天涯~巧編~   作:清夏

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巧編始末記 白露視点Ⅲ

 

『勿体なくとも 人のこと』

 

 

 深い眠りに落ちた。

 一夜が通り過ぎたことが信じられないほど、横になったと思ったら、気付けば朝だった。

「おはよう、ございます」

 白露は、まだすこし眠りを引きずりながら、珊揮と顔を合わせた。

「おはようございます」

 珊揮の方は、実に爽やかで、軽やかだ。

 

 背後で、ゆらりと影が動いた。ような気がした。

 もう一人の杖身だ。

 昨日はろくに口もきいていないし、姿もよくは見ていなかった。白露は、あらためてその人物を見た。

 こんな人間だったろうか。

 昨日ちらりと見たその杖身は、頭巾のついた上衣を頭からすっぽりと被っていて、顔というものはかろうじて口元が見える程度だった。そんなぞろりとした衣の上からも、この人物が決して大きくはないことは分かった。

 印象といえばそれくらいだった。あとは気分の悪化により、白露はすっかりこの人物のことを忘れていた。

 ようやく、落ち着いたところで見るこの杖身は、今まで見たことのないような人間だった。

 さすがに宿の中では、上着も頭巾もとっている。

 背は白露よりも同じくらいだろう。身は細く、およそ杖身らしくはない。珊揮とは対照的な男だ。

 そう、これは男なのだと理解するのに、少し間があった。

 まあ、男というにはまだ若く、少年のようだ。

「無理をしても、少しくらい何か食べておいた方がいい」

 朝餉はいらないというその男に、珊揮は実に優しく諭していた。

 男は頷きもしなかったが、ぶすっとした態度ながらも朝食の席に着いた。

―― 勿体無い……

 白露は、心からそう惜しんだ。

 せっかくこんな綺麗な顔をしているのだ。笑えばさぞかし、眼福であろう。白露は、この男が笑うときがあったら、見逃したくないものだと思った。

「戒莉」

 珊揮は、その男をそう呼んだ。

―― カイリ……

 どんな字を書くのだろうか。白露は思ったものの、口には出さなかった。

 戒莉は、お茶とほんの少しの菜を口にしただけで、空ろな目をしたまま、中空に何かを見ていた。多分、眠いのだろう。

 白露の方は、自分がしっかりと目が覚めてくるのを感じていた。食欲もいつもよりあるくらいだ。

 食事をしながら、白露は珊揮と戒莉を観察していた。

 この二人には、奇妙なものを感じる。この二人の関係が、つかめないからどうも気分が落ち着かない。もっとも、このふたりに会ったのは昨日が初めてで、つかめないのも当然というところだ。しかも、昨日の白露は人のことを気遣う余裕などなかった。

 珊揮は、何かと戒莉に話しかける。と言うか、世話を焼いているようだった。一方、戒莉はそれをうるさがりながら、結局その指示に抗うことはない。

 だいたいがして、この戒莉が何のために居るのか。が不明だ。

 この細身の美しい男は、杖身として役にたつことは、まずないだろう。なのに、どうして珊揮は、この男を同道させているのか。ただ、手元に置いておく為なのだろうか。

 白露は、どうもその考えが気に入らない。

 白露の親が、この戒莉にもそれなりの謝礼を出しているはずだ。

「もう少し、食べたらどうだい」

 微笑みながら、珊揮は果物を戒莉に勧めた。

 戒莉はいらないと言いながら、それを手にした。

「そうそう。朝餉はきちんと食べないと、大きくなりませんよ」

 珊揮は、嬉しそうに頷いた。

「うるさい」

 口の中でぶつぶつと、文句と果物を噛みくだきながら、戒莉は珊揮から顔をそらした。

 白露は、つい小さく笑った。

 戒莉は、ここではじめて白露に気をとめたようだが、直ぐに視線を外してしまった。この男に、自分は認識されていないのだと、白露は思う。やや、寂しいような気がした。

 

 

 

 

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