『願うは自由』
二日目になると、荷台の上もそれなりに慣れてきた。
珊揮は、騎獣に乗って荷馬車の先を行っている。戒莉は、後ろに陣取っている。あいかわらず、頭巾を被っている。
勿体無いことだと、白露はつくづく思う。退屈な旅である。どうせなら、あの顔を眺めていたいものだ。
「ねえ」
思い切って、戒莉に声をかけてみた。
だが、戒莉は全く反応らしいものを見せない。
おそらく、『声をかけるな』という意思表示なのだろう。
それを理解した上で、白露は話しかけ続けた。
「ねえ、あなたいくつ?」
「なんでそんな頭巾を被ってるの?」
「杖身なんて、どうしてなったの?」
「いつから、杖身なの?」
「珊揮さんて、本当に風渡りの珊揮なの?」
「あなたも仙なの?」
戒莉は、きっちりと無視をしてはいるものの、だんだんと無反応ではいられなくなってきたようだ。もう、一押しか。
「あなたの剣、それ本物よね」
「ああ」
短い声だが、それを聞いて、白露は満足した。
「そうよね」
嬉しそうに、あらためて戒莉の腰にある剣を白露は見た。
見た目は、それほど豪奢なものではないが、鞘に刻まれた文様の美しさには、心惹かれるものがある。飾り物だとしても、不思議はないようなこしらえだ。だが、それはきっと本物なのだろう。
そうして、もう一振り、短めの剣が帯に差し込まれているのだが、こちらは珍しい形をしていた。細身で黒く艶のある鞘に納まっている。ここにも細かい模様が、金色に浮かび上がっているようだが、あまりはっきりとは見えない。
あの剣を、戒莉は抜くことなどあるのだろうか。
白露には、この少年が、人どころか、虫一匹傷つけるところをも想像は出来なかった。おそらく、仕事を始めて間もないのだろう。
女ひとりを首都に送り届けるだけの仕事だ。それほど、危険なものではない。初心者の仕事には手ごろであったのかもしれない。
これから、戒莉は人を斬るようなことになるのだろうか。
そうやって、この綺麗な生き物は、汚れていくのだろうか。
考えると、なにかどんよりとした澱のようなものが、白露の心の底に積もっていくような気がした。
荷台の上から見える、道々の様子は、荒んだものだった。
荒れて、作物が育つような環境ではない畑が多く見受けられる。人々の表情は、沈んでいると言うよりも、無いに等しい。 大学に希望を抱いて行こうとしている白露と、この国の人々との間には隔たりがあるようだ。
やはり。
白露は、自分の置かれた状況を幸福と感じるとともに、やりきれない気持ちになる。
だからといって、自分にできることなどありはしない。
施しも、一時のしのぎに過ぎないし、多くの者を救うことなど出来はしない。
白露は己れの無力さを自覚して生きてきた。だからという訳ではないが、自分はせめて幸福に酔いしれて生きていこうと思った。幸福な自分が、幸福でないなどと、辛いなどと思って生きるのは、申し訳が立たない。
飢えて死にそうな人を前に、空腹ということを知らない白露が『私だって、辛いのよ』なんて、どの面を下げて言えるというのだ。
そう考えながら、白露の心はときおり、こんな風に沈むことがある。
理屈ではないのだろう。自分でも、自分の心を制御など出来ない。
―― まあ、仕方ない
つい、罪悪感を抱くのも、裕福な家に生まれたことも、こんな体で生まれてきたことも、仕方ないことだ。
だから、あの戒莉がどう生きていくことになっても、それは仕方のないことだ。
とは言っても、『願わくば、人を傷つけずに生きていって欲しい』などと、考えることくらいは許されるだろう。
願わくば、この国に一刻も早く王が立って欲しい。
願わくば、皆が幸福だと感じながら生きていける国になって欲しい。
願わくば、そんな国を作り上げるための力になりたい。
願うのは、自由だ。