天涯~巧編~   作:清夏

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『誰が道を選ぶのか』

 あの事件から、四日ほどたっていた。

 珊揮は、いろいろと手続きに追われて、戒莉は何の説明もない状態で放置されていた。

 そうこうするうちに、ようやく戒莉にも、珊揮の煎れたお茶を不味そうに飲む機会が訪れた。

 

 

「それで、あの女は何者だったんだ?」

 戒莉は不機嫌だ。

「お嬢さんの元許婚の乳母だよ」

 戒莉の仏頂面を楽しみながら、珊揮は当たり前のように答えた。

 

 あの女が毒を仕込んでいたのか、戒莉はあの時に、実は確信などしていなかった。

 白露が料理の味見を迫られた時、陰で見ていた戒莉は、とっさに声をかけていた。

 もしかしたら、あの料理に毒など入っていなかったかもしれない。しかし、入っていたら、という危惧が戒莉をその場に出て行かせた。

 『毒が入っている』と言って、その女の反応を見る。それは一種の賭けだった。

 

「あの女のこと、あんた、知っていたのか?」

 あの女が、顕彰の乳母だと知っていたら、戒莉はあの女を即座に斬っていたかもしれない。

「分かったのはちょっと前だね」

 本当なのか嘘なのか、珊揮の言葉は難しい。

「白露は、知らなかったんだな」

「そのようだね」

「そうか。で、寛勢の女房の方は」

「亡くなったらしい。顕彰が死んですぐに……心労で、という話だよ」

 やや言いよどんだが、珊揮はそれでもこれに関しては事実を言っているようだ。

「なら、逆恨みの復讐劇は、これで終わりということか」

 この結末が、良かったとも、悪いとも、戒莉には判断がつかなかった。ただ、これでこんなバカバカしい殺し合いは、終ったのだと思いたかった。

「ひとまずはね。でも、知らないところで、知らない人間から恨まれることもあるからね」

 やけに重いことを、珊揮は言い添えた。

「白露は、これからも、きっと憎まれたり、恨まれたりするのかもしれないんだな」

 それでも、そういう道を選ぶのは彼女自身で、他の何者でもない。

「そうだね。でもむしろ憎まれたり、恨まれたりしているのは、私たちの方じゃないのかな」

 そう笑って口にしてしまえるのは、珊揮の強みなのかもしれない。

「そうだな」

 それを認めてしまうのは、戒莉の弱さだ。

 戒莉は視線を腰に落す。天涯が、また重くなったような気がした。

 

 

 これを手にするということは、人の命を取りながら、自分の命の糧を得ることだ。

 人の命を喰らって生きている。憎まれても、怨まれても、それは当たり前のことだ。

 それが嫌ならば、罪悪感を抱いたりするくらいなら、この剣を離せばいい。

 だが、と、戒莉は思う。

 これを手放すことは出来ない。これから遠ざかって生きてはいけない。もう、何もかもなかったことには出来ない。何も知らなかったことには出来ない。

 もうこれなしでは生きてはいけない。

 これから離れて生きていても、生きてはいない。

 だから、生きるしかない。

 憎まれても、怨まれても、自分自身が憎くても、恨めしくても、ここで生きるしかない。

 なぜなのだろう?

 どうして、そんな風に生きなければならないのだろうか。

 戒莉は、胸の内で自問する。

 

 ここにいたい。それだけだ。

 

 

 

 

「あんたはひとつ、思い違いをしている」

「おや、なんだい」

 戒莉のそんな前置きに、珊揮は声音も軽く、尋ね返した。

「あんたのマヌケさのせいで、珠鳳とかいう官吏が死んだんじゃない」

 何百年も前に、道を外した王を諌めようとして死んだ女官吏。珠鳳という娘は、珊揮にとってどんな存在であったのだろうか。

「おや、では誰が彼女を死なせたんだい?」

 珊揮は、じっと戒莉の闇を覗き込んでいた。

「珠鳳を殺したのは、王だ」

 戒莉の声は、低く響く。

 珊揮は、ただ苦く笑った。

 

 

 

『天涯 ~巧編~』 了

 

 

 

 

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