『勿体なくとも 人のこと』
深い眠りに落ちた。
一夜が通り過ぎたことが信じられないほど、横になったと思ったら、気付けば朝だった。
「おはよう、ございます」
白露は、まだすこし眠りを引きずりながら、珊揮と顔を合わせた。
「おはようございます」
珊揮の方は、実に爽やかで、軽やかだ。
背後で、ゆらりと影が動いた。ような気がした。
もう一人の杖身だ。
昨日はろくに口もきいていないし、姿もよくは見ていなかった。白露は、あらためてその人物を見た。
こんな人間だったろうか。
昨日ちらりと見たその杖身は、頭巾のついた上衣を頭からすっぽりと被っていて、顔というものはかろうじて口元が見える程度だった。そんなぞろりとした衣の上からも、この人物が決して大きくはないことは分かった。
印象といえばそれくらいだった。あとは気分の悪化により、白露はすっかりこの人物のことを忘れていた。
ようやく、落ち着いたところで見るこの杖身は、今まで見たことのないような人間だった。
さすがに宿の中では、上着も頭巾もとっている。
背は白露よりも同じくらいだろう。身は細く、およそ杖身らしくはない。珊揮とは対照的な男だ。
そう、これは男なのだと理解するのに、少し間があった。
まあ、男というにはまだ若く、少年のようだ。
「無理をしても、少しくらい何か食べておいた方がいい」
朝餉はいらないというその男に、珊揮は実に優しく諭していた。
男は頷きもしなかったが、ぶすっとした態度ながらも朝食の席に着いた。
―― 勿体無い……
白露は、心からそう惜しんだ。
せっかくこんな綺麗な顔をしているのだ。笑えばさぞかし、眼福であろう。白露は、この男が笑うときがあったら、見逃したくないものだと思った。
「戒莉」
珊揮は、その男をそう呼んだ。
―― カイリ……
どんな字を書くのだろうか。白露は思ったものの、口には出さなかった。
戒莉は、お茶とほんの少しの菜を口にしただけで、空ろな目をしたまま、中空に何かを見ていた。多分、眠いのだろう。
白露の方は、自分がしっかりと目が覚めてくるのを感じていた。食欲もいつもよりあるくらいだ。
食事をしながら、白露は珊揮と戒莉を観察していた。
この二人には、奇妙なものを感じる。この二人の関係が、つかめないからどうも気分が落ち着かない。もっとも、このふたりに会ったのは昨日が初めてで、つかめないのも当然というところだ。しかも、昨日の白露は人のことを気遣う余裕などなかった。
珊揮は、何かと戒莉に話しかける。と言うか、世話を焼いているようだった。一方、戒莉はそれをうるさがりながら、結局その指示に抗うことはない。
だいたいがして、この戒莉が何のために居るのか。が不明だ。
この細身の美しい男は、杖身として役にたつことは、まずないだろう。なのに、どうして珊揮は、この男を同道させているのか。ただ、手元に置いておく為なのだろうか。
白露は、どうもその考えが気に入らない。
白露の親が、この戒莉にもそれなりの謝礼を出しているはずだ。
「もう少し、食べたらどうだい」
微笑みながら、珊揮は果物を戒莉に勧めた。
戒莉はいらないと言いながら、それを手にした。
「そうそう。朝餉はきちんと食べないと、大きくなりませんよ」
珊揮は、嬉しそうに頷いた。
「うるさい」
口の中でぶつぶつと、文句と果物を噛みくだきながら、戒莉は珊揮から顔をそらした。
白露は、つい小さく笑った。
戒莉は、ここではじめて白露に気をとめたようだが、直ぐに視線を外してしまった。この男に、自分は認識されていないのだと、白露は思う。やや、寂しいような気がした。