天涯~巧編~   作:清夏

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巧編始末記 白露視点Ⅳ

 

『願うは自由』

 

 

 二日目になると、荷台の上もそれなりに慣れてきた。

 珊揮は、騎獣に乗って荷馬車の先を行っている。戒莉は、後ろに陣取っている。あいかわらず、頭巾を被っている。

 勿体無いことだと、白露はつくづく思う。退屈な旅である。どうせなら、あの顔を眺めていたいものだ。

「ねえ」

 思い切って、戒莉に声をかけてみた。

 だが、戒莉は全く反応らしいものを見せない。

 おそらく、『声をかけるな』という意思表示なのだろう。

 それを理解した上で、白露は話しかけ続けた。

「ねえ、あなたいくつ?」

「なんでそんな頭巾を被ってるの?」

「杖身なんて、どうしてなったの?」

「いつから、杖身なの?」

「珊揮さんて、本当に風渡りの珊揮なの?」

「あなたも仙なの?」

 

 戒莉は、きっちりと無視をしてはいるものの、だんだんと無反応ではいられなくなってきたようだ。もう、一押しか。

「あなたの剣、それ本物よね」

「ああ」

 短い声だが、それを聞いて、白露は満足した。

「そうよね」

 嬉しそうに、あらためて戒莉の腰にある剣を白露は見た。

 見た目は、それほど豪奢なものではないが、鞘に刻まれた文様の美しさには、心惹かれるものがある。飾り物だとしても、不思議はないようなこしらえだ。だが、それはきっと本物なのだろう。

 そうして、もう一振り、短めの剣が帯に差し込まれているのだが、こちらは珍しい形をしていた。細身で黒く艶のある鞘に納まっている。ここにも細かい模様が、金色に浮かび上がっているようだが、あまりはっきりとは見えない。

 あの剣を、戒莉は抜くことなどあるのだろうか。

 白露には、この少年が、人どころか、虫一匹傷つけるところをも想像は出来なかった。おそらく、仕事を始めて間もないのだろう。

 女ひとりを首都に送り届けるだけの仕事だ。それほど、危険なものではない。初心者の仕事には手ごろであったのかもしれない。

 これから、戒莉は人を斬るようなことになるのだろうか。

 そうやって、この綺麗な生き物は、汚れていくのだろうか。

 考えると、なにかどんよりとした澱のようなものが、白露の心の底に積もっていくような気がした。

 

 

 荷台の上から見える、道々の様子は、荒んだものだった。

 荒れて、作物が育つような環境ではない畑が多く見受けられる。人々の表情は、沈んでいると言うよりも、無いに等しい。 大学に希望を抱いて行こうとしている白露と、この国の人々との間には隔たりがあるようだ。

 やはり。

 白露は、自分の置かれた状況を幸福と感じるとともに、やりきれない気持ちになる。

 だからといって、自分にできることなどありはしない。

 施しも、一時のしのぎに過ぎないし、多くの者を救うことなど出来はしない。

 白露は己れの無力さを自覚して生きてきた。だからという訳ではないが、自分はせめて幸福に酔いしれて生きていこうと思った。幸福な自分が、幸福でないなどと、辛いなどと思って生きるのは、申し訳が立たない。

 飢えて死にそうな人を前に、空腹ということを知らない白露が『私だって、辛いのよ』なんて、どの面を下げて言えるというのだ。

 そう考えながら、白露の心はときおり、こんな風に沈むことがある。

 理屈ではないのだろう。自分でも、自分の心を制御など出来ない。

―― まあ、仕方ない

 つい、罪悪感を抱くのも、裕福な家に生まれたことも、こんな体で生まれてきたことも、仕方ないことだ。

 だから、あの戒莉がどう生きていくことになっても、それは仕方のないことだ。

 とは言っても、『願わくば、人を傷つけずに生きていって欲しい』などと、考えることくらいは許されるだろう。

 

 願わくば、この国に一刻も早く王が立って欲しい。

 願わくば、皆が幸福だと感じながら生きていける国になって欲しい。

 願わくば、そんな国を作り上げるための力になりたい。

 

 願うのは、自由だ。

 

 

 

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