旅は、平坦な道を軽装でいくようなものだった。
腰に差した剣が常よりも重い、戒莉はそう感じていた。
もちろん、巧という国が平和な訳ではない。
麒麟が死に、王が倒れて、国はあっという間に荒れてしまったと聞く。その荒みようは、並みのものではなく、一体どうして王は倒れたのか、何をしたのかと、民の声が表立って聞こえてくる。
何故、巧の民は王を失うことになったのか。戒莉は知らない。それは、戒莉だけではない。巧の民のほとんどが知らないのだ。
それどころではない、多くの民は王の名も知らぬというから驚きだ。
自分の住んでいる国の為政者がどんな人物で、何をしたのか。民の生活に強い影響を及ぼすにもかかわらず、当の民には一切知らされないことが、よいこととはあまり思えない。
この世界の民には、ほとんど政に参加する機会は与えられていない。
皆、それは王のすることだと、国の行く末などというものについては考えない。考えても、仕方のないことなのかもしれない。王は麒麟が選ぶのだし、民は王を選べない。王のすることを、民は止めることも、後押しすることもできないのだ。
ここは、そういう世界だ。
戒莉は自分の手が、無意識のうちに剣の柄におかれていることに、はっとした。
そうだ、この世界では、こんなもので身を立てることができる。
剣は、日本では用のないものだ。
「ここで、休憩しましょう」
珊揮が、そう宣言する。
今日は、これで三度目の休憩だ。
旅なれないお嬢様の為に必要なことだろうが、行程は進まない。
馬車には立派な御者がおり、白露はただ乗っているだけで、何をしているというわけでもない。
こんな調子で、今日の目的の街にたどりつけるのだろうか。
戒莉は、苛立っていた。
白露は、おいしそうに水を飲んでいた。『水なんて飲めない、お茶にしてくれ』と言い出すのではないかと、戒莉はぼんやり考えていたのだが、それは裏切られた。
馬車の荷台の上で半日も揺られ、白露は疲れている様子だった。さすがに笑顔はない。しかし、『もう嫌だ。もっと休もう』とは、口にしない。
実を言えば、護衛するのが深窓の令嬢だと聞いた戒莉は、その時点でかなり嫌な気分になっていた。どうせ、我がままで、自分の思い通りにならないと癇癪を起すような女なのだろうと考えたからだ。
戒莉が今までに会ったことのある金持ちの女というのは、皆そんな感じだった。ゆえに戒莉は、白露もそんな女に違いないと決め付けていた。
「お前も、ぼーっとしてないで水を飲んだらどうだい」
「……」
返事の代わりに、戒莉は水筒に口をつけた。
珊揮に言われるまでもなく、戒莉は水を飲もうと考えていた。つい、白露の様子に眼を留めてしまっていただけだ。
「ずいぶんお嬢様のことが気になる様子だね」
いつものからかい口調で珊揮は、戒莉の目の前に立った。
「別に」
戒莉は、それで会話を終えようとした。
「別に?」
少し、しつこい。
溜息をついて、戒莉は珊揮を見上げた。
「俺のせいで、あの女が死ななければいいと思っただけだ」
ひどいことを言っている。
「お前のせいで死んだ女なんていないよ。今までも、これからもね」
即座に答える。
珊揮は、本気でそう考えているのだろうか。たぶん、考えているのだろう。
戒莉は、ふと可笑しくなった。
こんな男もいる。