時は、夜明け前に遡る。
「では、やることは決まった。私を含めて、誰も殺させない。単純なことでしょう」
白露にそう決め付けられて、戒莉は別に言い返せなかったわけではなかった。
他の学生を守る義理はないと、言ってはみたものの、戒莉自身、実はその意見に賛同はしかねていた。
戒莉は白露を、無意識に試していたのだろう。白露は、自分以外の者を犠牲にできないという結論を出してきた。
そう来なければ、戒莉はこの白露という娘を見限っていたのかもしれない。
いや、そうはならなかっただろう。
白露は合格ということになるが、戒莉自身にそんな風に人を試せるような資格などありはしなかった。
合格だろうが、不合格だろうが、戒莉は白露を守る。それは変わらない。
仕事として引き受けたからには、そうするのが本分であるはずだからだ。だが、同じ仕事をするにも、心持ちが違えば、気概も違う。
戒莉は白露を守るべき存在だと、確信したかったのだ。
「できるだけ早く、できれば夜明け前に寛勢の女房を見つけ出すのが一番。もしも、見つけられない時には、寮官にこのことを話せばいい」
戒莉は、今後の指針を白露に示した。
「いいでしょう」
白露も、戒莉の意見に異存はない。しかし、不安はある。
「でも、探すと言っても手がかりが全くないけれど……」
「簡単だ。毒を飲ませるつもりなら、一番てっとり早いのが、厨房にもぐりこむことだ」
「それは、そうだけれど」
厨房に入り込むのをただ待ちぶせるのは、いかがなものだろうか。毒を混ぜるのが厨房でだけとは限らない。例えば井戸に毒を放り込むことだってあるだろう。そのほか、学生全員の口に入るもの総てを秘密裏に警戒するのは、無理だ。
「たぶん寛勢の女房は、もう厨房にいる」
戒莉はそう、断じた。
「どうして、そんなことが言えるというの?」
「料理の味付けが変わったんだろう」
「ええ、まあ。でも、それだけで……」
「その味が、あんたの口に合うってことは、あんたと同じ嗜好の者が料理したんじゃないか」
「ああ、なるほど」
白露は、鶯歌が言っていたことを思い出した。
白露の生まれた地方では、この国のなかでも極端なほど料理の塩加減が薄いのだという。白露は、その味を当たり前のことと受け止めてきたが、ほかのどの地方の者の口にも、それはもの足りないものであるらしい。
「あの街の出なら、そういう味付けをする」
戒莉は念を押すように言った。
白露は、自分の指先が震えていることに気付いた。
もし、毒が一日はやく寛勢の手に入っていたとしたら、白露も他の学生も、今ごろ命はなかったかもしれない。