れてやってきた白露という娘は、鶯歌よりも年下であったが、はるかに頭のよい娘だった。そして、容姿もよろしい。挙句、金持ちときている。
何もかもが鶯歌とは違う。同じなのは、まあ大学生であることと、女であることぐらいだ。
鶯歌という風雅な字は、どういうわけでつけられたのかものかといつも思う。
鶯歌の背丈は、同じ年頃の男よりも高いくらいで、ひょろりとしているので巨漢という風ではないが、明らかに女らしいとは言いがたい。それからいくと、白露は儚げで可愛らしい。こういう娘に生まれてくれば、鶯歌は大学なぞに行こうとは思わなかったかもしれない。もっと安穏と、お嬢様、お嬢様とかしずかれて一生を送っていただろう。
鶯歌の家は貧しかった。鶯歌は、幼い頃に奉公に出され、下働きをしていた。
運のよいことにそこの旦那が寛大な人で、学校に行かせてくれた。鶯歌は寝る間を惜しんで勉強をし、仕事も手を抜かずにがんばった。そのおかげで、成績がよいということで、どんどんと上の学校に進み、大学まで行くことになった。さすがに、そこまでは無理かと鶯歌は、諦めていたが、旦那は大学へ行くことを許し、援助までしてくれた。鶯歌は、この恩に報いるには、どうしたらいいのか分からなかった。
そんな鶯歌に、旦那は言った。
『お前には大学へ行って、官吏になって欲しいね。国の為に働いて欲しいんだよ。なに、それでこの国が良い国になれば、私もここで幸せに暮せるというものだよ』
そう言われて、鶯歌はがんばって勉強しようと心に誓った。
しかし、いざ大学に来てみて、はやくもくじけそうになった。
なにしろ、皆、頭がいい。そして勉強熱心だ。それまで誰にも負けないと思っていた勉強量など、少ないくらいだ。
そして、家柄や実家の経済力など関係ないと思っていたのが、まちがいだった。
学生の中には高官の子息がおり、そして豪商、豪農の家の者がいた。そういう人々は、幼いころから科目ごとに教師を持ち、専門に勉強をしてきている。働きながら、学校に行っていた鶯歌などが太刀打ちできる相手ではない。話してみれば、だいたいが気さくで、少しも偉ぶるようなところのない者が多いのだが、鶯歌はなんとなく、彼らに対して引け目を感じていた。
白露も、ものすごいお嬢様で、頭がよくて、美人。もう立派過ぎて笑ってしまうくらいだ。寮に持ち込んだ荷物の豪華さ、そしてその蔵書のすばらしさは、噂の的だ。さらには、侍女まで連れて来たというから驚きだ。これを聞いたとき、自分のことぐらい、自分でやれよ。と、つい心の内で悪態をついたものだ。
実際会って、話をしてみると、それほど鼻持ちならない人物ではなかった。それどころか、さっぱりとした性格で、意地の悪いところは全くなく、鶯歌とも気さくに話す。あげく、どういうわけか鶯歌の知識や考え方に、感心などして、それをすぐ口にする。
ああいう人間には敵わない。
しかし、白露は白露で、鶯歌は鶯歌だ。いろんな人間がいた方が、世の中とはうまくまわるものだ。
「さてと」
顔をざふざぶと適当に洗い、髪を梳いて一まとめに結び、身支度を整えると、鶯歌は食堂に向かった。